無貌の僕から、無名の貴方に

紫陽花

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無貌の僕から、無名の貴方に

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天暦2094年
世界は資源の枯渇から小さなトラブル、国内での暴動、そして多くの戦争を生み出した。
僕の住んでいるこのマルキオンも例外じゃない、迫り来る資源不足からは逃げられずに多くの戦争を起こし、そして勝ってきた。
それでも今は既に隣接している国であるシエンとの戦争が始まってしまっている。
状況は均衡状態でありながら長期的な目で見た場合、資源や資金の面ではシエンの方がやや優勢とも言われている。
そして先日、前線にて諜報活動を行っていた部隊からの定期連絡が途絶え、正式に壊滅したという判断が下された。
それに対して情報戦で不利になると判断した上層部は幼少期からスパイとして運用する為に育てている者の中から1人選び、その者を集中的に育成する事で予定より早くシエンへと送る事を決定した。
そんな大役に、僕は選ばれた。
「E-144、これより貴様はシエンへと向かいこのマルキオンの勝利の礎となるのだ」
育成期間は本来2年であったが、大幅に短縮させ3ヶ月となった。
この3ヶ月は今までの訓練が生温く感じるほどに厳しくなり、次第に僕の心は諦めにも似た感情にねじ曲がっていった。
そして僕を担当していた教官からはそんな有難い激励の言葉と共に「アベル」という名前を与えられた。
原則としてスパイになる事を運命づけられた子供はその瞬間に名前を失い、数字で区別される。
そしてスパイとして潜入する際に使われる偽名のみが与えられることになる。
「は!必ずマルキオンに勝利を!」
僕が選ばれた理由は運動機能や知能では無く、表情管理、感情管理、そういった部分が飛び抜けていたからだそうだ。
自覚はあった、表になんか出したくなかったんだ。
中の僕はまだ綺麗だと思いたかった、上辺の自分が全部被ってくれると思いたかった。
そのせいで選ばれてしまった、それなのに未だに僕はこの被り物に身を包んでいる。
それから僕はシエンへと向かい内通者の家庭に養子として迎え入れられた。
シエンでは18歳の男は軍の用意した学校に入る事となる
本来2年後に送られるはずだった僕は年齢を偽る事で即座に軍の学校へと入れられた。
僕の人生は、この環境で大きくレールから外れる事になるなんて、この時の僕は知る筈もないままに。







入隊式は滞りなく行われ、部隊分けの時間となった。
指定された場所へ向かい、静かに整列すると次に入ってきた生徒に話しかけられる。
「よぉ、お前もここの班か?」
ヘラヘラとした表情を浮かべ、被った帽子からは黒い髪が覗くその男は僕にヒラヒラと手を振りながらそう聞いてきた。
「あぁ、そういう君もこの部隊の隊員かな?」
そう聞き返しながら手を差し出した。
「おう!俺はアウム!これからよろしくな!」
そういってアウムは僕の手を乱雑に掴み腕をブンブンと振るう。
「僕はアベル、よろしくね」
 そう笑顔で答えながら抱いたアウムへの第一印象は(うざい)だった。
少し経つと残りの隊員も集まり、最後に教官が部屋に入ってきた。
「これからの貴様達の訓練を担当するシュツルクだ、貴様達を使えないゴミから多少使えるゴミくらいには育ててやる」
シュツルクは大きな体格に落ち着いた声を持ち、それだけではあまり威圧感を与えないような気もするがシュツルクの顔に刻まれた大きな火傷の痕はその全てを掻き消すように隊員に強い衝撃を与えるには十分すぎた。
殆どの隊員はその火傷を見てザワつくが僕ともう1人、アウムだけはそれを気にも止めていなかった。





