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或ル近親
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しおりを挟む「なぁ、兄貴……今日も帰ってこねぇの?」
『ごめんな……もう少し長引きそうなんだよ、本当にごめん』
「……、分かった」
唯一の家族である兄との電話。相変わらず応答は同じで、いい加減うんざりとしているが、自分は兄の「今日は帰ってくる」のひとことを待っているのだ。
兄の職業は薬剤師且つ研究者である。彼は自分の研究につきっきりで家に帰ってこないことが以前からよくあったが、ここ最近は全くといっていい程帰ってこない。最後に兄の顔を見たのは……大体一ヶ月程前だろうか。
仕事が大事なのはよく分かる。現に彼は人の命を救う薬の研究をしているのだ。だからこそ、自分の存在が邪魔になることがあってはならない。しかし、一人の人間として唯一の家族と顔を見て話すことができないのはどうかと思うのだ。
いつまでも離すことができずに握り締めていた携帯を机に置き、並べられた冷めてしまった晩ご飯を見つめる。
「今日も一人かよ……」
兄が帰ってこないために、ここ最近はずっと自炊を続けていた。帰ってこないと分かっているのに、二人分きっちりと作って。椅子に腰掛けて、ご飯を並べてあるにも関わらず向かいに誰もいないことへの寂しさを感じて手を合わせる。
「いただきます……」
いつものことだが、いまだに慣れる事のない孤独感でご飯が進まない。しかし、折角作ったご飯が勿体無いので黙々と箸を進めて咀嚼を続ける。静寂を避けるためだけに点けられたテレビの音なんて耳に入らない。テレビの音が聴こえない程に考える事はいつも、兄と一緒にたわいのない話をしながら食事を摂ることがいつできるかなのだ。
必然的に余ってしまう兄の晩ご飯をラップに包み、冷蔵庫へと仕舞う。また明日の朝食と昼食になってしまう。そもそも作らなければいいのだが、いつ兄が帰ってきてもご飯を出せるようにとしておきたいが故なのだ。
テレビから流れるくだらない笑い声を傍に、自分の食器を片付ける。今日も疲れたなと一日を思い出しながら食器の泡をカチャカチャと洗い流していると、携帯に電話が掛かってきた。誰だ、もしかして兄か、素早く手を拭いて応答する。電話越しに聴こえた声は、まさかの人物のものだった。
「う、さ……ちゃん?」
『またうさちゃんって言った!國弘だよくにひろ!』
電話を掛けてきたのは、以前オープンキャンパスで知り合った、恐らく自分と同じ大学に入るであろう友人だったのだ。しかし何故自分の携帯の電話番号を知っているのか。
『何で携帯の番号知ってるかって思ったでしょ?うちの身内が虎太郎のこと知ってたんだよ』
「え……、誰だよ」
『はか……いや、霧夜先生だよ』
「……話が読めないんだけど……」
『何だよ素っ気ないなー……オープンキャンパスではあんなに煩かったのに』
「うるせーよ……」
朗らかに笑いながら話し掛けてくる彼の声を聴いていると、自然と目頭が熱くなり涙が零れそうになるのだ。いつもよりも低い声で素っ気ない態度を取るのはそれを悟られたくないからである。
『僕実はさ、霧夜先生の家に住み込みで働いてんの、以前に先生が虎太郎のお兄さんと話してたんだよ』
「……、待てよ本当に話が読めない……うさちゃんが先生のところで働いてんのは分かった、けど何で俺の兄の事知ってんの?」
『いやお兄さんがさ、何か先生に用事があるってうちに来たんだよね、そこで弟がいるって話を聞いて……どんな人なのかって訊いたら虎太郎だったんだよ』
「……成る程な、」
『虎太郎のお兄さん……龍一さん、ずっと虎太郎の話ばっかしてて……初めて会ったばっかりの僕でもこの人ブラコンなんだなーって思うくらいだったよ』
苦笑しているのが電話越しでも分かる、確かに兄は弟の自分から見ても相当なブラコンである。そんな兄が自宅に帰ってこないんだから弟離れしたのかと最初は思ったが、さすがに一ヶ月近く会ってなければ此方の方が会いたくなる。自分の方が兄離れできてないのかもしれない。
