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なにも知らぬ少年
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ーー「こっちだ!!急いで!!」
その声に導かれるように、ただがむしゃらに走る。揺らめく火、鼻をかすめる鉄の匂い、耳を突き抜ける悲鳴、罵声、怒声。それらに、目眩に似た感覚を覚えながらふらつく脚をなんとか動かし、ひたすらに走る。どこへ向かっているのかすら分からないまま
「はっ、はぁッ·····」
整わない息に苦しさを覚えながらも、できるだけ焼けた空気を吸い込まないように霞む視界に映る蒼い髪をただ追いかけた。
そして最後、太陽のように輝く光の渦にそれが飛び込んでいくのを見て、続くように自分も飛び込んだ。
ーーそれが、俺の最後の記憶。
「·····」
意識が徐々に鮮明になっていく、
それと同時に 感じる頭痛。
ピリピリと微細な電流が頭に走るような
痛みに唸りながら、なんとか軋む体を
押し上げた。
「··っ、あ···っぐ」
···痛い、それと気分も悪い、吐きそう
いったいなにが?
考えようとすると、頭痛がそれを
阻むようにズキリと割れるような痛み
で 思考を妨害する。
「がぁッ!いった···!」
あまりの痛さに思わず頭を両手で抑えるが それでも治らない。むしろ酷くなる一方だ。
絶え絶えになる呼吸をなんとか整える
ため 深呼吸を試みる。しかし、 ヒュー、ヒューという掠れた音しかでない。
喉の奥がヒリヒリとしてまるで焼かれているようだ。
「はっ、かはっ、ひゅう···ッ、
げほっ、ごほ···」
落ち着け、大丈夫、落ち着け。
言い聞かせるように心の中で唱え続ける。
次第に落ち着いてきたのか、呼吸も少しずつだが楽になり、
同時に頭痛も少し和らいできた。
ここでようやく視界が真っ暗な
事に気がついた、どうやら
ずっと目を閉じたままだったらしい。
痛みに気を取られて周りが見えていなかったのだ。
とりあえず、状況を整理するために 辺りを見渡そうとする。
すると 目の前に白い手が差し出された。
「立てるかい?」
優しく微笑みかけてきた女性、
ローブを身に纏っており。その長く
透き通るような蒼い髪は見覚えがあった。
···しかし、誰なのかわからない。
「···どうしたんだい?私が分からない
わけじゃあるまいし、ほら、立って」
呆然としている俺の手を
取り立ち上がらせてくれた。
改めて見る彼女は、どこか
既視感を感じた。だが、
「···誰?」
···まったく、覚えていない。
「·····」
無意識に出た言葉だった。しかしその一言を聞いた瞬間、
女性の表情から笑みが消えた。
それどころか悲しげな顔を浮かべたように見えた。
「···そうか、まぁ、懸念はしていたが
まさか起こるとは」
「えっと···あの」
一人で納得して小さく頷く彼女に困惑する
しかしそんな事お構い無しに彼女は続けた。
「キミ名前は、分かるかい?」
「···名前?」
繰り返すように呟く。
「そう、キミの名前だ」
「俺の···」
思い出そうと頭を抑えるが今度は
痛むことなく、すんなりと自身の
名前が浮かんできた、まあ、
本当に自分の名前かは分からないが
思い付いた名前を口にする。
「···アゲハ」
そう答えると、彼女はすこしだけ
口角を吊り上げ微笑んだ。
「そう、キミはアゲハ、夢泉 アゲハ
名前は覚えているようだね」
そう言って笑う彼女を見て俺は何故か 安堵していた。理由はわからない、だが言っていない名字まで知っている辺り、きっと俺と関係のある人なのだろう。