そしてシエンでの本当の生活が始まった。
訓練はどれもマルキオンでの生活に比べれば大した事はなく順調に成績を上げていった。
寮では二人一組の部屋分けがされるが僕の同居人は何の運命か、アウムだった。
「なぁー、この漫画読んでみろよ」
「訓練行きたくねぇ~よ~」
「アベル~おんぶしてくれ」
アウムは一言で言えば自由奔放、悪く言えばカスだった
毎朝繰り返されるアウムの戯言を受け流すのが日課になった頃、アウムが話しかけてきた
「アベルってさぁ、ルーク家って知ってるか?」
「ルーク家…シエン屈指の名家だったか」
ルーク家、現当主のルーク・ゾイレが1代で築き上げたと言われてるシエンでも1番と名高い名家…シエンへの資金提供で戦争に大きく貢献してるとかで嫌という程聞いた名前だ。
「あんまし言う事無かったけどよぉ、俺そこの人間なんだよ」
「はぁ?」
突拍子も無い話に思わず腑抜けた声が漏れる
「いやぁ、本当だぜ?証拠って証拠もねぇけど…あ、使ってねぇけど俺だけ特別にって自室があるぜ、今度見せてやるよ」
確かに、気にもとめていなかったけど思えば一部の教官から親しく話しかけられていた…あれもルーク家と言うなら多少納得がいく
「それで、僕にその事を話して特別扱いでもした方がいいかい?坊っちゃま」
「うえ、そういうのは勘弁してくれよ」
アウムは舌を大きく出してわざとらしく嫌がって見せるとひっくり返るようにベッドに寝転んだ
「俺はさ~、いっつも偉大な親父の息子って呼ばれて辟易してんだよ」
掌を眺めながらぼんやりと言葉を垂れ流す
「誰も俺の名前なんて気にしねぇんだよ、挙句の果てには名前を忘れたからゾイレの息子、俺自身をみてくれる奴なんて居なかったんだよ」
らしくもなくブルーな気分のアウムを見ていると何だか不思議な気分になり僕は乱雑に枕を掴んでアウムに投げつけた
「うぇえ!何すんだよ!」
投げつけられた枕を地面にたたきつけ怒鳴るアウムを横目に身支度を進める
「お前は下手に考えずにいつもみたいに馬鹿らしくしとけ」
「あ!?喧嘩なら良い値で買うぞ!?」
「うるせぇ、早く行かないと教官にキレられるぞ
わざとらしく名前の部分強調して言ってやるといつもの調子で返事を返してきた
「…おう!」




「おい、豆も食え」
「やだよ、食べづれぇんだよ」
朝食に入った豆をちまちまと僕の皿に移すアウムを見ていると本当にこいつが僕の2つ上なのかと疑問が浮かぶ
「だからお前はチビなんだよ」
「ぶっ飛ばすぞお前」
いつものようにそんな会話をしている僕らの背後から声がかかる
「私も好き嫌いは感心できんな、ルーク・アウム」
声の主はいつの間にか背後に立っていたシュツルク教官だった
それに気づいた僕達は席から立ち上がり敬礼の構えを取るが教官が手で制し着席するよう促す
「アベル、今日の看護塔の掃除当番が君に決まった」
「看護塔ですか?」
「あぁ、訓練後の清掃は代わりに私が付く」
清掃場所が同じアウムの表情が大きく曇ったのを横目で見ながら、懐に入れているメモ帳を取り出し忘れぬよう書き留める
「了解です!」
教官は僕の敬礼を見届けるとその場を後にした




