前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃

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19.家宅捜索

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 五日後。
 国境越えを計画した私達は、その日も準備を進めていた。
 荷物に関しては、着の身着のまま逃げてきてしまったからほとんどない。
 だからといって、今更クロフォード邸に戻るわけにもいかないから、このまま国境越えを決行するつもりだ。
 幸い、着替えはジョアンの実家にあった彼の妹が昔着ていた服を譲ってもらったので当面の間は困らないけれど……。
 やはり、資金をほとんど持ち合わせていないというのはかなりの痛手だ。

「いいか? アメリア。国境越えが成功して落ち着いたら、すぐに俺に手紙を書けよ」

 作戦の手順を確認しつつも、ハンスがそう念を押してきた。

「分かってるわ、ハンスさん。それよりも、私はハンスさんとレオの方が気がかりだわ。私のことを問い質された挙句、酷い目に遭わされないか心配で……」
「たとえ拷問に遭ったとしても、黙秘を貫いてみせるさ。まぁ、立場はますます悪くなるかも知れねぇが……元々、この国の方針には以前から疑問を持っていたしな。いつかは出ていくつもりだったし、ちょうどいい」
「ハンスさん、この国を出るつもりなの!?」
「ああ」
「でも、そしたら、あのペントハウスはどうなるの?」
「そりゃあ……まあ、手放すしかないだろうな」

 躊躇なく答えたハンスとは対称的に、私は気分が沈む。
 幼少期からあの時計塔によく出入りしていた私にとっては、最早あの塔が実家みたいなものだ。
 思い出が沢山詰まった場所にもう二度と行けないのかと思うと、凄く残念な気持ちになる。

 ──まるで、実家がなくなってしまうような感覚ね……。
 
 そんなことを考えていると。突然、玄関の扉が勢いよく開かれた。

「た、大変だ!」

 転がり込むようにして部屋に入ってきたのは、この部屋の主であるジョアンだった。
 よほど焦って走ってきたのか、肩で息をしている。

「ジョ、ジョアンさん……? 一体どうしたの? 今日は、残業の予定じゃなかったの?」
「どうしたもこうしたもないよ! このアパートに家宅捜索が入るらしいんだ!」
「え!?」

 ジョアンの話によると、昼頃から憲兵がこの周辺の民家を一軒ずつ回って家宅捜索しているらしい。
 というのも……なんでも、先日王城でとある使用人が王家の家宝である剣を盗んで逃亡したらしいのだ。
 その犯人は今もなお逃走を続けているため、どこかの家に匿われている可能性も考慮して手当り次第家宅捜索をしているとのことだった。
 建前上は、窃盗犯を捕まえるためだと言っているが……きっと、真の目的は私の身柄を確保するためなのだろう。

「職場で、家宅捜索についての話を耳にしてね。気になって、早めに仕事を切り上げてきたんだよ。そしたら、もうアパートの前に憲兵が数人いて……」
「もう、すぐそこまで来ているってこと!?」
「ああ。くそっ……! せっかく、ホバークラフトの準備が整ったってのに……!」

 呟くと、ジョアンは絶望したように肩を落とした。

「おい、ジョアン。ホバークラフトの準備が整ったってのは本当か?」
「ああ。午前中のうちに、ローゼ川の河岸まで運んでおいたんだよ。だから、家に帰ったら真っ先にアメリアちゃんに報告するつもりでいたんだ」

 ジョアンの返答を聞くなり、ハンスは顎に手を当てて考え込むような動作をする。

「よし、アメリア。予定より少し早いけど、国境越えを決行するぞ。……もちろん、今からだ」

 突然、ハンスがそう提案してきた。

「い、今から……?」
「ああ。いずれにせよ、ここまで来てとっ捕まる訳にはいかねぇだろ。だから……隙を見て、この部屋から抜け出そう」
「でも、憲兵はもうすぐそこまで来ているんだよ? どうやって、ここから抜け出すつもりなんだ?」

 困惑の表情を浮かべつつも、ジョアンが尋ねる。

「どこか、隠れられそうな場所はないか?」
「いきなり、そんなことを言われても……。ああ、そうだ! 寝室のベッドの下なんてどうかな? いくらなんでも、憲兵達もそこまでは見ないと思うし……」
「ベッドの下か……仕方ない、一時的にそこに隠れるぞ。アメリア」
「分かったわ。でも、ばれないかしら? なんだか不安だわ」
「その時はその時だ。強行突破するしかない」
「なるほど。強行突破、ね……」

 不穏な返事をしたハンスに嘆息しつつも、私は寝室へと移動する。
 そして、着替えなどが入ったトランクケースを抱えながらベッドの下に身を隠した。
 その次の瞬間。玄関側から、「コンコン」とドアノッカーを叩く音が聞こえてくる。

「まずいぞ……もう、憲兵が来たみたいだ! ほら、ハンスも早く隠れて!」
「ああ!」

 ジョアンに急かされ、ハンスも寝室に入ってきた。
 ハンスは身を屈めると、素早くベッドの下に潜り込む。

「こんにちは。突然、お邪魔してすみません」

 ジョアンが扉を開けると、そこには青い制服を着た憲兵が立っていた。

「実は、先日王城で窃盗事件が起きましてね。犯人がこの辺りを彷徨いているのを見かけたという情報が入ってきたもので……。大丈夫だとは思いますが、念のため家の中を調べさせてくれませんか?」
「ええ、もちろんです」

 ジョアンから了承を得ると、憲兵は「失礼」と断りを入れて部屋に入ってくる。

「あなたは、一人暮らしですか?」
「ええ」
「他にご家族は?」
「離れて暮らしている妹が一人。両親は、もう随分前に他界しました」
「そうですか」

 憲兵達は、ジョアンに向かって質問を次々と投げかけていく。
 その片手間で、彼らは室内を物色している様子だった。
 何か私に関係しそうな物が見つかれば、すぐに女王陛下に報告するつもりなのだろう。

「おや? マグカップが二つ出ているようですが……確か、先ほど一人暮らしだと仰っていましたよね?」

 テーブルの上に置かれた飲みかけのマグカップを見て疑問に思ったのか、憲兵が尋ねる。

 ──ああ、しまった……! そう言えば、直前までハンスさんと一緒にコーヒーを飲んでいたんだったわ!

 後悔するけれど、時既に遅し。憲兵は明らかに訝しんでいる。

「ああ、それですか。実は、さっきまで友人が来ていたんです」
「なるほど。ご友人ですか」

 ジョアンが悠然とした態度でそう答えたため、憲兵は納得した様子だった。
 そして、彼はおもむろに寝室へと入ってくる。

「寝室も特に異常なし、と」

 言いながら、憲兵は室内をぐるぐると歩き回り確認していく。
 ……が、

「おっと!」

 突然、憲兵がそんな声を上げた。
 次の瞬間、一冊の本がトンッと音を立てて床に落下した。
 どうやら、部屋の角に置いてある本棚から落ちたようだ。
 憲兵はそれを拾い上げるために、床に手を伸ばした。

 ──まずいわ! 今度こそ、本当にばれてしまうかも……!

 緊張感のあまり、鼓動がますます激しくなる。
 私は目を瞑ると、「どうか、このまま気づかれませんように」と必死に祈り続けた。

「すみません。本棚を触ったら、床に本が落ちてしまいました」
「ああ、いえ……お気になさらず」
「元の場所に戻しておきますね」
「すみません。しっかり整理しておけば良かったですね」

 二人のそんな会話を聞きつつも、私は早鐘を打つ胸をぎゅっと押さえた。

「では、そろそろ行きますね。お邪魔しました。何か変わったことがあったら、周辺の見回りをしている憲兵にお声がけください」
「ええ。ご苦労様です。それでは、お気をつけて」

 ジョアンは玄関まで憲兵を案内すると、愛想良く労いながら彼を見送った。
 バタン、と扉が閉まった途端。全身の力が一気に抜ける。

 ──良かった……。なんとか、やり過ごせたみたいね。
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