あの雨のように

浅村 英字

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十三限目

家族

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 夕食時、初めて稲垣という苗字を持たない咲楽が食卓に混ざった。

「初めまして。妹の雪奈です。お兄ちゃんの事よろしくお願いします」

 俺は、なんだか恥ずかしくなった。母と言い、雪奈と言い俺がどれだけ恥をかけたらいいのか分からない。

「咲楽です。よろしく」

 優しい咲楽は雪奈の言葉を軽く受け流した。

「はい、お待たせ。今夜の晩御飯はデミグラスハンバーグです」

「美味しそう!」

 咲楽の声を聴いて、並べられた夕食の匂いが俺の鼻にも届いた。
 それぞれに分けられているハンバーグ。一人三個ずつ、見た目には一つだけ違いがあった。その違いはハンバーグの上に乗せてある目玉焼きだった。それを見て母が作ったハンバーグの中身が大体わかった。

「咲楽ちゃんがどういうのが好きが分からなかったから、全部作ってみた」

 母の笑顔で俺が考えていることが証明された。乗せられているハンバーグは全部味が違うのだろう。本当に母も手の込んだものを作ったな。少し嬉しくなった。そこまで頑張ってくれたのは、咲楽のためでもあり、俺のためでもあるのだろう。

「「いただきます」」

 母の手料理は本当に久しぶりだった。やっぱり俺が作る料理よりも断然美味しいと思った。母にはどうしてもかなわないものだ。

「美味しい!」

「ありがとう」

「辰矢が料理上手いのってお母さん譲りだったんだね」

 俺はこの人が母親で良かったと誇りに思った。

「そうなのかも」

「そう言えば、辰矢。咲楽ちゃんには話したの?」

 母さんが言っているのは、おそらく俺の病気のことだろう。咲楽は俺の病気のことを俺以外から聞いてるから、どう伝わっているのか俺も詳しく知らない。でも、聞き方次第で親にも変に思われかねない。

「うん、知ってる。でも詳しくは教えてないからそこまでじゃないかな」

 この言い方で、母さんの言葉を上手く回避できただろう。

「そうだね、何となくは聞いてます」

 咲楽も俺の考えを察してくれて、俺の話に合わせてくれた。

「そうなのね。どこまで知ってるの?」

「私が聞いたのは、病気を持っていることと余命宣告されたことだけです。それ以上詳しくは聞いてないです」

「あら、ほとんど聞かされてないのね」

 咲楽が知っている理由は、優里菜の母親から聞かされたらしいけど、どの辺りまで聞いているかなんて俺も気にしてなかった。それにしても、これ以上話を続けるとご飯の時にする話じゃないんだよな。

「咲楽ちゃん、今日は泊ってくの?」

 初めて来ていきなり泊まっていく彼女がどこにいるのだろうか。もしかして、雪奈がそれをやる気なのか。

「え?!いや!さすがに」

「咲楽は手ぶらで来てるんだから、泊まるわけないだろ」

 俺はハンバーグの欠けらを箸で刺し、口に運ぶ。

「ごめんね。さすがに私もそこまで勇気なかったから」

 果たしてこれは勇気の問題なのだろうか。

「いいじゃん、初めてじゃない?お兄ちゃんが女子を連れてくるの」

「そういうのは、普通兄か姉が言うセリフだろ」

「は?お兄ちゃんだからって、偉そうじゃない?」

「それを言いたきゃ、全国模試で二桁出してから言え」

「二人って仲いいんだね」

 ご飯を食べながらいつものように雪奈と口喧嘩していると、咲楽が笑顔になっていた。

「私、兄弟いないから羨ましいな」

「そうなんだ。咲楽ちゃん、歳が離れている弟とかいそうだなって思ってた」

 気が付いたら、正面で話す咲楽と雪奈がとても楽しそうで安心した。咲楽が俺の家に来て以来、ずっと家族との接し方を考え続けていて、頭が痛かった。この雰囲気を見て、そう考えたことすら後悔し始めた。

