甘味、時々錆びた愛を

しろみ

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或ル苦渋

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遅い、あまりにも遅すぎる。
博士が朱鷺を御手洗いに拉致(表向きは御手洗いの場所を訊く振りだったが恐らく拉致)してもう何分経ったのか。15分は超えている。別に実際に用を足している訳じゃないだろうし、そもそも彼は用を足すのか。
そんな疑問を和菓子屋で考えるのも馬鹿馬鹿しいので、直々に御手洗いに向かおうとした。その途端、身体のバランスを崩してその場に尻もちをついてしまう。長時間正座をしていた所為で足が痺れてしまったのだ。仕方なく、足を伸ばして彼が戻ってくるのを待っていると、黒いコートを身に纏った、銀髪に青い瞳を持つ謎の男性がこちらに向かって来るのが見えた。銀髪は右目を隠し、表情が明確に読めない男である。誰だ。男が何者か分からずそのまま見つめていると、ふふっと微笑みかけこちらの座席に腰を下ろした。近づいてくると想像以上に大きさが目立った。身長は龍一さんくらいだろうか。

「……どちら様、ですか」
「本当に綺麗にアルビノなのねェ、アンタ」
「あの、僕の質問に答えて下さい」
「あーアタシ?朱鷺の彼女って言えばいいのかしら」
「……!?」

見た目の重苦しさに同調したような低く響く声に何故かオネェ口調の謎の男は朱鷺の関係者(さすがにこの男を彼女とは言いたくない)だと言うのだ。しかし僕のことをアルビノと呼ぶ辺り彼は動物の生態に関わる研究をしている人間だろうか。頭を巡らせて考えていると、突然彼が博士の分の茶菓子を口に運んだのだ。

「っちょ……それ……博士の、」
「博士?あぁ……ひじりんやっぱり固形物苦手なのねェ」
「え……!?ッそれどういうことですか!!」
「何よアンタ知らなかったの?ひじりんは食べ物あんまり食べられないのよ」
「ひじりんって……博士のことですか、」
「……博士?彼の本名は御堂聖、御堂財閥の息子よ」

彼は口に運んだ甘味に少し顔を顰め、僕の質問に淡々と答える。彼は博士にも関係しているのか。しかし、僕が何より吃驚したのは、彼の本名をこんな形で知ってしまったということだ。
御堂、聖ーーーー
聖、彼は何故"霧夜"と名乗っているのか。今迄彼から訊いた彼自身の情報と、この男が話す情報を照らし合わせて考えるが、考えるほど頭がこんがらがってくる。普段自分のすべきこと以外何も考えずに暮らしていることがよく分かった。いや少しだけ、博士のことも考えているが。

「ねぇ、アンタうちに来ない?」
「は?行きませんよ」
「即答……、アタシね、ここまで綺麗なアルビノの人間初めて見たのよ、アタシの研究に協力してくれないかしら?」

男は口角を釣り上げニタァと笑う。彼の笑みは何処かしらに狂気を孕んでおり、気味が悪い。朱鷺は何故こんな不気味な奴と一緒にいるのか、僕には理解し難かった。そんな彼は獲物を狙うような目で僕を見つめ続ける。彼は僕のことを実験材料としか思ってないのだろう。ならば答えは決まっている。

「嫌です」
「……アンタ友達いないでしょ」
「そうですね、あなたもいなさそうですし」
「言ってくれるじゃないの……」
「この見た目でずっと苦労してきたんです、今更研究だとか信用できるわけないでしょう?」
「ふーん……じゃあ一つだけ予言してあげるわ」
「……何ですか、」

眉間に皺を寄せて、僕を見つめていた彼は目を細めて笑みを零した。

「ひじりんは朱鷺を滅茶苦茶に犯している、信じるかしら?」
「……ハァ?」
「別に信じなくてもいいわよ」
「彼に限ってそんなことあるわけ……」
「随分と信頼を寄せてるのね、ひじりんに……今だにいろいろ隠し事されてるのに」
「ッ!!」
「まぁいいわよ、恋愛ゴッコは個人の自由だからねェ」

男はくつくつと含んだように笑みを零して、僕の目を見る。彼のサファイアのように青く深い瞳がこちらをじっと見据えている。そんな彼の瞳は、何故か人間味を感じさせない不思議な光を湛えていた。そんな彼の瞳に少しばかりの恐怖を感じ、思わず目を逸らして俯く。そんな僕に男は頭上から追い打ちをかけるように言葉を続けた。

「でも、こんだけ長かったらそりゃあ致してると思わない?」
「…………」
「……、揺らいでるわね、アタシそういう顔好きよ」
「……そんなわけ、ない……」

僕の口から零れた声はあまりにも弱々しく、自分自身が恋人を信じ切れていないことを充分に物語っていた。確かに、信頼を寄せてしまっているかといえば嘘になるかもしれない。しかし、こんな得体の知れない男に揺さぶりをかけられただけで失う程のものではないと自負しても良い筈なのに、どうしてこんなにも、自分の口から紡ぐ声は掠れて弱っているのか。
込み上げてくる悔しさに唇を噛むが、彼は僕に容赦無くとどめを刺した。

「フフッ、そう思いたいのは分かるけど……アンタの顔、絶望一色よ?」
「、!」

ふと目をやった、湯呑みの中に残る茶に映った自分の顔からは血の気が引いており、まさに絶望感を与えられたそれだった。僕は彼の言うことを信じているのか。信じたくないけど、あまりにも状況ができすぎていて、自身はそれを受け入れざるを得なくなっていたのだ。店のざわめきも耳に入らず、ただ彼がどうしているのかで頭がいっぱいになっていた。

「……ひじりんのこと信じ切ってないのねアンタ」
「ッ、違う……」
「……別にいいんじゃないの?それでも」
「、!」
「ひじりんが言いたくなかったから言わなかったんでしょ?少なくともアンタのことは考えてくれてんじゃない、アイツと違って」

男ははぁと深い溜め息を吐いて博士の茶を啜った。しかし茶は入ってなかったらしく、中を少し覗いて机に置く。彼の思い出話に付き合ってやる必要なんて全くないのだが、博士が戻ってくる間の暇潰し程度の感覚で、僕は彼の話を勘繰るように呟いた。

「アイツ……?」
「……、朱鷺には言わないで頂戴よ」
「別に言いませんけど、」
「アタシね、職場に彼氏がいてね……彼精神科医をしてたのよ」
「……へぇ、」
「…………、興味ないって顔ね」
「確かにないですけど……あなた博士の敵っぽいし」
「本当に友達いないでしょアンタ……」
「何度も言わないでくださいよ、それなりにはいますし……あとアンタじゃなくて國弘です」
「厚かましいわね本当……はいはい……國弘、ね……」
「で、続きは?簡潔に済ませてください」
「……、ひじりんにも関係するからちゃんと聞いてなさいよ」
「……博士にも……?」

博士に関係するなら話は別だ。恐らく彼は研究所の職員であるらしい。ーーーー研究所の職員?
何故か不思議と心当たりのあるような感じを憶えつつ、僕は彼の話に耳を傾けた。

「そうよ、彼は検体となった人間のメンタルケアもしてたの……そして暫くして正式に研究所の社員となったのよ」
「ふーん……」
「問題はそこからよ、真理亜とひじりんが研究所から抜け出そうと一騒動起こした」
「……えっ、」
「それだけならいいのよ、けど研究所にいた検体は殆どいなくなって……」
「……今迄抜け出せなかったのに殆どいなくなってしまったんですか?」
「そうよ、検体の中で一番保護されていたひじりんも逃げたわ」
「……」
「検体だけじゃそんなことできるわけない、そう思うでしょう?」
「まぁ……はい、」
「ウチの社員の中にいたのよ、検体脱走に協力した奴が」
「……、」
「……アタシの彼氏よ、」

彼は本当に僕の知りたいことを簡潔に語ってくれた。彼らにとって重要な研究材料(即ち検体)が逃げ出したことはよっぽど衝撃的だったのであろう。彼は表情を曇らせて、脱走に協力した人間について語り始めた。

「……、彼はどうなったんですか?」
「多分……独房に入れられて拷問を受けてるはずよ」
「!!」
「分からないけど……少し刺激の強い話してもいいかしら?」
「まぁ……ある程度のことなら大丈夫ですが」
「……彼が検体脱走に協力していたってことが後に研究所の社員にバレて、」
「……、」
「アタシが検体にされたのよ」
「え……?」
「……検体になった人間が最初どんなことをされるか知らないでしょ?」
「はい……」

ごくりと生唾を飲み、彼の顔を一瞥する。彼は重苦しそうに口を開き、僕にこう言ったのだ。

「大体は首に注射打たれてレイプされるわね」
「……何で……そんなこと、」
「強姦は何よりも精神的ショックを受けるから、って言えばいいのかしら」
「……」
「ひじりんもされてたわよ」
「ッ……!?」

男はさらりとそんなことを言った。いや博士も元は検体、当然のことなのだろうが、やはりその事実を改めて受け入れるのは、僕にとっては苦痛であった。自らにもそういった過去があったからであろうか。そんな僕の苦痛を他所に、彼はさらに話を続ける。

「ひじりんは顔が綺麗だったから研究そっちのけで犯されてたと思うけどねぇ」
「……、そんな……」
「何となく分かったかしら?話を戻すけど……アタシは検体にされて彼氏の前でめちゃくちゃに犯されたわ」
「……」
「今の見た目はこんなんだけどアタシ昔は本当に女みたいな顔してたから大分酷いことされてたわね……」
「う……ッ、」
「…………自分の為に泣いてくれる人間がいるって本当にいいものだったのかもしれないわね……けど、あんなことしなかったら……」
「……、あの」

感傷に浸る彼の話を遮るように、僕は彼に声を掛けた。せめて、この悲劇を語る男の名前だけでも知っておきたい、そう思い僕は彼に名前を訊く。男は暫く考えるように目を伏せてからそっと口を開き、こう言ったのだ。

「……アンタにとっては悪い人かもしれないわよ?」
「構いません、心がある人だと思いますし……それに朱鷺は心のない人間には絶対について行きませんから」
「……イリヤよ、」
「……、イリヤ……!?」


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