おまえの死体(ちゃば)でお紅茶を淹れてやりますわぁぁっっ!!

腎臓の猫

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 策とやらがなんなのか聞かされぬまま、ラウンド二は幕を開けた。

「セバスチャン、お姉さま。
 お二人には、一回目の安全地帯あんち収縮開始まで耐えてほしいんですの。
 無理してダメージを与える必要はありませんわ」

 まあ、どうせ詳細を聞いたとしても理解できないだろう。
 酔っぱらいみたいにおぼつかない手つきでキーボードを操作して、僕は二人の背中を追った。

 合わせるしかない。そう考えた。
 ポジションがどうだとか、武器が、アビリティが、なんて細かいあれこれはわからないから。

 00:44……00:43……00:42……

 安全地帯の収縮開始までを、画面左上のタイマーがカウントする。
 残りおよそ四〇秒。
 僕らは、墜落した宇宙船の船尾側の甲板にのぼった。

 瞬間、花火のごとき低音がさく裂した。
 同時に、正面、船頭側から伸びた光のスジが、視界の端をかすめて消えた。
 発火炎マズルフラッシュ
 戦いの火蓋が切って落とされた。

「あちら、左前方の滝にひとり来ていますわ!」
「オッケ! 向こう岸の箱裏、二人ね」

 00:33……00:32……00:31……

 右クリック。
 照準をのぞきこみ、
 マウスを滑らせ、
 左クリック。

 人ひとり半くらいの高さの箱から半身でのぞいてくる相手を狙う。
 お嬢さまは滝側に展開した一人を、僕とお姉さんは正面の船頭にいる二人の敵を。
 撃っては隠れ、撃っては隠れる。

「……っ!」
 が、まったく当たらない。
 照準エイムを合わせられない。
 鈍い。合わせなきゃ、ともがくたび、身体が鈍くなっていく。
 深い夢の中か、あるいは服を着たまま入った水の中か。
 重さが身体にまとわりついてフワフワする、あの感覚が身体を包みこむ。
 指先が……
 頭のなかが……
 無理に動かせばつってしまいそうなほどに、鈍い。

 会場のざわめきが遠のいていく。
 視野が狭まっていくのがわかる。
 息が止まっている。
 合わせなきゃ。当てなきゃ。
「――スチャン!」

 でも、どうすれば……どうすれば……?
「セバスチャン! ピークしすぎですわ!」
 お嬢さまの声でハッと我に返り、僕は慌てて体を隠した。

 危なかった。体力は残りわずかだ。回復しなきゃ――
「え?」
 そう思ったときには、僕は吹きとばされてダウンしていた。

「ほう、あれは……! 素晴らしい位置読みからの空爆グレネード……!」
「空爆グレ!? 空爆グレっていったら、グレで空爆するアレかよーーぉ!?」
 突如、なんの前触れもなく真横でドカンと爆裂した破片手榴弾フラググレネードに、体力がゼロまで削られてしまったのだ。

「セバスくん!? ってヤバヤバッ! こっち詰めてきてるよ! どうするよ!」
 まずい、均衡が崩れた!
 ここで終わりなのか。ついえるのか、僕のせいで。

「申し訳ございません、お嬢さま……!」
 僕にはもう、謝るしかできなかった。
 しかし。

 00:05……00:04……00:03……

「お二人とも、よくぞ耐えてくださいましたわ」
 お嬢さまの表情には、いっさいの焦りがなかった。
 それどころか、ティータイムに紅茶をたしなんでいるのと変わらない表情で。

「このゲームには必勝法がありますの」
 その瞳の奥には、青い炎が静かに燃えていた。
「たとえ三対一であろうが、確実に勝利する方法が」

「必勝法? いったいどのような……」
 疑問を投げかける僕に、お嬢さまは答えなかった。
 そして。

「なっ! ちょっと、どこいくのさ! こっち詰めてきてるんだって!」
 突然、遮蔽から飛びだし、脇目もふらずに滝の方向へとスタートダッシュ!