「私はスロエ、君の···友達かな、うん」
なんとも歯切れの悪い答えだ。
友達にしてはあまり親しい仲では
なかったのだろうか。まぁ、そもそも
俺は彼女の事を覚えていないのだから
親しいもなにもないのだが。
そんなことよりもさっきの場所が
気になった。
「···それよりさっきのアレは、あそこは
あッ?!あぁああ···!」
先程の光景を思い出した途端激しい頭痛が
襲ってきた。思わず膝をつく。
「無理に思い出さなくてもいい、
落ち着いて、呼吸を整えて」
「あ、あッ、ぎっ、うぐぅ···ッ」
言われるがままに深呼吸を繰り返す。
そして痛みが引き、落ち着いたところで
再び立ち上がる。
「···ここ、は?」
やっとの事で絞り出した声は掠れていた。
「どこかの森だね、まぁアレクサンドラ
にはこんな肥沃な大地はないし
たぶんオルニトプテラのどこかだろう」
平然と言い放つ彼女、そのどの単語にも
聞き覚えがなかった。
「アレクサンドラ?あと、オルニ···
なんですか、それ」
「···あぁ、それも忘れているんだね」
困ったように溜め息を吐いた。
しかし、すぐに先程のような超然とした
笑みを浮かべる。
「アレクサンドラとオルニトプテラは
それぞれ大陸の名前だ」
「···」
「この世界は二つの大きな大陸が
対をなして成り立っているんだ」
いきなり知らない名前、俺がいたのは
そんな名前の場所じゃなかった筈。
そこまで考えて再びズキリと痛みが
走ったので、思考を止めた。
「アレクサンドラとオルニトプテラ
二つの、大陸···それで」
「ここはオルニトプテラだ、
アレクサンドラは開拓のしすぎで
こんなに緑豊かな森はないからね」
そう言うと彼女は手頃な木に寄りかかり
ふぅ、と一息つく。
「それで、ここがどこかと言う質問を
さらに掘り下げるとすれば、多分だが
スパイダ樹海だろう、この木は
ここにしか生えないらしいからね」
またもや知らない地名が出てきた。
そんな当然のように言われても
俺には何がなんだかわからないというのに。
ただ、樹海というのに相応しいくらい
辺りは鬱蒼としている。
「···多分だが、いや、きっととても
混乱しているだろう、でもひとまず
私を信用してほしい」
たおやかに笑みを浮かべる口元とは
対照的に真っ直ぐに見据えてくる
真珠のような瞳には有無を言わせない
ような迫力があった。
「···わかりました」
「ありがとう、アゲハ」
感謝の言葉を述べてすぐに彼女は
あ、と思い出しかのように呟いた。
「私の事は気軽にスーちゃんとでも
呼ぶと良いよ」
···なにを言ってるんだこの人、そんな
ので呼ぶわけ···いやもしかしたら
記憶を失う前の俺はそう呼んでいたのか?
そんな気さくな性格なのか俺は。
「さぁ、呼んでごらん、ほらほら」
催促するように体を揺すられる。
いやハードルが高すぎる、恥ずかしい
というか以前は知らんが今の俺にとって
他人同然の人をそんな風に呼ぶとか
ありえない。体を揺する手を軽く
振り払い少し距離をとる。
「ふむ、やっぱりダメかぁ」
やっぱり、とは。まさかずっと
こんな感じで絡んできてたのか?
···記憶を失う前の俺も大変だな。
「···ここから、どうするんですか?
ずっと森の中、って訳にも
いかないと思うんですけど」
「あー···そうだねぇ」
考える素ぶりを見せるが、 あまり深く
考えていなかったらしい。
「じゃあとりあえず···」
「とりあえず?」
「お腹が空いたね」
·········。
「はい?」
「お腹と背中がくっつきそうな位
お腹ペコペコなんだよねぇ」
えへへと笑う彼女に思わずため息を漏らす。
「···そりゃ大変ですね、飯屋探します?
