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過去 6
しおりを挟む「……あ、そういえばさ、オルテル家のご令嬢はもうすぐ結婚するのかな?」
「するんじゃないかしら。お相手がようやく帰還したみたいだし」
少年の問いかけに少女は仕事をしない彼に苛立ちながら答える。
そんな少女の苛立ちなど気にも留めない少年は空を見上げながら「可哀想だな」と呟いた。
「なにがよ」
少女は少年が何を言いたいのかわからなかった。
そんなことよりも、さっさと自分のやるべきことをやって欲しかった。
「だって、考えてもみろよ。化け物と結婚なんてしたくないだろ。魔物討伐に加わった人たちがよく言っていただろ。'あの人は人間ではなく血に飢えた化け物'だって」
「あんたね、そんなこと言っていいと思ってるの?誰のお陰で平和に暮らせてると思ってるの」
少年のバカな発言を誰かに聞かれでもしたら、もしそれが貴族だったらと思うと恐ろしくて仕方ないのに、少年は何もわかっていないのか、まだ話しを続けた。
「それは、そうかもしれないけどよ。それとこれは別の話だろ」
少年は少女の態度が気に入らず、不貞腐れた顔をする。
「誰だって血だらけの人間と結婚なんて嫌だろ。お前なら結婚したいと思うか?そんな男と」
「それは……嫌だけど」
だが、それ以前に自分は貴族ではないため身分が釣り合わない。
そう言いたかったが、少年の得意げな表情が妙に腹正しく、これ以上会話を続けるのが馬鹿馬鹿しくなり、黙って仕事を再開した。
そんな少女の姿に気分をよくした少年は得意げな顔をして、そこからイフェイオンの噂話を永遠と話し続けた。
イフェイオンは自分が世間からどんな風に見られているのかを民の口から直接聞かされ、今まで耐えていたものが耐えられなくなった。
自分が酷く醜い存在に見えてならなかった。
さっきまで建物についた窓に映った自分の姿を見てもなんともなかったのに、今は全身血まみれの醜い化け物にしか見えなかった。
他人にそう思われても別にどうでも良かった。
ただ、エニシダもそう思っているのかもしれないと思うと怖くなった。
あの少年のように本当は結婚なんてしたくないのかもしれない。
そう思っているけど、怖くて言えないだけかもしれない。
彼女も同じ想いだと思っていたけど、本当は違うのかもしれない。
未だに少し離れたところで楽しそうに街を見ている彼女を見て、これが自分たちの正しい距離だと思い知らされたような気がした。
太陽の光に照らされ笑う彼女と陰でひっそりと一人で立ち尽くす自分。
近い距離のようで、実際は遠い。
何が好きなのか?
普段は何をしているのか?
友達でも知っていそうなことも、何一つ知らない。
傍にいるだけでイフェイオンは幸せだったが、彼女は違うのではないか。
自分のような婚約者は嫌なのではないか。
面白い話など何一つできない。
楽しませることも笑わせることも。
唯一できることは魔物を斬ることだけだった。
「イフェイオン様。お待たせして申し訳ありません」
さっきまで楽しそうに笑っていたのに、今は緊張しているのか顔が強張っている。
エニシダに聞きたかった。
俺のことが怖いか、と。
怖くないと言って欲しかったが、怖いと言われたら立ち直れそうになくてグッと口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
「いや、大丈夫だ。他に見たいところはないのか」
「はい。もう大丈夫です」
本当にないのか、怖くて遠慮しているのかの判断ができなかった。
「そうか。だったらオリビア・ドレーの店に……大丈夫か」
ドレスを買いにオリビア夫人が営んでいる店に行こうと言いかけたとき、エニシダが若い男性にぶつかられ倒れそうになり、慌てて受け止めた。
「はい。ありがとうございます」
少し力を入れれば折れてしまいそうな程、細く小さい。
守らなければと思うと同時に自分の手が触れたところから彼女の体が血に染まっていくように見えて慌てて体を離した。
すぐに見間違いだと落ち着いたが、さっきの少年の言葉が耳にこびりついて離れなかった。
「可哀想」「化け物」「血だらけの人間は嫌だ」
何度も頭の中で同じ言葉が繰り返された。
今ここにいる人たち全員が自分を化け物を見るかのような、恐怖に満ちた目を向けているような感覚に陥った。
「あの、イフェイオン様。大丈夫ですか?顔色がとても悪いですが?」
「ああ。大丈夫だ」
この程度、戦場で経験したことに比べれば大したことはない。
そんな思いから、そう言ったがエニシダは納得いかない表情をした。
「今日はもう帰りましょう」
「いや、だが……」
ドレスを贈らなければ、そう続ける前にエニシダは「また、体調がよくなってからきませんか?」と言った。
また、その言葉を聞いて「ああ。そうだな」と思い、「わかった。また来よう」と返事をした。
だが、その日を最後にもう二度彼女と出かけることはなかった。
次に会ったときは婚約破棄を告げられた。
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