死神の銃声に喝采を。その御手から撲滅を

キャラメル太郎

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第2章

第25話  狩猟完了?

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 今居るのは空中。回避行動ができない現状。しかし振り下ろされるのは、人間を容易く切り裂ける歪曲した鋭く長い爪。背筋を上ってくるのは、明確なまでの死だった。

 確実に、このままならば死ぬ。一瞬で色々な光景が頭を過った。これが走馬灯かと……知りたくもない事を考えてしまう。考える時間が存在してしまっている。別に調子に乗っていた訳でもなかった。上位寄りの下位なのだから、強いことを念頭に狩猟にあたったくらいだ。

 黒い死神に弟子入りができて、才能があると褒められて、住む場所とバイトまで与えられて、それなりに充実した生活を送っていたというのに、まさかこんなところで終わるなんて思いもしなかった。悔しいと思った。心底悔しかった。負けて死ぬことよりも、ここまで手を掛けてもらって簡単に死ぬ弟子であることが悔しかった。

 謝罪くらいしておきたかった。不出来な弟子で悪いと。だが、そんな暇も与えられない。与えてもらえるほど、この世界は優しくないのだ。その厳しい世界で生きていくのが、狩人だ。妃伽はその狩人にすらなれず、死ぬ……と思われた。



「──────ッ!!」

「な、なんだ……?」



 上から攻撃されることなく、妃伽は地面に着地していた。追撃を入れようとしていたパーレクスは彼女から離れている。良く見れば、振り下ろそうとしていた手から血が流れていた。手には1つの穴が開いている。それは爆発音のような銃声の後に開いたものだ。そんな攻撃をするのはこの場にたった1人しか居ない。

 妃伽は手から血を流して距離を取ったパーレクスから視線を切って別の方向を見た。そこには、もう1体のパーレクスの攻撃をバックステップしながら軽々と避けている龍已の姿があった。そしてその手には黒い姉妹銃を握っている。避けながら妃伽に振り下ろそうとしている手を撃ち抜いたのだ。

 攻撃されながら正確に射貫く精密射撃を難なく熟す黒い死神の技量。妃伽は助けられたことにホッとしながら、開始早々命を救われてしまったことに歯噛みした。意気揚々と向かっていってこの体たらく。恥ずかしいことこの上ない。



「……クッソ。私は黒い死神の弟子なんだぞッ!集中しろッ!集中ッ!」

「…………………。」



 ──────冷静になれ。師匠が居るから突っ込めるのは置いといて、上位寄りの下位らしいからな。このモンスターはそれだけの強さがあるってことだ。狩人ですらねぇ私が真っ直ぐ行ってぶちのめせる奴じゃねーだろ。それよか、完璧だった筈の攻撃を見もせずに避けやがった。そのカラクリを曝かねーといつまでも攻撃が入らねぇ。……そもそも何で師匠の攻撃は入った?見もせずに避けられるんだったら、何となく弾を避けてもおかしくはねーだろ。速いからか?けど、そんな単純じゃねー気がすんだよな……。うし、まずは避けたカラクリどうにかすんのを優先してやるか。



 頭の中で思考して戦闘スタイルの変更をする。先手必勝の一撃で狩猟を図るのをやめ、まずは見もせずに攻撃を避けたカラクリをどうにかすることから始めるのだ。何となくであるならば、それはそれでどうにかしなくてはいけないが、何か秘密があるならば曝いて、穴を突くしかない。でなければ攻撃が入らないのだ。

 両の頬を自身で叩いて気合いを入れると、その場で拳を構えた。いつでも素速く動けるように意識を向けておいて待ちの姿勢。手を射貫かれて怒ったのか、手を負傷したパーレクスが駆け出して接近してきた。またもや振り下ろされる鋭い爪。それを大振りにならないようできるだけ最小限の動きで避けた。

 右腕から出された振り下ろしを、右に避ける。必然的に近くなったパーレクスの顔に向けて、右のフックをお見舞いしてやろうと拳を振った。だがやはり、それは避けられた頭の位置を下げて避け、体当たりをしてこようとする。それを更に右に行くことで回避した。今の攻撃は見えてから避けられても不思議ではない。

 ならば、これならばどうかと仕掛ける。地の底から掬い上げるような低空飛行の拳を、態と地面に叩き付けた。瞬間、打面に衝撃与えられた事による爆発。爆風により前方に向かって弾き飛ばされる小石の数々。爆発の威力で飛ばされた石ならば、多少の目眩ましにはなると考えたのだ。

 読み通り、パーレクスは顔を避けるために両腕で防御した。視界を遮ってしまっている腕を利用して駆け出す。姿を完全に見られていない今ならば、初撃と同じく見えないところからの攻撃だ。これを避けるならば何かしらのカラクリがあると断定して良いはず。

 妃伽はパーレクスの横に駆けて移動し、右脇腹に向けて左の拳を打ち込もうとした。しかしそれを、跳び退いて避けられた。見えていない筈なのにである。これで妃伽の中で少しあやふやだった、何かしらのカラクリという線が確定した。次は、どうやって見もせずに回避を可能としているかだった。



「音……だと思ったけど違うよな。最初のは空中で後頭部狙ったやつだった。動いた時の風でっていうのもあっけど、そんなに的確にバレるもんか?……チッ。わかんねぇ……つか、師匠もまだ戦ってんのかよ……あ?……あの黒い死神が、下位のモンスターとまだ戦ってる?おかしくねーか?」



 妃伽が戦っている場所から少し離れたところで、龍已がもう1体のパーレクスと戦闘を繰り広げている。しかしその内容は、攻撃を避け続けているだけというものだった。一向に攻撃をしようとしていない。いつもの彼ならば、とっくに攻撃して狩猟していてもおかしくないだろうに。ましてや相手は上位寄りとは言え下位である。最強の狩人が、今更手を焼くなど有り得るだろうか。

 何だかおかしいと疑う妃伽。2体のパーレクス。下位のモンスターの攻撃を避け続けるだけの黒い死神。見なくても死角からの攻撃を避ける謎。妃伽が狩猟するのを龍已が待っている……という線はほぼ無いと考える。それならさっさと倒して観戦しているだろうから。

 修業中の自身に2体の狩猟を課すならば、既にやっているだろうから最初から1体の相手だけをさせるつもりだった。ならば浮き出てくる何故龍已がパーレクスをさっさと狩猟しないのかという点。意味の無いことはしないだろう彼のことを考えると、そこが関係していると睨んで良い。

 2体居ると何ができるか。死角からの攻撃を避ける事が出来るカラクリが、2体居ることで可能としているとするならば?妃伽は考えることが苦手だ。だが察しが悪い訳でもないし、特別頭が悪い訳でもない。むしろ、いざという時の頭の回転には目を見張るものがある。そんな彼女が導き出した答えは……。



「お前等、見えねーところからの攻撃がどこから来るのか教え合ってんだろ。どうやってんのかまでは知らねーし分からねぇが、もう1体が教えてんなら話は早ぇ。教えられねぇようにしてやるよォッ!!オラァッ!!」



 少しだけ斜め前に向けて1秒以上長押しした両手の拳を地面に叩き付けた。2つの大爆発が引き起こされ、巨大な爆煙と砂塵が舞った。足元に真っ直ぐ拳を打ちつけなかったのは賢明だろう。自身を中心として大爆発してしまう。なので、砂塵やらが前方に飛んでいくように角度をつけた。

 結果、爆煙と砂塵はパーレクスを呑み込むように広がった。辺り一面が視界を遮られている。そんな中で、ぱきん……と何かが外れて地面に落ちる音が響いた。メリケンのアタッチメントが自動的に外れて落ちたのだ。そしてその後に、かちゃりと装着する音が聞こえる。

 一寸先も見えないパーレクスは怒りと混乱で訳も分からず、周囲を闇雲に攻撃し出した。しかしその攻撃は妃伽を捉えることはできなかった。何処に居るかも解らないまま攻撃を続けて少し、爆煙と砂塵が晴れてきて視界が開けた。さて、妃伽は一体何処に居るのかと探そうとするパーレクスの背後で、彼女は拳を限界まで引いていた。



「私はここだってンだよバ────カッ!!!!」

「……………ッ!!!!」



 背後からの会心の一撃。1秒以上長押しした左ストレートがパーレクスの背中に叩き込まれた。衝撃が与えられ、メリケンが起爆して大爆発を引き起こした。毛皮を吹き飛ばし、内にある肉を抉り飛ばし、背骨を粉砕した。背中の肉を深く抉り飛ばし、爆発による肉で肉が焼けた臭いがする。

