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6.親
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私は、本当の両親を知らない。
というのも、物心がつく前に捨てられたからだ。
「分からない」のではなく、ただ「知らない」だけ。
私は一歳になってすぐ、孤児院に入れられた。
なぜ私は生まれてきたのか。
その答えは、今も分からない。
私には、同じ両親をもつ三つ上の兄がいる。
兄の話によると、父は家庭内暴力を振るう人だったらしい。
母は少し派手で、感情の起伏が激しい人だったと聞いた。
夜中に泣き喚く私に、
「うるさい!」と怒鳴りつけ、
「何とかしろ」と母を殴る父。
「なんで私が」と、
私たちに八つ当たりする母。
物心がついていないはずの兄でも、
その光景を覚えているらしい。
私は――
人生のスタートから、間違えていた。
*
白い壁。消毒の匂い。
泣いても、誰も私の名前を呼ばない場所。
それが、孤児院だった。
何人もの大人が通り過ぎて、
何人もの子どもが連れていかれた。
私たち兄弟は、残った。
そんなある日、施設の人に2人で呼び出された。
別室に入ると、背の高いスーツの男の人と、綺麗な紺のワンピースを着た女の人が待っていた。
「はじめまして。」
女の人が優しい声でほほえみ、
男の人は少し緊張した顔で、でも深く頭を下げた。
その人たちが、
私の“新しい両親”になった。
名字が変わり、
住む場所が変わり、
毎日のご飯の味も変わった。
父は、海外出張が多い人だった。
家にいることは、ほとんどなかった。
母は、寂しさを
私と兄で埋めようとした。
抱きしめて、
名前を呼んで、
「一人にしないで」と言う目をしていた。
でも、それでも埋まらなかった。
ある日、母はテーブルに
しわくちゃのお札を置いた。
「ちょっと出かけてくるね」
そう言って、
私たちを置いて出ていった。
当時7歳の兄は買い物の仕方が分かっていたので、私の手を引いてスーパーへ買い物へ行き、ご飯を炊いてくれた。
2人で炊飯器からそのままスプーンで食べた。
あの時のご飯が、今までで1番美味しかったかもしれない。
私たちは母の帰りを信じて待っていた。
母に会いたいという気持ちと、会えない不安でぐずる私の手を引いて、兄が遠くの公園まで行こうとしたことがある。
父と母と行ったことがある場所で、バスで行かないといけなかった。
途中で道がわからなくなり、私も兄も幼く、疲れ果ててしまい、
結局引き返して家の近くの公園で兄が握ってくれたおにぎりを食べた。
私は、兄がいなかったらきっと今生きていることはないのだろうと思うくらい、兄に助けられていた。
それから何日か過ぎ、
水道も止まり、ガスもつかなくなった。
米が底をついて、
夜がやけに長かった。
公園の水を飲み、空腹を誤魔化した。
毎日母の夢を見て、目が覚めて、
夢だったことにひどく落ち込んだ。
それでも私は、
母を“嫌い”にはなれなかった。
だって、私を選んでくれた人だったから。
ただ、限界は来た。
空腹で今にも倒れそうな私を連れて、兄は隣の家のインターホンを鳴らした。
たまに会うと挨拶をしていた、本田さんの家だった。
本田さんは私たちを見るなり、特に理由を聞くわけでもなく家にあげてくれた。
そして、お風呂に入れてくれて、
あったかいコタツでご飯を食べさせてくれた。
私と兄は泣きながらご飯を食べた。
気づいたら私はコタツで寝落ちしていて、
日が昇っていた。
本田さんが用意してくれたご飯を食べて、3人でトランプをして、兄と2人でお礼を言って家に帰ることにした。
そして、家に帰ると父がいた。
きっと本田さんが児童相談所かどこかに連絡したのだろう。
父に、母がいなくなったことを伝えると、「ごめんな。」と私たちの頭を撫でた。
そこから父は出張はしばらくなくなったと言い、3人で出かけることが多くなった。
釣りへ行ったり、野球観戦に行ったり、ゲームセンターに行ったり。
1番記憶に残っているのは、花火大会。
父に兄と交代ずつで肩車をしてもらい、花火を見た。
真っ黒な夜空に大きくて綺麗な花が咲いた瞬間、私は衝撃を受けた。
心臓と脳が揺れる花火の爆発音。
「生きていてよかった。」
心からそう思った。
*
兄は小学校に通い始め、
私は一人で家に過ごす時間が多くなった。
そんなある日、
父が女の人を家に連れてきた。
「女の子の扱い方は、ちょっと俺にはわからなくて」
と、父は困ったように笑った。
その人は、かよちゃんといった。
やさしい人だった。
字の書き方を教えてくれて、
カードゲームを一緒にしてくれて、
お下がりの可愛いペンや、髪ゴムもくれた。
私は、
久しぶりに“守られている”気がした。
それでも、
心の奥ではずっと思っていた。
――この人も、いつかいなくなる。
だから私は、
信じすぎないようにしていた。
でも、人はやさしさに慣れてしまう。
少しずつ、
それが“当たり前”だと思ってしまう。
そのとき、
