あの雨のように

浅村 英字

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四時間目

タツヤ

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 俺が小学三年生だった頃、当時もサッカーをしていた俺は、ある試合でプレー中の衝撃で重傷をおった。

「これはひどいですね。とりあえず、三ヶ月入院してみます?あくまでも三ヶ月ですので、早くなるかもしれませんが。もう少し長くなるかもしれません」

 俺が重傷を負ったのは最悪なことに利き足だったから、ショックが大きかった。そんな姿を見たチームメイトは絶望という言葉がしっくりきているような顔をしていた。
 入院当日、車椅子で案内された病室は四人部屋の一角。そこには一人の男子と数人の看護師さんに空きのベッドが二つ。つまらない新しい生活に心振る舞う気にはなれなかった。

「よっ!君、名前は?」

 名前の知らない男の子は俺のベッドに腰を下ろし、興味津々な顔をして俺を見る。

「『卯実 明日薫』君は?」

「俺は『イナガキ タツヤ』小学三年生だよ」

 俺と同い年の彼はとても元気がよく、見る限り体に害のなさそうな振る舞いで、ここにいるのが不思議だった。

「元気なのはいいけど、あまりはしゃぎすぎないでね辰矢くん」

「はーい」

 新しいおもちゃを目にした子犬は大人の言葉を受けてから冷静になった。
 俺は荷物を整理し、やる事のなさから勉強でもしようかとテーブルに道具を広げる。

「勉強好きなのに、骨折したんだね」

 同室の男子は俺のテーブルを見て簡単そうに笑う。

「違うよ。サッカーの試合で受けたんだよ」

「サッカーしてるんだ。だとしたら左足を持った使った方がいいんじゃない?」

 俺は基本的に利き足でボールを使っていた。でも、テクニックでなんとかしてきた。だから試合で活躍できて、あの試合の結果次第では県選抜にもなれたかもしれなかった。

「なんで分かったと?」

「左足の筋肉が少ない気がしてさ。右足のタコの数もすごいから練習量が多くて、そのせいで筋肉はかなりついている。それに対して左足はそうではない。足裏は格段に左足が多い」

 テーブルの奥につられいる俺の右足と、ベッドに置かれている左足のタコの量が違った。

「あ、ごめんごめん。なんか気になってね」

 彼には不思議なオーラがあった。同い年なのにいろんなことに余裕を持っていた。そのおかげで入院生活は彼に頼りながら楽しく過ごせた。暗くなり、ホームシックになることもなかった。両親も彼と仲良くなり、心配して見舞いに来ることが無くなり、親族が来る回数も減っていった。
 そんな入院生活が明日終わるっていう日の夕暮れ前、俺は初めて彼がずっと誘っていた屋上に来た。

「なんだよ、明日薫。最後に屋上で話したいなんて。ずっと高所恐怖症だって言いながら断ってたのに」

 確かに、俺は高所恐怖症で病院の屋上から見る景色には恐怖心がとてつもなく湧いてくる。

「俺さ、ここに来た時から思ってたんだけど、なんで入院してたの?」

 辰矢は首を傾げて、心を読ませてくれない。

「普通に過ごしてるじゃん。点滴も打ってないし、別に具合も悪そうじゃない」

 彼は椅子の上に立ち上がり、空を見上げて自分のことを語り出す。

「俺が入院してるのは、名前は忘れたけど不治の病らしいだよ。あと数年すれば死ぬらしいんだ」

「・・・・・・」

 今回の俺の傷は、命に対する危険はなかった。だからこそ、彼に返す言葉は浮かばない。

「黙るなよ。明日で最後になるんだぞ?こういう時もいつもみたいに賑やかにしようぜ?」

 俺は、入院と知らされていた時に、将来の夢を諦めかけていた。そんな自分が情けなく思える。

「・・・何かないの?残りの人生でやりたいこととか」

 俺は彼との距離が縮まったから、彼のくれた未来の光の代わりに何かをしたかった。

「ないよ。ってか、そういうのは作らないよ現実は」

 辰矢が笑いながら言ってることが分からなかった。普通こういう時は、未練の様なやりたいことがあるのだと思っていた。

「だって、そんなの考え出したらキリないよ。俺みたいな先のない人間は、先を見ないで今を生きるのが一番なんだよ」

 キリがない、その言葉に納得がいった。確かに、俺の様に死際が分からない奴には、そういうことは理解が苦しむのだろう。

「でも・・・」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、そういうのは考えると死ぬのが怖くなっちゃうからさ」

「だったら、形見的なのくれよ」

 俺は正直ひどいことを言ったと、自覚があった。まだ生きている人に対して「形見」なんて、ひどいにも程がある。

「・・・形見なんて大そうなもん持ってねえよ」

「いや、その。なんて言うか・・・」

「分かってる。明日薫の言いたいことは理解してるつもりだよ」

 俺をいつもの様に見透かしている辰矢。見透かされなくなることは、俺には出来なかった。

「だったら、明後日の土曜日、ここの玄関で待ってろよ。久々に外出許可が降りたんだ。一日付き合えよ」

「え・・・マジ?」

「おう、マジだよ。いろいろ行きたいとことかあんだよ」

 俺はどことなく嬉しかった。辰矢にそうやって言われることが、初めてだったから。

「分かった。何時に外出すんの?」

「十時に病院出るつもり。間に合う?」

「了解。十時な、最高の一日にしてやるよ」

 辰矢との会話を終えた頃、俺の携帯が鳴り、家族と共に家に帰る。
 翌々日、辰矢との約束の土曜日。十時まで二日ぶりの病院のフロアで時間を潰す。

「悪い、明日薫。待たせた」

 あの時の様に元気な辰矢の姿をしていて、すごく安心した。すぐに散ってしまう桜の様な感じだったから、今がとても嬉しかった。

「いや、そこまで待ってないよ。ってか、お前の私服意外とオシャレなんだな」

 辰矢の服装は小学生って感じがない、少し大人びていた。

「そうかな?今時の小学生の流行とか知らないから」

 言われてみれば、病院にしかいないのに小学生が何を好んでいるのか、分かるわけないか。

「確かに、俺とは違うもんな」

「ってか、行こうぜ。時間がもったいねぇ」

 そう言って俺と向かった先は、意外にも俺がよく行くサッカーグラウンドだった。

「なんでここなん?もっといいとこあるだろ」

「お前、何か形見が欲しいって言ってたじゃん」

 確かに以前そんなことを聞いた。でも、それとサッカーグラウンドにどんな関係があるって言うんだろう。

「だから、ここでお前にいろんなテクニック教えてやるよ」

「いや、教えるも何も。俺より下手だろ」

「そうか?なら、そこのボールを俺から守ってみてよ」

 試合でもなかなか取られることがないのに、外出もろくにしてこなかった人に取られるのか・・・。

「いいよ。終わりは?」

「それじゃ、せっかくだしシュートしてよ」

 俺の足元にあるボールをシュートまでつなげる、簡単だ。そう思ってた。
 俺がボールを持って辰矢の前に立った瞬間、俺の足元にあるボールが自分の思った通りの動きが中々させてくれない。そしてすぐに俺の足元からなくなった。

「おいおい、初心者に簡単に取られてんな」

 俺は何が起きたの分からなかった。気がついたら、俺の後ろで辰矢がボールを持って笑っていた。

「マジかよ・・・」

「右足しか使わないってことさえ分かれば、取るのなんて簡単だよ。入院初日に左足も使えってアドバイスしたのに」

 そこからは彼からのサッカーの指導を受けた。初心者のはずの辰矢に教わるのは、最初は気が引けたが数分もすればそんなのは忘れてしまっていた。そんな彼は、驚くほど体が自由に動いていた。その姿は彼が病人であることを忘れさせた。

「ったく。もう終わりかよ・・・」

「お前、本当に病人かよ。俺より動けてんじゃねぇか」

 息が上がり切っている俺に対して、余裕でリフティングをしている辰矢。どちらが病人か、他人は分からないだろう。

「まぁまぁ、ってか腹減ってこない?」

 もう午後一時を目前にしていた。

「そろそろだと思うぞ」

 すると、俺と同じチームのメンバーが大声を上げて俺の名前を叫んでいたのが聞こえた。

「明日薫。とりあえず昼飯とメンバー集めたけど・・・、そいつは?」

「初めまして『稲垣 辰矢』です」

 サッカーのチームメイトと残りの時間も同じように過ごしていたが、俺のチームの誰も辰矢に追いつけるような者はいなかった。
 午後四時ごろ、辰矢と俺は病院に戻った。

「今日はありがとな。明日薫のおかげでめっちゃ楽しかったよ」

「おう!でも、お前サッカー上手すぎるだろ。誰もついていけてなかったじゃないか」

 彼は胸を張って、自慢気に高らかと話し出した。

「そりゃあね。俺は一応天才って感じだからな」

 俺はそう言った彼とその後、会うことはなかった。
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