 前から倒れたパーレクスは動こうとしなかった。背骨を粉砕して肉も大きく欠損させている。辛うじて腹側の毛皮で胴体が繋がっているような状態。死ぬのは間違いないだろう。妃伽はそれでも、凄まじい生命力で死んでいないパーレクスに近づいた。

 こんな状態で生きていることに少し驚きながら、トドメを刺すことにした。もしかしたら、こんな状態でも背を向けた瞬間に襲い掛かってくるかも知れない。妃伽は座学で学んでいた。斃したと思っても、本当に斃しきっているとは限らない。最後の最後まで用心することを心掛けるということを。

 右のメリケンのスイッチを4回押した。起爆するのは4回分。妃伽は力無く腕を動かそうとしているパーレクスの前に立ち、右腕を引いた。瀕死のモンスターを前にして攻撃できる者は意外と少ない。無闇に攻撃を与えることに抵抗があるという者が居るからだ。

 トドメを刺す。妃伽はそこに躊躇いが無かった。一度殺されかけている事が頭の中のスイッチを切り替えているからなのか、元からそういうことに抵抗感が無いのか、引いた右腕をパーレクスの頭に向けて振り下ろした。爆発が起こり、メリケンを打ちつけた頭は弾け飛んだ。どうにか動いていた腕が止まり、完全に死んだ。狩猟完了である。



「……危なかった。師匠が居なかったら死んでた相手だった。ンで肝心の師匠はというと……やっぱりな」



 妃伽がパーレクスを斃したと同時に、龍已ももう1体のパーレクスの狩猟を完了していた。胴体に穴が幾つも開けられ、血を流している。戦闘中爆発音のような銃声が何度も聞こえていたので、きっとそうだろうなとは思っていたが、予想していた通りの結果になっていた。

 少し癖のあるモンスターであるパーレクス。妃伽は斃し終わり、離れたところで控えている回収屋の倉持に連絡している龍已の傍まで行って合流した。ちょうど話し終えた彼に、途中助けてくれたことに対するお礼を言った。事実、助けが無ければ死んでいたかも知れないからだ。

 本来ならば勝手な狩猟は禁止されているのだが、バレなければ大丈夫の精神でやっている龍已なので、死にかけたことに対するお咎めは無い。それよりも、1度助けただけで、後は自分の力でしっかりと狩猟できたことに感心していた。そして彼はパーレクスの詳細な情報を話した。

 2体以上で必ず行動するパーレクスは、単独で狩猟するのは困難であるということ。何故ならば、戦っていない方のパーレクスが攻撃されようとしている相方に対して情報を与えるからだ。初撃で妃伽の攻撃が避けられたのは、龍已が相手にしているパーレクスが彼女達の方を盗み見て、背後から頭に向けて攻撃してくるぞと伝えていたからだ。

 伝える方法は、頭に生えた蛾の触角のような機関を小刻みに揺らして、パーレクス独自のやりとりをする。この方法により、片方が戦い、もう片方が危険を伝えるという戦法を取る。故に、単独で挑むと不意を突こうが察せられて攻撃が当たらないのだ。妃伽が視界を遮るように爆煙と砂塵を舞わせたのは、実に良い判断だった。



「そんな事ができるモンスターも居んのかよ……」

「特殊な力を使う個体や、普通では考えられない進化を遂げる個体も存在する。一概に動物を狩るようにはいかん。こういったモンスターも居ることを覚えておけ。こればかりは下位も上位もない」

「おう!……ッかー!それにしてもこれで依頼達成だな!早く生存者が居るか探そうぜ!」

「……依頼達成?」

「ん?だってパーレクス狩猟したじゃねーか。もう終わりだろ?」

「何を言っている。今回の依頼で提示された狩猟対象はパーレクスではない」

「……はッ!?」



 1度死にかけてまで狩猟したパーレクス。妃伽は当然あの2体が依頼に出されていたモンスターのことだと思っていた。しかし龍已はそれを否定する。慌てて周りを見渡しても、他にそれらしきモンスターは見られない。冗談を言っているのではないかと思ったが、黒い姉妹銃を両手に持つ彼を見ていると冗談を言っているとは思えない。

 そもそもな話で、何故パーレクスが狩猟対象ではないと思ったのか。妃伽には全く判らなかった。何で見分けたのか、どうして気づいたのか気になった彼女は、周りを警戒しながら彼に問い掛けた。すると、村で会話した村長の言葉と、何気なく言った龍已の言葉から察することができた筈だと語る。



『──────行方不明者が出るのは夜が明けてから。それも誰かしらが唸り声のようなものを聞いたと話すんです!これは明らかにモンスターの仕業です!』



『──────あの特徴的な口では吠えることも唸ることもできなければ、獲物の肉も千切れない』



「パーレクスの口じゃあ唸り声も出せねーのに、聞いたのは唸り声……ってことは──────他にもモンスターが居たってことか」

「そうだ。そして、そのモンスターこそが人間の女を狙って襲う習性がある」

「モンスターが手を組んでいたってことか?」

「違う。上位寄りの下位という位置づけのモンスターは、謂わばどっちつかずの中途半端な存在だ。上位のモンスターからすれば、人間で言うところの虐めの対象になる。手を組んでいたのではなく、従うように脅されていたと言った方が正しい。弱肉強食の世界で、弱いということはそれらを受け入れなければ生きていくことすら儘ならない」

「……それだけ聞くと、なんか可哀想だな……パーレクス」



 背中から腹の臓物を吹き飛ばし、最後のトドメで頭を爆発四散させた妃伽は、龍已の前で大量の血を流しながら絶命しているパーレクスを見て可哀想だと思った。どっちつかずの半端な強さを持つが故に、より上位のモンスターに奴隷のような扱いを受け、その果てに依頼を出されて狩猟されてしまう。

 何となく、それなら狩猟しなくても良かったのではないかという考えすら浮かんでくるが、龍已はそんな考えを抱き始めた妃伽の脳天に銃のグリップの頭部分を振り下ろした。ゴチンと痛い音が響く。完全にノーマークだったので真面に食らい、妃伽はしゃがみ込んで頭を押さえた。



「ぃッ……てェっ!?いきなり何しやがるッ!?」

「モンスターに対して可哀想などと考えるな。従わせられていただけで、本来ならばパーレクスだけでも人間を襲っていた。此奴等に憐憫の感情は必要ない。害でしかない害獣だ。そんな感情を抱くようでは、これから狩猟なんぞできんぞ。そしていつか、狩猟そのものに意味を見出せなくなる。それが理由で狩人を辞める者達も居るくらいだ。本気で狩人を目指すならば、その甘い考えは捨てろ」

「……分かった」



 可哀想だから、殺すのは嫌だ。そういった甘い考えを抱いてしまい、狩猟中に無駄な手を抜いてモンスターに隙を晒し、死んでしまった狩人も居れば、狩猟そのものに意味があるのか解らなくなってしまい、結果的に狩人を辞めてしまった者も居る。そういう事例を知っているからこそ、龍已はその考えを捨てるように言った。狩人になりたいならば……と。

 人間とモンスターとの間には大きな溝がある。人間を襲うから、狩猟する。長年続けられてきたこの関係は、そう簡単には割り切れない。黒い死神は決してモンスターを可哀想だとは思わない。何故ならば、モンスターを狩猟してきた数よりも、人間が殺されてきた数の方が多いことを知っているからである。







 師匠の黒い死神。弟子の妃伽。2人の話す姿を覗き見る者が居る。依頼に出された本当の目的の狩猟対象。人間だけを獲物にするモンスターである。







 ──────────────────


 パーレクス

 上位寄りの下位という微妙な強さをしているので、上位の個体から虐げられることがある。今回はその典型。より強い個体に脅されて人間を襲う手伝いをさせられていた。

 仲間の危険を、頭に生えた触角を揺らすことで独自のコミュニケーションを取り、相手に伝える事ができる。そのためパーレクスは基本的に2体以上で居る。単独で狩猟しようとすると、傍観と戦闘の二手に別れてしまうため、狩猟するのが困難になる。




 黒圓龍已

 村長から話を聞いた時からパーレクスではないモンスターが主犯だと気がついていた。妃伽が気づくかどうか知りたかったので敢えてなにも言わなかった。最終的には気づかなかったが、狩人ですらなく、修業を始めてから日が浅いので仕方ないことは理解している。ただ、座学を増やすことは決定した。




 巌斎妃伽

 パーレクスが独自のコミュニケーションが取れるということは知らなかったが、そんな感じのことができるんじゃないか?と睨んで視界を遮る手段に出た。頭は良くないと自分で言っているが、咄嗟の閃きには目を見張るものがある。

 モンスターに対して可哀想だと感じたが、師匠の言葉を受けて意味の無い甘い考えは捨てることにした。自身は狩人になるためにやって来たのだから。



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