おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 翌日、夕方。

「えー……このボタンを押して……これでよいのかしら……?」
 お嬢さまはいつもどおり、自分の部屋でモニターに向かっていた。

「お嬢さま、すでに始まっています」
「あら」
 ただ、いつもどおりでない点が二つ。

「コホン。Wi-Fiの傀儡プロレタリアたる同氏諸君みなさま、ごきげんよう!」
 一つ目は、モニターの上部に設置されたカメラに向かって話しているということ。

「お初にお目にかかりますわ。
 わたくし、この腐った界隈を変革すべく、青旗を掲げて上流階級うえからオンラインに見参しましたの。名を――…」
 そう、お嬢さまは配信活動を開始したのである。

『じつは、前々からネットでの活動を始めようと準備はしていたのですわ』
 きのう、あのあと、お嬢さまはそう語っていた。

 なるほど、と思った。
 あ、べつにお嬢さまの考えを理解できたなんて話ではなく、
 このあいだの、部屋の隅に置かれていたビデオカメラを思いだして、
 なるほど、と思ったのだ。

 しかし、なぜこのタイミングで?
 頭のなかによぎった疑問を投げかけると、
『もちろん、ただのお金稼ぎもとい趣味で始めるのではありませんわ。
 もうひとつ、重要な意味がありましてよ』
 お嬢さまは話しつつ、ずっとパソコンに向かっていた。
 そして現在に至る。

「…――名を〝じょう(横に三点ウムラウトをつける)〟と申しますの」
 お嬢さまの髪がフワッとゆれ、広大なインターネットの海にその声が響きわたる。

 まあ、お嬢さまの考えをすべて理解できないのはいつものことだ。
 一週間ちょっと使用人してれば、いちいち驚くまでもなくなる。
 それはいい。だけど……

〝嬢ってなんだよピンサロか?〟
〝きもw〟
〝↑単芝生やすなパヨクが回線切って首吊って氏 ね〟
「おほほ、おチャットもなかなかに盛りあがってあったまってきていますわねぇ」
 なんと初配信にもかかわらず、同接数はすでに一万人を超えている。
〝ネチケットのネの字も知らないおまえにインターネットはまだ早いですわ〟
 と宣言されてスマホを持たされていない僕ですら、
 この数字がすごいことくらいわかる。

 言うまでもなく、原因はこの前の日曜日にあった。
 あの大会の会場で起こった事件がYah○○! ニュースのトップ記事になり、
 それを起こした張本人が配信をするとさまざまなところに書きこんで……
 そんな流れだ。

 ついでに言うと、盛りあがっているのはチャット欄だけではなく。
 それが二つ目の、いつもどおりでない点でもある。

「ッオォイ! さッさと始めんかァい!
 オレッちはよォ! 戦えるッてェからここ来たンによォ!
 ちィとばッかしおッせンじャねえのォ~? あァ?」
「クスクス、たしかに五分以上待たせると……」
「おんぎゃあッ!! おんぎゃあッッ!!!!」
「あーあー、よーしよしッス。
 ほーら、コレ、floatが0.15のドラゴンロアAWPアウプッスよ~……
 ねえ、もうナンちゃん泣いちゃってるんスけど!!」
 扉の外から、いくつも声が聞こえてくる。

「おまえら、うるせえですわよ!
 まったく、これだからWキーから指を離せない脳死懲役メトロッカーコンクエ(大)猿どもは……」
 いま、この屋敷にいるのは僕とお嬢さまだけではない。
 ここにはすでに、二十人以上の人間が集まっているのだ。

「さて、みなさま。わたくしの書きこみを見てご存じかと思いますが、本日は視聴者参加型リアルファイトの配信なのですわ」
 配信タイトル:東京都○○田区△△田一番一号

「あすのAPEXの大会に、ともに出場していただける方を探していますの。
 具体的には、わたくしよりフィジカルのお強い方を。
 1v1していただける方は、こちらへお越しくださいまし」

 その言葉を聞いて、ようやく僕はすべて理解した。
 話題性を利用して仲間を探す、ということか。
 これならば、こちらから探しにいく手間が省ける。
 住所の開示も、ノブレス・オブリージュの基本である。完ぺきだ。