「それは良く言われる。なんでそう思われるの?」

「うぅん、しっかりしてるからじゃないかな。お兄ちゃんと似た雰囲気を感じるから」

「まぁ、辰矢はある程度諦めがあるからでしょ」

 母も交わることでガールズトークが本格的になった。

「何でそうなるかな」

「だってそうでしょ」

「まぁ」

 俺は何一つ返せる言葉を持ち合わせておらず、ただ三人の会話を肯定していた。
 晩御飯を食べ終え、俺が全員分の食器を片付ける。

「咲楽、そろそろ時間じゃない?」

 リビングで雪奈の勉強を見ている咲楽に声をかける。あと十五分程度で咲楽が帰るのに使う電車が来る。別にそれで帰らないといけないわけじゃないけど、咲楽の親から信用を得るためには、なるべく早めに返すのが得策だというだけなんだけど。

「もうそんな時間?」

「え!?まだいてよ」

 昨日までで咲楽に必要だった、俺の家族からの信頼。これは無事に達成してくれた。次は同じものを俺が手に入れる番だ。そのためには、ここから連れ出すしかない。

「いいだろ。少し二人で話したいことあるし」

「あ、そういう事ね。分かった。雪奈ちゃん、また来るね」

 そう言って二人を離れさせた。

「はい、荷物」

「ありがとう。帰ります」

「またいらっしゃい」

 この言葉が親からの信頼を強く得ている証明に思えた。それと同時に、俺が彼女の家族からこれほどの信頼を得られるのかと、心配にもなった。

「はい。あ、今度は辰矢くんをうちに呼んでもいいですか?」

「えぇ、もちろん。咲楽ちゃんの親御さんが大丈夫な日に連れて行って構わないわよ」

 そう簡単に持病持ちを差し出されても、咲楽の親御さんが迷惑だろう。

「ありがとうございます。お邪魔しました」

「それじゃあ、送ってくる」

 そう家族に伝えて、咲楽と家を後にする。扉を開けると、夏らしい暑さも多少なくなり水田から生き物の声がよく通っていた。
 
「来てくれてありがとうね」

「ううん。お母さんも雪奈ちゃんも明るくていい人だね」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 二人とも外面でいたから特に問題もないみたいだった。いや、雪奈があれだけなつくのは、少し意外だった。

「えへへ、雪奈ちゃんとはワボも交換したしね」

「いつの間に」

「私、一人っ子だから雪奈ちゃんの反応が嬉しくて」

 咲楽と同じように雪奈も咲楽のことを姉の様に考えてくれたら嬉しいんだけどな。駅に着いて、電車が来るまでの時間で、咲楽の家に行く日を考える。

「昨日お母さんに話したら、週末ならいつでも大丈夫だって。お父さんは週末大体飲んで帰ってくるから遅いんだよね」

 もしかしたら、俺の父親の相手側のポジションなのかもしれない。少し気まずいな。

「そっか。俺バイトないし、呼んでくれればいつでも行くよ」

「分かった。とりあえず今日お母さんに伝えてみる」

 咲楽が乗る電車までの時間で一度ベンチに座る。時間もあるし、空気中の熱で汗も少し出ているから自動販売機で炭酸系のジュースを二本買う。

「ありがとう。・・・いい感じになりそうだね、小説」

「うん。ありがとね、一緒に考えてくれて」

「いや、こんな機会が貴重だから私も楽しかったよ」

 とりあえず、今日で粗方の筋書きは完成した。起承転結の全てを考え終えた。まぁ、長田八樹という名前を使うにはまだ落としたりない気はするから、多少の調節は必要な気がする。

「それなら良かった」

 咲楽は小説の世界にはそれほど興味を持たないだろう。でも、俺といる時間を楽しんでくれるのは、咲楽だからなのだろう。何もない時間を楽しんでくれる人はそうそういないだろうし。

「にしても、辰矢の部屋すごかったなぁ」

「そうか?普通だと思うけど」

「いや、あの本の量は異常だよ。壁一面は想像できるけど、ほぼ全面はなかなかないよ」

 そうだった。病院生活の中で本とかは無限に読んでいたから、それを並べただけでかなりの量になることを忘れていた。確かにあの量は異常な感じは俺でも分かる。

「そうだった。あの本の量はな」

「うん。本の趣味も合うから、その辺の本屋行くよりましに思えるし」

「いやそれは言い過ぎだって」

 こういう何とも言えない時間が、幸せという事だろう。帰りの電車に乗った咲楽を見送った後の時間が、悲しく思えた。
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