こんな深い森の中にあれば、ですけど」
俺の皮肉混じりの問い掛けに対して
スロエさんは首を横に振った。
「いや、ちゃんと考えはあるから
そんな「ちょっとすいません」
言葉を遮るように、スロエさんの 背後、
遥か遠くを見つめながら言った。
目を凝らすと、何かがこちらに 向かってくるのが見えた。それも一つではなく複数だ。なんなのかは分からないが、体が危険だと訴えてくる。
「っ」
自然と身構える、不思議とどうすれば
いいのか理解できた。
「ん?···おや、魔物に見つかったか」
身に付けているズボンのポケットから
黒い手袋を取り出し身に付ける。
「···なるほど、体は覚えている
というやつか」
「···?」
「いや、なんでもない」
小さく呟く彼女の言葉の意味は
分からなかった。
彼女は余裕たっぷりにその場にたたずむ
突如、目線が鋭く森の奥を見据えた。
「来るぞ」その一言と同時に、森の茂みから 獣のようなものが現れた。それは、 二足で立つ巨大な狼のような怪物だった、
それも複数。
「ウェアウルフか」
「···」
「···ふふ、まぁ、安心したまえ
私が守ってあげるよ」
そう言うと彼女は一歩前に踏み出した。
それと同時に、周りの茂みからも 続々と同じような魔物が現れる。
だが、なぜか心は冷静だった、
程よく緊張感はあるが、恐怖はない。
「···っ!?」
手袋がうねり、変形する、それは
持ち手から刃まですべて真っ黒な
片刃の剣になった。柄を握りしめると、
手に馴染んだ感触を覚える。
「これ、は」
「おや···ふむ、カバーはしてあげるから
存分に暴れてごらん」
そう言うと彼女は両手を前に掲げる。
「ま、露払いだ、···トニトゥス!」
周りに魔法陣のような物が浮かび上がり、
そこから紫電が迸る。雷に触れた
怪物は一瞬で塵になってしまった。
思わず、絶句する。
「ふぅ、さ、あとは任せたよ」
その光景に一瞬呆気に取られたが、
すぐに 我に返り、剣を強く握り直す。
「···」
強く地を蹴り、目の前の一匹に向かって
駆け出す。
「はァッ!」
すれ違いざま、一閃。
切り落とされたウェアウルフの頭は
地に落ちるよりも早く灰となった。
「···なんだこれ」
初めてのはずなのに、初めてじゃない感覚。
まるで日常かのような。俺はこんな事を していたのか?そんな疑問を抱きつつも、次々と襲いくる 魔物達を切り裂き蹴散らしていく。
「わっ!?」
再びぐにゃりと剣となった手袋が
うねると、今度は大振りな鎌へと姿を変える
「···なんで、分かるんだ?
使い方なんて知らない筈なのに」
困惑しながらも、襲いかかってくる
ウェアウルフの群れを捌いていく、
「···っ」
そして、個々にいくのでは勝算が無いと
悟ったのか、一斉にウェアウルフ達が
飛びかかってきた。
「···やるしかない」
それを力強く握り、強く地面を
踏みしめ力の限りなぎ払う。
「はあぁッ!!」
放たれた斬撃は。
「···力は健在か」
怪物の体を、周りの木もろとも
横一文字に切り裂いた。
「···なんだ、これ」
たった数分で辺りには斬り倒された
木と、上体と下半身が割かれた
死体が転がっていた。
これは、本当に自分のやったことなのか?
記憶を失う前の俺は、慣れるほどこんなことを。そんなことを考えながら立ち尽くしていると、 突然後ろからポンッと肩を叩かれる。
「お疲れさま、アゲハ、
すごいじゃないか」
「···スロエさん」
「ん?なんだい?」
「俺って、何者なんですか?」
俺の問い掛けに、彼女は答えない
ただ背中を擦るだけである。
「···俺、俺は」
どうして、戦うことが出来たんだ?
