おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 場の空気は異様だった。
 半壊したダイニング、瓦礫の山。
 崩れた壁から、三トンハイヤーの長い黒色ボディ。

「ふふふふふふ」
 響くは、そんなハイヤーよりも黒い笑い。
 これから黒魔術でも使おうとせんばかりの、どす黒く妖しい笑い。
 笑いが、場の空気を支配していた。

「なんなんですの、おまえ。
 いきなりお屋敷ぶっ壊してくれやがりまして!
 あとお姉さまになにしやがったんですの」
 笑いを断ちきって、お嬢さまが言う。

「あれま、そないにでぽちんまでまっ赤っかしてからに……
 うち、ただおもてなしのお茶事ちゃじしただけどすぇ。
 あんさんもおぅどうどすぅ? 落ちつきますぇ」
「お嬢さまを愚弄しているのか、きさま!」
 あざ笑うかのように、再び笑いが響く。

「なにもうち、あんさんらとばちばちいくさしにきたわけやおへんぇ。
 きょう、お詫びにぃ来たんどす」
 お詫び?
 なにを言ってるんだ、コイツは。

 僕らがそんなものに心当たりがないと察してか、
 短い笑いのあとに言葉がつむがれる。
「先度の大会で、うっとこのもんが失礼しました」

 その言葉で、僕もお嬢さまも理解した。
「まさかおまえは、この前戦った老害ジジイの……?」
「あれは中学生の弟どす」

 コイツは、あのアリーナ原理主義者の――
 このあいだ高校の大会で戦った敵の、身内。
 仇討ちに来た、京よりの刺客だったのだ。

「とにかく、なにかぁちゃんとお詫びしとうございますなぁ……そや」
 妙に演技がかった口調で、言葉が紡がれつづける。

「日曜日、大会の二日目にお越ししとおくれやさしませんやろか……ふふ、三人で」
「きさま、顔はおろか名乗りすらせずなにを」
「そうですわ!
 おまえ、いったいどこのクソアマどいつなんですの!」
 強い語気で問いただすと、
 ハイヤーの中の人物は、いっそう楽しげな調子で口を開いた。

「申しおくれました。
 うち〝キョウ〟て名前で配信者しとる、しがない京女どす。
 京都の京てぇ書いてキョウどす」
 けれど、その頑強なドアが開くことはなかった。

「ほなあさって、会場でぇお待ちしとりますぇ。したっけぇどす」
 そのまま引きとめる僕らの言葉も無視して、
 ハイヤーは来た道を引きかえしていった。
 わずか五分にも満たない、通り雨のような出来事だった。

 ダイニングにあいた大穴から、冷たい風が吹きこんで消えた。


      ■ ■ ■


 京とかいう刺客が去ってすぐ、僕らは救急車を呼んだ。

 ひととおり検査されたのち、アネさんは病室のベッドに寝かされた。
 呼吸は穏やかそのものだし、医者には、目立った異常もないと言われた。
 それでもぬぐいきれなかった小さな不安も、
 さいわい、しばらくしてアネさんが意識を取りもどしたことで消えた。

 それは幸いだった、本当に。
 幸いだった、が――

「アネさん。この指、何本に見えますか?」
「うー」
「アネさん?」
「まんまん!」
「やはりダメでございますね……」

 見てのとおり、数分はこの調子だ。
 どういうわけか、まったく会話が成立しない。
 表情やしぐさも、心なしか幼く見える。
 アネさんは、三歳児くらいの言葉しか返せなくなってしまったのだ。

「お姉さま」
 そんなアネさんの手を、不安そうに握るお嬢さま。
 瞳の青色も、暗く濁っている。
 あたりまえだろう。
 唯一の身寄りなわけだし。

「大丈夫ですよ、お嬢さま。きっとPTSDというものです。じきによくなります」
「……そう、ですわね」
 当然ながら、僕の励ましに確たる根拠は一ミリもない。

 この前僕を連れさった人が逆にさらわれて、こんな状態にされて。
 目まぐるしく変わる状況に、ただ流されていくばかりで。
 わからなさの濁流が氾濫して、流されているだけの僕だ。

「しかしなぜアネさんが……いえ、それよりも」
 ともかく、いま、原因がどうかはどうでもいいだろう。
「少しご様子を見て、お医者様にご相談しましょう」
 僕はそう考えた。

