18 / 35
それぞれの想い
しおりを挟む「お前たち、自分が何をしたかわかっているのか」
伯爵は厳しい口調で二人に問いかける。
そのとき初めて二人は伯爵が自分たちを叱るために部屋を訪れたということに気づいた。
「お父様?どうして怒っていらっしゃるのですか?」
父親に怒られたことなどなく甘やかされてこれまで育ってきたアドリアナには、何故今怒られているのか全くわかっていなかった。
「あなた。アドリアナにそんな口調をするのはやめてください。私たちがいったい何をしたと言うのですか?」
夫人は少し苛立った口調で逆に伯爵に問いかけた。
(そんなこともわからないのか)
伯爵は心の中で悪態を吐き、苛立ちを隠すことなく髪をかきあげながらこう言った。
「お前たちのせいで私は全てを失うかも知れないんだぞ!」
夫人の命令口調に腹を立て声を荒げる。
「あなた、それはどういうこと?いったい何をしたの?」
「したのはお前らだ!栄光の冠は贈られたもの以外が持つことは禁止されている!皇室ですら取り上げることはできないものだ!それをお前らは……!」
伯爵は怒りで頭がどうにかなりそうだった。
今さら栄光の冠をエニシダの部屋に移したとしても、魔法使いが出てきたら彼女の手に渡っていないことがバレてしまう。
オルテル家の当主である以上、もしバレたらその罪を受け入れなければならない。
二人を守ってこの件を隠蔽し、バレたときの罪は更に重くなる。
バレなければ問題ないが、バレたときの罪を考えればイフェイオンに正直に話すべきだ。
だが、話せば今の地位は失い、せっかく築き上げたものが失われてしまう。
怒りで冷静に判断することができず、伯爵は結論を出せずにいた。
「こんなことなら、お前を妻にするんじゃなかった。卑しい人間の血はどこまでも卑しいんだと改めて知ったよ」
伯爵はそう吐き捨てるように言うと部屋から出ていった。
「……なによそれ」
夫人は血走った目で閉められた扉の向こうにいるであろう伯爵を睨みつけた。
「そんな女を求めたあんたの方がよっぽど卑しい人間じゃない」
元々、伯爵のことなど愛してはいなかった。
貴族の夫人になれれば相手は誰でも良かった。
妻に劣等感を持ち、自分を認めてくれる相手を求めていて、心が弱っていたのがたまたま伯爵だった。
そんな相手に見下されるのははっきり言って気分は最悪だ。
夫人はこの屈辱を絶対にいつか返してやる、と決意しその時を待つことにした。
だが、今はその時ではない。
この怒りを伯爵本人にぶつけることはできない。
できることは、伯爵に怒られることになった元凶のエニシダに怒りの矛先を向けることだけだった。
「これも全部あの小娘のせいよ」
※※※
「ギルバート」
オルテル家の敷地内から出て、馬に跨ったあと名を呼ぶ。
名を呼ばれたギルバートはそれだけでイフェイオンの望みを察し返事をした。
「既に潜入させております」
「そうか」
これで先ほどの伯爵の言葉が嘘か本当か知ることができる。
「エニシダ嬢にはお会いできましたか?」
ギルバートがそれとなく尋ねる。
「いや、会えなかった。今は誰にも会いたくないそうだ」
イフェイオンは悲しそうな表情で言った。
「確かに、いきなり誰かに死の呪いをかけられただけでも辛くて苦しいでしょうに、よりにもよって不治の呪いですから。エニシダ嬢の心の準備が整うまでは待つのがいいかもしれませんね」
「ああ。俺もそう思う」
イフェイオンは後ろを振り返り、エニシダの部屋を見る。
カーテンが閉められていた。
太陽の下で輝くような笑顔を浮かべていた彼女を思い出すと、胸が苦しくなった。
まるで太陽を拒絶しているように見え、今すぐ彼女のそばに駆け寄って抱きしめたい気持ちに襲われる。
もっと会う時間を作ればよかった。
きちんと想いを伝えれば良かった。
後悔ばかりが募ってくる。
今は一人でルーデンドルフ家に帰らないといけないことが悔しかった。
一日でも早く彼女の呪いを解く方法を見つけようと調べ物をしたかったが、魔物が出て至急討伐に向かうよう皇室が命令が下った。
今はそんなことをしている場合ではないと断りたかったが、国に仕える貴族である以上断ることなどできない。
それになにより、魔物が出たのはオルテル家から近い場所の森だった。
断って他の者が討伐に向かって、万が一失敗したらエニシダの身に何かあれば、と想像するだけで許せなくなる。
代わりにギルバートに不治の呪いについて調べることにしてもらい、イフェイオンは魔物が出た森に向かった。
それからニ週間後に魔物の討伐は無事に終えた。
1,750
あなたにおすすめの小説
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
優柔不断な公爵子息の後悔
有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。
いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。
後味悪かったら申し訳ないです。
勇者になった幼馴染は聖女様を選んだ〈完結〉
ヘルベ
恋愛
同じ村の、ほのかに想いを寄せていた幼馴染のジグが、勇者に選ばれてしまった。
親同士も仲良く、族ぐるみで付き合いがあったから、このままいけば将来のお婿さんになってくれそうな雰囲気だったのに…。
全てがいきなり無くなってしまった。
危険な旅への心配と誰かにジグを取られてしまいそうな不安で慌てて旅に同行しようとするも、どんどんとすれ違ってしまいもどかしく思う日々。
そして結局勇者は聖女を選んで、あたしは――。
いつも隣にいる
はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
婚約解消の理由はあなた
彩柚月
恋愛
王女のレセプタントのオリヴィア。結婚の約束をしていた相手から解消の申し出を受けた理由は、王弟の息子に気に入られているから。
私の人生を壊したのはあなた。
許されると思わないでください。
全18話です。
最後まで書き終わって投稿予約済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる