どうせ死ぬなら、青空の下で死にたい。

白峰楓

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6/28 天気:曇り

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「神原さん、神原かんばらつよしさーん。病室にお戻り下さーい」


女特有の甲高い声が俺の名前を呼んで、院内に響き渡っているのが遠くから聞こえる。空耳だと思いたいけれど、よく知った女の声だから聞き間違えではなさそうだ。その声色からは、穏やかながらも、どこか苛立ちを感じられる。そんな雰囲気だとわかるのは、俺がすっかり聞き慣れた証拠だった。
見つかったら、こっ酷く怒られるんだろうな。そう思うと、尚更この場所から動く気力は失せて、身体の力が抜けていく。どうせあのナースも、俺が居る場所なんて分かっているのだから、嫌々と後で迎えに来る筈だ。


生活音なんて非日常と化した静か過ぎるこの病室では、生と死の狭間で人々が踠き生きながらえる音が全てだ。呻き声、心音を表す機械の音、その全てが、不快で、不安で、気が狂いそうになる。
それが嫌で俺は病室を抜け出す。入院してから、半年。通算100回目の脱走。


病院の敷地内にある、芝生の生い茂った裏庭が俺の隠れ家だ。他にも利用する人が居る場所なのだろう。ここには大きな家族掛けのベンチも備わっている。だけど、俺がここに居座るようになってから、来たのは、あのナースと、


「おじさん。美桜みおちゃんが呼んでるよ。」


この声の女だけだ。少女、とまではいかないが、大人でもないその声は、俺をおじさんと呼んだ。


「俺、29だって言ったじゃねーか。まだまだお兄さんだろ??」


神原剛、29歳、独身、会社員。そんなごく普通のプロフィールの俺は、半年もこの病院に囚われ続けている。


「んー、私からしたらおじさんだよ。だって、髭も剃らない、身嗜みも適当。お兄さんって、もっと清潔そうだもん。」


「俺が清潔じゃないって言うのかよ。」


「髭は剃って欲しいかな?」


女はそう言って、俺の横に座った。この女の事は、名前が”そら“という事、入院歴が長い事、幼い顔をしているが19歳である事。それから、、自分の親父に嫌われてる事ぐらいしか知らない。コイツは、俺が此処に来るようになってから決まって現れるようになった。院内で会う事はないから、コイツと会うのも100回目になる。

話している内に、お互いの事を”おじさん“、”アンタ“と呼ぶまでの仲になった。コイツは、何度俺がおじさんって呼ぶなって言っても辞めないし、俺も
名前で呼んで欲しいと言われても、アンタって言うのを辞めない。下らない、子供染みた意地の張り合いは、未だに続いている。


「おじさんと此処で会うのも、今日で100回目だね。」


「え、アンタも数えてたのか。」


隣に居る女は、そう言った。コイツも、俺と同じように、こんな下らない事を数えてたなんて、驚きが隠せない。


「私の名前教えたでしょ??私は、アンタじゃなくて、空っていう名前があるのー!!」


「アンタだって、俺のことおじさんって言うじゃん。お互い様だろ。」


「おじさんったら、大人気ないんだ~!!」


「はぁ??なんだと~!!」


取っ組み合いが始まるかの様な火花が、俺とコイツの間で散る。


「空ちゃん!!神原さん!!またこんなところに居て!!」


さっきのアナウンスの声が、放送機越しではなく、鮮明に確かにこの耳に届いた。


「げ!!ナースが来ちまった。」


「美桜ちゃーん、神原さんが私の事名前で呼んでくれないの~!!」


薄っぺったい胸に、女がしがみ付く。流石に、本人には薄いなんて言わないが、、、男は、貧乳より巨乳のナースの方が好きな奴は多いだろう。そういうビデオも、巨乳の方が多い。


「あ、美桜ちゃん。このおじさんエロい目で見てるよ。これ、私の勘。」


「え!?か、神原さんはそんな人じゃないでしょ?」


少し頬を赤くしたナースはこちらを見る。照れた顔は可愛いのだから、いつも怒ってなきゃいいのにな。シワが寄って勿体ねぇ。


「ほーら、おじさん黙っちゃった。図星なんだ。」


「勝手に言いやがって。この紳士の俺が、そんなエロい目でナースを見る訳ないだろ。」


「紳士は紳士って自分で言わないんです~」


「うるせぇ女だな。」


ふんっと女はそっぽを向く。何で、お前が拗ねてんだよ。女ってマジで意味わかんね。


「もう、、、空ちゃんも神原さんも仲良くしてよね。」


「「無理」」


こういう時だけ、息が合う。それもまたムカつく。



「神原さん、もうすぐ診察の時間だから、帰りますよ。空ちゃんも、病室に帰ろう??」


「、、わかった。帰る。」


「おじさん帰るの??、、じゃあ私も帰る。」


こうして俺らは、居場所を後にして、お互いの帰るべき場所へと向かう。後ろは振り返らないし、コイツがどんな表情をしてるかなんて知らない。


『6/28  天気:曇り 夏の訪れを感じさせる、ちょっとじめっとした、そんな日。』
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