看護塔
それは名前に似つかわしくなく、コンクリートで固められただけのような見た目の塔でとても医療施設のような清潔感は感じられない
生徒、教官を含めて1日に1人が清掃という名目で呼び出される
中での出来事は原則として語ることは許されておらず追究する事もタブーとされているが未だ未熟な生徒達には想像が膨らむとして色々噂が立っている
妖精が居る、重要人物の治療のカモフラージュ、捕虜の拷問に使われている
負傷した際の医務室は別で存在している為そういった噂話には事欠かないのだろう
それらしい物からありえないものまで、何でも噂になるせいで殆ど気にしてはいなかったが
「まさかやる側になるなんて…考えもしなかったな」
手ぶらで良いと伝えられた僕は訓練後に看護塔に来ていた
「失礼します」
中に人が居るかどうかわからなかったが一先ず礼儀として一言かけながら看護塔の扉を開ける
「おう、いらっしゃい」
中に入ると出迎えたのは白衣に身を包みながら椅子に腰かける男が大きく体を反らせこちらに目を向けてくる
「清掃に来ましたアベルです」
「おう、そこらへんに散らばった資料まとめてくれたらそこらへんに座ってくれ」
「わかりました」
言われた通りに近場の書類から手を付ける
バレないように内容をのぞき見したが中身は生徒や教官の運動データや健康状態が記録されていた
「これでいいですか?」
「おう、早かったな」
書類をまとめたものを手渡すと目の前の椅子に座るよう促され腰を下ろした
「書類書いたまんまですまねぇな、ちょっと話し相手になってくれよ」
「えぇ、時間はあるので」
「助かるわ~、そういやアベルの出身はどこなんだ?」
「僕はシエンの南の港生まれで」
男は当たり障りのない話題をふってくる
マルキオンではこういった場面でのカバーストーリーがいくつか用意されていてそれらしいものを答える
何度かのやり取りを終えると男の机に置かれた時計が時間を告げる
「お、もう時間みたいだな」
「そうみたいですね、それじゃあ僕はこれで失礼します」
「あ、そういえば聞き忘れてたこともう一個あるわ」
席を立ち看護塔を後にしようとすると男はそう言って僕を引き留めた
「マルキオンのスパイ、上手くいってるみたいだな」
その一言で僕の身体は硬直する
(バレた?なぜ?ここで消す?でもここでやるのは絶対にまずい…)
頭の中で色々と思考が巡りつつも表情だけは冷静さを保つ
「スパイ?急に何のことですか?」
「お前の出身だとかそれに付随する思い出やら友達の名前、殆どマルキオンの教科書のやつだろ?まぁ全部が全部ってわけじゃなかったけどな」
(全部バレてる…生存を優先するならここで消すしか…)
腰の拳銃に手をかけようとするが気にせず男は話を続けた
「あーわりいわりい、別に告げ口するつもりもねぇよ」
「は?」
「名乗るのが遅れたな、俺はウェルス・カロンってもんで元はマルキオンの諜報部隊の隊長やってたんだよ」
「諜報部隊の…全滅したと聞いていますが?」
「見ての通りだ、捕虜として捕まってからはこうやって閉じ込められたまま事務作業だよ」
まだ完全には理解できていないものの少しの安心感で大きなため息が漏れる
「はぁぁぁぁ…それで、僕に何の用ですか?」
「用って?」
「とぼけないでください、こうして僕を呼んだのには訳があるんでしょう?」
「ねぇよ、そもそもお前がマルキオンの人間だってわかったのも会話中だ」
「何ですかそれ…」
「あ、でもせっかく同郷の人間に会えたんだし定期的に清掃で呼ぶからよ、あっちの状況とか教えてくれよ」
「あっちって…マルキオンのですか?」
「おう」
「お断り…したい所ですが拒否権は無さそうですね」
それを聞いたカロンはニヤニヤしながら「そりゃそうだろ」と言ってみせる
「とりあえず毎週の水曜に呼ぶからな~」
そういうと帰った帰ったと言いたげに手をフラフラと振る

