終着点

アフロヘッド

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第一話-⑦

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黙っている戸渡に対し、探偵は話続ける。
「……今から私が事件の全体に流れをお話しします。戸渡さん、それで間違っていることがありましたら、訂正してください。
 3日前の火曜日、あなたは突歩さんがゴミを捨てに部屋を出たタイミングで部屋に忍び込んだ。理由は恐らく窃盗でしょう。そこで部屋を物色していると、偶然突歩さんが部屋に戻ってきてしまった。予想外の早さで部屋に戻ってきたため、隠れることもできなかったあなたは、突歩さんに見つかってしまう。彼に盗みを問い詰められたあなたは念のために所持しておいた包丁で突歩さんの心臓を一刺し、そのまま突歩さんを死亡させてしまった。まあ、恐らく殺すつもりなど毛頭なく、単に口封じで脅すためだけだったんでしょうけど。
 そして想定外の殺人を犯してしまったあなたは、突歩さんの脳に深いダメージを与えたり通帳を戻したりと、軽い証拠隠滅の作業をした後に部屋を出た。しかし、今自身が所持している包丁や着ている服には、被害者の血がべったりとついており、急いで捨てなければならなかった。
 そこで目についたのが、ゴミを捨てに出かける橋本さんだった。あなたは突歩さんの下に金曜日の早朝に彼の同僚が来ることを知っていた。そして橋本さんに罪をなすりつけるトリックを思いついたあなたは火曜日に橋本さんのゴミ袋を一つ盗んだ。ちなみに、この時橋本さんのゴミ袋を選んだのは、橋本さんのゴミ袋の中身はカップ麺やコンビニ弁当の容器、ティッシュなど、どれも大して代わり映えがなく、火曜日のゴミ袋と金曜日のゴミ袋とをすり替えても、ゴミを捨てた本人も気づきにくいだろう、と見当をつけたからと言うのもあるんでしょうね。
 包丁を軽く洗うか拭き、橋本さんのゴミ袋に入れたあなたは、服の処理に困ったはずだ。それだけは見つけられる訳にはいかない。だから服などは小さく折りたたんで鞄にしまい、出勤した時に、暇な時間を見計らって人目のつかないところに捨てたのでしょう。そして、そのカモフラージュのために昨日の夜、仕事から部屋に戻った後に橋本さんに偽装してマンションを出入りした。……まるで橋本さんが証拠となる服を捨てに行っているように見せるために。
 あとは金曜日に橋本さんのゴミ袋を自分のものと一緒に出し、今日橋本さんが出したゴミ袋を一つ盗み出してゴミ袋の数合わせをした。そしてあえて包丁が見つかり、橋本さんが怪しまれるようにするために大家にゴミ袋を残すことを提案した。まあそうでもしないと長期にわたって警察が捜査をすることになって、いずれ自分が犯人だとバレてしまう、と思ったからとか、そんなところでしょう。
 そして事情聴取の時に自分のトリックで橋本さんが怪しまれるように上手く誘導すれば終了だ、と言ったところですかね。さて、戸渡さん、どこか訂正したいところは?」
「……ありません。」
今まで黙り込んでいた戸渡は、重い口を開けて、ボソリと呟いた。
「そうでしたか、それは良かった。では、罪を認めるということで良いですか?」
「……はい。どうせ細かく調べられたら私が犯人である事はわかってしまうでしょうし。」
先ほどの勢いはなくなり、気力を使い果たした、と言うような表情を浮かべている。
「正直なご返答、ありがとうございます。こちらとしても話が早くて助かります。……後藤刑事、真田。」
「なんだ?」
「いいか?彼は約束の通り自首したことにして手続きしろよ。」
探偵は刑事たちに念を押した。
「わかってるさ。こっちだってさっさと捜査を終わらせたいんだ、それくらいはどうってことない。」
「じゃあ、あとは頼んだぞ。今の会話は録音かメモしてあるだろ?報告書はそれを基に書け。俺はもう帰るぞ。今回の事件の話では俺を呼ぶなよ。」
急いで帰りたい探偵はさっさと身支度を整えると、部屋のドアへとさっさと歩き出した。
「ああ、色々と助かったよ。今度飲み屋で奢るぜ!」
「……ああ。」
 またどうせ「金がねぇ!貸してくれ!」って言われるんだろうけど。
探偵は苦笑いを薄く浮かべながら、真田刑事の言葉を背中で聞きながら会議室を後にした。




 探偵は仕事の用で、近くの病院に来ていた。そこに入院している男に会いに来たのだ。
 探偵は病室の中にいた、目的の男と話し終わったあと、病室を出た。ツカツカと病院の廊下を歩いていると、近くで怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前、よくも息子を轢き殺してくれたな。ガキだろうと絶対に許さねぇからな!」
「ウルセェなぁ、さっき謝ったろ!?やかましいんだよ。」
「なんだその言い草は!本当に反省してるのか!?」
「ああ、もううぜえんだよ、どけよ、おっさん!」
スーツ姿の男と、チャラついた格好をした若者が言い争っている。会話の内容からするに、恐らく若者が車でスーツの男性の息子を事故で轢き殺してしまったのだろう。
「絶対に訴えてやる!裁判を起こして賠償金を払わせるからな。うちはただでさえ金が無いんだ。絶対に息子の入院費と慰謝料分は払って貰うぞ……覚悟しておけ!」
「ギャーギャー喚くなよ!要は金払えばいいんだろ!?金払えば!いちいちそんなことで騒ぐんじゃねぇよ。」
怒鳴り合いの口論を極力聞かないようにと探偵は目を床に背け、早足でその場を後にする。
 ……ダメだ、やっぱり病院に行くと吐き気がする。
「ええ?うちの息子が殺されたですって!?」
「あ、はい。そうなんです、連絡が遅れて申し訳ございません、突歩さん。ですが、息子さんはもう回復されておりまして……」
「そんなのどうでもいいわよ!それより、犯人は?ちゃんと逮捕してくれたのよね?」
こっちでは刑事と50代後半の女性が話し合っていた。被害者の母親のようだ。被害者が独り身の社会人で、その親族ということで呼ばれたのだろう。
「ええ、勿論。それで、息子さんなんですが……」
「そんなことより、犯行の証拠はしっかりと取ってありますよね?だったら、ちゃんと保険おりますよね?ああそうだ、保険会社にも生命保険の連絡を入れないと……。」
 …………。
……探偵はさらに歩みを早める。
「続いてのニュースです。先日、東京都にて発生した爆発テロの最新情報です。死者は30名、重症は100名以上とのこと。そして今回の事件の損失被害総額は、なんと『50億』にものぼるとのことです。」
「『50億』ですか……。結構な被害になりましたね。」
「今回のテロでは経済的な損失が非常に大きいと考えられ……」
 ………………。



 探偵は、気づいたら自身の事務所の前に突っ立っていた。病院からここまで帰ってきた時の記憶がない。
 辺りはもうすっかり暗くなっている。周りを見渡すと、人工的に発光されたビルの光、全く注目されず、虚空に向けて光り輝いている看板の光や、向こうからやってきては一瞬で過ぎ去ってゆく車の光が、空のどうしようもない暗さをなんとか紛らわしていた。探偵はヨロヨロとふらつきながらも自分の事務所へと入っていく。


 ……やはり、俺はおかしいのだろうか?
事務所のソファに倒れ込んで、探偵は考える。探偵はこの頃、ずっと自問自答していた。
 俺は間違っているのか?
 俺は正常で、社会が狂っているのではなく、社会に適合できない自分のほうが、おかしいのだろうか?狂っているのか?
 それとも、やはり社会が、バグっているのか?
 いや、俺の感覚が、間違っているのか?
……と。
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