前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃

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15.昔話

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 ──前世のお父様とお母様が、私を殺害してくれとギュスターヴに依頼していたなんて……そんなの、信じられないわ!

 邸を飛び出すと、私は全速力で時計塔を目指した。
 幸い、ハンスが住む時計塔はクロフォード邸からそんなに離れていない。
 夜道を一人で歩くのは心細いけれど、二十分もあれば着く。
 とにかく、今は一人でいたくない。ハンスには迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、今日は彼の家に泊まらせてもらおう。

 人気ひとけのない歩道を駆け抜けながら、そんなことを考える。
 街灯がまばらに設置してあるだけの通りが、私の心細さをより一層煽り立てた。
 時折すれ違う大人は、足元も覚束ないような酔っぱらいばかりだったが……それでも、こんな時間に子供が出歩いていることを疑問に思ったのか、皆不思議そうに二度見してきた。

 ──後先考えずに飛び出してきてしまったけれど……よく考えたら、もう寝ている可能性もあるのよね。

 時計塔に着いた私は、不安な気持ちになりつつも裏口に回り、ハンスから予め渡されていたスペアキーを使って扉を開けた。
 このスペアキーは、私の事情を汲んでくれたハンスがつい先日渡してくれたものだ。
 もちろん、例のごとく言葉足らずだったけれど……きっと、いざという時はこの鍵を使って自分に助けを求めろという意図があって渡してくれたのだろう。

 息を切らせながら螺旋階段を駆け上がり、屋上に到着すると。
 私はペントハウスのほうに走り寄り、ドアベルを鳴らした。

「おいおい……ったく、誰だよ。こんな時間に……」

 何回かベルを鳴らしていると、ハンスが眠そうな声とともにドアの隙間から顔を覗かせた。
 いつも通り、気怠そうにくしゃくしゃと頭をかいているハンスを見て幾分か安心した私は、開口一番に事情を説明しようとする。

「夜分遅くにごめんなさい! あの、実は──」
「アメリア……? ああ、そうか。そういや、スペアキーを渡したんだったな。その様子だと、何かあったみたいだな」

そう返すなり、ハンスは神妙な表情へと変わる。
 血相を変えた私を見て、ただ事ではないと察してくれたらしい。

「とりあえず、中に入れ」

 そう促すと、ハンスは私を家に入れてくれた。
 中に入ると、私は脱力したように柔らかいソファに腰をかける。

 ──やっぱり、ここが一番落ち着くわ……。

 そりゃあ、快適さは公爵邸の方が上だろうけれど。
 あの邸にいると、怨敵が常に近くにいるせいか息が詰まりそうになるのだ。

「──で、一体何があったんだ? ついに正体がばれたか?」

 尋ねつつ、ハンスが今しがた作ったばかりであろうホットミルクを手渡してしてくれた。

「ええ、多分。少なくとも、アリーゼは確実に気づいているわ。でも、それよりも……」

 一呼吸置くと、私は経緯を説明し始める。
 私にとっては、アリーゼが自分の正体に感づき始めたことよりも前世の両親が殺害に絡んでいたことが辛かった。
 だから、それを正直に打ち明けた。すると、ハンスは無言のままゆっくりと頷き、私の後頭部に手を添えて抱き寄せた。

「ハ、ハンスさん……?」
「普段は、こんなこと絶対にやらねぇんだけどな。でも、今のお前は誰かが慰めてやらねぇと死んじまいそうな顔をしている。仕方がないから、今日は特別サービスで胸を貸してやるよ。だから……今は、とにかく思い切り泣け。泣いてすっきりしろ」

 普段よりも真剣な声音で、ハンスはそう言ってくれた。
 もしかしたら、彼は早い段階で前世の私の両親が共犯であることに気づいていたのかもしれない。
 それについて言及しなかったのは、配慮してくれていたからなのだろうか……。

「……っ」

 ──ありがとう、ハンスさん……。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、一気に悲しみの波が押し寄せてきた。
 気づけば、私はハンスの胸に縋り付くように慟哭していた。

「ねえ、ハンスさん。私、一体どうしたらいいの……? 実は皆、共犯だったなんて……もう、誰を──何を信じたらいいのかすら分からないわ!」

 私の心の中は、怒りや悔しさや悲しみ──そして、無限に湧いてくる憎悪でいっぱいだった。
 このまま狂ってしまいそうなくらい、感情がぐちゃぐちゃで。
 最早、目の前にいるハンスの存在が、どうにか自分の理性を繋ぎ止めてくれている状態だった。

「好きなようにすればいい」
「え……?」
「自分の感情の赴くままに、行動しろ。もう復讐は諦めて、素知らぬ顔で今世の両親と仮面家族を続けるならそれでいいし、憎い連中を全員殺したいなら、そうすればいい。ただ──俺は、お前の復讐に手を貸すことはできない」
「……」

 はっきりと断言され、言葉に詰まる。
 でも、考えてみれば当然だ。私に手を貸したところで、彼に何もメリットはないのだから。

「ええ、わかってるわ。殺人に手を貸したら、ハンスさんまで犯罪者になっちゃうものね。大丈夫、ハンスさんやレオに迷惑はかけないから安心して」
「あのなぁ……言っておくけど、俺は別にお前を見捨てたわけじゃねーぞ?」
「え……?」

 首を傾げつつも、ハンスを見上げた。

「本来なら、お前みたいなガキが間違った道に進もうとしているのを正してやるのが大人の役目だ。でも、俺は本人の意思を尊重しないのもそれはそれでどうかと思う。だって、殺してやりたいくらい許せない人間なんだろ? お前を裏切った連中ってのは」
「え、ええ……そうね」
「だったら、『復讐なんてやめろ』と綺麗事を言って説得したところで無意味だろ。だから、過去と決別するために落とし前は自分でつけろ。……せっかくの復讐なのに、他人が手を貸したんじゃ意味ねぇだろ?」
「私が復讐しないと意味がない……?」

 聞き返すと、ハンスは深く頷く。

「ああ。その代わり、お前自身が幸せになるためだったら、いくらでも手を貸してやる」
「……!」

 ハンスの口から出た意外な言葉に、私は目を瞬かせる。

「まあ、その……なんだ。ほぼ保護者みたいなもんだからな。レオと違って、お前とは血の繋がりもないけど……でも──」
「でも?」
「あー……いや、別になんでもねぇよ」
「えぇ!? そこまで言って、続きを言わないの!?」

 気になる所で話を止めたハンスに抗議するように、私は詰め寄った。

「まあ、気にするな」

 言って、ハンスは私から離れる。

 ──なんだか、お父さんみたいで安心するわね。

 私にとって、『父親』という存在は前世も今世も裏切り者でしかない。
 だからこそ、ハンスに父性を求めてしまうのかもしれない。

「そんなことよりも……景気付けに、一つだけ昔話をしてやるよ。どうだ? 聞きたいだろ?」
「昔話?」

 話を逸らそうとしているのか知らないが、ハンスは突然そんな提案をしてきた。

「ああ。特別に聞かせてやる」
「え、ええ……」

 よく分からないけれど、とりあえず頷いておく。
 どうせ今夜は寝付けないだろうし、少しくらい夜更かししても問題ないだろう。でも、夜明け前には邸に戻らないと。
 夜中にこっそり部屋を抜け出したことを知られたら、それこそ「私は言い争っている両親の話を盗み聞きしました」と言っているようなものだ。
 そんなことを考えながら待っていると、やがてハンスはゆっくり口を開いた。

「ある所に、一人ぼっちの少年がいました。少年は、いつもみんなと仲良くなりたいと思っていました。でも、それは無理な願いでした。何故なら、少年は他の子供とは違ったからです」

 童話か何かだろうか? ハンスの話を聞きつつも、私は思いあぐねる。
 自分で言うのもなんだが、私は人一倍読書量が多いと自負している。
 でも、こんな出だしの童話は読んだことがない。

「そう、少年は不思議な力を持っていたのです。どんな力なのかと言うと……例えば、手を使わずに物を動かしたり、雨を降らせたりといったようなことです」

 ──なんか、まるで『魔法』みたい……。

 思わず、口に出しそうになったけれど、ハンスの邪魔をしては悪いと思い口を噤んだ。

「その力は、人々から忌み嫌われる力でした。だから、少年は家族にすら疎まれていたのです。少年は、その力をできるだけ使わないようにしました。そうして、歳月は流れ──小さくて泣き虫だった少年は、やがて立派な青年に成長しました」

 この話……もしかしたら、ガートルード夫人の話と何か関係があるのかしら?
 そんなことを考えつつも、私はハンスの話に聞き入る。

「そして、青年は両親から捨てられた少年と少女に出会いました。青年は、最初のうちは二人を疎ましく思っていました。元々孤独に慣れていたし、何より他人を信じられなかったからです。でも、青年は次第に二人に心を開いていきました。そう、青年は生まれて初めて心から『守りたい』と思える存在に出会えたのです。それからというものの、すっかり仲良くなった三人は一緒に暮らすようになり、まるで本当の家族のように絆を深めていきました」

 この話に登場する『青年』、誰かに似ているような……?
 既視感を覚えつつも、私はうんうんと頷きながら話を聞き続ける。

「青年は、二人のためなら命だってかけられます。そして、少年と少女の『騎士ナイト』になった青年は、心に誓ったのでした。この先、どんな困難が待ち受けていたとしても、必ず二人を守ってみせると。……とまあ、この話はここで終わりだ」
「え、終わりなの? それから、三人はどうなったの?」
「わからない。まあ、物語は一番綺麗なところで終わらせるに限るからな。例えば……戦争が起こって離れ離れになる可能性だってあるし、二人の両親と一悶着あるかもしれない。だから、作者もその先のことは書きたくなかったんだろ」
「確かに、そうだけど……」

 でも、やっぱりその後どうなったのか気になる。

「ちょっと気になったのだけれど……どうして、この話を選んだの? 童話だったら、他にもたくさん素敵なお話はあるのに……」
「ん? 大した理由じゃねーから、気にすんな。気が向いたら、教えてやるよ」
「えぇ!?」

 やんわりとかわされてしまった。
 大した理由じゃないなら、教えてくれたっていいのに……。

「まあ……強いて言うなら、俺も物語の主人公みたいに『騎士ナイト』になりたいと思っただけさ」

 ぼそっと、聞こえるか聞こえないかくらいの声でハンスがそう言った。

「ハンスさん、本当は司書じゃなくてお城に仕える騎士になりたかったの?」
「……そういう意味じゃねーんだけどな。まあ、別にいいけど」
「え? え?」
「さ、もう寝ろ。夜明け前には、邸に戻らないといけないんだろ?」

 首をかしげる私に向かって、ハンスは早く寝るよう急かす。
 それでも渋っていると、彼はおもむろに来客用のベッドがある方向を指差した。

「はぁい。分かりましたよ……」

 そうぼやくと、私は腑に落ちないながらも柔らかなベッドにポフッとダイブしたのだった。
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