怖い話 短編集

ペシミズム

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死んでもラッパを口から離しませんでした

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田園風景の広がる村の校舎からは、今日も無駄に声だけ張り上げた生徒たちの音読が聴こえてくる。最初こそみんなが盲信し、熱狂していた新聞やラジオの報道も、今や国民に希望を与えるための嘘の慰めであると、誰もが信じなくなった。それでも憲兵共に本音を聞かれれば何をされるか分かったものではないからみんなが本音を隠して隣人に接しなければならない。住民が一同に集まれば、国の勝利やら希望やらのうわ言を嘘だと自覚しながらに並べるものだから、この村全体をどこかギクシャクしたような不穏な空気に満たした。そんな中で新聞やらラジオの嘘を信じさせるための洗脳かのように流される子どもたちの大声。

「木口小平は死んでもラッパを口から離しませんでした!木口小平は死んでもラッパを口から離しませんでした!」

都内からこの比較的平和な田園に送られてきた子どもたちは、守るべき国の未来というよりかは、むしろ、私たちを洗脳し、支配する寄生虫であるかに思われる。住民が手に汗握った作物をなぜこの余所者の子供に食わせてやらねばならないのか。わたしだって腹が減っているのに。夫は戦争に行ってしまって帰ってこないし、毎日食べ物にありつけるとしたら、配給で配られる汁物くらい。もうこの生活もそろそろ限界に近い。毎日毎日性懲りも無く、無駄な音読に体力を費やさせるためにあの馬鹿な子供らに貴重な食料を与えているわけじゃない。私たちの食糧は私たちのためにあるのだ。そんな不満を毎日のように抱えながら日々を過ごした。

ある夜、ついにこの村にも空襲がきた。「空襲警報!空襲警報!」、みんなが一斉に防空壕を目指して走り出す。頭巾を被り、寝巻き姿に家を飛び出し、慌てて逃げ惑うこの情けなさ。敵に一矢報いてやることもできないのが悔しくないのか。どっと押し寄せる群衆に、私はどこか、もう、どうでも良くなった。極度のストレスに身を置くと、人間は時に気分がよくなるらしいのだ。私は燃え盛る家々をみつめながら、逃げ去っていく人混みに肩をぶつけられながらも、それでもそこに立ち続けた。すると、遠くからこんな声が聞こえてきた。「助けてください誰か!お願いします!」、子どもの声だった。私を追い詰めた子どもの...。私は金属メガホンを拾い上げた。これは空襲警報に使われるものだ。大方先程の若者が人混みに揺さぶられて落としてしまったのだろう。そして私はその機器を片手にその子にそっと近づいた。

「助かりました、お姉さん。私をここから逃がしてください。」

どうやらこの少女は瓦礫に足を取られてその場から逃げられなくなってしまったのだろう。米軍が落とした焼夷弾の炎の波は、着実にコチラに近づいている。それでも私はどこか愉悦に浸っていた。

「あら、可哀想にね。お嬢さんはいくつなの?若そうなのにお利口な子ね。」

少女の顔が強ばった。明らかに場違いな問答であったのだ。目前には幼い少女が、こんな窮地に立たされながらも丁寧な言葉遣いで助けを求めているのだ。一刻も早く助けあげねば、たちまちここは炎に飲み込まれる。そしたらこの少女はまず助からないだろう。しかし、今のこの女性にはそのような冷静な思考は出来なかった。女性は金属製の拡声器を手に取り、少女に言い放った。

「お嬢さんは、いくつなのー!?」

少女は恐怖した。もう何がなんなのか、この混沌とした状況を理解するほどの能はまだ少女にはなかった。助けて貰えるという淡い期待は露と消え、絶望に向き合い、ただただ涙を流すことしか出来なかった。その折も、女性は拡声器を口に当て、口汚く少女を罵った。やれ、大声がなんだの、やれ、食い扶持がなんだのと、おおよそ大人が子どもに向かって言い放つ内容ではない。そんな罵詈雑言をぶつけられるうちに、炎はついにコチラに到達してしまった。

ある朝、焼け野原となったその村で、二つの焼死体がみつかった。瓦礫に潰された少女の痛々しい遺体と、その目の前には溶けかけの拡声器がちょうど顔の口あたりの位置でしょうか、そこと一体化している女性の遺体。

住民は少し俯き、優しそうに語りかけました。

「きっとぉ...、この方は心優しい人だったのでしょうねぇ...。瓦礫に潰されて逃げることの出来ない幼子を、ずっと傍で励まし続けたんでしょう。自分の身が火に襲われても...。...だから神様、どうかこの方とこの子を天国におやりしてあげてくださいね...。」

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