おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 光陰矢のごとし。
 なんらかの事件が起きようが起きまいが、時間は平等に、あっというまに過ぎていく。

 早いもので、お嬢さまとの暮らしが一週間を過ぎた。
 お嬢さまの奇行もとい所作に困惑する時期も終わり、なんかかんやで使用人の仕事もかなり板についてきたところだ。

 っていうか、改めて考えるとすごない? 僕の適応力。
 自分で言うのもなんだけど、一週間だよ?
 テキオー灯浴びてもこうはならんでしょ。

 閑話休題。
 もうすぐ時間だ。

 使用人の一日は、紅茶から始まる。
〝A cup of tea would restore my normality.〟
  ――一杯の紅茶は、わたしを普通の状態へと導いてくれるだろう。

 英国の脚本家、ダグラス・アダムスはそうつづった。
 この一週間で学んだ知識のひとつである。睡眠でも食事でもなく、普通の一日を始めさせてくれるのはただ一杯の紅茶なのだ。

 茶葉はマークス・アンド・スペンサー製の、爽やかな香りが強く良質なものをたっぷりと。
 水はあえて超軟水を。
 蒸らす時間は……

 僕は腕時計を一瞥してから、ティーポットを手に取った。
「よし、いい感じ」

 色、香り、温度。すべてがそろって、一杯の紅茶が完成した。
「さて、と」

 鳥のさえずりが聞こえる。
 新鮮な朝一番の淡金色が、窓からさしこんできた。
 悩まされていた偏頭痛が収まったのも、この空気のおかげかもしれない。
 一日を始めるにはピッタリだ。

 この一週間で身につけたルーティーンに従い、僕はお嬢さまを起こしにいこうとした。

 すると都合よく、長テーブルのダイニングに入ったところで、向こうの扉にその顔が見えた。

「おはようございます。こんな早くにご起床なさるとは」
 左手をお腹に当て、右手はうしろに回して礼をする。
 この一週間で身につけた所作だ。

 それにしても珍しい。
 髪のセットや着がえまで自分で済ませている。吸血鬼のごとく日光をさけ、密室遊魚インドアフィッシュ以上に外気を嫌うお嬢さまが、だ。
 本当に珍しい。
 ともかく、タイミングはよかった。

「ちょうどお紅茶が飲みごろにございます。お砂糖とデ○スは何杯お入れいたしましょうか」
 僕はお決まりの質問をした。が、お嬢さまは――

「それどころではなくってよ、セバスチャン」
 きわめて真剣な、戦地送りを受けいれた兵士の面持ちでそう言った。

「即刻出かけますわ」
「はぁ……? どちらへでしょうか?」

 ずんずん近づいてくるお嬢さま。
 そして、ガシッと僕の手をつかんだ。

「え? 僕もなんですか? どうして?」
「いいからゆきますわよ」

 なるほど。
 あの姉あってこの妹あり、と。

「せめて掃除と花の水やりとゴミ出しだけでも――あぁちょっと~」
 純度九〇パーセントの諦めをいだきつつ、僕は引っぱられていった。


      ■ ■ ■


 歩くこと一〇分足らず。
「あれ? ここって」
 冬枯れ並木のゆるい坂道を下った先にある、赤レンガでできた大きなアーチに瓦屋根が乗った校門。
 由緒正しき、白基調の校舎に刻まれた一〇〇年の歴史。

 僕たちの学園だ。
 目的の場所はここらしかった。

「セバスチャン。わたくし、気づいちまいましたの」
 お嬢さまは校門の前に立ち、気づいちゃった気づいちゃったですの、と僕に向きあう。
 いっそう真剣な態度になるお嬢さまに、僕は思わず居住まいを正した。

「ずばり! 時代はe-sportsですわっ」
「e-sports? と、おっしゃいますと、パソコンを用いておこなう、あの……?」
「ええ。わたくし、APEX LEGENGSの高校生大会に出場いたしますわ」

 文脈がない、突然の宣言だった。身構えていても困惑してしまうほどに。
 困惑は、しばしの沈黙となって表れた。
 でも――

「ご立派になられましたね、お嬢さま……!」

 それが大きな一歩、大きな成長であることに変わりはない。
 主人の成長を応援しない使用人がどこにいるだろうか。
 凛としたお嬢さまの立ち姿に、僕はそう感じるのだった。

 と、思いがけぬお嬢さまの成長に涙ちょちょぎれていると。
「一週間のつき合いのはずでしょ、きみ」
 いつのまにか、お姉さんが背後に立っていた。

「で? あたしはどうして呼ばれたの?」
「ご存じなくて? タンゴを踊るのに二人必要なように、APEXは三人でひとチームのバトロワなのですわ」

「なにそれ、あたしも出ろってこと? もう冬休み終わっちゃうのに~」
「あら? たしか、お姉さまはフィニッシング・スクールでFPSマナーも履修していらっしゃいましたわよね?」

「お嬢さま、そういった問題ではないかと」
「ま、いいけどさ」
 いいんかい。

「ちょうど受験近くて、勉強勉強でうんざりしてたとこだし」
 それアウトな気がするんだけど……
 本人がいいならいい、の、かな?