「セバスチャン、雑務は任せましたわよ」
「かしこまりました、お嬢さま」
 小声で言葉を交わし、お嬢さまは机へ、
 僕は人の整理やその他もろもろをするために扉へと向かっていった。


      ■ ■ ■


 ……。
「ルールは簡単、訓練場でおこなう十キル先取のタイマンですわ。
 武器はR-99ウィングマン。
 回復、グレ、アビリティは禁止ですの」
「うっし! まずオレッちの番! Kovaakに出家して振り向き三ミリで鍛えつづけたTarget Switchingの技術が光るぜェ!」

 ……。
「ぬああぁぁぁああ!
 Kovaakと違ッてヒットボックスちっせええええぇぇぇ! 弾当たんねええよおおおぉぉぉ!?」
「グラマスにもたどり着けねえ平民は公式ベンチマークの山にこもりやがれですわ!!
 帰りやがれですの!」

 ……。
「次はこの後輩ちゃんが相手ッス!
 ふ、クイックスライドからマントルジャンプまでマスターした、
 ゴキブリの異名をもつ後輩ちゃんに弾当てられるッスかねぇ?」

 ……。
「ひいいぃいぃ~!
 キャラコンしながらだとこっちの弾も当てられないとは盲点だったッス~!?」
「尼ダンボールをマウスパッドにするゴキブリ下民地べたそこでゴキブリモッシュしてやがれですわ! 次!」

「エペ? だっけぇ? 
 おいらねそゆーのよくわかんなぁし、とりあーずbymestバイメスト見てぇ商店街の電気屋さんで話聞いてきたぁ」
「脳みその溶けたクソ情弱猿アホはシコって寝やがれですわ~~!」

「じゃーーっんっ♪
 老若男女みんなの抜き系アイドルこと、Wallhack 4796ちゃんが来てあげ――」
「マスかき升女はシベリアの土に還りやがれですわ~」
「トホホ~~、あァんまりだァ~~(顔文字)(絵文字)」
 ……。





 ひとまずこの屋敷に来た全員との対戦が終わり、僕は再び部屋に入った。

「いかがでございますか、お嬢さま」
「セバスチャン……」
 お嬢さまが首を横に振る。

「ほとんど十対ゼロじゅうぜろでしたわ」
 三、四〇分。
 ここまでにかかった時間は、たったその程度だった。
 二十人以上いたはずなのに……。

 見ると、同接数は最初の半分未満にまで落ちこんでいた。
「みなさま、どうか、わたくしにお力を」
 お嬢さまの祈りが、力なくインターネットの海に落ちる。

〝ずいぶん気張ってはりますな〟
 見覚えのある口調のコメントが流れてきた。
〝そないにわやくちゃしやはっても疲れるだけちゃいます?〟
 間違いなくアイツだろう。これは京都流の煽りだ。

 遠回しに〝ムダなあがきはやめろ〟と言われているのだ。
「アイツ……!」
「落ちつきなさい、セバスチャン。
 あんなクソアマ、京などと名乗っているあたり、
 どうせDIRに影響を受けたカスガキなのですわ。
 いちいちShift+Wお顔まっ赤でつっかかる必要はございませんの」
 僕をなだめるお嬢さまの拳は、膝の上で固く握られていた。

 悔しいけれど、アイツの言葉も一理ある。
 このまま待っていても、人がやってくるとは限らない。
 やってきても、それがお嬢さまのお眼鏡にかなうとは限らない。
 ただでさえ僕がド素人なのだから、
 有象無象の一人ではなくてお嬢さまと渡りあえるほどの一人が必要なのだ。

 そう理解しているからこそ、同時に焦りも出てくる。
 それは僕だけでなく、
「お嬢さま……僭越ながら、このまま配信をお続けになられても……」
「わかっていますわ、しかし……」
 お嬢さまもお嬢さまなりに焦っている。

 なんともいえない沈黙が落ち、配信の同接数も落ちていく。
 どっちつかずな空気が流れる。

 配信が終わるのが先か、誰かが扉をたたくのが先か。
 なにがこの空気を破るのか。
 しかし、結果的にはどちらでもなく――


「いっっけなーーーーい!! 危篤危っ篤ーーーーーーぅっっ!!!!☆☆★バリンッ


 ブチ破られたのは、窓ガラスだった。


      ■ ■ ■


「ふぅーー間に合ったーーーぁ」
 ……なんだアイツ?

