おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 立ちつくしていた。
 ぼんやり。
 排気ガスがこびりついた空。濡れた頬と耳の冷たさ。
 ここは?
「僕はなにを……」

 ひとつ、目の前に墓石があった。
 質素で、自分の目線とそう変わらない墓石が、色のない表情で眠っていた。
 それ以外は、ひとりきりなのか周りに誰かいるのか、周囲の景色すらもにじんで判然としない。
 けれど、べつに誰かの死を悼んでいたわけでも、
 なにかを待っていたわけでもないことは確実……だと思う。
 なにをするでもなく、素人が描いた水墨画みたいな風景のなか、僕は傘もささず立ちつくしていた。

 どのくらい経ったか、ふと、耳に落ちる冷たさが消えていた。
 左横を見あげてみれば、喪服の冷たい黒色。
 いくつもシワが刻まれた右手には、同じ黒色をした傘の柄。
 自分よりずっと背の高い男性が立っていた。
 どんな顔だったかはよく思いだせない。
 いくつか言葉を交わしたはずだけど、覚えていない。

 ひとつ、確かなことは、
「一緒に来るかい、坊や」
 温かい声音でそう言われて、

「……」
 少しだけ墓石に視線を落としたあと、
「僕は……」
 顔を上げると、

「お~~っほほほほほ!
 おまえはぁ! わたくしのぉ!! 犬なのですわぁっっ!!!!」

 犬なのですわっっっ! 犬なのですわっっ! 犬なのですわっ! 犬なので――…

「ぅっわああぁぁぁっ!? 犬さらいハーキュリーズ!?!?」
 ガバッ!
「ハァ、ハァァ」
 なんだ、夢か。
 変な夢だったな……ビックリした。
 ほうと息を吐いて、鼓動を鎮めた。

 が、安心したのもつかのま。
 すぐに状況を理解し、慌てて目の前のベッドに視線をやる。

「おスヤスヤァ……
 あのマスかきチート野郎……ざまあみやがれですの……
 ドン勝あとのアフター・ディナー・ティーですわぁ……ozzz……」
 よかった。
 お嬢さまは穏やかに寝息をたてている。起こしてしまっては大変だ。

 どうやら、僕は寝落ちしてしまったらしい。
 お嬢さまをベッドに入れて、寝かしつけるために絵本を読み聞かせていたのが最後の記憶。
 お嬢さまお気に入りの、マネーロン太郎が川へ洗濯しにいく昔話だ。
 なにせ、もうすぐ三学期が始まる。
 無理にでも生活習慣を矯正しなければならない。

 当然、早く寝なくてはならないのは僕も同じだ。
 あくびをかみ殺しつつ見やった時計は、日付が変わる少し前を示していた。
 自分の部屋へいこう。

 と、一歩踏みだしたとき、視界の端でなにかがキラッと光った。
 見ると、部屋の片隅、花瓶の横で小さいビデオカメラがこちらを見ていた。

 ああ、また片づけ忘れてるな……いつものヤツだ。
 お嬢さまは一試合ごとにデバイスを変えては出しっぱなしにする習性があるから、
 僕が片づけないと。

 でもカメラなんて使ってたっけ?
 どこにしまうかも知らないし。
 そんな疑問がよぎったものの眠さにはあらがえず、
 机の横にあるガラス窓のアンティーク棚に押しこんでおいた。

 …………。
 ……。
「速報です。
〝四番抜いてください〟でおなじみ、壁抜き系アイドルのWallhack 4796氏に
 不正チートツールの使用が発覚し、現行犯逮捕されました。
 捜査関係者によりますと、同被告には――
 失礼いたしました、同クソ虫野郎には、すでに市中引き回しダーツ旅ののちに、
 国賊としてシベリアへの遠流おんるが決定されているとのことで、
 そうでなくともこの俺様が直接……」

 金曜日、朝。
 ラジオのニュースを聞きながら、紅茶を運ぶ。

「お加減いかがでございますか」
「クッッッソネミですのセバスチャンンン……
 昨夜あんなに早く寝かせるから……
 わたくしの脳内セバスチャンがバックで〝And through the sleepless nights〟の部分をくり返していますわぁ……」