あんな化け物相手に、怖気づかずに。
それにこの手袋。明らかに普通じゃない
というかあり得ない、なんでこんなものが 俺の手元にあるんだ?わからない、 何もかもが分からない。全てが異常だ。
「ふむ、その疑問はもっともだが
取りあえず動こう、また
襲われては敵わないしね」
「···はい」
彼女に促され、その場を離れることにした。
···これからどうなるのか、不安は尽きない。
―――だが今は、彼女の言う通り
ここから動くべきだと判断した。
「アゲハ、キミは自分の名前以外に
なにか覚えていることはあるかい?例えば家族とか友達のこと、 自分がどんな人間なのか、とかね」
「···覚えていないです」
「そうか、なら質問を変えようか」
そう言うと彼女は歩みを止め、
こちらに振り返った。
「元いた世界の事は?そうだな、
確か、そう、日本の事とか」
「···日本?」
とても、とても懐かしいような、
久々に聞いたような気がする。
「···っ、あ」
途端に浮き出る記憶、ほんの僅かだが
確かに思い出した。
「···どうだい?少しは思い出せそうかな? 思い出せたらで良いから、
ゆっくり話してごらん」
水泡のように儚く、おぼろげな記憶。
そこに映る日常の風景。
それは間違いなく俺の記憶だ。
「···学校、行って、勉強して、遊んで
···家に帰る、帰り道···」
途切れ途切れに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
紛れもない、自分が、
今まで過ごしてきた日々。
だけど所々ノイズが入ってるみたいに
記憶の光景は不鮮明だった。
「親父に、母さん···妹がいて」
「うん」
「顔が、思い出せない」
人の顔にもやがかかったようで
思い出せなかった。
「····」
まだ断片的ではあるが、少しだけでも
自分の記憶を取り戻せた事に少し
だけ安心する。
しかし、同時に不安も増す。
「う~ん、この世界での記憶は
まったく無いか」
彼女は腕を組み考え込む。
その表情からは落胆の色が見える。
「さっきからこの世界とか、
元いた世界とか、なんなんですか
···まるで」
まるで、俺が世界でも越えてきた
とでも言いたげじゃないか。
そんな事馬鹿げてる、ありえない。
···あるわけがない。
「···キミの考えはおおよそ正解だよ」
しかしそんな現実逃避じみた考えは。
「ここはキミがいた世界とは
違う世界、異世界というやつさ」
目の前にいる彼女が、あっさりと否定した。
その声に導かれるように、ただがむしゃらに走る。揺らめく火、鼻をかすめる鉄の匂い、耳を突き抜ける悲鳴、罵声、怒声。それらに、目眩に似た感覚を覚えながらふらつく脚をなんとか動かし、ひたすらに走る。どこへ向かっているのかすら分からないまま
「はっ、はぁッ·····」
整わない息に苦しさを覚えながらも、できるだけ焼けた空気を吸い込まないように霞む視界に映る蒼い髪をただ追いかけた。
そして最後、太陽のように輝く光の渦にそれが飛び込んでいくのを見て、続くように自分も飛び込んだ。
ーーそれが、俺の最後の記憶。
「·····」
意識が徐々に鮮明になっていく、
それと同時に 感じる頭痛。
ピリピリと微細な電流が頭に走るような
痛みに唸りながら、なんとか軋む体を
押し上げた。
「··っ、あ···っぐ」
···痛い、それと気分も悪い、吐きそう
いったいなにが?
