87 / 116
過去 8
しおりを挟むどうしてそう思ったのか、幸せな顔から一変して苦しそうにエニシダは目を閉じ、何かに耐えているように見えた。
何かあったのか、そう聞きたかったが、それを聞けば何故か二度と彼女と会うことができないと思って聞けなかった。
「どうして、ここで埋葬されたいの?」
「美しいから。ここは何もかも全てが美しいからかな」
当時この言葉を聞いた時は、孤児院の周りにはたくさんの花が咲いてあるからそう言っていると思っていた。
でも、今思うと、その言葉の本当の意味は人の心について言っていたのだろうとわかる。
「……」
イフェイオンは何も言えなかった。
たとえ喜ばせるための嘘でも、そんな嘘を言いたくなかった。
きっと彼女も嘘の優しさなど欲しくはないだろう。
どう言うのが正解なのだと悩んでいると「そろそろ行こうか。きっと、みんな待ってるから」と何事もなかったかのように笑った。
「ああ。そうだな」
イフェイオンは慰めの言葉一つ思いつかない自分に心底嫌気がさした。
時間はあっという間に過ぎ、エニシダと別れる時間が迫ってきた。
時間にすれば、たった三日だが、イフェイオンにとってこの三日間はもっとも充実して幸せだった。
「最後まで付き合ってくれてありがとう」
山を降りて、あとは別れるだけとなったときエニシダがそう言った。
「俺の方こそ感謝してる。おかげで自分が何をしたいか、するべきか、ちゃんと考えることができた」
ルーデンドルフ家の人間としてこの国の人間を守ることは当たり前。
それが、どういうことかイフェイオンはここにくるまできちんと理解していなかった。
今はどうするべきか、自分のやるべきことをきちんと理解できた。
「また、会えるか」
イフェイオンはエニシダと会えなくなるのがつらかった。
胸が苦しくなった。
明日には領地に戻るため、来年まで彼女と会えない。
いや、会える保証もない。
だから、会える保証が欲しかった。
「うん。また会おう」
エニシダはとびきりの笑顔で約束してくれた。
イフェイオンは来年もこの場所でエニシダを待ったが、彼女はこの日を最後に会うことはなかった。
最後だとわかっていたら、こんな風に別れなかったのにと後悔した。
次に彼女と再開したのは、社交界でだった。
あの頃と違い、エニシダは完璧な淑女と呼ばれる女性になっていた。
品のある所作から、もしかしたら貴族かもしれないと思っていたが、まさか今国中で最も有名なオルテル伯爵家の長女だとは夢にも思わなかったが、納得した部分もあった。
あの年齢で草薬の知識が豊富だったのは、オルテル伯爵の娘なら納得できる。
伯爵は今、国一の薬屋として有名だ。
イフェイオンたち騎士が戦場で怪我をしたとき、彼が作った薬のおかげで何度も助けられた。
今日はお礼を言おうとパーティーに参加したが、伯爵は国王に呼ばれているため、まだお礼を言えていない。
早くお礼を伝えたいが、伯爵が戻ってくる気配はない。
それまでの間、イフェイオンはエニシダに話しかけるか悩んだ。
彼女が昔と違い、すごく大人っぽくなったのと同じくらい、イフェイオンも変わった。
騎士として戦場に立つからには、自分の手が血に染まるのは当然のことだと受け入れていた。
別に恥ずかしいことでもなんでもない。
むしろ騎士としては誇らしいことだった。
自身の手が魔物の血で染まるたびに、国のために働いていると実感できるのだから。
ただ、こんな魔物の血で汚れた手の男が、宝石のように美しく輝いている彼女に話しかけたら怪我してしまうのではないかと不安になった。
いや、本当の理由は自分のことなど忘れているのではないかと怖くて仕方なかったのだ。
自分だけが会う約束を覚えていて、エニシダはなんとも思っていなかった、と認めるのが怖かったのかもしれない。
イフェイオンが悩んでいる間にエニシダは会場から消えていた。
探しに行こうとしたときには、いつの間にか周囲に人だかりができていた。
次期ルーデンドルフ家の当主が久しぶりに社交界に現れたのだ。
昔から容姿は整っていたが、歳を重ねるごとに磨かれていき、今ではそれに加えて剣の腕もある。
令嬢たちが自分の夫にと狙うには十分過ぎるほどの魅力がある。
令嬢たちは少しでもいいからと、イフェイオンと話すことに必死になったが、返事どころか見向きもされなかった。
そんなイフェイオンが最初に返事をした令嬢は、妹のエリカと共に現れたリナリアだった。
イフェイオンは妹の友達なため、ただ返事をしただけだが、長らく社交界から遠のいていたため、この行動が後にどれだけ自分とエニシダを苦しめることになったか気づいていなかった。
347
あなたにおすすめの小説
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
大好きだけどお別れしましょう〈完結〉
ヘルベ
恋愛
釣った魚に餌をやらない人が居るけど、あたしの恋人はまさにそれ。
いや、相手からしてみたら釣り糸を垂らしてもいないのに食らいついて来た魚なのだから、対して思い入れもないのも当たり前なのか。
騎士カイルのファンの一人でしかなかったあたしが、ライバルを蹴散らし晴れて恋人になれたものの、会話は盛り上がらず、記念日を祝ってくれる気配もない。デートもあたしから誘わないとできない。しかも三回に一回は断られる始末。
全部が全部こっち主導の一方通行の関係。
恋人の甘い雰囲気どころか友達以下のような関係に疲れたあたしは、思わず「別れましょう」と口に出してしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる