私達、婚約破棄しましょう

アリス

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星に願いを

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「ここがオルサースト。とても美しい街ね」

船から降りて、街の様子を見た瞬間、ここにきてよかったと感じた。

船に乗っているときは初めて訪れる街に期待と不安の感情が交互に襲ってきた。

だが、実際に来た瞬間感じたのは歓喜だった。

オルテル家を出て三週間が過ぎた。

最初の一週間は伯爵への恐怖から、見つからないか怯えていた。

その次の一週間は、領民たちへの罪悪感だった。

仕事をやり投げて逃げ出した。

自分はもうすぐ死ぬかもしれない。

でも、彼らは違う。

私が死んでも、その後変わらず生活していく。

見捨ててよかったのか、と何度も自問自答した。

さらにその一週間は、海の上で過ごしたからか、初めての体験に感動して、新たな世界、まだ知らない世界への期待に胸が膨らんだ。

それとほんの少し、初めての体験がうまくできるのか不安になった。

そして今、全ての心配ごとが一瞬で吹き飛ぶくらい心が満たされていた。

死ぬまでの残り少ない時間、やりたいことを全てやる。

そう思えるくらい幸せだった。

「はい。そうですね。とても美しい街だと思います」

シオンはエニシダと行動を共にして、初めて笑った顔したところを見た。

ここ最近は無理して笑ってばかりいた。

彼女は優しいから、きっと領民たちのことが気になっているからだとわかっていたが、シオンにはどうすることもできなかった。

守りたくて共にいるのに、何もできない自分を歯痒く思っていたが、笑った顔を見た瞬間、よかったと思った。

少しでも長く、多く笑えるようにしたい。

自分にできることはなんでもする。

シオンは改めて、そう誓った。

「シオンもそう思う?」

私はシオンも同じ気持ちだと知って嬉しくて、ついフフッと声に出して笑っていた。

それに気づいて恥ずかしくなり、誤魔化すように「まずは宿を見つけましょう」と言って帽子で顔を隠しながら先に進んだ。

シオンはそんなエニシダを愛おしく思いながら、隣に立ち「はい。まずは宿を見つけてから街を見てまわりましょう」と返事をした。




「ねぇ、シオン」

「はい。お嬢様」

「これ、すごく美味しいわ」

串に刺さったお肉を一口食べると、初めて食べる味付けに感動した。

「ハイ。すごく美味しいですね」

シオンは食べたことがあるのか、そこまで感動してはいなかったが美味しそうに食べていた。

「他の店もこんなに美味しいのかしら?」

今日はお祭り期間の真っ最中らしく、街の至る所に屋台が出ていた。

オルテル家では屋台の店はないため、とても興味深く新鮮だった。

食べ歩きをしている人が大勢いて、それに倣うように歩きながら串についているお肉を齧っていく。

食べたいものがいっぱいあり、食べ終わると買い、食べ終わると買い、をお腹がいっぱいになるまで繰り返した。

オルテル家ではバレないように街に行くばかりで、堂々と街の中を歩くのは初めてで、誰の目も気にせず街を歩くのはこんなにも楽しいのか、と今日何度目かわからない感動をした。

こんなに幸せでいいのか、といつの間にか暗くなった空に浮かんでいる星を眺めているとふと不安に襲われた。

でも、なぜか「死にたくない」とは不治の呪いにかかってから一度も思わなかった。

もし、死ぬならどんな瞬間に死ねるのが幸せなのか、と考えていた。

そのとき、シオンをどうしたらいいのかとも考えた。

いくら本人が一緒にいることを望んだとしても、死ぬ場面を見せるのは気が引けた。

知らない人の死体を見ても気分は良くない。

むしろ最悪だ。

知らない人でもそうなるなら、知っている人ならもっと嫌だろう。

彼には自分の死んでいる姿を見せてはいけない。

これ以上、迷惑をかけてはいけない。

そう思うのに、もう少しだけ一緒にいたかった。

これまでの人生で友達と呼べる人物は誰もいなかった。

生まれて初めて誰かと街を歩いたり、ご飯を食べたり、旅をしている。

もう少しだけでいいから、シオンと友達っぽいことをしたかった。

彼の優しさに甘えていることはわかっていた。

彼にも大切な人がいるかもしれない。

その人の元に帰してあげるべきだと頭ではわかっていたが……

それでも、いつか来る別れが、できるだけ遅く来ることを流れてくる星に私はそっと願った。

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