「ちなさっきの危篤はぇー、
 ボクの祖父ぴっぴが一年前からずずーっと危篤状態な件とかけてるンダゾ☆」
 なんだアイツ。

「ねっ、ジョン☆」
 なんだアイツ……。

「ありゃぇみー? なに? 無視? マウスだけに。マウスだけに無視?
 って、ちょっ、ややいやっ!☆☆
 イミフじゃーーんッッ☆☆★バシンッ
 (でっけーハリセンでマウスにツッコむ音)」

 きょうび見ないレベルのでっけーハリセンでマウスにツッコんでるし。
 そのマウスを犬みたいに散歩してるし。こわい。
 あ、こっち見た。
 すっごい見てくるじゃん、僕のこと。なんで僕なんだよ。
 というかなにあの格好。コスプレ?
 だとしても色彩感覚どうなってんの?

「なーんかキミは会ったことアリアリのア○アスターな気ぅすんなー☆」
 とりあえず目はそらしておいた。

「……知り合いなんですの? アイツ」
「違います、一ミリたりとも。
 アレは野良とおりすがり糖質パラノイアでございます」
「うっそっ、なーーんでボクゅが定期健診でパラノイアって診断されたって知ってんのー☆ マジ笑で星堕ちんですけどょー☆☆
 でも通りすがりじゃなくてー、ボク、キミたちのヘルプに来たんだよー☆」
「バイトみてえな言い方ですわね」

 ソイツは、アニメキャラのキメポーズっぽい動きをしながら、
「ボクはゲーミング魔法少女のマホ☆
 二つ名は台パン発狂ノイズキャンセラーっ☆
 煽りパワー《AP》の悪魔に憑りつかれて煽りまゃくりーな人々みんなVCこえで浄化しまわってるJK一年男子☆ 男子だよ☆☆
 こっぃちは相棒のーーぉ、マウスのジョン☆
 ボクぇがナマポ以外で唯一契約サブスクしてるマウスの精霊☆
 ほら、ジョン?」
 そう自己紹介して、

「もーぅ、ジョーーン! いっ加減しゃべってよぉぅー……☆
 ぃっつもみたく久○美咲そっくりのクソカワボイスでしゃべってよぉぅ……☆
 なーんでしゃべってくれないのーぅーもうぅぉぇ……
 ママーーー!! ジョンが暴言しゃべってくれないよーーぉ!!☆☆」
 もうひと言つけ加えて、

「あてゃっ、これゃうっかゃり☆
 ママは東方正教会からカルト宗教に乗りかえて蒸発じょはったんだたたったっ☆☆」
 さらにひと言つけ加えた。

「「……」」
「セバスチャン」
「はい、お嬢さま。かの者は〝ホンモノ〟でございますね」
「二つの意味で、ですわ」
「二つの意味?」
「無生物がしゃべるなどと妄言を吐いたり扉から普通に入れないあたり、わたくしも単なる糖質ホンモノと思いましたわ。
 ですが、あの、ヤツが持っているマウス……」

 一瞬息を吸って、お嬢さまが続ける。
「鏡のように磨かれた底面と換装されたケーブル――
 極細の四つ編みケーブルですわ。
 ブッシュが斜めにカスタムされて引きずりづらくなっていますの。
 裏面のソールはネジ穴をさけているうえに面積の調整とエッジ処理を――…
 〔中略〕
 あとは初期ロット限定の専用グリップテープまで……
 ほぼすべてのパーツが入念に吟味されてカスタム化されている、
 そうささやいていますの、わたくしの裸蛇ゴーストが」
「ほぇー、そーだったんだーーぁ☆」

 お嬢さまが目の前の侵入者に改めて向きあう。
「よろしくってよ。
 なにはともあれ、おまえ、わたくしと1v1で勝負ですの」
「やたっっ(裏声A5)☆」

 かくして、未知数な侵入者とお嬢さまとの戦いが始まった。
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