「ときにセバスチャン、スナイパーライフルというものを存じていまして?」
「……はい? ええ、いちおうは。
 たいていのゲームで、ヘッドショット一撃の代わりに外したときのリスクが大きい武器だと」

〝ケアパッケージ到着〟
 アナウンスが聞こえた。

「お嬢さま、まさか……!」
「えっ! ケアパケ武器ってランダムでしょ!? そんな運ゲーに頼るより――!
 あぁ! ほらあ、あたしもダウンしちゃったじゃん~!」

 走る、走る。
 まっすぐに走る。
 滝の前に落とされたケアパッケージを目指して。
 ほかに目なんてくれず、ただ一直線に。

阿呆あほうがッ、トチ狂ったか小娘ェッッ! ヤツを狙えぇい!!」

 鉛弾が三方から刺さる。
 体力がどんどん減っていく。
 残りは半分をきった。
 弾丸が真横をかすめて、くうをきった。
 それでも、お嬢さまは風をきった。

「なに、案ずることはございませんわ。
 わたくし、雨の日も風の日も、
 B旗にワンマンデンクロ無限グレポンが振りそそぐ日も、
 ずっっっと凸砂QS四連フィードでお紅茶をキメてきたんですもの。
 K/Dは五!
 SPMは七〇〇!
 フルパですら裸足で逃げだすFazeふぁぜの紅一点(自称)とは、そう!
 この! わたくしですわぁぁっ!!」
「いっ、いやいやっ、そんなのぜんぜん根拠になってな――」

 ケアパッケージ、オープン。

「「「「なっ、なにぃーーーーーっっ!!」」」」
 僕以外、会場の全員が共鳴した。

「ふっ」
 お嬢さまは不敵に笑うと、ナパーム・デスが〝You Suffer But Why?〟を言う暇すらないレベルの一瞬で、目の前にいた一人の頭を撃ちぬいた。
「! よくも我がしもべを――ぬあっ!?!?」
 続けて三、四〇メートル先の二人目を撃ちぬくまで、五秒もいらなかった。


「お紅茶が入りましたわぁぁぁ~~~~っっ!!!!」


「アイツ、狂ってやがるぜェ! あンだけ満身創痍の体で屈伸を……!」
「ック、クスッ、あっははははっ! アアァいいねいいねぇ、あれぞまさしく――」
煽狂戦士バーサーカー……ッス!」

 これで一対一。状況はイーブンになったといってもいい。
 勝てる、お嬢さまなら……!
 僕はそう思った。誰もがそう思った。

「お~~~~っほっほっほっほっほっっ!!」
「小娘ェェェッッ!!」

 人影が二つ、更地に飛びだした。
 スコープをのぞきこむ。
 視界が狭まり、ズームされていく。
 十字線クロスヘア、真芯にその姿。
 とらえた!

 が。

 そのとき、お嬢さまの呼気がほんのわずかに乱れた。
 きっと、僕以外は誰ひとりとして気づいていないくらい、ほんのわずかに。
 コンマ数センチ――いや、たったのコンマ数ミリ。
 その小さな乱れが、マウスを握る右手に伝わった。

 普通ならば、その程度ブレたところでどうってことはない。
 だけどお嬢さまの場合、そうはいかない。
 イギリスの空模様のごとく不安定な性格と連動して、お嬢さまはマウス感度が非常に高い。気も短ければ振り向きも短い、ハイリー・センシティブ・パーソンHSPなのだ……!

 だから、決着の要因はそれだけで充分だった。
「ふん、手こずらせおって」

「「ぐっ……!」」
 僕もお姉さんも、そろって唇をかんだ。
 あと一歩だったのに。

 聞いたことがある。
 ホットハンドの誤謬。
 連続で成功が続くと、次も成功するだろうと思いあがってしまう認知バイアス。
 そんな現象が存在すると。
 そんな現象が、お嬢さまの頭から冷静さを取りあげてしまったのだ。

「ぉほほぉ。。マヂ無理。。。ですのぉ。。。」
 ん?

「ゎたくしのエイムゎマヂぉ排泄物ですのぉ。。。ぉ排泄物エイムですのぉ。。。」
 えっ。
 あー。
 違うわコレ。

「あのーぅ……セバスくん。もしかして、もしかしてだけどさ……」
「はい」
「けさ、この子にデ○ス飲ませてなかったりする?」
「……」
 ~~Fineフィーネ~~

「ちょっとお! なにGGって感じの顔してんの! まだ試合終わってないでしょ!?」
「いやあ……これ、さすがに終わりじゃないですか?」
「「……」」

「ですわぁ。。。ですのぉ。。。ですわぁ。。。ですのぉ。。。」
「……なにしてんだろ、アレ」
「キーボードのキーキャップを全部引きぬいては戻す花占い、
 別名、セルフ賽の河原でございます」
「なんで文脈ゼロの奇行に名前ついてんの」

 終わりだ、今度こそ。終わってしまうんだ。
 僕はがっくり肩を落とした。
 けれど――

「ああもう! なに落ちこんでんのさ!」
「この状況はさすがに……」
「言ったでしょ。まだ試合は終わってないって」
 お姉さんはそう言ってモニターに向かい、マウスとキーボードに手をかけた。