考えようとすると、頭痛がそれを
阻むようにズキリと割れるような痛み
で 思考を妨害する。
「がぁッ!いった···!」
あまりの痛さに思わず頭を両手で抑えるが それでも治らない。むしろ酷くなる一方だ。
絶え絶えになる呼吸をなんとか整える
ため 深呼吸を試みる。しかし、 ヒュー、ヒューという掠れた音しかでない。
喉の奥がヒリヒリとしてまるで焼かれているようだ。
「はっ、かはっ、ひゅう···ッ、
げほっ、ごほ···」
落ち着け、大丈夫、落ち着け。
言い聞かせるように心の中で唱え続ける。
次第に落ち着いてきたのか、呼吸も少しずつだが楽になり、
同時に頭痛も少し和らいできた。
ここでようやく視界が真っ暗な
事に気がついた、どうやら
ずっと目を閉じたままだったらしい。
痛みに気を取られて周りが見えていなかったのだ。
とりあえず、状況を整理するために 辺りを見渡そうとする。
すると 目の前に白い手が差し出された。
「立てるかい?」
優しく微笑みかけてきた女性、
ローブを身に纏っており。その長く
透き通るような蒼い髪は見覚えがあった。
···しかし、誰なのかわからない。
「···どうしたんだい?私が分からない
わけじゃあるまいし、ほら、立って」
呆然としている俺の手を
取り立ち上がらせてくれた。
改めて見る彼女は、どこか
既視感を感じた。だが、
「···誰?」
···まったく、覚えていない。
「·····」
無意識に出た言葉だった。しかしその一言を聞いた瞬間、
女性の表情から笑みが消えた。
それどころか悲しげな顔を浮かべたように見えた。
「···そうか、まぁ、懸念はしていたが
まさか起こるとは」
「えっと···あの」
一人で納得して小さく頷く彼女に困惑する
しかしそんな事お構い無しに彼女は続けた。
「キミ名前は、分かるかい?」
「···名前?」
繰り返すように呟く。
「そう、キミの名前だ」
「俺の···」
思い出そうと頭を抑えるが今度は
痛むことなく、すんなりと自身の
名前が浮かんできた、まあ、
本当に自分の名前かは分からないが
思い付いた名前を口にする。
「···アゲハ」
そう答えると、彼女はすこしだけ
口角を吊り上げ微笑んだ。
「そう、キミはアゲハ、夢泉 アゲハ
名前は覚えているようだね」
そう言って笑う彼女を見て俺は何故か 安堵していた。理由はわからない、だが言っていない名字まで知っている辺り、きっと俺と関係のある人なのだろう。
「私はスロエ、君の···友達かな、うん」
なんとも歯切れの悪い答えだ。
友達にしてはあまり親しい仲では
なかったのだろうか。まぁ、そもそも
俺は彼女の事を覚えていないのだから
親しいもなにもないのだが。
そんなことよりもさっきの場所が
気になった。
「···それよりさっきのアレは、あそこは
あッ?!あぁああ···!」
先程の光景を思い出した途端激しい頭痛が
襲ってきた。思わず膝をつく。
「無理に思い出さなくてもいい、
落ち着いて、呼吸を整えて」
「あ、あッ、ぎっ、うぐぅ···ッ」
言われるがままに深呼吸を繰り返す。
そして痛みが引き、落ち着いたところで
再び立ち上がる。
「···ここ、は?」
やっとの事で絞り出した声は掠れていた。
「どこかの森だね、まぁアレクサンドラ
にはこんな肥沃な大地はないし
たぶんオルニトプテラのどこかだろう」
平然と言い放つ彼女、そのどの単語にも
聞き覚えがなかった。
「アレクサンドラ?あと、オルニ···
なんですか、それ」
「···あぁ、それも忘れているんだね」
困ったように溜め息を吐いた。
しかし、すぐに先程のような超然とした
笑みを浮かべる。
「アレクサンドラとオルニトプテラは
それぞれ大陸の名前だ」
「···」
「この世界は二つの大きな大陸が
対をなして成り立っているんだ」
いきなり知らない名前、俺がいたのは
そんな名前の場所じゃなかった筈。
そこまで考えて再びズキリと痛みが
走ったので、思考を止めた。
「アレクサンドラとオルニトプテラ
二つの、大陸···それで」
「ここはオルニトプテラだ、
アレクサンドラは開拓のしすぎで
こんなに緑豊かな森はないからね」
そう言うと彼女は手頃な木に寄りかかり
ふぅ、と一息つく。
「それで、ここがどこかと言う質問を
さらに掘り下げるとすれば、多分だが
スパイダ樹海だろう、この木は
ここにしか生えないらしいからね」
またもや知らない地名が出てきた。
そんな当然のように言われても
俺には何がなんだかわからないというのに。
ただ、樹海というのに相応しいくらい
辺りは鬱蒼としている。
「···多分だが、いや、きっととても
混乱しているだろう、でもひとまず
私を信用してほしい」
たおやかに笑みを浮かべる口元とは
対照的に真っ直ぐに見据えてくる
真珠のような瞳には有無を言わせない
ような迫力があった。
「···わかりました」
「ありがとう、アゲハ」
感謝の言葉を述べてすぐに彼女は
あ、と思い出しかのように呟いた。
「私の事は気軽にスーちゃんとでも
呼ぶと良いよ」
···なにを言ってるんだこの人、そんな
ので呼ぶわけ···いやもしかしたら
記憶を失う前の俺はそう呼んでいたのか?
