【完結】わするるもの 〜龍の騎士団と片翼族と神子令嬢〜

丸山 あい

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眠れる導師 Ⅱ

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 いやに重く聞こえる音。両手を思わず握り締めて、じっとその扉が開かれるのを待つ。

 開くに従い、心臓が大きく早く拍動して、耳にまで響いてくる。

 開ききると仄暗い室内が現れたので、思わず踏み入るのを躊躇った。背中を押され、促されるように入室すると、思わず体が固まってしまう。

 自分にあてがわれていた部屋に比べ、ずぅん、と重い空気。同時に静謐とした空気にも満ちている、なんとも不思議な空間である。

 導師というから特別な部屋なのだろうと思いきや、その部屋はあまりにも質素で、子響と休んだあの部屋となんらかわりない。変わっているとすれば、靄がかかっているように見受けられる点であろうか。

 靄の正体は、壁際の長い机に置かれた香炉から立ち昇っている煙で、香炉の近くには簡素な祭壇らしいものが置かれている。

 その靄のなかに、一際目を引く存在がある。寝台の傍に佇む、異形の生物の存在だ。

 羽毛に覆われた女の身体。頭髪もまた羽毛で、翼が生えている。___これがバンシーか、とロンフォールはその獣に釘付けになった。

 見た目こそ異形だが、どこか神々しさがある。

 こんな異形が、自分にもいて守ってくれていたということは、到底想像できない。

「フルルカス」

 最後に入室した子響が静かに言と、その異形が僅かに首を動かした。

「それが、彼女の名前です。__フルルカス、こちらはロンフォール・レーヴェンベルガー卿」

 フルルカスは、ロンフォールとシーザーを見比べてから、背後の布を振り返る。

 これだけ部屋のつくりが同じなら、おそらくその布は仕切りの布で、向こう側に寝台があるはずだ。

「私もリュング殿もいる」

 大丈夫だから、と安心させるように優しく言うと、フルルカスは一歩その布から距離を下がって壁際に寄った。

 温かそうな羽毛に覆われている腕の翼を胸の前で重ねるようにして、静かにこちらの挙動を見守っている。

 ロンフォールの背を子響は押しながら、仕切り布の元へと進ませる。

 子響は一度ロンフォールへ目配せしてから、その布に静かに手をかけ開いた。

 自分が休んだ寝台と同じ寝台。そこに横になっている導師の姿があった。

 導師にはケルビムとしての特徴である黒髪と、目の下にある白い石が見受けられる。おそらく目も赤いのだろう。

 視界の端で鈍く輝くものがあり、視線を移す。そこには微かに上下する胸の上で重ねられた手。その指すべてに嵌められている金色の指輪が、部屋の僅かな光を反射したようだった。

 黒い髪はやや長く、目を隠すほどの長さまで伸びているが、その下に興味深いものをロンフォールは見た。

「このあざは……」

「全能の目を表していて……双翼になられたときに現れたそうです」

 閉じられた両方の目には、小指の幅くらいの筋で周囲を囲むように蒼いあざがある。

「全能の目……」

「全能とは、神と同義だ。その象徴の印。___神の目ということだな」

 下瞼の目頭鼻筋に沿うようにひとつ、おなじ起点から頬骨の上まで曲線を描いて、最後はくるり、と渦を描く筋が延びていた。目尻からもこめかみへむかって一筋伸び、それと並行に上瞼を一筋走っている。

「……神の目、これが」

 神は10の種族では別格。

 ノヴァ・ケルビム派の導師__全てのケルビム族の族長は双翼となった神。

「象徴と言えば、レーヴェンベルガー卿の背にも、メダリオンにもあるだろう。その紋章も象徴だ。龍帝従騎士団で鷲獅子グリフォンが多用されているのは、鷲獅子が戦神の御使いであるが故。龍帝は戦神そのもの。その龍帝の小間使いである騎士は、鷲獅子に近い。諸説のいわれのほかに、そうしたこともあって、人為的にその背に彫ることが伝統となっている」

「そうだったんだ」

 首もとのメダリオンを握りしめた。

「鷲獅子は神聖な獣だが、使役している主は戦神。戦には死がつきもの。であるから、鷲獅子は魂の運び手とも呼ばれている。魂を連れても来るし、連れ去りもする、と。そうした意味でも、龍帝従騎士団の象徴として相応しいのかもしれない」

「運び手、という印象があるので、スレイシュは反対したのです。万が一にも、魂を運び去るのではないか、と。だから危険だ、と」

 知らない、というのは本当に罪なのかもしれない。

 龍帝従騎士であるというだけで、これほどの謂れがあるのだ。

 どれほど彼らに迷惑をかけているのか__本当に申し訳なく思えて、ロンフォールは許しを求めるように、その全能の目へ視線を移した。

 記憶が戻った場合、今この胸のうちにある罪悪感はどうなるのだろうか。

 ここにいるロンフォールとはまったく別の人格が出て、この感情はおろか、記憶を失っている間の記憶も露と消え去ってしまうのか。

  __恐ろしい。
 
 そうならないことを、祈るしかない。

「如何です?」

 子響の声に現実へ引き戻され、改めてじっとその寝顔を見入る。だが、これと言って変化があるわけではなかった。

 ロンフォールはうな垂れて首を振るしかできない。

 そうですか、と子響も残念さが滲む声音である。

 彼の心情としては、おそらく、導師が目覚めなかったことのほうが、残念に思えそれが含まれているのだろう。

 期待させたつもりはないが、彼に対して、ロンフォールは更に申し訳なくなる。__戻らなくて良かった、と安堵している自分がいたからだ。
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