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7. 守りたい
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『るいちゃんは将来なにになりたい?』
かよちゃんは、いつもの優しい声で私に聞いた。
当時の私は、仮面ライダーが大好きだった。
だから迷いなく、
「仮面ライダーになりたい!」
と答えた。
女の子なら、プリキュアとか、お花屋さんとか、
そういう夢を言うものだってことは、なんとなく分かっていた。
それでも私は、仮面ライダーになりたかった。
当時の私は、
誰かを守りたいなんて、そんな立派な理由は何ひとつ持っていなかった。
ただ、強くて、かっこよくて、
どんなときも負けない存在が好きだった。
だから、
「仮面ライダーになりたい!」
と、何も考えずに言えたのだと思う。
今はもう分かっている。
仮面ライダーにはなれない。
全世界の誰かどころか、
半径10メートル以内の人ひとりすら、守れない自分だということも。
あの頃の私が憧れていた“強さ”から、
私はいちばん遠い場所に立っている。
*
父はまた出張で忙しくなり、
家にはあまり帰ってこなくなった。
その代わりのように、
かよちゃんが、ときどき私たち兄妹の世話をしに来てくれていた。
ある日、インターホンが鳴った。
私は、かよちゃんか、学校から帰ってきた兄だと思って、何も疑わずにドアを開けた。
そこに立っていたのは、父と、知らない女性だった。
父は、その人を「次の母親だ」と言った。
意味はよく分からなかった。
けれど、頭に浮かんだのは、かよちゃんの顔だった。
私は、反射的に聞いてしまった。
「かよちゃんは?」
その女性は、かよちゃんの存在を知らなかったらしい。
しばらくの沈黙のあと、
父は私たちの前で、もう隠しきれなくなったように、
かよちゃんのことをすべて打ち明けた。
声は小さく、言い訳のようで、
まるで私たちにではなく、自分に向かって話しているみたいだった。
女性は、何かを一言だけ言って、
それ以上何も聞かずに出ていった。
父はその日から帰ってこなくなった。
父は、誰かを選ぶ勇気も、
誰かを守る覚悟も、
どちらも持てなかった。
かよちゃんかその女性か、私たちか。
父は誰も守らなかったのではなく、
守れない自分から逃げただけだった。
父がいなくなってからも、
しばらくのあいだ、かよちゃんは家に来てくれていた。
父に頼まれていたのか、
それとも、かよちゃん自身の優しさだったのか、
今でも分からない。
ただ、父とかよちゃんの関係も、
そのときにはもう終わっていたようだった。
かよちゃんは、
私たちと同じ「捨てられた側」の人間だった。
自分を捨てた他人の子どもの世話を、
最後までできる人は、きっと多くない。
それでも、かよちゃんは言った。
「ごめんね。」
そして、私たちを児童相談所に送り届けた。
こうして、私たちはまた、施設に戻ることになった。
施設へ行く車の中、私は涙も出なかった。
泣く理由さえ、もう分からなかった。
私はシートに背中を預けて、
かよちゃんの最後の「ごめんね。」を思い出していた。
謝られるほどのことを、
私たちはしたのだろうか。
でも、きっと大人の世界では、
誰かが悪者にならないと、話は終われないのだ。
あの頃の私は、
強くて、かっこいいだけの仮面ライダーに憧れていた。
今の私は、
守れない理由ばかりを知っている。
それでも――
守れなかったことを、
忘れないでいることだけは、
今の私にも、できる。
それが、私に残った
いちばん小さな“正義”だった。
今も私は、ときどき思う。
仮面ライダーになれたらよかったのに、と。
正しくて、強くて、
誰かを守るためなら自分が傷つくことも選べる存在。
あの頃みたいに、
ただ「かっこいい」だけで憧れていたはずなのに、
気づけばその理由は、ずっと重たくなっていた。
誰かの代わりに痛む場所が、
この身体のどこかにあればいいと思う。
私が壊れれば、
誰かが壊れずに済むなら。
世界を救う力なんてなくていい。
街を壊すほどの強さもいらない。
ただ、半径十メートルの誰かを、
せめて一人だけでも守れたらいい。
それができない今の私は、
ヒーローどころか、
自分のことさえ救えていない。
それでも、
それでも私はまだ、
あの変身ポーズを心の奥で握りしめている。
強くなりたいんじゃない。
誰かを失わずに生きられる人間に、なりたいだけだ。
かよちゃんは、いつもの優しい声で私に聞いた。
当時の私は、仮面ライダーが大好きだった。
だから迷いなく、
「仮面ライダーになりたい!」
と答えた。
女の子なら、プリキュアとか、お花屋さんとか、
そういう夢を言うものだってことは、なんとなく分かっていた。
それでも私は、仮面ライダーになりたかった。
当時の私は、
誰かを守りたいなんて、そんな立派な理由は何ひとつ持っていなかった。
ただ、強くて、かっこよくて、
どんなときも負けない存在が好きだった。
だから、
「仮面ライダーになりたい!」
と、何も考えずに言えたのだと思う。
今はもう分かっている。
仮面ライダーにはなれない。
全世界の誰かどころか、
半径10メートル以内の人ひとりすら、守れない自分だということも。
あの頃の私が憧れていた“強さ”から、
私はいちばん遠い場所に立っている。
*
父はまた出張で忙しくなり、
家にはあまり帰ってこなくなった。
その代わりのように、
かよちゃんが、ときどき私たち兄妹の世話をしに来てくれていた。
ある日、インターホンが鳴った。
私は、かよちゃんか、学校から帰ってきた兄だと思って、何も疑わずにドアを開けた。
そこに立っていたのは、父と、知らない女性だった。
父は、その人を「次の母親だ」と言った。
意味はよく分からなかった。
けれど、頭に浮かんだのは、かよちゃんの顔だった。
私は、反射的に聞いてしまった。
「かよちゃんは?」
その女性は、かよちゃんの存在を知らなかったらしい。
しばらくの沈黙のあと、
父は私たちの前で、もう隠しきれなくなったように、
かよちゃんのことをすべて打ち明けた。
声は小さく、言い訳のようで、
まるで私たちにではなく、自分に向かって話しているみたいだった。
女性は、何かを一言だけ言って、
それ以上何も聞かずに出ていった。
父はその日から帰ってこなくなった。
父は、誰かを選ぶ勇気も、
誰かを守る覚悟も、
どちらも持てなかった。
かよちゃんかその女性か、私たちか。
父は誰も守らなかったのではなく、
守れない自分から逃げただけだった。
父がいなくなってからも、
しばらくのあいだ、かよちゃんは家に来てくれていた。
父に頼まれていたのか、
それとも、かよちゃん自身の優しさだったのか、
今でも分からない。
ただ、父とかよちゃんの関係も、
そのときにはもう終わっていたようだった。
かよちゃんは、
私たちと同じ「捨てられた側」の人間だった。
自分を捨てた他人の子どもの世話を、
最後までできる人は、きっと多くない。
それでも、かよちゃんは言った。
「ごめんね。」
そして、私たちを児童相談所に送り届けた。
こうして、私たちはまた、施設に戻ることになった。
施設へ行く車の中、私は涙も出なかった。
泣く理由さえ、もう分からなかった。
私はシートに背中を預けて、
かよちゃんの最後の「ごめんね。」を思い出していた。
謝られるほどのことを、
私たちはしたのだろうか。
でも、きっと大人の世界では、
誰かが悪者にならないと、話は終われないのだ。
あの頃の私は、
強くて、かっこいいだけの仮面ライダーに憧れていた。
今の私は、
守れない理由ばかりを知っている。
それでも――
守れなかったことを、
忘れないでいることだけは、
今の私にも、できる。
それが、私に残った
いちばん小さな“正義”だった。
今も私は、ときどき思う。
仮面ライダーになれたらよかったのに、と。
正しくて、強くて、
誰かを守るためなら自分が傷つくことも選べる存在。
あの頃みたいに、
ただ「かっこいい」だけで憧れていたはずなのに、
気づけばその理由は、ずっと重たくなっていた。
誰かの代わりに痛む場所が、
この身体のどこかにあればいいと思う。
私が壊れれば、
誰かが壊れずに済むなら。
世界を救う力なんてなくていい。
街を壊すほどの強さもいらない。
ただ、半径十メートルの誰かを、
せめて一人だけでも守れたらいい。
それができない今の私は、
ヒーローどころか、
自分のことさえ救えていない。
それでも、
それでも私はまだ、
あの変身ポーズを心の奥で握りしめている。
強くなりたいんじゃない。
誰かを失わずに生きられる人間に、なりたいだけだ。
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