甘味、時々錆びた愛を

しろみ

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或ル暴走

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「博士……開けますよ、」
「うん、いいよ」
「じゃあ……いきますね」
「ん、……」

僕は手に持っている封筒の封をカッターナイフでそっと切る。中に入っている数多の資料の中から目的の紙を一枚取り出した。

「見ますよ……」
「……うん、」
「……どりゃあああ!」

その真っ白な紙を裏返し、目で文字を追う。控えめだが充分に強調されたその文字に、僕は抑えきれない喜びを思わず口から漏らした。

「ご、合格したぁぁぁぁぁ!」
「おめでとう國弘くん!おめでとう!」
「やったぁぁぁぁ!受かった!」

先程の封筒は自分が受験に行った大学からのもので、中に入っていたものは合格通知とその他手続きの資料だったのだ。僕は隠しきれない喜びをそのままにある人へと電話を掛けた。

「もしもし虎太郎?」
『おーうさちゃん久しぶり、もしかしてアレだろ!』
「あっ分かる?」
『声聴いたら分かるよ』
「……受かった!」
『おーおめでと!俺も受かってた!』
「えへへー、虎太郎と同じ大学か、嬉しいなー」
『俺も俺も!一緒に飯くおーぜ』
「うん!」

どうやら電話の主、虎太郎も試験に合格してたようで電話越しに喜びが伝わってくる。僕は暫く、資料片手に彼と長電話を続けていた。博士はその様子をただ黙って見ており、いつの間にか消えてしまったのだ。

「でさー、あれ、?」
『どした?うさちゃん』
「いや、何でもない……」







虎太郎とだいぶ喋ったようで、電話を切った頃には通話時間が二時間を超えていた。自室へと戻り、資料をまとめつつ部屋の掃除をしていると、博士がノックもせず部屋に入ってきたのだ。

「あら、博士どうしたんですか?」

喜びで浮足立っていた僕に反して、博士の顔は険しく、今にも怒りだしそうだった。自分の浮足すら沈んでしまう程に。

「……博士?」
「國弘くんって本当に馬鹿だよね」

彼の声色はトーンが恐ろしく下がっており、瞳は蔑むように僕を見据えていた。一言で言うと、怖い。ただひたすら怖い。

「、突然来て何なんですか!自覚はしてますよそれくらい」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味なんですか?馬鹿なので分かんないです」
「……、」

嫌味を込めて彼にこう言ったのが間違いだったのかもしれない。博士は恐らく、さっきの一言がかなり頭にきたようで、僕の身体をその場に押し倒した。

「國弘くんそれ本気で言ってるの」
「……本気も何も、本当に意味が分からないんです」
「じゃあ教えてあげるよ」

床に押し付けられて背中と頭が痛い。博士は僕に馬乗りになって見下し、人差し指と中指を指を僕の口に突っ込んだ。グチャグチャと僕自身の唾液が指に絡み、いやらしい水音を立てる。

「僕はこんなにも國弘くんを愛してるのに、伝わってないなんてね」
「ん、んぅッ」
「君のために僕がどれだけ抜くの我慢したか知らないでしょ」
「あッ、んく、っ」
「今日は國弘くんのために優しく愛してあげようって思ってたのに……残念」
「あ、あうっ」

博士は口から指を出し、それを舌で掬い上げるように舐める。

「キスもしてやんないし入れてもあげない、入れるなら此所だよ」

次は親指を僕の口に突っ込んで、舌に押し付けた。呼吸ができずに苦しい。

「う、ぅ」

僕の口からは声にならない呻きが漏れるしかなかった。明らかに博士の様子がおかしい。前までどんなことを言っても怒らなかったのに、鬱陶しいくらいに僕に優しくて、それが心地良かったのに。今の彼は、昔僕を犯していた男達のそれと同じなのだ。恐怖でしかない。

「何か棒ないかな?あと紐……」

博士が部屋をキョロキョロと見回し、ふとある一点を見つめた。そこに何があるのかと目をやったら、今一番見られたくないものがあったのだ。

「國弘くんって雑誌とか読むんだ……」
「、ッ……」

彼はそれを取りに行き、僕の目の前でぱらぱらと捲り始める。

「ふーん、なかなか格好いいじゃん虎太郎くん」
「ッ、か、えしてください、」
「これ1番新しいやつだね?いつ会ったの國弘くん」

そして彼は、僕が今一番訊かれたくないことを訊いた。今の彼にちゃんと答えたところで聞いてくれるかなんて分からないが、これ以上彼を怒らせたら僕は更に酷いことをされることが目に見えて分かる。

「、3日くらい、前……です……」
「何で?」
「ッ、それは……言えませ、ん……」
「何で言えないの?」
「……、言えません、ごめんなさい……」

彼は依然、冷めた瞳で僕を見つめる。先程と同じように僕を床に押し倒し、首に右手を掛けた。苦しい、彼は僕の首に圧をかけるように床に押し付けたのだ。酸素を求め、浅く呼吸を繰り返す僕に彼はこう言ったのだ。

「あのさァ、國弘くんが悪いんだからね」
「ッ……何で、」
「僕放ったらかしで虎太郎くんと長電話してたから」
「ッ、そんな理由で、!」

必死にもがいて彼の手から逃れようとするが、首に掛かる手は微動だにしない。自分の両手で首を掴んでいる彼の手を引き剥がそうと抵抗するが、その手をそのまま彼の左手が強く握りしめてきた。

「……、ッ、痛……い……」
「僕がどれだけ君の事好きなのか分かんないみたいだからさ、身体に教え込んであげる」
「それはっ、充分……知って、ますっ、から……とりあえず、離れて…….ください……ッ、」
「じゃあさ、虎太郎くんと会ってた理由、教えて」
「……、それは……今は、言えないんです……」
「…………、そこまで言えない理由って何?浮気?」
「ッ違い、ます……!」
「へぇ……そう、」

彼は冷たくそう言い放ち、首の手を緩める。空気が一気に肺に届き、思わず咳を繰り返す僕の両手を頭上で纏め、床に押し付ける彼の目は獲物を狩る手前の狼のようで、僕を鋭く射抜くのだ。
普段と違う彼の様子にびくりと躊躇いだが、それより。
そんな顔で、僕を見ないで欲しい。
彼の言葉なんて頭に入らないくらい、段々鼓動が早くなり、気づいたらそれしか聞こえなくなっていた。
浮気じゃない、けどこんな所で虎太郎と会ってた理由なんて言いたくない。
そして、もしかしたら、こんな顔で僕のことを、甚振ってくる彼なんてそうそう見れるものではないかもしれない。自分の性癖を疑うくらい、彼の様相は僕の被虐心を擽った。
もっと、もっと、僕の頭はそれしかなくて、彼にそれ以上の加虐を求めようとしていた。

「ッ……博士、」
「何、國弘くん」
「……、お仕置、したいならすればいいじゃないですか」
「……え、」
「僕のこと、満足するまで犯せばいいじゃないですか」
「、國弘くん」
「……、そんなに僕が信用できないなら、あなたが僕を信じられるまで、あなたの好きに、してくださいよ……ほら、淫乱な男を犯すのは嫌いですか?好きでしょう?」

気づいたら僕は彼にそのまま性行為を要求していたのだ。少し戸惑う博士の隙を見て、腕を振りほどいて自分の服に手を掛けた。シャツのボタンを全て外し、ベルトを外す。

「……そんなに縛り付けたいなら縛ってください」
「……、」
「あなたになら何されてもいいので、ほら……」
「………」

博士は暫く口を開かず、ただ僕を見つめる。

「……博士?」

彼は僕の上から退き、端に腰を下ろした。口の端に笑みを浮かべ、僕の頭を撫ぜる。依然、僕を見下したあの冷たい瞳は変わらなかった。

「ふふっ、國弘くん本当にかわいい」
「……?」
「理由が言えないから犯せって……ほんと可愛いね、國弘くん」
「っ……違うんです、そういう意味じゃなくて……」
「そうにしか聞こえないよ……、ごめんね、もう妬いたりしないから早く服着なよ」

僕の頭から彼の手が離れる。彼は踵を返し、部屋から出て行く。彼に何か言おうとしたが、声が出ない。
先程彼が呟いた言葉と冷たい瞳は僕を黙らせるには充分すぎるほどだった。







あれから数十分ほど、僕は自室でぼんやりと考えを巡らせていた。博士は、いつでも余裕ぶってて、へらへらしてていつでもいちゃつき回って、本当に鬱陶しいくらいなのだ。そんな彼がヤキモチ?いや、彼は以前のオープンキャンパスでも同じような態度を見せていた。つまり、彼が僕に冷たくなるときは誰かに妬いている?
しかしながら、彼のそういった表情は普段とまったく違い、彼のまた別の魅力となって僕を魅了していた。あの顔、あの声はたまらなく男としての魅力に満ちていたのだ。まさか妬いている、そんなところで彼の魅力を発見してしまうとは思わなかった。更に、そんな彼に犯されたい、そう思って僕自身から誘ってしまうだなんて。今更ながらそれらに赤面して暫く俯せになる。

(ああ、彼は許してくれるかな。僕か虎太郎と会っていた理由を。)

はあと小さくため息を吐いて、ポケットに入ってた携帯を弄る。博士がくれた携帯。機械弄りが好きだというのは伊達じゃないのだろう。機能性を重視したどこの携帯会社の機種にも負けない素晴らしい携帯を彼は作り上げ、僕に手渡した。残念なところは、Wi-Fiがないとまったく使えないというところだ。なので外では普通の携帯を使っている。そんな彼からの携帯を弄って、メモ帳を開いた。彼への感謝のプレゼントと、一日を使ってデートをするための予定を大まかにメモしてあるそれを見ながら、さらにため息を吐く。
虎太郎に会っていた理由、それは彼へのプレゼントを一緒に考えて欲しかったからだ。僕はブランドに詳しくないから、モデルの彼ならきっといい物を教えてくれる、そう思ったのだがまさかあんなに博士が怒るなんて思わなかった。
暫くその状態で耽っていると、外の廊下からドタバタという足音と奇声が聴こえてきた。