また何かが壊れることを、
私はまだ知らなかった。
というのも、物心がつく前に捨てられたからだ。
「分からない」のではなく、ただ「知らない」だけ。
私は一歳になってすぐ、孤児院に入れられた。
なぜ私は生まれてきたのか。
その答えは、今も分からない。
私には、同じ両親をもつ三つ上の兄がいる。
兄の話によると、父は家庭内暴力を振るう人だったらしい。
母は少し派手で、感情の起伏が激しい人だったと聞いた。
夜中に泣き喚く私に、
「うるさい!」と怒鳴りつけ、
「何とかしろ」と母を殴る父。
「なんで私が」と、
私たちに八つ当たりする母。
物心がついていないはずの兄でも、
その光景を覚えているらしい。
私は――
人生のスタートから、間違えていた。
*
白い壁。消毒の匂い。
泣いても、誰も私の名前を呼ばない場所。
それが、孤児院だった。
何人もの大人が通り過ぎて、
何人もの子どもが連れていかれた。
私たち兄弟は、残った。
そんなある日、施設の人に2人で呼び出された。
別室に入ると、背の高いスーツの男の人と、綺麗な紺のワンピースを着た女の人が待っていた。
「はじめまして。」
女の人が優しい声でほほえみ、
男の人は少し緊張した顔で、でも深く頭を下げた。
その人たちが、
私の“新しい両親”になった。
名字が変わり、
住む場所が変わり、
毎日のご飯の味も変わった。
父は、海外出張が多い人だった。
家にいることは、ほとんどなかった。
母は、寂しさを
私と兄で埋めようとした。
抱きしめて、
名前を呼んで、
「一人にしないで」と言う目をしていた。
でも、それでも埋まらなかった。
ある日、母はテーブルに
しわくちゃのお札を置いた。
「ちょっと出かけてくるね」
そう言って、
私たちを置いて出ていった。
当時7歳の兄は買い物の仕方が分かっていたので、私の手を引いてスーパーへ買い物へ行き、ご飯を炊いてくれた。
2人で炊飯器からそのままスプーンで食べた。
あの時のご飯が、今までで1番美味しかったかもしれない。
私たちは母の帰りを信じて待っていた。
母に会いたいという気持ちと、会えない不安でぐずる私の手を引いて、兄が遠くの公園まで行こうとしたことがある。
父と母と行ったことがある場所で、バスで行かないといけなかった。
途中で道がわからなくなり、私も兄も幼く、疲れ果ててしまい、
結局引き返して家の近くの公園で兄が握ってくれたおにぎりを食べた。
私は、兄がいなかったらきっと今生きていることはないのだろうと思うくらい、兄に助けられていた。
それから何日か過ぎ、
水道も止まり、ガスもつかなくなった。
米が底をついて、
夜がやけに長かった。
公園の水を飲み、空腹を誤魔化した。
毎日母の夢を見て、目が覚めて、
夢だったことにひどく落ち込んだ。
それでも私は、
母を“嫌い”にはなれなかった。
だって、私を選んでくれた人だったから。
ただ、限界は来た。
空腹で今にも倒れそうな私を連れて、兄は隣の家のインターホンを鳴らした。
たまに会うと挨拶をしていた、本田さんの家だった。
本田さんは私たちを見るなり、特に理由を聞くわけでもなく家にあげてくれた。
そして、お風呂に入れてくれて、
あったかいコタツでご飯を食べさせてくれた。
私と兄は泣きながらご飯を食べた。
気づいたら私はコタツで寝落ちしていて、
日が昇っていた。
本田さんが用意してくれたご飯を食べて、3人でトランプをして、兄と2人でお礼を言って家に帰ることにした。
そして、家に帰ると父がいた。
きっと本田さんが児童相談所かどこかに連絡したのだろう。
父に、母がいなくなったことを伝えると、「ごめんな。」と私たちの頭を撫でた。
そこから父は出張はしばらくなくなったと言い、3人で出かけることが多くなった。
釣りへ行ったり、野球観戦に行ったり、ゲームセンターに行ったり。
1番記憶に残っているのは、花火大会。
父に兄と交代ずつで肩車をしてもらい、花火を見た。
真っ黒な夜空に大きくて綺麗な花が咲いた瞬間、私は衝撃を受けた。
心臓と脳が揺れる花火の爆発音。
「生きていてよかった。」
心からそう思った。
*
兄は小学校に通い始め、
私は一人で家に過ごす時間が多くなった。
そんなある日、
父が女の人を家に連れてきた。
「女の子の扱い方は、ちょっと俺にはわからなくて」
と、父は困ったように笑った。
その人は、かよちゃんといった。
やさしい人だった。
字の書き方を教えてくれて、
カードゲームを一緒にしてくれて、
お下がりの可愛いペンや、髪ゴムもくれた。
私は、
久しぶりに“守られている”気がした。
それでも、
心の奥ではずっと思っていた。
――この人も、いつかいなくなる。
だから私は、
信じすぎないようにしていた。
でも、人はやさしさに慣れてしまう。
少しずつ、
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そのとき、
また何かが壊れることを、
私はまだ知らなかった。
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