91 / 116
ルーデンドルフ公爵
しおりを挟むユリウスは今自分たちがエトワール国ではなくロレス国にいると知るなり、街の人に港の場所を尋ねた。
エトワール国は国に囲まれているため、船での移動手段がない。
歩いて国に帰るより、船で帰った方がはるかに速い。
イフェイオンは山の中でユリウスが帰ってくるのを大人しく待っている。
ユリウスは買い物を済ませてから、イフェイオンのいる場所へと戻ろうと歩き出そうとした瞬間、信じられない会話を聞いてしまった。
「そういえば、 国、もう半年も近く魔物と戦ってるらしいけど、大丈夫なのかしら?」
「あそこは、いつも魔物と戦ってるから大丈夫だろう。それに、英雄イフェイオン・ルーデンドルフ公子様がいるんだから、問題ないだろう」
「それはどうだろうな。今回は魔族も何人かいるみたいだぞ。いくら英雄でも、厳しいじゃないか?」
ユリウスの時が止まった。
彼らの言っていることが理解できなかった。
魔物?魔族?戦ってる?
自分たちがエニシダを追っている間にいったいどうしてそんなことになったのか。
いくらなんでも戦争を再開させるのが速すぎる。
前回の戦争で魔物も魔族も大量に倒した。
こちらから戦を仕掛けない限り戦争になることなどあり得ない。
ユリウスはそこまで考えてから、皇帝の顔が浮かんだ。
現皇帝なら「人間の力を汚らわしい奴らに思い知らせてやれ」と戦争を命じそうだ。
だが、そんなことをすれば困るのは自分たちだ。
イフェイオンがいないことがわかれば、魔族たちは喜んで攻めてくる。
英雄と呼ばれるようになった強さは伊達ではない。
ユリウスは嫌な予感がした。
部隊のみんなは強いが、それでも不安だった。
何より今国に帰ったとしても、イフェイオンは使い物にならない。
戦争を終わらせることなどできない。
いや、そもそも戦うことすらできないだろう。
ユリウスはその場を急いで離れ、イフェイオンの元へと向かった。
自国で魔族と魔物たちと戦争が行われていることを報告するために。
ユリウスが戻ると気配を感じたイフェイオンはゆっくりと顔を上げた。
その目は日を追うごとに、真っ黒な闇へと落ちていくかのように恐ろしさを増した。
「イフェイオン様。国が半年前から魔族と戦争しているようです。急いで帰った方がよろしいかと思います」
ユリウスは部隊のみんなの安否が気になった。
ユリウスにとって彼らは家族のようなものだった。
きっと、それはイフェイオンも同じだと思い、急いで国に帰って戦いに参加してくれると信じていた。
だが、それは違うと思い知らされた。
イフェイオンの心は思っている以上に壊れていたと。
ユリウスが国で魔族と戦争が再開されたと報告を受けるとイフェイオンの瞳は絶望の中に確かに歓喜の光が差し込んだ。
イフェイオンにとって国は既に守る価値もない存在になっていた。
自分を含め、エニシダを傷つけたものは全員死ぬべきだと思っていたのだ。
※※※
ルーデンドルフ公爵は頭を抱えていた。
イフェイオンがエニシダを追いかけて四ヶ月が経った頃、国王から呼び出された。
自分だったら良かったが、呼び出されたのはイフェイオンだった。
公爵はこの呼び出しが、また魔物討伐の命だと直感した。
それでなくても家の中の雰囲気は最悪だというのに、それ以上のものが舞い込んでこようとしている。
妻はほぼ毎日、リナリアと共にいて社交界でも常に一緒にいる。
息子が呪われた女のために家出したことを未だに受け止めきれていないようだった。
昔からプライドが高く、自分の思い通りにいかないと気が済まない性格だった。
呪われた令嬢を息子が愛しているという事実を誰にも知られたくなく、今まで通りリナリアを愛しているという噂を流していたいのだろう。
何度止めても妻は止めることはなかった。
エリカはイフェイオンが出て行ってから、ずっと部屋に閉じこもっていた。
リナリア嬢には「君には君の人生があるのだから妻のわがままに付き合わなくていい」と伝えたが、「公爵夫人にはお世話になっていますし、私がしたくてしていることですから」と言われたら、それ以上は何も言えなくなった。
本心からそう言っているのか、下心から言っているのか、公爵には判断ができなかった。
リナリアの表情は昔の愛らしかった顔から冷たくなっていた。
その原因がイフェイオンだとわかっていたが、公爵にはどうすることもできなかったし、するつもりもなかった。
今さらだが、公爵は残りの息子の人生は好きにさせたいと思っていた。
公爵も子供の頃、父親から自分の望まないことをさえられた。
歳をとるごとに、それがルーデンドルフ家に産まれた男の使命として受け入れていたが、そうしてはいけなかったのだと今ならわかる。
こんな不幸になるしかない歴史は自分の代で辞めさせるべきだと強く思った。
ようやく、そう決意した矢先に国王からの呼び出しの手紙が送られてきた。
イフェイオンが不在だと告げれば理由を話さなくてはならない。
例え嘘をついたとしても妻かリナリアの口からいずれバレてしまう。
本音を言えばこの手紙を燃やして知らないふりをしたい。
そんなことできないとわかっていても現実逃避を少しの間だけでも公爵はしたかった。
「王宮に向かう。準備を頼む」
公爵はこれまでのツケが回ってきたのだと諦念のため息を吐き、執事に命じた。
478
あなたにおすすめの小説
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
大好きだけどお別れしましょう〈完結〉
ヘルベ
恋愛
釣った魚に餌をやらない人が居るけど、あたしの恋人はまさにそれ。
いや、相手からしてみたら釣り糸を垂らしてもいないのに食らいついて来た魚なのだから、対して思い入れもないのも当たり前なのか。
騎士カイルのファンの一人でしかなかったあたしが、ライバルを蹴散らし晴れて恋人になれたものの、会話は盛り上がらず、記念日を祝ってくれる気配もない。デートもあたしから誘わないとできない。しかも三回に一回は断られる始末。
全部が全部こっち主導の一方通行の関係。
恋人の甘い雰囲気どころか友達以下のような関係に疲れたあたしは、思わず「別れましょう」と口に出してしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる