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とある人物達が歩んできた道 ~ 準備万端 ~

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…意識を保つのが辛い、油断すると自我が崩壊しそう、自分が何処で自分が何か、自分とは何なのか、自分とは、わたしとは、わたし・・・
「はい!ダメ!」
姫ちゃんの声と共に、はっと意識が鮮明に帰ってくる、目を開けた瞬間に視界がクリアになるのと、同時に、近くに置いてあるバケツに胃の中を全て出してしまう…

全て吐き終えてから、ぜーぜーっと、呼吸を整えていると
「これって想像以上に難しいよね、次、私もトライしたいから、落ち着いてきたら教えてね」
背中をさすりながら順番待ちしてるよーっとさらっとプレッシャーをかけてこないでよ…
まぁ、この気持ち悪いって感じも一時的な物だから、直ぐに収まるのよね、似たような感覚で言えば、三半規管がどういったものかっていう実験で、100回転くらい立ちながらグルグルと回してもらった直後のフラフラとする感覚、それを更に気持ち悪くした感じなのよね。
一過性のものなので、そこまで尾を引かないのが救いね。

視線の先にある大きな陣、その中央に小さな水槽、その水槽の中には尾頭付きのお魚。

そう、今私たち二人が挑戦しているのが、浸透水式っと呼ばれている未来の姫ちゃんから渡された新しい医術

思っていた以上に、時間はかかってしまったけれども実現できたのよ。
資料に書かれていた材料もそろって、実験する段階にまで、ようやく!状況が条件が!整ったのよ!!

医療室の一室を専用部屋として用意するくらい準備も万端にしてあるし、医療班の全員からも内容を説明してしっかりと許可を頂いてるわよ。

この部屋を用意しないといけない理由は偏に、用意しないといけない設備が大きくなってしまうってことなのよね。
まず、私達がいるこの部屋ね、そこそこ大きな空間、たぶんだけど…50人くらいは詰め込もうと思えばいけるか?…いや、それは厳しいか、でも、頑張れば!って感じの広さなのよね。

そのだだっ広い空間の床に大きな大きな陣と、小さな陣が二つある、この部屋で行うための専用の陣、浸透水式という特殊な術式に関する大きな陣が中央に描かれている。
陣それぞれにしっかりと役割があって、中央にある大きな陣、その陣が医術を施す対象に干渉するための陣。
大きな陣と繋がっている小さな陣が二つある、前方にあるのが大きな陣を使って干渉する陣、後ろにあるのが干渉している人の自我を引き戻す為のセーフティネットってところかしら?

術式を発動する魔力に関しては隣接している隣の部屋に魔石をセットしているので、必要な魔力の殆どは魔石が補ってくれている。
わかりやすく表現すれば、この一室に関連する全てが一つの魔道具って姫ちゃんが教えてくれた、私達は大きな魔道具の中で動く魔道具の思考回路って説明してくれたけど、言葉の意味がわからないなりに、なんとなくイメージは伝わったわ。

この術式が凄いことは確かよ、実際に使ってみると、明らかに今までの術式の概念ではあり得ないものなのよ、完全に異質、術式って何かをする、例えば魔力を通せば火がつくそれだけ、っという、単一の動作しか作用しないと思っていたのよ。
でも。これは違うのよ、複数の細かい術が連動して動いているっていう感じかしら?

陣の中で術式を発動させると、自分の意識というか自我というか、人が持つ感覚器全てが違う場所に移動するような不思議な感覚。

中央に用意された水槽の中を漂うような感覚、実際に水槽の中に小さくなって入ったような感じなのよ、そして、水槽の中であれば何処までも自由に動けるのよ、試しに、魚の中に入ってみたけど、水が浸透する場所であれば、何処までもどこまでも入っていけそうな感覚があるのよ。でもね、少しでも意識がぶれると危険。

そう、油断すると意識が曖昧になっていくのよ、まるで、私自身が水となるような、水に溶け込んで消えていきそうな感覚が常に付きまとうのよ。
そんな状況で少しでも意識がぶれるような感覚に誘われてしまうと、自分が何処までが自分なのか、自分とは何か、自我とは何か、とか、どんどんと、あの水槽の中にある水の中に溶け込んで一体化しそうになるのよ。

その状態に少しでも意識が引っ張られている状態で、突然、人の体に戻されると、一気に気持ちが悪くなって吐いてしまうのよ、初めてやったときなんて呼吸の仕方すら忘れそうになったわ…

何回か、うがいをして口の中をすっきりとさせた後は、今か今かと目を輝かせながらこちらを見つめている順番待ちしている姫ちゃんがいるので、変わってあげないとね。

水槽の中には同じように死んだ魚を入れてある、さぁ、何処まで潜れるのか見せてみなさい!

セーフティネットに私が陣取り、術式にアクセスすると、姫ちゃんの意識が傍に感じ取れるような心と心が繋がった様な感覚がする。
その感覚が繋がった状態だと、声を、音にしなくても繋がった相手に伝わる。

『繋がったわよ、さぁ、いってきなさい』
背中を押す様に声を飛ばすと『だいぶしま~っす♪ジャイアントストライドーえんとりー!』
うっきうきで返事が返ってくる、私と違ってこの子は縦横無尽にこの水槽を泳ぐのよ、セーフティネットの役目なんて不必要なくらいね。
今用意してあるのは、魚が入るくらいの小さな水槽だから、小さいから良いけれど、これが人のサイズになると、相当、そうとうな費用が必要ね…
よっぽどなことがない限り使わないことになりそうだけど、何時でもやれるようには修練は欠かさず行わないとね。

っていうか、凄いわね、この子、エラの隙間に入ってエラのよくわからない部分ををひとつひとつ切って外し始めたわね…エラの分解なんて出来るものなのね

更に、綺麗に骨と身を切り離していくじゃない、更に、切り離した身と骨を繋ぎ合わせるじゃない、どういう原理なのよ…
更に深く潜っていく、眼前には驚きの世界が広がる。
神経が眼前にあるじゃない、うわぁ、神経ってこんな、はぁ、すごいわねぇ…大きく見たことなかったけれど、こんな形なのね…

観察していたら急に早く動き出して、一瞬にして姫ちゃんの視界が自分の体に戻るので繋がった感覚を解除してバケツをもって近寄ると
「うはぁ、しんっど、これ」
吐くことはないけれど、ぜーはーと呼吸を大袈裟に繰り返しながら、大量の汗を流しつつも呼吸を整えている。
魔石から魔力をある程度工面しているとはいえ、自前の魔力も当然必要なので、魔力を姫ちゃんに注ぎながら「凄いじゃない、あそこまで深く潜れるのね」素直に感じたことを伝えると
「私もびっくりした、大きさって概念がないみたい、何処までも自分を小さくも出来る、出来るのに力とかも質量に関係なく動かせる、この水槽の中だけ物理法則が違う、世界が隔絶されてる、いいえ、新しい世界が産まれている」
…うん、わからない、彼女が何を感じて何に感動したのか、私が理解できる範囲を超えているわね。

お互い、限界までチャレンジしたので、次は陸の上での実験に移動する、この部屋に入る為の専用の服を脱いで、着替えていると隣の部屋でガラス越しに見学していた奥様が飛び込んできて
「ねぇ!私もしたかった!見学だけなんて寂しい!」奥様に文句を言われてしまうが、前段階の液体に指を付けて意識を飛ばすっという術が出来ないと危ないと伝えてあるのよね。
実際に、直前にしてみたけれど、出来なかったので要練習、前段階をクリアしてからにしましょうと言うと悔しそうな顔で納得してくれていたみたいだけど、完全に納得できていないのね。
まぁまぁっと宥めて、練習に付き合いますからと声を掛けて次の実験場に移動する。

水中で行った実験が、どの様になっているのか陸の上でも解剖して、心行くまで知的好奇心を満たしてから、実験体は、しっかりと焼いてから地面に埋めて供養した。

次に実験するときは生きている生き物でしたいというリクエストに脳裏に過るのは…
カエルね、また、獲りに行かないといけないのね、今度、実験するときはカエルを用意するわねと声を掛けながら頭を撫でていると隣に居た奥様からポツリと言葉が漏れ出る
「カエルかー懐かしいね、私も小さなころはよく食べたよ」
…奥様の一言で世代の違いを痛感する、そうなのね、奥様の世代はカエルも食材なのね…
その一言に姫ちゃんが目を真ん丸にして奥様を見つめている、ほら、最近の若い子ってカエルを食べるっていう感覚が無いから、ゲテモノを食べるのかって驚いているじゃない
「美味しい!?」…ぁ、いやよ、私食べたくないわよ?
「美味しいわよ、食べる?用意しようか?」いやよ!私は食べたくないわよ!!
「食べる!お母さんも食べよ!」嗚呼。拒否権がないじゃないの…

会話の流れでカエル料理を食べる流れになってしまった、帰り道に食堂でその話をすると
「いや、野生のカエルをここで調理するのは勘弁してください、後片付けが大変です」完全に諦めていたのに、ここでまさかの助け舟が!!
よくやった!よく断ってくれたわ!今度、王都で人気がある極上の茶葉をプレゼントするわね!!

おばちゃんがダメだという声に姫ちゃんも奥様もしょうがないか~っとあっさりと引き下がってくれたわ、嗚呼、本当に良かった…
出来る事なら食べたくないじゃない?ああいうのは食べたい人が食べればいいのよ!興味がある人だけ!よかったぁ、巻き込まれなくて…

ほんっと、この二人は混ぜるな危険よ!知的好奇心が勝ったら何でもする気がするわ!!

食堂で奥様と別れた後は二人でお風呂に入って、自室に戻る。
姫ちゃんは疲れたのか真っすぐにベッドに飛び込んでゴロゴロとしている。

私は、お風呂上がりっということで少し体が火照っているので窓を開けて机に備え付けてある椅子に座って、何も考えずにゆったりと窓から入ってくる風を全身に受け止めながら体の火照りが収まるまでゆったりとする。


体の火照りが落ち着いてくる頃には、少しずつ脳が動き出してくる。

どう考えても今日の技術は一朝一夕で生み出せる技術じゃない、姫ちゃんと言えど直ぐには用意できない、入手困難で、錬成も難しい材料、それらを駆使して作り上げるなんて、どうやってこれに辿り着いたのだろうか?始祖様の秘術や、巫女たちの日誌にも、ここまでダイレクトに何の素材が必要でどのような配分で調合するのか、錬成過程が細かく記載されてはいない。

つまり、姫ちゃんが考え抜いて作り出した物ってことよね?…もしくは、地球産の技術ってことね。

だとしたら、始祖様が地球に滞在しているっていう理由も納得よ、こんな超常的な技術が有り触れた世界だったら、そりゃ、技術を得るために滞在するわよね。

考え事をしていると、ふと、窓から気持ちのいい風が入ってくるので、目を閉じて心地よく感じていると「ふぐぅ」どすんとお腹に座ってくる衝撃によってお腹から空気が漏れて喉を通り変な声が出る。

目を閉じながら圧し掛かってきた子供を抱きしめているとグリグリと後頭部を私の胸骨に擦り付けてくるじゃないの、痛いのよ、せめて胸にして、胸骨は痛いのよ。

痛いという念を込めてお腹をポンポンっと叩くと静かになる、お腹の上に居座る子供を受け止めながら心地よい風を感じる、お腹の上に乗ってきた子供も、風が心地よいのか、お互い何も言わずにゆったりと過ごす。

ゆったりと過ごし過ぎて心穏やかを通り越してカクっと意識が落ちそうになり、その場で眠ってしまいそうになるのでお腹をポンポンっと叩くとコンコンっと後頭部で返事をしてくれる、どうやら起きているみたいね。
起きてるのならちょっと気になってることがあるから聞いてみようかしら。
「浸透水式って、どうやったらあんな調合を思いつくのかしらね」
姫ちゃんから説明はしてもらったけれど、覚えきれなかったのよね。
魔力が何パーセント混ざって、水の外に魔力が漏れにくくなっている構造で、魔石から吸い上げた魔力を一定量でキープとか、人の組織を溶かさずに中へと浸透し、尚且つ、中和剤を用いれば害なく終えることが出来るし、体組織を回復させるための特殊な成分も含まれている。
配合バランスが神がかってるって言っていたわね。

因みに体組織を回復させる成分は回復を促す陣と作用させないと、ただのたんぱく質になるって言っていたので戦場での緊急回復薬みたいな万能性はないのが残念なのよね~。

「ほんとにねー、私もびっくり、よく思いつくよね、私じゃ絶対に辿り着けないよ」
ほんとにねー…ん?あら、珍しく姫ちゃんから敗北の二文字が出てくるなんて珍しいじゃない。
「珍しいわね、貴女があっさりと負けというか自分では無理だなんて言うなんて」
ポンポンっとお腹を叩くと、グリグリと後頭部を擦り付けながら
「私だって万能じゃないもん、術式から完全に外れた知識や概念、理論は抑えきれていないし、この配合方法だって大元は別世界の魔女がつくったものだもん」
…また、新しい言葉が出てきたわね、魔女?悪魔信仰の方かしら?
「そだよ、始祖様が抑えてある技術ではあるけれど、大元はこことは違う星に住んでいる魔女が作ったものだよ、始祖様は、その人が残した遺産から、これは、何かしらの用途があると褒め称えて保存してくれていたって感じだよ」
なるほど、始祖様が色んな場所を旅している時に知った技術ってことね、それなら、始祖様の秘術が書かれている本に記載されていそうね。
「秘術本には記載されていないからね、これは寵愛の巫女の加護の中に薄っすらと残っている記録って感じ、だから、たぶん、私達じゃないと辿りつけないよ」
そういえば、以前にもそんなこと言っていたような気がするわね、始祖様から授かった寵愛の巫女としての加護、その中には始祖様と共有している記録とか記憶とかがあるっていっていたわね。
「始祖様も、色んな場所を旅していて、その旅先で気になる情報とか何処かで役に立ちそうな技術とかってね、魔力を使って情報とかをメモしているの」
魔力を使って何処でもメモを取れるようにしているなんて、魔力の無駄遣いな気がするわね、流石は始祖様ってことね。
ふんふんっと、話を聞きながらお腹を摩って、まだちゃんと起きてるわよっと合図を出す。
「実は、そのメモしている領域と寵愛の巫女の加護が繋がってるみたいなの、意図してなのか、無意識なのか、そうせざるを得ないのか、私達では、どうしてなのか知りえることが出来ないけれど、閲覧の許可は出てるの、だから、膨大な始祖様のメモを見る方法があるけれどさー、膨大すぎて、全部は見れないもん、だから、これを発見した時は藁にも縋るような気持ちだったと思うよ」
そうね、私も縋れるものがあれば縋りたくなるわよ。寵愛の巫女が短命じゃなかったら世界はもっともっと発展していたでしょうね。
いや、短命だからこそ加護を授かったのかもしれないわね。

皮肉な物よね、始祖様は短命だからこそ、与えても問題ないと判断したのかもしれないわね。
泡沫の夢として、他の世界を見て短い人生を楽しんで欲しいって思いもありそうな気がするわね。

「始祖様からのアイのおかげで私達は明日を目指すことが出来るのね、感謝という言葉以外、出てこないわね」
「そうだよね、我儘だよね、全部の敵を倒してほしいなんて、自分たちの世界の危機くらい、本来であれば自分達で対処するのが基本だよね、始祖様だって課せられた使命があるのにね、少しでも温情で力を授けてくれただけでも、感謝しないといけないよね。与えらえるのが普通じゃないんだよ、それに甘えちゃダメだよね。お母様達も苦しみながらも耐えて耐えて使命を全うしてきたんだもの…私だって心折れないようにしていかないとね」
耳が痛いわね、始祖様が全部解決してくれてもいいじゃないのって思ってしまう、そんな弱い心の私としては、本当に耳が痛いわね。

「うふふ、そうそう、思い出しちゃった」
あら、思い出し笑いなんて珍しいじゃない
「始祖様もね、メモを一杯取ってるけれど、全部理解しているわけじゃないし、自分自身でも何をメモしたのかってわかっていないみたいなの」
あー、あるわねー、本を読んでいて、何時か役に立ちそうな情報があったから、メモをしておいたけれど、そのメモが大量に増えてしまって、どれがどれだかわからなくなる時って。
「だからね、目録みたいなのも用意してあるんだけど、途中で止まってるの、たぶん、途中で放り投げたんだと思うの、始祖様でもそんなことがあるんだと思うとおかしくって」
そうね、超常の人で、私達とは大きく異なる存在だけれど、彼もまた人ってことなのね。親近感がわくじゃないの。

ころころと笑う声、窓から入ってくるここち良い風、月明りを覗かせ乍ら、親子の時間は過ぎ去っていく。
順風満帆、用意されたもの全てがここにある、これ以上のものは用意できそうもない、後は技術を磨いていくだけ。

ここまで御膳立てされていて、試練を乗り越えられなかったなんて許されるわけないものね。

どんな試練が待ち受けているのか知らないけれど、今の私達、この街なら乗り越えられる。そんな気分、絶対的な自信しか湧いてこない。

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