甘味、時々錆びた愛を

しろみ

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或ル勉学

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(2時間経過)

「國弘くん決めた?」
「は……はい、ここに……」
「……食物科?」
「はい……」
「いいの?3ヶ月で詰め込むけど」
「大丈夫ですやります」
「……何でここにしたの?」
「…………博士に、美味しいご飯とかもっと作りたいから……」
「ッ……國弘くん大好き!じゃあ今日から勉強しようね!」
「はい……」

食物科のカリキュラムをぼんやりと見ていたら自分の得意な生物学に調理学など、自らの力を如何なく発揮できそうなものばかりなのだ。しかも生物学には博士が授業をしてくれる。悪いことなんてない。
なぜこれを決めるだけに2時間も掛かったのか。それは、僕が受験するということで、真理亜さんが家事をすると言ってくれたのでお言葉に甘えた結果、洗濯物が大変なことになった上にフライパンが爆破したので、それらの処理に追われた結果2時間も掛かってしまったのである。正直言うと2時間で済んでよかった。

「國弘くん一応高2までは学校行ってたんだよね?そこまでの授業は覚えてる?」
「……それなりには、はい」
「じゃあ僕の教科書とかでも大丈夫かな?正直有名なT大とかK大みたいなレベル高い大学じゃないから……って言ったら受験生に失礼だけど……僕なりには本気出して教えるからね?」
「……はい、」
「じゃっ……早速やろっか、國弘くん?」
「……はい、」

博士の目が変わった。本気だ。どうやら遊びでもなく本気で僕に教えてくれるようだ。

「はい席に座って!霧夜先生の授業が始まるよ!今回は全くエロくない大学受験コース!食物科志望の國弘くんのために今さっきささっとプログラムを組み立てました!」

博士が僕の机にメモを叩きつける。やっぱり字が汚いから僕には理解ができないけど勉強する科目や範囲を書いてくれてるのだろうと思うことにした。
それよりも気になる発言があり、スルーしてもよかったのだが敢えて彼に問うてみた。

「あの……全くエロくないってどういう意味ですか?」
「エロ有りなら間違えたらファッ〇だからね!」
「エロ有りって……あとファッ〇って表現どうなんですかね」
「それはさておきコースね!國弘くんは一般受験だから2教科かな?国語と生物を重点的に且つ時間が余ったら他の教科も入れるけどいける?」
「わかりました」
「じゃ、教科書10ページ開いて……」

博士が僕の目の前に教科書を置く。教科書なんていつぶりに開くのか。ぱらぱらと捲り、内容が結局分からないままぼんやり指定されたページを見ていたら、突然博士が僕の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?フラッシュバックして気分悪くなったらすぐ言ってね」
「はい、平気です……」

彼は優しく僕の背中を擦る。そして、近くに置いてあった椅子を持って僕の近くに座った。
近い距離でいつもよりゆったりとした口調で話すから少しエロい、とか考えてる辺り博士みたいな思考回路になってきている気がする。

「……、葉緑体がある一定の流れに沿って動くのは、習った?」
「……確か……原形質、」
「…………葉緑体が、動く……というか流れる、って考えて……」
「……原形質、流動?」
「正解、流動の距離や時間によって流動の速度を出す問題が出ることもあるから……ここは詳しくやろっか」
「はい……」
「あと、プレパラートにつける目盛りと接眼レンズにつける目盛り、どっちがサイズ決まってるかは……分かる?」
「……接眼?」
「接眼だったらレンズ変えたときに目盛りの大きさが変わっちゃうから下の方ね」
「……はい、」
「これは重要だよ、微生物のサイズ決めるときに必要だから……」
「はい、」
「國弘くん授業とかで顕微鏡使った?」
「……使ってません、習った気はするんですけど……僕まで回ってきませんでしたね」
「…………」
「まぁ……今となってはいい思い出ですよ」
「……國弘くん、」
「、?」
「もう、つらい思いさせないから……」

博士が僕の手にそっと手を当ててくる。綺麗な顔がとても近い。眉を寄せて少し泣きそうな顔をする。そんな顔しないで下さい、小さくそっと呟いた。

「……ありがとうございます、今とても幸せなので僕はもう……あなたがいてくれるだけでいいんです」
「……、そんなこと言わないでよ、可愛い……」
「ほら、続き教えてくださいよ」
「……分かった、」







「……っ、はあ……」
「よし!大体前期分終わり!明日は後期分だからね!」
「はい……」

あれからみっちり教科書の内容を叩き込まれて、頭が要領オーバーするんじゃないかと思うほどだ。知恵熱が出そうだ。いや、もう出てるんじゃないか。

「お兄様、國弘さん、ご飯作りましたよ」
「え?」
「真理亜ありがとう!ほら國弘くん行くよ」
「は、はあ……」

真理亜さんがご飯を作った?ストップを掛ける前に博士はスタスタとリビングへ行ってしまう。あの人フライパンを爆破したんだぞ?料理なんて……と思ったが、滅多なことは言えないのでとりあえず博士の後を追ってリビングに行ってみる。

「さぁ、お召し上がりくださいませ」
「……おぉ……」
「すごい、……真理亜さんいつの間に?」
「そうですね……ついさっきレシピ本を買ってきましたので作ってみたんです、我ながら上出来だと思うのですがどうでしょう?」
「すごいよ真理亜!國弘くんが作るご飯みたいだ!」
「本当に……!僕のご飯より上手くできてるんじゃないですかね?」
「ふふ、ありがとうございます」
「じゃあ食べよっか、」
「はい、では」

僕たちはリビングに並べられた、信じられないほど(と言ったら失礼だが)美味しそうな料理を食べるために席に座った。三人揃って席に着いて、頂きますと挨拶をしてから箸をつけた。まず最初に食べ物を口にしたのは博士だ。

