私達、婚約破棄しましょう

アリス

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黒魔術

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公爵は部下の言葉を聞いた後、少し考えてからこう言った。

「黒魔術」

男に塗り薬が入った缶を見せられた時に感じたもの、それを塗って化け物に変わった部下たち。

そこから導き出される答えはそれしかなかった。

ルークも同じ考えだったのか「間違いないだろうな」と頷いた。

ただ男だけは違った。

黒魔術が使われていると言われても信じられなかった。

黒魔術は200年前に世界中で禁じられた。

もし破れば一族全員死刑は免れない。

その死刑の方法も残虐で口に出すのを躊躇うほどのものだと伝えられている。

地位も名誉も全てを手に入れた男がそれらを捨ててまで黒魔術に手を出すとはどうしても思えなかった。

だが、尊敬し忠誠を誓っている公爵がそう言うのであれば、それが正しいのだとも思った。

男は自分の心を殺して黙って二人の会話を邪魔しないように気配を殺して聞き続けた。

「だが、なぜ伯爵は黒魔術に手を出したんだ?」

ルークはそれだけが心底不思議で独り言のように問いかけた。

「多分、いや間違いないと思うが、薬を作ったのは伯爵ではないからだろう」

公爵は確信したように淡々と言う。

あまりにも淡々と言うのでルークは「そうか」と聞き流しそうになった。

「ちょっと待て。今なんて言った?」

もう一度言って欲しくて言ったわけではないが、結果的にそう言ってしまい公爵はもう一度同じことを言う羽目になった。

「薬を作ったのは伯爵ではないだろう、と言った」

ルークは額に手を乗せ、深くため息を吐き、心を落ち着かせてから尋ねた。

「その言い方だと誰が作っているのか確信しているのだろう」

「エニシダ。彼女が作っていると思う」

ルークはエニシダの名前が出た瞬間、確かにと思った。

なぜ今までその可能性を思い付かなかったのかと呆れるくらい彼女なら今まで腑に落ちなかったことも納得できる。

伯爵が奇跡と呼ばれる薬を作ったと得意げに世間に好評したときは、最初誰もが疑った。

理由は単純だ。

伯爵の性格がクズすぎることで有名で、人を救うための薬など作りたいと思う心がないと誰もが知っていたからだ。

だが数日後、その評価は一変する。

伯爵の性格は以前と変わらないが、薬だけは本物だと。

なぜ伯爵のような男がどんな傷も綺麗さっぱり治す薬を作ることができたのか。

最初は金のためだと思っていたが、薬の料金は平民たちでも手の届く値段。

いくらなんでもおかしい、と誰もが怪しんだ頃に伯爵はこう言った。

「この薬は簡単に何個でも作れる。数人に売りつけるより大勢に売りつけた方が儲かる」

人助けではなく、金儲けのためだと知るや否や全員が納得し、それ以上追求するのをやめた。

馬鹿にされていた男は、いつの間にか大勢に媚を売られるまでにのし上がっていた。

やりたい放題しても誰も文句を言うことはできなかった。

それほど伯爵が作る薬は特別だった。

だが、約一年前。

エニシダが家出をして、数日が経った頃から薬の数が減少し、そこから数日が経つと薬の効能が格段に落ちた。

エニシダが作っていたと仮定すると、薬が減少したのも効能が落ちたのも辻褄が合う。

それに何より彼女の性格なら、人々を救いたいと思って奇跡と呼ばれる薬を作り上げたと言われら信じることができる。

どんな薬を作ったのかと知りたくなる。

「確かに彼女なら納得できるな」

ルークは情けなくて泣きたくなった。

「ああ」

「伯爵が黒魔術を使った理由も」

「ああ」

伯爵はエニシダが作った薬と同じ薬を作ることができなくて相当焦っていたはずだ。

作っても作っても劣化版しか作れず、貴族からも平民からも文句を言われる。

傲慢でプライドの高い伯爵のことだ。

見返すために、それだけのために黒魔術を使ってもおかしくないと二人は思っていた。

「その代償がこれか」

黒魔術の代償は本人だけでなく使ったものの周囲にいるものたちまで影響を与える。

多くのもが黒魔術の巻き添えで死んだ。

使った力が大きれば大きいほど、それに比例するように代償も残酷なものになっていく。

「多分な」

知りたくなかった可能性の一つを思い浮かべてルークは舌打ちと息を吐くかの二通りで怒りをおさめるしかなかった。

「殺してやる」

ルークは絶対に自分の手で殺すと決める。

どんな手を使っても必ずそうしてやる、と。

そうしなければこの殺意を消すことができなかったからだ。

だが、そんなルークの願いなど嘲笑うかのように公爵が冷静に言った。

「もう死んでると思うぞ。代償を払ったか、魔族たちに殺されたか、のどちらかで」

伯爵は魔族たちに目をつけられている。

奇跡の薬などと言われているその薬のせいで死ぬはずだった者が生きられるようになり、戦争に負けることが増えた。

魔族たちにとって最も殺したい人間として認知されていた。

伯爵の周囲には精鋭部隊がいるだろうが、ルーデンドルフ家の騎士たちとは違い魔族と戦ってきた者たちはいない。

いくら精鋭部隊といっても、それは人間相手にだ。

ルーデンドルフ家の騎士たちがいてもこの有様なら、オルテル伯爵がおさめる領地がどうなっているのかなんて、聞かなくてもわかる。
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