そんな気さくな性格なのか俺は。
「さぁ、呼んでごらん、ほらほら」
催促するように体を揺すられる。
いやハードルが高すぎる、恥ずかしい
というか以前は知らんが今の俺にとって
他人同然の人をそんな風に呼ぶとか
ありえない。体を揺する手を軽く
振り払い少し距離をとる。
「ふむ、やっぱりダメかぁ」
やっぱり、とは。まさかずっと
こんな感じで絡んできてたのか?
···記憶を失う前の俺も大変だな。
「···ここから、どうするんですか?
ずっと森の中、って訳にも
いかないと思うんですけど」
「あー···そうだねぇ」
考える素ぶりを見せるが、 あまり深く
考えていなかったらしい。
「じゃあとりあえず···」
「とりあえず?」
「お腹が空いたね」
·········。
「はい?」
「お腹と背中がくっつきそうな位
お腹ペコペコなんだよねぇ」
えへへと笑う彼女に思わずため息を漏らす。
「···そりゃ大変ですね、飯屋探します?
こんな深い森の中にあれば、ですけど」
俺の皮肉混じりの問い掛けに対して
スロエさんは首を横に振った。
「いや、ちゃんと考えはあるから
そんな「ちょっとすいません」
言葉を遮るように、スロエさんの 背後、
遥か遠くを見つめながら言った。
目を凝らすと、何かがこちらに 向かってくるのが見えた。それも一つではなく複数だ。なんなのかは分からないが、体が危険だと訴えてくる。
「っ」
自然と身構える、不思議とどうすれば
いいのか理解できた。
「ん?···おや、魔物に見つかったか」
身に付けているズボンのポケットから
黒い手袋を取り出し身に付ける。
「···なるほど、体は覚えている
というやつか」
「···?」
「いや、なんでもない」
小さく呟く彼女の言葉の意味は
分からなかった。
彼女は余裕たっぷりにその場にたたずむ
突如、目線が鋭く森の奥を見据えた。
「来るぞ」その一言と同時に、森の茂みから 獣のようなものが現れた。それは、 二足で立つ巨大な狼のような怪物だった、
それも複数。
「ウェアウルフか」
「···」
「···ふふ、まぁ、安心したまえ
私が守ってあげるよ」
そう言うと彼女は一歩前に踏み出した。
それと同時に、周りの茂みからも 続々と同じような魔物が現れる。
だが、なぜか心は冷静だった、
程よく緊張感はあるが、恐怖はない。
「···っ!?」
手袋がうねり、変形する、それは
持ち手から刃まですべて真っ黒な
片刃の剣になった。柄を握りしめると、
手に馴染んだ感触を覚える。
「これ、は」
「おや···ふむ、カバーはしてあげるから
存分に暴れてごらん」
そう言うと彼女は両手を前に掲げる。
「ま、露払いだ、···トニトゥス!」
周りに魔法陣のような物が浮かび上がり、
そこから紫電が迸る。雷に触れた
怪物は一瞬で塵になってしまった。
思わず、絶句する。
「ふぅ、さ、あとは任せたよ」
その光景に一瞬呆気に取られたが、
すぐに 我に返り、剣を強く握り直す。
「···」
強く地を蹴り、目の前の一匹に向かって
駆け出す。
「はァッ!」
すれ違いざま、一閃。
切り落とされたウェアウルフの頭は
地に落ちるよりも早く灰となった。
「···なんだこれ」
初めてのはずなのに、初めてじゃない感覚。
まるで日常かのような。俺はこんな事を していたのか?そんな疑問を抱きつつも、次々と襲いくる 魔物達を切り裂き蹴散らしていく。
「わっ!?」
再びぐにゃりと剣となった手袋が
うねると、今度は大振りな鎌へと姿を変える
「···なんで、分かるんだ?