「セバスくん、ここはあたしに任せて!
 きみは屋敷にクスリ取りにいってほしいの」
「! しかしそれでは、あなたさまが実質おひとりに――!」

「ダイジョブダイジョブ。
 これでもあたし、アス比4:3の時代からせっまい机にデッカいブラウン管置いて、ビデオ1がねっとり焼きつくまでFPSやってきたんだからね」
 その背に、大きなユニオンジャックが浮かんで見えた。

「貴族精神をもつ人間として、引くことを覚えられない戦いがあるのよ」
「お姉さ――いや、アネさん……!」
「へへっ。ヤツらを猫型ロボットもまっ青レベルの顔面ブルースクリーンにしてやるわっ!」

 改めて理解した。
 この姉あってあの妹あり。
 よし、ならば……

「む? おいキサマ、試合中にどこへゆく」
 考えるまでもない。

「おぉ? まさかこの期に及んで怖気づきおったか、ふはははは!
 いまさら泣いても遅いわい。この我が敵前逃亡など見すごすとでも?
 試合に戻らんか!!」
 とうに決まっていたのだ。

「おい、聞いておるのかキサマ。キサマだキサマ!
 そこの使用人に言っておるのだ!」
「……」
「なにをヘラヘラしておる!
 ブタ小屋のフチに溜まったゴミくずBFGか、キサマは!
 背筋を伸ばせ! ベルトを締め、キーボードは膝の上に置け!」
 ならば、僕もやるべきことをやるまで!

「なんなのだキサマは、気色が悪い!
 いったい、キサマはなにを――」
I Wanna Rock突っっ貫っっッッ!!!!!!」
「うわああああ!?!?」

(窓ガラスをブチ破って吹きとぶ黒衣の男.wmv)

♪BGM
 We're Not Gonna Take It
  ――Twisted Sister

「あぁちょっとぉ!? えぇ……」
 アリーナ原理主義者の感嘆の声を背に、僕は走りだした!

 走れ、走れ。
 足を動かせ。
 謝りながら会場の喧騒をかきわけ、
 昼間から公園で呑むおっさんを仰天させ、
 猫をなで、
 青信号を渡り、
 道ゆく三輪車女児の十倍も早く走った。
 僕は信頼されている。
 先刻のあの弱気は、あれは夢だ。論理のない夢だ。忘れてしまえ。
 待っていてくれ、姉ヌンティウスよ。
 僕は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。
 走れ! セバス。

 想像上のラグビー部レベルに死にそうになりながら、僕は屋敷にたどり着いた。
「ゼエェ……ハアァァ……まだまだっ!」
 キッチンに入り、クスリのボトルをガシリとつかんで、シャトルランよろしくもとの道を全力で引きかえした。

 ~~二五秒のギターソロ~~

 まにあうか。
 まにあうのか、本当に。
 いや、まにあわせるんだ。
 どこを走っている? どのくらい時間が経った?
 わからない。
 息がきれる。足の裏が痛い。

 それでも走る。
 走りつづける。
 体がゆるやかに下へ傾く。
 見えた! あのレンガ造りアーチ、校門!
 校門をくぐれば会場はすぐそこだ。いける、間に合う!
 あと少しだ、僕!
 つっ走れぇ――!

「うおおおおおおお!!」




 ――――!!!!














「あー……なんか決着つく前に責任者的な人来てつまみだされちゃった。でへへっ」





 ズコーーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!




 うおおおおおい!
 おい!
 おいおいお~い!
 そりゃないだろぅおぉおぉ~~~~ぉ!?!?

 Multi Kill! HA~HA~HA~!!!!
 ゲームオーバーーッ!!(ジグソウ)
 これにて終劇ッ!!(THE END)
 お嬢さまの冒険活劇は幕を閉じたのであーーーるッ!!
 (ドラみてえな効果音)

「覚ぇてゃがれ。。。ですのぉ。。。。」
 完ッ!


 …………。
 しかし。

「――ふふ。えろぅはんなりしたややさん来ゃはりましたなぁ……
 あつあつお抹茶たててもてなしとうなりますぇ……」
「マ? ボク的にはーぇ、あっーんな変ピよりぇキミんが面白オモみたっぷりだと思ぃんけどなぅぁー☆」

 そのときの僕らは知らなかった。
 お嬢さまの戦いは、まだ始まったばかりにすぎないということを……。
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