王太子妃に転生したサレ妻は、華麗にその座を明け渡す

冬月椿

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30 罪

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 朝目覚めると、美しい天井絵が目に飛び込んできた。

「あれ? ここ、わたしの寝室じゃない……」

 陛下と夜を過ごした翌朝はいつも自室に戻されていたのに。今朝はそのままカトリーヌ様が使っていた寝室にいる。
 しばらくするとノックとともにシルヴィが顔を出し、朝食の準備を始めてくれた。

「あっ、そうだ。今日からわたしの食事、いつもの倍にしてほしいの」
「あらあら。たくさん召し上がるのは良いことですが、急に増やすと身体が驚きますよ?」
「それは、そうなんだけど……」

 シルヴィは私が急にそんなことを言い出した理由を知っているのか、「ふふふっ。それでは、様子を見ながら徐々に量を増やしていきましょうね」そう言って、朗らかに笑った。

 食事をして支度を済ませると、陛下の側近が迎えに来た。案内された部屋には、朝の爽やかな空気には似つかわしくない、緊張感のある重たい空気が張り詰めていた。

「レティシア、よく来てくれた。体調は大丈夫か?」
「はい。朝ご飯も、しっかりいただきました」
「そうか」

 陛下は安心したように大きく頷くと、話の先を促すようにクロードへ顔を向けた。

「レティ、私は……。昨夜は、本当にすまなかった」
「私こそ、途中で逃げ出すなど、妻として失格です。本当に、申し訳ございませんでした」
「いや、レティは何も悪くない」
「殿下はその……お酒、大丈夫でしたか?」
「気づいていたのか?」
「はい。すぐ吐き出したので大事に至らず済みましたが、殿下は盃を空けていらしたでしょう?」
「本当にすまない」
「殿下も被害者なのですから謝罪は不要です」
「それが……。実は昨夜、レティの寝室に行ったんだ……すまない。本当にすまない」
「私の部屋へ?」
「レティがいると思って入ったら、エトンプ子爵令嬢がいて――」
「クラリスが? どうしてかしら。……あの、何か?」
「っ、そのままエトンプ子爵令嬢と……彼女と、関係を持ってしまった。てっきり、レティがいると思ったんだ。本当にすまない。許されないことをした。どう謝罪すればいいのか――」

 クラリスは女官長の指示で、翌朝に行われる朝餉の儀の支度をしていたらしい。
 私の寝室へ翌朝の衣装を届けるだけのはずが、媚薬を盛られたクロードとよりによって「初夜の儀」と定められた夜に正妻わたしの寝台で事に及ばれるとは……。

 私だって、王家の慣習とはいえ不実なことをしているわけで、クロードを一方的に責める資格はないと思ってる。
 それでも――流石にこれは、許容範囲を超えている。

「クラリスの合意は得たうえでのことですか?」
「………」
「黙っていては分かりません」
「合意は、あった」
「そう、ですか……」

 想定内の答えだけど、皆の手前、ショックを受けて言葉が出てこないふうを装っておく。

「クラリスは媚薬に侵された殿下の相手をさせられたのですよね? 身体は大丈夫なのでしょうか?」
「今朝、医師に診せたから、その点は心配ないと思う」
「でしたら殿下。こんなところにいないで、彼女の側にいて差し上げないと」
「いや、だが――」
「彼女のを奪った以上、このまま女官として置いておくわけにはいきませんし」

 建前上、私はそう信じていることにしておかないと。クラリスの名誉のためにも。

「レティ……」
「落ち着いたら、彼女の意向を確認しましょう」
「意向?」
「第三妃となる意志があるかどうか」
「レティ、本当にすま――」
「殿下。謝罪ならもう結構です。それよりも、未来のことを考えませんか? 殿下と共に、この国を支えていく王太子妃について」
「私とレティとの未来、じゃなくてか?」

 クロードのその言葉に私は、ゆっくりと首を横に振った。
「レティ……」

「クロード。レティシアは今日より、住まいを国王宮へ移す」
「陛下、お待ちください!」
「レティシアの聖域を、お前とクラリスが穢した。レティシアにこのまま、あそこへ住み続けろと?」
「それは……いえ。申し訳ございません。どうか、レティのことを宜しくお願いします」
「レティシアもそれでいいか?」
「はい。ご配慮に感謝いたします」

 そういうわけで、私はその日から陛下と王太后様がお住まいになる宮で一緒に暮らすことになった。

***
 あの日から1週間。

 クロードの第三妃となる意向を確認されたクラリスは、周囲の予想に反し、頑なにその打診を断った。

「――というわけでして、陛下の命により事後避妊薬を処方いたしました」
 薬師長から報告を受けた私は、しばらく考え込んだ。

 あの日以降、クラリスは女官の任を解かれ、離宮に住まいを移している。
 離宮に住んでいる以上、彼女の処遇は私に決定権がある。

「クロード殿下は何とおっしゃっているの?」
「それが、何も。クラリス様が離宮へ居を移されてからは、一度も面会されていらっしゃらないそうです」
「そうなの……。少し、彼女と話をしてみようかしら」
「妃殿下がご無理をされる必要はありません!」
「私なら大丈夫よ、ありがとう」

 あの夜の出来事には箝口令が敷かれたとはいえ人の口に戸は立てられず、クラリスがクロードを寝取ったといった噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。

 私は、“初夜の儀”で女官に夫を寝取られた可哀そうな王太子妃”というレッテルを貼られているらしく、以前から優しかった侍女たちや使用人達は、さらに私を甘やかすようになった。

 だてに仕事ができるものだから、男尊女卑を地で行く政治家たちから“用無しの正妻扱い”されないことには助かっているが、それでも日に日にクロードの求心力が落ちいく様を見ているのには、胸が痛んだ。

 クロードは王になるには正直すぎると思うし、学園生時代からクラリスと深い仲だったことを考えると性道徳が高い方だとは言い難い。
 それでも、王太子としての仕事には真摯に向き合っていた。
 手を抜いたことなど一度もないし、彼の仕事を私に押し付けてきたこともない。
 私が忙しかったのは、勝手に亡き王妃様や王太后様の公務をこなしていたからであって、決してクロードに責があったわけではない。

 それに学園生時代のことだって、普通の10代後半の男子なら誘いに応じない方が珍しいだろう。

***
 初めて太陽が高い時分に離宮へと渡った。
 丁寧に手入れされた中庭には、春の訪れを告げるかのように色とりどりのチューリップが蕾をつけているというのに、クラリスに宛がわれた「ヒヤシンスの間」は、昼間だというに重たいカーテンが引かれていた。

「……クラリス?」
「っ、王太子妃殿下」

 反射的に立ち上がり、臣下の礼をしようとするクラリスに、片手をかざしてそれを制した。

「久しぶりね。もう“レティシア様”とは呼んでくれないの?」
「わたくしに、そのような資格など……」

 クロードに恋をしていた以前のレティシアわたしは、陛下が私を守ると誓ってくれたあの日から、出てこなくなった。大丈夫。今なら、クラリスとも向き合える。

「ねえクラリス? 今日の天気がどんなのか、知っている?」
「天気、ですか? ……分かりません」
「小春日和なのよ? せっかくだから、外でお茶をしましょう?」

 半ば強引にクラリスの手を取り、中庭に整えてもらったお茶席へとクラリスを誘いだした。
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