使い方なんて知らない筈なのに」
困惑しながらも、襲いかかってくる
ウェアウルフの群れを捌いていく、
「···っ」
そして、個々にいくのでは勝算が無いと
悟ったのか、一斉にウェアウルフ達が
飛びかかってきた。
「···やるしかない」
それを力強く握り、強く地面を
踏みしめ力の限りなぎ払う。
「はあぁッ!!」
放たれた斬撃は。
「···力は健在か」
怪物の体を、周りの木もろとも
横一文字に切り裂いた。
「···なんだ、これ」
たった数分で辺りには斬り倒された
木と、上体と下半身が割かれた
死体が転がっていた。
これは、本当に自分のやったことなのか?
記憶を失う前の俺は、慣れるほどこんなことを。そんなことを考えながら立ち尽くしていると、 突然後ろからポンッと肩を叩かれる。
「お疲れさま、アゲハ、
すごいじゃないか」
「···スロエさん」
「ん?なんだい?」
「俺って、何者なんですか?」
俺の問い掛けに、彼女は答えない
ただ背中を擦るだけである。
「···俺、俺は」
どうして、戦うことが出来たんだ?
あんな化け物相手に、怖気づかずに。
それにこの手袋。明らかに普通じゃない
というかあり得ない、なんでこんなものが 俺の手元にあるんだ?わからない、 何もかもが分からない。全てが異常だ。
「ふむ、その疑問はもっともだが
取りあえず動こう、また
襲われては敵わないしね」
「···はい」
彼女に促され、その場を離れることにした。
···これからどうなるのか、不安は尽きない。
―――だが今は、彼女の言う通り
ここから動くべきだと判断した。
「アゲハ、キミは自分の名前以外に
なにか覚えていることはあるかい?例えば家族とか友達のこと、 自分がどんな人間なのか、とかね」
「···覚えていないです」
「そうか、なら質問を変えようか」
そう言うと彼女は歩みを止め、
こちらに振り返った。
「元いた世界の事は?そうだな、
確か、そう、日本の事とか」
「···日本?」
とても、とても懐かしいような、
久々に聞いたような気がする。
「···っ、あ」
途端に浮き出る記憶、ほんの僅かだが
確かに思い出した。
「···どうだい?少しは思い出せそうかな? 思い出せたらで良いから、
ゆっくり話してごらん」
水泡のように儚く、おぼろげな記憶。
そこに映る日常の風景。
それは間違いなく俺の記憶だ。
「···学校、行って、勉強して、遊んで
···家に帰る、帰り道···」
途切れ途切れに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
紛れもない、自分が、
今まで過ごしてきた日々。
だけど所々ノイズが入ってるみたいに
記憶の光景は不鮮明だった。
「親父に、母さん···妹がいて」
「うん」
「顔が、思い出せない」
人の顔にもやがかかったようで
思い出せなかった。
「····」
まだ断片的ではあるが、少しだけでも
自分の記憶を取り戻せた事に少し
だけ安心する。
しかし、同時に不安も増す。
「う~ん、この世界での記憶は
まったく無いか」
彼女は腕を組み考え込む。
その表情からは落胆の色が見える。
「さっきからこの世界とか、
元いた世界とか、なんなんですか
···まるで」
まるで、俺が世界でも越えてきた
とでも言いたげじゃないか。
そんな事馬鹿げてる、ありえない。
···あるわけがない。
「···キミの考えはおおよそ正解だよ」
しかしそんな現実逃避じみた考えは。
「ここはキミがいた世界とは
違う世界、異世界というやつさ」
目の前にいる彼女が、あっさりと否定した。
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理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。
王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー!
HOT男性49位(2025年9月3日0時47分)
→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
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これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
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パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
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白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
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王国に孤児院の子供達を殺された少女ミュライトがラスボスのRPG『プリテスタファンタジー』。
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