「さあ、これでそろいましたわね。
 会場へ急ぎますわよ」
 ともあれ、これはお嬢さまの門出だ。
 ここからお嬢さまの青春あおはるが始まるんだ。

「わたくしめも全力でお二人を応援いたします」
「なにを言ってやがりますの。APEXは三人でひとチームのバトロワでしてよ?
 おまえの頭はValveなんですの?」

 ……。
 あ、やっぱそういう感じ?
 うん。知ってた。
 それなら、覚悟を決めるしかあるまい。

「微力ではございますが、不肖セバスチャン、全力を尽くしましょう」
「秒で適応するじゃん」


      ■ ■ ■


 会場は、学園の第二体育館だった。

〝全国高等学校eスポーツ選手権大会
 APEX LEGENDSの部 
 決勝戦 一日目〟

 入口には、想像していたよりものものしい文字が並ぶ看板が立っていた。
 ずいぶん大規模なんだなあ、と思いつつ入口をくぐり、

「たのもーーですわあぁっ!!
 大会に飛びいりエントリーフラグしに参りましたの!!」
 お嬢さまの丁寧なあいさつを添えると、

「ダメです」
 断られた。

「きさまァ! ダメとはなにごとか!
 お嬢さまを愚弄する国賊がぁ!!
 ガルルルル……!」
「どうどう、セバスチャン。
 貴族精神をもつ者、常に理性的かつスマートでありなさい」

 いけない、つい熱くなってしまった。
 お嬢さまにいさめられて自分を取りもどす。
「……一週間見ないうちに別人になってない? きみ」

 よく見ると、受付に座っているのは年端もいかない女の子だった。
 赤いランドセルに黄色帽子、防犯ブザーまで完備しているから、まちがいなく小学生だった。
 手伝いかなにかだろう、スタッフを示す腕章をつけている。
 こんな小さな子に対して熱くなってしまうとは。

「理由を聞こうじゃありませんの」

 お嬢さまの理性的な言葉に、受付の子は黒縁メガネをクイッとしながら答えた。
「あの。常識ってご存じですか?」

「当然ですわ。わたくし、先日一八を迎えてト○ーダーの二階を闊歩できるようになった、一人前のレディですのよ」

「それなら普通、大会の参加には応募する必要があることくらいご存じですよね?」
「ぐぅ、ですわ」

「常識ですよね?
 いまどき、バイトですらちゃんと事前連絡してアポとって、履歴書持参してくるじゃないですか」
「……」
 受付ちゃんのトゲある言葉に、お嬢さまがうつむく。

 そんな。
 いくらなんでもメチャクチャすぎる。
 その程度の論理だなんて。
 お嬢さまの青春が始まろうとしていたのに、たかがそんな論理で。
 おとなってヤツは、いつも……。

「なーんだ、つまんないの。ま、しょうがないよねぇ。帰ろっか」
 少し残念そうにしつつも、お姉さんは回れ右しようとした。

 しかし。
「なるほど。理屈はわかりましたわ」
 それを制止するように、お嬢さまがバッと左手を上げる。

「そうですか。だったらいますぐこの場から――」
「ときにセバスチャン。
 とある英国の名もなき詩人は、青い鳥がさえずる広大な海を前に、こんな詩を詠んだそうですのよ」

 お黙りなさい。
 知ったことですか。

(QUAKE GUYの顔)
 DOOM SLA
    YER

「と、いいますと……?」
 お嬢さまは僕の顔を一瞥して、ただフッと不敵に笑った。
 次の瞬間――!


「突っっ貫っっっですわぁっっっっッッ!!!!!!」
♪BGM
 わたくしはラガーマン
  ~上流階級のための協奏曲メタル
   第一番 ホ短調~


「あっっ!? ちょっと、だから勝手に入ったらダメなんですっ――
 ふええぇぇ~~……!」
「ああ! お嬢さま、お待ちを!
 走っては髪が乱れますぞ!」
「あーあー不退去罪……
 まいっか! おもしろそうだし!」

 その背に、立派なユニオンジャックが浮かんで見えた。あれが青春か。
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