部屋に戻るとアウムが興味深そうに近寄ってくる
「看護塔どうだった?噂は本当だったか?」
「…妖精が居た」
答えに困った僕はとりあえず妖精という事にしておいた


それからは毎週看護塔の清掃に呼ばれては戦況の説明をさせられた、マルキオンへの定時報告に加えてカロンへの説明を考えるというのが日課になった頃、季節は冬へと変化していき訓練場には雪も見られるようになってきた
「今の戦況を見るとマルキオンが優勢ですね」
「ほーん、まぁシエンはお国柄スパイとか使わねぇしな、情報戦で不利取ってまだ負けてないだけ流石って言えばいいのか、それともこんだけ有利取って勝ちきれないマルキオンがだらしねぇのか」
まるでテレビのニュースを見るようにしているカロンを見て苛立ちを覚えつつも役目を終えた僕はそそくさと看護塔を後にする
部屋に戻ると珍しくアウムが待っていなかったが代わりに教官の一人が部屋に入ってくる
「今訓練生を皆食堂に集めている、着替え次第直ぐ向かうようにな」
「了解しました」
今までこんな事前連絡なしの集会は無かったが一先ず衣服を着替え食堂へと向かう
「おう!アベル!こっちだこっち!」
食堂に入るとアウムが大きく手を振って声をかけてきた
列に並ぶと僕で生徒が全員揃ったようでシュツルク教官が前に出てくる
「諸君らも知っての通り我らシエンは現在マルキオンと戦争中である」
「現在前線は崩壊寸前まで追い込まれている、よって各軍学校の訓練生から数人ずつ選び、前線へと赴いてもらう事になった」
教官のその言葉で生徒からは困惑の声が上がる
「んだよそれ…要は前線に出て無駄死にしろってことだろ?」
段々と声が大きくなる生徒たちに対して静かになるよう声をかけ、教官は話を続ける
「皆が言うように要は国の為の時間稼ぎだ、それについては否定する気はない」
シュツルク教官が話していると別の教官が箱を持ってシュツルク教官の横までくる
「そして今からこの箱の中から紙を取り出し、そこに記された名前の者には前線へ行ってもらう」
「この中には訓練生の皆の他にも私たち教官達の名前も記されている」
そしてシュツルク教官は箱に手を入れて5枚の紙を取り出した
3枚目まで名前が呼ばれ、名前を呼ばれた生徒達はそれぞれ嘆きながらも覚悟を決めていた
そして4枚目の名前を読み上げる際にシュツルク教官の表情が変化したように見えた。
「…シュツルク」
それまで生徒達の名前しか出てこなかった。当然生徒の方が人数が多いのだから確率もその分低いとわかっていながらも、生徒たちの中には教官の名前なんてないんじゃないかと言い出す者も居た。
…もう、文句や疑問を言い出す者は居なかった。
静かになった食堂の中で最後の紙を開く音だけが響いていた。
そして最後の名前が呼ばれる。
「アベル」




「はぁ」
部屋に戻った僕はベッドに寝転がり天井を見上げていた。
「あぁ、そういえば明日は定時報告の日か…どうにかしてくれるなんて、考えない方が良いかもな」
集会の後、アウムはどこかに用事があると言って部屋には戻ってこなかった。
アウムが居ない部屋はとても静かで、とても居心地が悪かった。

次の日になって食堂でアウムに会うと
「アベル、行かなくてよくなったぞ」
その言葉の意味は再び開かれた集会でようやく理解に達した。
「他の軍学校で志願者が多数出たためここから送る話は無くなった」

「いってぇ!」
集会を終え、以前から言っていたアウムの個人部屋に向かった彼を追いかけた僕は乱雑にアウムの襟元をつかみ壁にたたきつけた。
「お前…何かしただろ」
怒りの混じった声でそう問うと、アウムはそうだと答える
「…親父に連絡して、無理やりうちからは出さないようにしてもらった」
「ふざけんなよ…」
「何でだよ、何で助けたんだよ」
「…」
「何とか言ってみろよ!いつもみたいにバカげた面して!こんな事になるなら前線出て死んだ方がマシだった!」
激情のままに言葉を吐き捨てる
「お前の方がふざけてんじゃねぇぞ!」
それまでされるがままだったアウムは僕を押し倒し、馬乗りになる
「死んだほうがマシなんていうんじゃねぇ!」
馬乗りのまま頬に拳が振り下ろされ、鈍い痛みに襲われる
「うるせぇ!僕の事なんて何も知らねぇくせに!お前みたいなシエンのクソボンボンに…!」
もがきながらこぶしを握るアウムの腕をつかむと、痛みが残る頬に雫が落ちた
「んだよ…てめぇの事なら知ってるわ馬鹿野郎…本当は豆が好きなことも、バカみたいにお人好しな事も、表情管理だけはいっちょ前で、心の制御へったくそな…」
「マルキオンの人間って所も…」
思いもしなかった、そんな言葉が出るなんて
「な 何言ってんだよ、アウム」
静かに手から力が抜けていく
「お前が毎週看護塔に行ってたから…不思議に思ってコッソリついてったんだよ…」
「そしたら、お前と中の人の話聞こえちまって…」
これは、僕のミスだ
訓練と他の対応に追われて意識を割き切れなかった
「じゃあ…何で僕を助けたんだよ…」
かろうじて言えたのはそんな当たり前の疑問だけだった
色々な考えが頭をよぎっては、ありえないと投げ捨てる
「友達だからだ…当たり前だろうが…」
そんな巡り続ける僕の思考を、アウムはそんな言葉で投げ捨てた
「僕はマルキオンだ、アウムとは違う」
「でも、お前は俺の名前を呼んでくれた」
「…アウムに、酷い言葉を言った」
「いつもだろうが…チビよりマシだよ」
「…チビ」
「ぶっ飛ばすぞ」
少しの沈黙の後にアウムは僕の上から降りると、寝転がる僕の隣に腰を下ろした
「俺は、お前を友達だと思ってる」
「来たばかりの時に仲良くなった奴は皆俺の名前を聞いて目の色を、見る目を変えやがった」
「俺を、アウムを見ていた目はさ、ゾイレの息子を見る目に変わっていくんだよ」
「それなのにお前ときたらさぁ…お前のくじ運も最悪だけど、俺も相当だって思っちまうぜ」
自虐気味に笑うアウムを見ていると段々と涙があふれてくる
「僕は…どうしたらいいんだろう」
その問を待っていたかのようにアウムは答えてくれた
「助けてくれてありがとうアウム様!そう言えばいいんだよ」
「…ありがとう」
「おう!」
アウムが手を差し伸べてくれて、僕はその手をつかんだ。
「俺がお前を導いてやるから、これからは俺の為に生きろ」
「…バカのお目付け役ってことか」
「ふん!」
不意に飛んできたチョップをよける
「何よけてんだてめぇ!」
「うるせぇ、遅いんだよ。」
お互いににらみ合い、どちらからだろうか、噴き出すように笑い始める
「「ブハハハ!」」
一しきり笑い終えるとアウムが部屋に戻ろうと提案し、僕もそれに賛成した
そして僕がドアに手を添えた瞬間に
「え」
視界は瞬時に白色に支配される
次に襲ってくるのは轟音と衝撃
ドカンという激しい音と共に部屋の半分が吹き飛ぶ
「アウム!無事か!?アウ ム…」
かろうじて繋いだ意識を頼りに背後を確認すると、血だらけで腹には建物の破片が突き刺さり一目で致命傷だとわかる傷を負ったアウムが気絶していた

その日、マルキオンはシエン内で最も軍への援助に貢献しているルーク家からの信頼を失わせるために、ルーク・アウムの暗殺を計画していた。
 皮肉にもシエンでは誰にも気にとめられなったアウムは、マルキオンにだけは見据えられてしまったのだ。
マルキオンは直前までバレないようにする為に同じ敷地内のアベルには定時報告と共に直前に伝える予定だったが、アベルはアウムとの一件で定時報告の場には居なかった
そして、本来であればアウムも自室ではなくアベルと住む部屋に居たはずだったが、彼もまたアベルとの一件で気まずくなり自室を利用していた
多くの不運が重なった。多くの考えがすれ違った
ただ、爆破の後は一人の少年の叫び声が響いていた