「ああああ!僕はなんてことを!しようとしたんだああああ!!ああああ!!くにひろくんごめんねええええ!!」

博士が叫んでこちらに向かってきているようだ。しかし煩い。煩すぎる。

「ッくにひろくん!」

身体を起こした途端、彼が部屋の扉を開いた。今にも泣き出しそうな顔で僕を見詰める。

「ど、どうしましたか博士?」
「ごめん……」
「え?どうしたんですか博士、謝るのは僕の方……」

博士は唇を噛み、眉間に皺を寄せて更に続けた。

「僕……さっき國弘くんを殺しかけた」
「……どういう、ことですか……それ」
「……やっぱり本能には逆らえないんだ」

彼はその場に座り、溜息を吐く。彼の発言は謎だらけで、僕は彼が何を言っているかを聴き取るだけで精一杯だった。

「……、あなたの本能って、人を殺すことなのですか?」
「…………そうだよ」
「……、どうして」
「前話したでしょ?僕のこと……僕は実験体として身体を弄られたって」
「…………はい」
「そもそも研究所は人を殺人兵器に変えるための研究をしている訳だから……検体である僕達は痛みも感じない、死ぬまで人を殺し続ける兵器と化している……だから、もう……気に入らない人間全て殺すように本能が訴えかけるんだ、そうなってるんだよ」

博士は自らのシャツをギュッと掴み、僕から目線を外す。そして更にこんなことを呟くのだ。

「國弘くん、僕は……君を好きでいていいのかな」

彼はぐしゃりと髪を掴んで、顔を伏せた。床にぽたぽたと涙を落とし、鼻を啜る音が聴こえる。

「……、博士、泣けるんですね」
「ひどいな、國弘くん……僕だって泣くことくらい」
「博士は知ってると思いますが、感情が高ぶって泣くのは人間だけですよ」

僕の発言に、彼は伏せた顔をやっとこちらに向けた。更に僕は続けた。

「動物は感情の高ぶりで泣くことはまずありません……勿論機械も泣くことはありません、では博士が泣くのは何故ですか?」
「…………分からない、」
「あなたも僕同様、馬鹿ですね」
「ッ……、」
「答えは簡単ですよ、人間だからです」

彼は目を丸くする。そしてまた目を伏せて、小さく呟いた。

「……でも、本当に僕……君を殺しかけたし、もう……こんな身体で生きていく意味なんて」
「何を悩んでいるんですか、あんたは紛れもない人間だ。そして僕の大切な人なんです」

僕は顔を上げた彼に真正面から抱き着く。腕を背中に回し、肩に顔をうずめた。

「意味ならありますよ、僕を養ってくれるのでしょう?途中放棄なんて許しませんから」
「ッ國弘くん……」
「僕を拾ってくれたその時から、ついていくって決めたんです」
「……、」
「あなたが何であれ、僕はあなたを愛してますから」
「…………っ、僕も、國弘くんのこと、好きだよ……」

博士も僕の背中に腕を回して強く抱き締めた。彼の温もりを一身に受け止めながら、僕はそっと囁いた。

「……気に入らなければ殺されてもいいですし、あなたになら」
「殺さないよ……」
「……博士の妬いてる顔、魅力的でしたし」
「あははっ……國弘くんそんなプレイが好きなの?」
「あなただからですけどね、」

彼は微笑み、僕の頭を優しく撫でる。僕はポケットの中から携帯を取り出し、あるページを開き彼に見せた。

「……明日、デートしましょう」

顔が徐々に熱くなり、紅潮しだした頃には博士に口付けされていた。了承を得られたのだな、そう思って、彼の口付けを受け入れる。
彼が一旦唇を離したその時に、誰かが部屋の扉を開いたのだ。

「お兄様!あっ……」
「ままま真理亜さんッ!?」
「お、お取り込み中でしたのねこれは失礼しました……うふふふふ……」
「何で笑ってるんですか!?」
「どうしたの真理亜」

扉を開け、僕たちを見てすぐ緩んだ表情をしていた真理亜さんは神妙な面持ちで、博士に話し掛けたのだ。

「あの、彼の目撃情報が……」
「……?」
「えっ……何でまた」
「あの……博士、真理亜さん……彼って?」

次は博士も神妙な面持ちで、『彼』の存在について語り出したのだ。

「イリヤ……研究所の奴で、いわゆるマッドサイエンティスト……研究所の中では一番敵に回したくない男だよ」



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