「そっか、兄貴……元気にしてるんだな」
『心配いらないくらい元気にやってると思うよ』
「ならいいや……ありがと、」
『あ、そういえばだいぶ家に帰ってないみたいだから先生が無理矢理帰らせたよ』
「ふーん……、ってえ?」
『帰らせたよ、今日も来てたから先生が「家族放ったらかしで仕事するのは馬鹿がやることだ」って……もうちょっと違う言い方あったよね、言葉に気を遣えっておも……虎太郎?』
堪えていた涙がぼろぼろと溢れて止まらない。頬を伝う涙が机にぱたぱたと落ちる。彼に返す言葉が嗚咽となって消えてしまう。泣いていることがバレてしまうではないか。でも今はそんなことを気にすることができない程に、電話越しの彼に声にならない声をあげていたのだ。
『……寂しかったなら寂しいって言えば良かったのに、多分飛んで帰ってくるはずだよ』
「ッ、だって……兄貴の、じゃま、したく……なくって…………」
『お兄さんは虎太郎のこと邪魔だなんて思ってないよ』
「うっ……でも、毎日……帰らせたら、さすがに……」
『ずっと一緒にいたいなら言わなきゃ……お兄さん鈍感だから分かってないよ』
「っ、うん……いたいんだよ、ほんとは、ずっと……おれの、唯一の、家族だから……」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら電話に応えているとバタバタと玄関の方から音が聴こえてくる。音のする方を覗いたら、真っ白な白衣に身を包んだ男が息せき切って此方へと向かってきたのだ。
「ッ虎太郎!」
「あ、にき……」
白衣の男、つまり兄がやっと帰宅した。彼は眉根を寄せてつらそうな顔をして自分の身体を強く抱き締めた。その反動で携帯を床に落としてしまう。ガタンッと響く耳に痛い音を聞きつつ彼の体温を感じた。
「ごめん、虎太郎ごめん」
「っばか……馬鹿兄貴……ばーか……」
「そんなにばかばか言うな……」
「なんでかえってこねーんだよばか……」
「ッ……それは、本当にごめん」
「おれがどんだけ、さみしかったと……思ってんだよばか……」
「ッ駄目だ虎太郎そんなこと言うな……理性が持たない」
兄はそう言って謎のカプセルを口に咥えた。彼が何をしようとしているかが分からず、呆然としていたら突然唇を合わせられた。カプセルは当然、此方の口に入ってしまいうっかり飲み込んでしまった。
「今度はちゃんと優しくしてやるから、前はごめんな……お前があまりにも可愛い反応するからつい……」
「……、兄貴?」
「会えなかった分、たっぷり愛してやるから……」
「ん、……お兄ちゃん、早く……えっちなこと、しよぉ……ねぇ?」
「あぁ……俺だけの虎太郎……愛してる、」
†
「……、博士……龍一さん帰らせて良かったんです?」
「いいよ鬱陶しいし」
「だってあの人一ヶ月帰らなかったのって、虎太郎に薬盛ったのが本人にバレてもう帰ってくんなって言われたからなんでしょ?」
「まぁそうなんだけどねー、虎太郎くんがあまりにも可哀想だから」
「そうですね……龍一さんは虎太郎に何がしたいのか分からないんですけど」
「アレでしょ、依存させたいんだと思うよ」
「……依存?」
「離れたらどうしようもなくなるようにしたかったんじゃないかなァ、まぁあいつは頭いいようで悪いしすぐ自分の薬に頼っちゃうから……出ていけとか二度と顔も見たくないとか言われるんだろうけど、」
「成る程……?意味が分かりません」
「まぁ僕と國弘くんみたいにしたかったんじゃないかな」
「は?」
「互いに互いがいないと死んじゃうって感じに、ね?」
「はぁ……兄弟なのに、そんな関係もあるんですね……?」
「まぁあの2人は血が繋がってないし……、龍一の好みのタイプなんだよ虎太郎くん、比較的強気で明るい子……、で、あいつは性的趣向めちゃくちゃ歪んでるからね」
「……うわぁ、」
「ま、そんなことはどうでもいいよ!僕たちもやろっかセックス!」
「どういう流れですかそれ!」
-END-
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