「何だったんださっきの爆発音…倉庫でだれかミスったか?」
アウムの自室とそう離れていない位置の看護塔では、爆発音で飛び起きたカロンが不思議そうにしていた
「あーあー、頑張って積み上げたブロックたちが…」
暇つぶしに積み上げたブロックが衝撃で倒れた事を残念がっていると、看護塔の扉が荒々しく開かれる
「あ?誰だ?」
「カロンさん…」
「うお…お前、それ」
そこに居たのは血だらけのアウムを背負った血だらけのアベルだった
「こいつを…アウムを、助けてください」
看護塔には医務室以上の医療設備が用意されており、緊急時の手術にも対応している
それを以前聞いていたアベルは、消えかける意識のままアウムを看護塔まで背負ってきた
「お前…いや!それより輸血だ!そいつは俺が寝かせるからどうにかベッドまで来てくれ!」
カロンがアベルからアウムを受け取り、ベッドに寝かせる
「カロンさん…僕より…こいつを…」
「…いや、お前が先だ、血液型は何だ」
「カロンさん、僕はいいんです」
「あーもう!こいつの血液型が分からねぇ以上確実に助かるお前からだって言ってんだ!じゃあこいつの血液型わかるってのか!?」
「僕の、血が使えます」
「はぁ!?バカ言ってんじゃねぇよ!お前と同じ血液型ってんならこっちの血が!」
「わからないんです」
「は?」
「アウムの血液型、わからないんです」
「でも、僕の血が使えるはずです」
「はぁ!?わからねぇのに何を根拠に…」
カロンはハッとした顔でアベルを見つめる
「お前…もしかして」
「…はい、僕の血は黄金の血と呼ばれる…希少な血液型です…」
「…クソが、流石にそのストックはうちにはねぇ」
「最後に、メッセージだけ、書かせてください」
カロンさんは手元の紙とボールペンを僕に渡すと、輸血の準備をすると言って僕とアウムの二人にしてくれた
「いってて…今だけはこの丈夫な身体に感謝かな」
多くは書けない、だけど今はきっとこれだけで十分なんだ
悲しくはなかった、寂しいとも感じない、ただアウムを置いていく事に不安は感じる
僕は悪いことをたくさんしたし、きっと行く先は地獄だろう
それでも、このメッセージを残せる時間をくれた事だけは神様に感謝しよう
「……できたか?」
「はい、ありがとうございました」
僕は紙をカロンさんに渡そうと手を伸ばした。
「お前……」
「あれ、そっちでしたか」
向いてる方向とは反対からカロンさんの声が聞こえてくる。
「ごめんなさい、もう視界がぼやけてて」
もう一度、次はカロンさんの方に向かって紙を手渡す
「…ちゃんと渡してやるからな」
カロンさんはゆっくりと僕の腕に針を刺して輸血の準備をする。
「…世界を恨めよ、お前にはその権利がある」
カロンさんの声からは怒りにも似た何かを感じた。
「恨みませんよ」
「…お人好しがよ」
(あぁ、そういえばアウムも僕の事お人好しって言ってたっけ)
「よく、言われます」
そして僕の意識は、戻ってこれないほどに深い所まで落ちていった。





「う……」
体が痛い、特に腹の部分
「ここは…」
何とか目を開くと隣に人が居る事に気付いた
「お! 起きたか!」
どこかで聞いた声…どこだったっけ…あぁ、そうだ、確か
「看護塔の…妖精さん…」
「妖精?まだ意識しっかりしてねぇのか…」
俺、アベルと喧嘩して、仲直りして、そしたら、急に明るくなって…
「アベル…あいつは?あいつは無事なのか?」
かすかに開いた視界で目の前の男の表情を窺う
「…あいつは、死んだよ」
「はぁ?」
この人は、何を言っているんだろう
「俺はあいつから君にこれを渡すよう頼まれてる」
男は懐からかすかに血が付着した紙を取り出し俺に手渡す
「検閲されないようにすんの大変だったんだぜ?読み終わったらお前の親父さん呼んでくるから、終わったら呼んでくれ」
そういって男は少し離れた椅子に腰かける
信じられない、あいつが死ぬなんて
それでも目の前の紙に付着した血が否応なしに真実を突きつけようとしてくる
呼吸が荒くなるのを感じる、これを開きたくなんかない、きっとアイツはどこか遠い所に逃げたって思いたかった
それでも俺は、その紙を開き、中を見る

アウムへ
これを読んでる頃には僕はもうこの世にいないだろう
時間がないからこんな形でしかお別れを言えなくてごめん
書きたいこと沢山あったけどもう結構限界来てるから伝えたいことだけ書くね
僕がアウムに怒ったときさ、あの時本当は一番自分自身に怒ってたんだ
アウムに、きっと頼りたくないはずの父親に頼みごとをさせてしまった
それが一番、むかついたんだ
ありがとう、助けてくれて
ありがとう、友と呼んでくれて
ありがとう、僕を救ってくれて
君への借り、返せたかな
最後に、お願いがある
もしも戦争が終わって、マルキオンに行く事があったら
ベアトという川の中流に、僕の故郷の村がある
そこに、花を植えてほしい
君にバレてなかった僕の好きな物
そして、最後に君に教えよう、アベルという偽の名前ではない、両親から受けた本当の名前
アクアより


「うぅ…くそ…くそ…」
行き場のない気持ちでいっぱいになる
壊れそうなほどに揺れる心の中、決して破れぬように手にした紙だけは優しく抱える
涙があふれて、止まらない
それでもいつかは枯れてしまう
少しだけ、落ち着いてくれたから、離れた場所にいるあの人に声をかける
「おう、終わったか」
「はい」
「…悔しいか」
「…はい」
「お前が望むなら、俺はこの戦争を終わらせるだけの方法がある」
目の前の男はまるで夢のような事を言い出す
いつもなら、何言ってるんだって、バカじゃないかって、そう言ったと思うけど
目の前の男は、決して嘘を言っていないとそう感じた
「終わらせたいです、俺にはやることがある」
「それはお前の為か?」
「違います」
「わかった」
男は手を差し出しながら歯を見せ笑って見せた
「俺はウェルス・カロン」
を、案内してやるよ」


それからはあまりにもとんとん拍子で進んでいった
洗脳と似た訓練を行い続けたマルキオンに裏切りが起こるという考えは無く、カロンさんの流した嘘の情報は驚くほどマルキオンに大きな打撃を与えていった
そして多くのスパイの摘発まで済ませると軍事力の差を情報戦や卑怯な手を使う事で埋めていたマルキオンに勝ちの芽はもう無かった
カロンさんになぜ今までこうしなかったのかと聞くと「一応故郷ではあるから、少し抵抗あったんだよ」と答えていたが、正直真相は分からない
マルキオンの上層部は最後まで抵抗をしていたが多くが自害したことでこの戦争は終わりを告げた
ちなみにこの話を聞いたカロンさんは吐き気がするとだけ残してお昼ご飯を食べに行ってしまった




「ここかぁ」
そして俺は、アクアとの約束を果たす為に周りの反対を押し切って無理矢理あいつの故郷に来ていた
「たく、周りがうるさいせいで来るのに時間がかかっちまった」
周りを見渡すと、きれいな川が流れ、その周辺をきれいな緑が覆っている
この周辺までは戦争の影響はあまり受けていないようできれいな空気を堪能するには十分すぎていた
「しっかし、俺も侮られてたもんだなぁ」
手に持った袋からいくつかの花の苗を取り出す
「お前が訓練中にチラチラ花を見てたことくらい気づいてたってんだよ」
足元の土を素手で掘り返し一つ一つ丁寧に植えていく
「親父のせいで人間観察だけは鍛えられてんだ」
「…よし」
持ってきた花の苗を植え終えると地面の草に身体を預ける
身にまとったスーツが汚れることに抵抗なんてあるわけなかった
「アクア!俺さぁ!決めたんだよ!」
腹から声を出すように宣言にも似た声をあげる
「ゾイレの息子ってのも!俺の名前だ!それでいいんだよ!」
「いつか!アウムの父親って!あいつの名前の一つにしてやる!」
「その為だったら今は我慢してやんだよ!」
「見てろよ馬鹿野郎!最後に笑って!お前の所に行ってやるよ!」
その時、一段と大きな風が舞った
『そりゃ楽しみだ』
そんな声が、俺には聞こえた
「花に塩水は…よくねぇよな…」
涙を拭って立ち上がる
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この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

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蔵屋
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漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

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