おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 僕は、金髪女に連れられて部屋を出た。

「さっきの続きだけど、双子の妹がほぼ廃人になっちゃって、黙って見てられるわけないじゃん?」
「はい」

「だから、余ってたPCあげたんだよね。
 掲示板でも荒らせば気分転換になるかなって」
「はい。……はい?」

「んでさ、STEAMのクライアントアプリをエクスプローラーと間違って起動しちゃったみたいで。
 うちの妹、ちょい色弱なとこあるから」
「うーん……?」

「しかもそのPC、DOOMもQUAKEもUnreal Tournamentも入ってたからさぁ」

 大窓から入る陽光で、屋敷の中では珍しく明るい階段をのぼり、女はひとつの扉を開いた。

「お~っほっほっほっほっっ!! 赤Pingアカの手先のおフェラ豚がぁ!
 K/DもSPMもELOも格上のわたくしに勝とうなどと!
 ぁお紅茶のいっちょあがりいですわぁぁ!!」

「で、こちらが完成品になります」
「そんな三分クッキングみたいに……」

 というか、え? この……なに?
「田中くんには、この子と友だちになってあげてほしいんだ」
「いろいろと意味がわからないんですが」

 もう、起承転転、くらいの感じで論理が通っていない。
 中学生でももう少しマシな作文書くぞ。

「やっぱそうだよねえ。まぁね、うん、わかるよ。
 二留しちゃって年齢が違ううえに身分まで違う、
 姉以外身寄りなし、
 倫理観なし情緒グチャグチャFPS廃人の女の子なんか意味わかラングリッサーⅢ(サターン版)だよねぇ……」
「ちょちょちょちょっ、多い多い。情報が渋滞してますって」

 一回整理しよう。
 妹さんは、母親の失踪と父親の堕落で精神を病んでしまった。
 いわば廃人になってしまうほどに。

「お~っほほほほ!」
 見かねたお姉さんが、気晴らしになればとパソコンを渡した。

「愉快愉快、笑いが止まりませんわぁ!」
 なんやかんやで、妹さんはパソコンゲームにハマった。

「お紅茶だけにお茶の子さいさい――って、こりゃ傑作ですの!!
 おほっ、あひゃっひゃひゃひゃ!!!!」
 で、この仕上がり、と。
 ……。

「……別人?」
「えー、別人とかまたまた、なに言ってんの」
「いや、なんか聖水かけたら苦しみそうですし」

「んな簡単に人が変わるわけないじゃーん。証拠っていってはなんだけど……
 お、ちょうどそろそろかな」
 ま、見ててよ、とお姉さんが言う。

「ひゃひゃひゃっ――ひゃ?
 あ……BANされちまいましたの……ああぁ……
 硝煙と茶葉と発狂クソガキVCの芳しき香り漂う、かの戦地だけがわたくしの居場所だというのに……ほ、おほ、ほ……
 わたくしは軽量をうたっているくせにビカビカ輝くゲーミングマウス以下のゲーミングお排泄物ですのぉ……」

「ね?」
 なにが?
「うちの妹、デパ○の効果がきれるとこうなるんだ」

「もぅマヂ無理。。。フルパで死体撃ちしょ。。ですのぉ。。。。」
 多いんだって。
 情報が。

 置いてけぼりにされる僕をよそに、お姉さんは慣れた様子で錠剤を取りだす。

「はいはい。おくすり飲みましょうねぇ~」
「むぐ? む、むむむ、これは……ッッ!」

 すると妹さんは、みるみる正気(?)をとり戻していき、
「デ○スボリボリ、元気モリモリですわぁぁぁ!!」
 ○パスってそういう薬だっけ?
 もはやどうでもいいか、そんなこと。

「はっ、お姉さま、いつのまに……あら? ソイツは新たな奴隷ですの?」
「こらっ、奴隷貿易は一八〇七年に国会で禁止されたでしょ。
 この子は佐藤くん。
 これからお世話してもらう人のこと奴隷扱いしちゃメッだよ」
「えっ」「まあ」

 お世話? いやいや、困る。
 僕、お世話するとかひと言も言ってないのに。佐藤でもないし。

「……つまり、コイツが使用人になるってことですの!?」

 もう、見世物小屋を見ている気もちになっていたっていうのもある。

「すみません、気が変わったといいますか約束はしてないといいますか……」
「なんで!? せっかくこの子と同じ学年でいい感じの子見つけたのにぃ~」

「冗談じゃありませんわ!
 わたくしの意志はどうなりますこと!?
 じいや以外の者にマウスを磨いていただくつもりなど毛頭なくってよ!」
「妹さんもこう言ってますし」