 それきり、沈黙が流れる。
 お嬢さまから返事はなかった。
 無邪気に笑うアネさんとは対照的に、空気が重い。
 いたたまれなくなって左隣を見ると、
 お嬢さまはアネさんの右手を両手で包みこんだまま、ぼうっと眺めていた。

「不安でございますか」
「そんなこと、とは言えませんわね、正直」
「やはりそうでございますか……すぐにお医者さまをお呼びいたしましょうか」
「あ、いえ、そういうことではありませんの」

 上がった視線が、再び手元へ落ちる。
「セバスチャン。わたくしたちはあの京都クソアマと闘わなければなりませんわ」
「はい? たしかに、日曜日の大会二日目がどうなどとほざいておりましたが……」

 なぜその必要が、と言葉の意図をつかみかねる僕。
 お嬢さまはしばし悩んでいるように視線を手元で泳がせて、
 やがてハァと息をひとつ吐き、顔を上げた。

「じつはわたくし、存じていますの」
「存じている、と、おっしゃいますと?」
「これは――お姉さまのこの状態は、チップ的なアレを埋めこまれた結果ですの」
「チップ的な、アレ?」
「ええ、チップ的なアレですの。
 利き手に埋めこんで、人格や行動をコントロールするウラのブツですわ。
 それ以外にも機能があるとのうわさですけれど、とにかく、記録上は三回の人体実験ののち、あまりの危険性がゆえ完全破棄されて――」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 思わず、お嬢さまの突飛すぎる話をさえぎる。
 ウラのブツ? 人体実験?
 よくある妄言だと思った。
「冗談、ですよね?」

 が、尋ねかえす僕の目をまっすぐ見すえて、お嬢さまは言う。
「いいえ、セバスチャン。
 その……詳しくはお話できませんが、これは冗談・ピールのドッペルゲンガーも泣いて出てゆく最悪の奇跡なのですわ」

 その濁りのない青色に、頭のなかがさらにとっ散らかっていく。
「くわえてお医者さまはおろか、
 わたくしですらお姉さまをもとに戻す方法を存じませんの。
 非可逆でないことだけは確かなのですけれど、
 唯一、具体的な方法を知っている可能性があるのは……」
「つまりアネさんを人質に取られた、と?」

 お嬢さまがうなずく。
「ともに闘ってくださいますわよね、セバスチャン」
 声音は、どこか不安そうにも聞こえた。

 正直、理解は追いつかない。
 受けいれがたい。
 人格や記憶の書きかえだとか、そんなの非現実的すぎる。
 ここまでぶっ飛んだ話を突然聞かされて理解できるような、
 適応力の高い人間がいるはずもないだろう。

 ただ。
 それでも、僕は信じているのだ。

「わかりました。不肖セバスチャン、ご尽力いたします」
「セバスチャン……!」

 理由はわからない。
 けれど、青色の奥底に秘められた光を前にしたとき、
 あれこれ悩まずとも大丈夫だと、そう思えてくる自分もいるのだ。

「よかった、これでえますわ」
 とまあそんなこんなで、またしてもお嬢さまを手伝う流れになった。
 この前は役に立たなかった僕が、はたして力になれるのだろうか……

 なんて不安も、沸いてからすぐに消しとんでいった。
 だってそれ以上にひとつ、
 きわめて重大な問題に直面しているのだと気づいてしまったから。

「ところで、僭越ながらお嬢さま……
 APEXは三人でひとチームのバトルロイヤルにございます」
「? それがどうかしまして? やることはなにも変わりませんの。
 あさって、また三人で会場に突貫するまで。
 ですわよね、お姉さ――」
「うー?」
「――ま」
 大きな部屋に、小さな〝ま〟がわびしく消えた。

 ……。
「いっそぶん殴ったら直ったりしませんかしら」
「そう単純ならば、こんな状況に陥ってはいないかと……」

 ヒュオオォ……。
 わずかに開いた窓から風が入って、お嬢さまの髪をゆらした。
「――いえ。なんのこの程度ですわ」

 病院の領収書を握りつぶし、窓を閉めてお嬢さまは言った。
「なんとしても、あの京都女郎クソアマに償いをさせてやりますわ」
 その背に、ユニオンジャックが浮かんで消えた。
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