「そうでございますか。
 強めのお薬をお出しいたします。
(口語訳:デ○スは三杯お入れします)」
「そんなぁ……一日摂取上限いつもの量だと二時間しかもたねえんですのぉぉ……」

 お嬢さまが長テーブルにつっぷして文句をたれる。
 最近の朝はだいたいこんな調子だ。
 っていっても、なんやかんやすぐに気を取りなおして、
 新聞片手に紅茶を口へ運びだすんだけど。
「そういえば、APEXの大会はずいぶん間隔を空けて開催するんですのね。
 高校予選二日目は次の日曜日だと書いてありますわ」
「へえ、つまりは一週間ごとに開催されるのですね」

「それまでにセバスチャンの腕前をどれだけ上げられるか……」
「……まだ諦めていらっしゃらなかったのですね」

 あい変わらずなお嬢さまに、頭が痛くなってくる。
 どうしたものか、と苦笑を浮かべながら窓辺に足を運ぶ。

 ハーブに似た爽やかな紅茶の香り。
 外はカラッと乾いたステキな冬晴れ。
 こんな静かな朝には、クラシック音楽メタルがよく合う。
 けさも平和だなあ。

 なんて、のんびりと窓の外へ現実逃避していたときのことだった。

「ん?」
 ふと、外の景色に違和感を覚えて。
 具体的には、なにか黒くてツヤのある巨大な塊が、庭をつっきって猛スピードで迫ってくるのが見えて。

「えっ」
 大声だとか悲鳴だとか、そんなものをあげる暇もないまま、
 それが僕の目と鼻の先につっこんできたのは。


      ■ ■ ■


 なにが起こった。
 いったい、どういう……。
 一面に舞いあがった砂煙で、お嬢さまの姿すら見えない。

「なんなんですの、某運び屋映画三作目の冒頭がごとく……
 セバスチャン、無事ですこと?」
「は、はい、なんとか」

 困惑する僕たちの前で、視界が晴れていく。
 砂煙の中から、だんだんとシルエットが浮かびあがっていく。

「あれは――」
 一〇秒ほどかけて姿を現した、その正体は。
「わたくし(が道端で拾って調教したわたくし専用)の三トンハイヤー!」

 三トンまで積載可能な、黒光りする巨躯。
 65000ccのディーゼルエンジンを二基搭載し、そのパワーはじつに4600馬力。
 そう、それはあの日の三トンハイヤーそのもの。
 お嬢さまとともに会場せんじょうへ突貫した、あの三トンハイヤーで間違いなかった。

 でも、どうして?
「まさか愛する主人のわたくしを探して――?」
 なるほど、と聡明なるお嬢さまの言葉に納得しかけるも、数秒後、違和感に気づく。

「いいえ、お嬢さま――無生物がひとりで動けるはずがございません!」
「ハッ、それは盲点でしたわ……!」

 緊張走る。
 かたずをのみ、僕とお嬢さまは車を見まもった。
 なにが出てくる。
 宇宙人か、それとも悪魔か。

 ――が。

「ケホッ、コホッ、セ、バスくん」
 開いたドアのすき間から這うようにして出てきたのは、
 両手をうしろで縛られた女性だった。

「アネさん!?」
「お姉さま!」

 駆けより、体を支える。
 アネさんは、僕の腕の中でガクリと意識を失った。

「どうして……なぜお姉さまが……?」
「お嬢さま、ひとまず救急車を」
 お嬢さまはスマホを取りだし、一一九の番号を押そうとした。

 しかしひとつの声が――
 ハイヤーのまん中あたりの座席から聞こえてきた女の声が、その手を止めた。

「かんにんどすぇ。
 でっついお庭さんやぁさかい、車どこぉ停めたらええかわからんかったんどす」

 光の反射のせいか、もしくは窓ガラスにスモーク加工がされているのか、車内の様子は見えない。
 それでも、そのゆったりとした雅な言葉の伸びで理解した。
「……ふふ」

 西のまちより、刺客てき出づる。
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