 僕がそう言うと、お姉さんは短めな金髪の毛先をいじりながら、わかりやすくすねはじめた。
「え~……あたし、きみがいい」

 冬晴れの空みたいに澄きとおった青瞳を上目遣いにして、甘えるように。
 きっと、いままでこうやって世の男を落としてきたんだろう。

 でもおあいにくさま。僕にその手は通用しない。
 恋情なんてものをもちあわせていないからだ。
 この程度で動じたりなど――

「ちぇ。あーあ、せめて執事の格好してくれたらお小遣いくらいはあげちゃうかもなんだけどなあ」
「しましょう」
 この程度で動じる僕なのだった。


      ■ ■ ■


 それから、僕は隣の部屋で執事用の服に着がえた。

 前裾からうしろ裾にかけて大胆な曲線を描いている、いわゆるモーニングコートだ。
 高そうな服だなあ、と思いつつ袖を通してみると、普段着ているブレザー以上にサイズはピッタリだった。
 たぶん気にしたら負けだ。

「お待たせしました」
「お、いいね、似合ってるじゃん。あたしの見たてどおりだ。脚の長さが際立つねえ」
 うんうん、と満足げにうなずくお姉さん。

「じゃっ、さっそく仕事の内容を――」
「聞きませんから」
 え~っ、と不満の声があがる。勢いに流されるほど甘くはない。

「それよりお金ください」
「ここで働いてくれないならやだよーだ」
「はぁ!? 着たらくれるって言いましたよね、ね!
 ついさっき! ここで!」
「おおぅ、きょうイチで圧がすごい……でもあげないよーっ。
〝あげちゃうかも〟としか言ってないし、書面の契約もしてないじゃ~ん?」

 人生初の対面論破をされ、ついでにこの女への信用もなくなり、
「ぐ……僕、帰りますから」
 と言いのこし、僕は引きとめる言葉を無視して今度こそ去ろうとした。

 が。

「――セバスチャン」
 横から、ひとり言とも呼びかけたともとれる言葉がかかる。

「セバスチャン!」
 見ると、妹さんが控えめにこちらを見つめていて。

「じいや」
 きらり。
 瞳には、夏めく海のように光るものがあった。

『じいや以外の者にマウスを磨いていただくつもりなど毛頭なくってよ!』

 その綺麗な青色を見て、僕は理解した。

 そっか。当然だよね。
 高校生なんて思春期まっただなかの時期に、いきなり一家がほぼ離散したんだから。
 情緒だってグチャグチャにもなる。

「ああ、セバスチャン……じいやぁ……」
 先に涙がこぼれて、それにつられたみたいに表情がゆがんでいく。

 まったくもって理解できない存在だと思っていた。
 もはやUFOとかと同類なんじゃないか、とすら。
 でも、この人も僕と同じ血がかよった人間なんだ。
 僕とこの人のあいだに、たいした違いはない。

「じいや――」

 ガチャリと音をたてて、頭のなかで閉ざされていたなにかが開いた気がした。
 この人は僕と似ているのかもしれない。
 それこそ、僕の場合は初めから家族なんていないも同然だったけれど、境遇が違ったら――

「――の、犬……」
「の、犬!?」
「じいやの犬……」

 犬かーい。
 危ない危ない、ズコーッといくとこだった。
 なんだ、セバスチャンって犬の名前だったのね。はいはい。
 犬?

「失礼、お見ぐるしいところを」
「ぁはい。べつにそれはいいんですけど……犬?」

「ええ。おまえ、じいやが飼っていたセバスチャンにそっくりですわ。
 とくに執事の服を着ると、もう……」
「は?」

「決めました、おまえを飼うことにしますの! 拒否権はねえですの!」
「は??」
「やりぃっ!」

 なにこれ。
 夢?
 論理ゼロの空間?
 小学生だってもっと推敲して文章書くぞ。

「ふぅ~、これでやっと妹の世話を押しつけ――あ」
「……もしかして僕、なんか盛大な茶番かまされました?」

「あー、んんー、そんなことはない! と、思うよ!
 とにかく! この書類にサインしよっか。ま、強制なんだけど」
 お姉さんがそう言うと、黒服二人が現れて、扉の前に立ちふさがった。

「えぇぇ……僕の意志はどうなるんですか。倫理は……? 人権は……?」

「あら? このお屋敷で日本国憲法が通用すると思いまして??」
「ふっふーん。よろしくね、セバスくん」
 夢だったらよかったのになあ。

「さあ、おまえは誰のマウスを磨くんですの?」

 こうして、使用人兼ペット兼お嬢さまのフレンド(仮)としての、僕の生活は始まったのだった。
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