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鷲獅子 Ⅱ
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改めてしでかしたことの重大さを突きつけられ、ロンフォールは返す言葉がない。
「あんたは、神子守長でもあったんだよ、その神子の」
吐き捨てるスレイシュの言葉を聞き、ロンフォールは恐る恐るリュングと子響の顔を見る。彼らは一様に、視線を伏せぎみ合わせず頷くのみ。
「我々は、禍事の神子について、人間族の手に余ると踏んでいる。一部ではそう豪語している片翼族もいる。導師が神にも等しい双翼となったのであれば、その導師のもとで神子を御すべきだ、と」
「そうした意見を、人間族はおろか、この世全てを支配しようと目論んでいる、と極端に解釈して、片翼族__特に、ノヴァ・ケルビム派を危険視しているのです」
「でも、どうして乗り込んできたんだ? 夜にこそこそと乗り込んだ、ってことなんだろ?」
こつこつ、と指先でスレイシュは幾度も叩く。
乾いた小さい音だが、とても際立っているようにロンフォールの耳には届き、そちらに視線を移す。
「何度も、何度も、こっちは対話を求めた。だが、お前ら帝国の奴らは、相手にもしなかったじゃねえか。だから強硬手段に出ざるを得なかった。挙句、導師を__。本当に、都合がいいよな、当事者のくせに記憶をどっかやっちまうなんて」
「俺だって、好きでなくしたんじゃ__」
バン、とスレイシュが食卓を叩くので、ロンフォールは思わず言葉を詰まらせた。
その音を主人の危機と思ったのか、シーザーが身構える気配がしたので、ロンフォールは咄嗟に、待て、と制する。
そう強めに短く言えば、止まるということは、子響の助言あって理解できたことだった。__よく訓練されているなら、強い命じ方で、思うとおりになるはずだ、と。
命令を受けた狗尾は、毛を逆立て、若干牙を見せてはいるものの、やや下がったように見える。
その犬の様子を鼻で笑うスレイシュ。
「どうだかな。帝国様としては都合がよかったんじゃないか? 無断で踏み入ったことで、導師を殺める口実をえられたんだし。__ああ、そうか……そうなるよう仕向けたのかもしれないな。狡猾だともきいているし、帝国は」
「スレイシュ、いい加減にしないか」
子響の諫言を以ってしても、スレイシュの態度は改められない。
それどころか、賛同を得られないことが不服のようで、彼は席を立って踵を返した。
「どこへ行く、スレイシュ」
リュングの声に、ノブに手を置いたまま動きを止める。
「すみませんが、席を外させていただきます」
首さえこちらに向けないその態度。子響が咎めようと席を立つが、それをリュングが手で制す。
「……ならば、頭を冷やしてから、改めて私の部屋へ来い」
御意、とそれだけ答え、扉の向こうへ姿を消す。
大きな音を立てて閉まった扉__その向こうへ消えた後姿を思いながら、しばらくロンフォールは見つめていた。
「レーヴェンベルガー卿、すまないな」
呆然とそれを見送っていると、リュングが謝るので、怪訝にして彼を見た。
「あれは、自分に対して腹立たしいのだ。導師と行動を共にしながら、守れなかったこともそうだが、それ以上に、敬愛する導師が招き入れた客人に対して、受け入れることができない自分の狭量さにな」
記憶のない自分が、ただ単に腹立たしいのではないのだろうか。
スレイシュの目に、白を切って責任逃れをしているように映っているからこそ、彼の怒りを増長させているのではないのか。
必死に分かろうとしている姿そのものが、また腹立たしいのかもしれない。
リュングは、スレイシュが去っていた扉を、遠い視線で見つめながら続けた。
「__幼さ、だ。レーヴェンベルガー卿が気にすることではない。これは、彼自身が作り出している問題だからな」
それはそうと、とリュングがロンフォールへ視線を戻すので、それに応じるようにロンフォールは姿勢を正した。
「__とても悩んだのだが、今日、導師に会っていただこうと思っている」
唐突な提案にロンフォールは、どきり、とした。
「でも、眠っているって……」
「そうだ。だからこそ悩んだ」
「導師の無様を晒すことになるし、無防備なのだから危険すぎる、とスレイシュは猛反対していたのもあって……。それで、あの悪態をついてしまっていたのだと思います」
「そうだったんだ……」
「導師は、貴方を希望と仰っていた。我々の希望は、導師の目覚めだ。もし、その希望の意味するところが、我々の考えた答えだとするならば、あるいは……と思ってな」
「だから、今朝、部屋に得物を置いてきてもらったんです」
ロンフォールは腰の当たりに手を伸ばすが、そこには昨日、刷いていた太刀はない。食堂へ移動する際、子響に指示されて、太刀は部屋においてきていた。
「それに、導師の顔を見れば、それが記憶を戻すきっかけになるかも知れない。あなたにとっても有益だとおもえますが」
子響の言いたいことは分かる。
期待もあるが、同時に不安もある。
「会ってどうしたらいい……?」
「導師の顔を見るだけでいい」
なんとも拍子抜けする、あっさりとした回答だ。
たったそれだけでいいのであれば、大丈夫だろう。だが、本当にそれだけで解決になるのだろうか__。