「味はどうですか?博士」
「………ん~美味い!本当に美味しいよ!」
「では……んん、美味しいです!真理亜さん!」
「お口に合ったようでよかったです」

今後は真理亜さんも家事が出来るようになったなら、きっと僕の手助けは必要ないだろう。普段の家事は僕がするからあまり問題はないのだが。博士は勢いづいてがつがつとご飯を掻き込む。若干態度が悪い。

「んんー、たまらん!」
「たまらんって何ですか……」

それから他愛もない話をし、三人はご飯を食べ終える。いざ片付けようと食器を持ってキッチンのシンクに向かった途端、異様な悪臭と想像を絶する光景が広がっていた。

「……あぁ、成る程……」
「酷いね……」
「……てへぺろ☆」
「いやてへぺろ☆じゃなくて!真理亜さん!何があったんですかこれ !? 」
「えーと……、ふふふ……」
「怖いんですけど!というかこの想像を絶する光景を努力として称えるべきなのかどうなのか!」
「ええーと……ふふふ……」
「真理亜さん !? 」

真理亜さんは口許に薄ら笑いを浮かべて、淡々とゴミを捨てていく。僕はあらゆる疑問を頭に浮かべながら、真理亜さんと共にゴミ袋にゴミを捨てた。一方、博士は突然「飲み物を買ってくる」と言って、通帳と財布片手に出ていってしまった。

「…………つかぬことをお聞きしますが真理亜さん、」
「はい?」
「……料理、本当に真理亜さんが作ったのですか?」
「…………実は、」







「ああーッ!通帳からお金が減ってる!そんな気がしてたけど!最悪!」
「…………」
「もー……誰なんだよ僕のお金使った奴……出てこいよズコバコにしてやるからよー……もーヤダァつらい」
「それは研究所の金だ、」
「…………ん?」
「相変わらずだな、霧夜……」
「あれ……どうしたの?こんなとこに……珍しい」







「ただいま~……飲み物いっぱい買ってきたよ……」

がさがさと音を立て、博士は大量にペットボトルを詰めた袋をどっさりと床に置いた。

「おかえりなさい博士、晩ご飯実は真理亜さんが……」
「聞いてくれよ國弘くん!僕の通帳からお金がごっそり減ってたんだよ!大体いちまんえんくらい!」
「ごっそりなんですかそれ……博士ケチでしたっけ?」
「違う!自分のお金取られたら誰だって嫌じゃん!」
「まぁそうですね……話戻していいですか?」

先程博士が出ていってすぐに真理亜さんに問い詰めた内容を博士に伝えようとする。博士は通帳からお金がなくなっていたことを未だに嘆いているようだ。

「……晩ご飯実は真理亜さんが作ったんじゃなくて……」
「…………なくて?」
「……実は、」
「じつは?」

周囲を気にしつつ、こそこそと耳打ちするように、博士の耳にそっと真実を伝えようとした。すると突然後ろからシャツの衿を強く掴まれた。

「國弘さん?たまには私とも遊びませんか?」
「まままま真理亜さんッ!!!!!」
「ねェ?流石にこんなドスケベおじさんと毎日アンアンしてたら食傷気味になりません?」
「真理亜さんッ……ちょっ!」

真理亜さんは妖艶な笑みを浮かべて、僕の頭を胸の谷間にぎゅううっと押し付けてきた。こんなの、一般成年男子が喜ばずにいられるのか。

「ドスケベおじさんって何だよ!僕まだ25だぞ!……多分」
「國弘さんからしたらただのおじさんじゃないですか、ねぇ?」
「………………」
「あら?」
「……國弘くん確実にイっちゃってない?」
「どちらの意味でですか?」
「そりゃあ……せ・い・て・き・に?」

博士と真理亜さんが呑気に話をしている中、僕は薄れ行く意識の中でぼんやりと考えた。このまま僕は美女の谷間に挟まれて死ぬのか、それも悪くない。博士には申し訳ないが、このまま僕は死ぬかもしれない。意識を完全に手放そうとした途端、目の前がぱっと明るくなった。

「んあ……?」
「國弘さん……ひどい顔ですわ……」
「國弘くんってさ……女の人とかに耐性なかったりする?」
「え、あ、いやいや女の人嫌いじゃないですよ!」
「國弘くん……鼻血ヤバいよ?」
「えっ、」

博士にそう言われて、慌てて洗面所の鏡を見に行った。すると、口の周りが真っ赤になった自分の顔があらわになった。

「ヒィィ!」

更に後ろから僕を覗き見るように二人が現れた。

「絶対女慣れしてないなァ~國弘くぅん」
「何ですかその喋り方は!ムカつく!」
「國弘さんってやっぱり童貞なんですね」
「真理亜さァん!!??」
「処女は喪失してるもんねェ」
「あんたは黙ってろ!!!!恥ずかしい……!!!」
「まぁでも國弘さんはお兄様とパコパコしてる方が楽しそうですわね、失礼しました……」

真理亜さんはじっと僕の方を憐れみの籠った瞳で見つめてくる。明らかに「あ、こいつホモだった……」という目だ。更に、僕に小さくウインクをして自室に消えていってしまう。

「真理亜さァん!!!!???」
「やっぱ國弘くんは僕とパコパコしてる方が楽しいよねそうだよね!」
「なんなんですかそれぇぇ……真理亜さん酷い人だ…………」

どうやら真理亜さんは敵に回してはいけないようだ。僕は鼻血を拭きながら博士を一瞥して、盛大にため息を吐いた。

強ち間違ってないところが、尚更恥ずかしい。







-END-
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