疑問を抱くロンフォールは、やや間をおいて、わかった、と頷いた。
「あんたは、神子守長でもあったんだよ、その神子の」
吐き捨てるスレイシュの言葉を聞き、ロンフォールは恐る恐るリュングと子響の顔を見る。彼らは一様に、視線を伏せぎみ合わせず頷くのみ。
「我々は、禍事の神子について、人間族の手に余ると踏んでいる。一部ではそう豪語している片翼族もいる。導師が神にも等しい双翼となったのであれば、その導師のもとで神子を御すべきだ、と」
「そうした意見を、人間族はおろか、この世全てを支配しようと目論んでいる、と極端に解釈して、片翼族__特に、ノヴァ・ケルビム派を危険視しているのです」
「でも、どうして乗り込んできたんだ? 夜にこそこそと乗り込んだ、ってことなんだろ?」
こつこつ、と指先でスレイシュは幾度も叩く。
乾いた小さい音だが、とても際立っているようにロンフォールの耳には届き、そちらに視線を移す。
「何度も、何度も、こっちは対話を求めた。だが、お前ら帝国の奴らは、相手にもしなかったじゃねえか。だから強硬手段に出ざるを得なかった。挙句、導師を__。本当に、都合がいいよな、当事者のくせに記憶をどっかやっちまうなんて」
「俺だって、好きでなくしたんじゃ__」
バン、とスレイシュが食卓を叩くので、ロンフォールは思わず言葉を詰まらせた。
その音を主人の危機と思ったのか、シーザーが身構える気配がしたので、ロンフォールは咄嗟に、待て、と制する。
そう強めに短く言えば、止まるということは、子響の助言あって理解できたことだった。__よく訓練されているなら、強い命じ方で、思うとおりになるはずだ、と。
命令を受けた狗尾は、毛を逆立て、若干牙を見せてはいるものの、やや下がったように見える。
その犬の様子を鼻で笑うスレイシュ。
「どうだかな。帝国様としては都合がよかったんじゃないか? 無断で踏み入ったことで、導師を殺める口実をえられたんだし。__ああ、そうか……そうなるよう仕向けたのかもしれないな。狡猾だともきいているし、帝国は」
「スレイシュ、いい加減にしないか」
子響の諫言を以ってしても、スレイシュの態度は改められない。
それどころか、賛同を得られないことが不服のようで、彼は席を立って踵を返した。
「どこへ行く、スレイシュ」
リュングの声に、ノブに手を置いたまま動きを止める。
「すみませんが、席を外させていただきます」
首さえこちらに向けないその態度。子響が咎めようと席を立つが、それをリュングが手で制す。
「……ならば、頭を冷やしてから、改めて私の部屋へ来い」
御意、とそれだけ答え、扉の向こうへ姿を消す。
大きな音を立てて閉まった扉__その向こうへ消えた後姿を思いながら、しばらくロンフォールは見つめていた。
「レーヴェンベルガー卿、すまないな」
呆然とそれを見送っていると、リュングが謝るので、怪訝にして彼を見た。
「あれは、自分に対して腹立たしいのだ。導師と行動を共にしながら、守れなかったこともそうだが、それ以上に、敬愛する導師が招き入れた客人に対して、受け入れることができない自分の狭量さにな」
記憶のない自分が、ただ単に腹立たしいのではないのだろうか。
スレイシュの目に、白を切って責任逃れをしているように映っているからこそ、彼の怒りを増長させているのではないのか。
必死に分かろうとしている姿そのものが、また腹立たしいのかもしれない。
リュングは、スレイシュが去っていた扉を、遠い視線で見つめながら続けた。
「__幼さ、だ。レーヴェンベルガー卿が気にすることではない。これは、彼自身が作り出している問題だからな」
それはそうと、とリュングがロンフォールへ視線を戻すので、それに応じるようにロンフォールは姿勢を正した。
「__とても悩んだのだが、今日、導師に会っていただこうと思っている」
唐突な提案にロンフォールは、どきり、とした。
「でも、眠っているって……」
「そうだ。だからこそ悩んだ」
「導師の無様を晒すことになるし、無防備なのだから危険すぎる、とスレイシュは猛反対していたのもあって……。それで、あの悪態をついてしまっていたのだと思います」
「そうだったんだ……」
「導師は、貴方を希望と仰っていた。我々の希望は、導師の目覚めだ。もし、その希望の意味するところが、我々の考えた答えだとするならば、あるいは……と思ってな」
「だから、今朝、部屋に得物を置いてきてもらったんです」
ロンフォールは腰の当たりに手を伸ばすが、そこには昨日、刷いていた太刀はない。食堂へ移動する際、子響に指示されて、太刀は部屋においてきていた。
「それに、導師の顔を見れば、それが記憶を戻すきっかけになるかも知れない。あなたにとっても有益だとおもえますが」
子響の言いたいことは分かる。
期待もあるが、同時に不安もある。
「会ってどうしたらいい……?」
「導師の顔を見るだけでいい」
なんとも拍子抜けする、あっさりとした回答だ。
たったそれだけでいいのであれば、大丈夫だろう。だが、本当にそれだけで解決になるのだろうか__。
疑問を抱くロンフォールは、やや間をおいて、わかった、と頷いた。
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