18 / 69
眠れる導師 Ⅱ
しおりを挟むいやに重く聞こえる音。両手を思わず握り締めて、じっとその扉が開かれるのを待つ。
開くに従い、心臓が大きく早く拍動して、耳にまで響いてくる。
開ききると仄暗い室内が現れたので、思わず踏み入るのを躊躇った。背中を押され、促されるように入室すると、思わず体が固まってしまう。
自分にあてがわれていた部屋に比べ、ずぅん、と重い空気。同時に静謐とした空気にも満ちている、なんとも不思議な空間である。
導師というから特別な部屋なのだろうと思いきや、その部屋はあまりにも質素で、子響と休んだあの部屋となんらかわりない。変わっているとすれば、靄がかかっているように見受けられる点であろうか。
靄の正体は、壁際の長い机に置かれた香炉から立ち昇っている煙で、香炉の近くには簡素な祭壇らしいものが置かれている。
その靄のなかに、一際目を引く存在がある。寝台の傍に佇む、異形の生物の存在だ。
羽毛に覆われた女の身体。頭髪もまた羽毛で、翼が生えている。___これがバンシーか、とロンフォールはその獣に釘付けになった。
見た目こそ異形だが、どこか神々しさがある。
こんな異形が、自分にもいて守ってくれていたということは、到底想像できない。
「フルルカス」
最後に入室した子響が静かに言と、その異形が僅かに首を動かした。
「それが、彼女の名前です。__フルルカス、こちらはロンフォール・レーヴェンベルガー卿」
フルルカスは、ロンフォールとシーザーを見比べてから、背後の布を振り返る。
これだけ部屋のつくりが同じなら、おそらくその布は仕切りの布で、向こう側に寝台があるはずだ。
「私もリュング殿もいる」
大丈夫だから、と安心させるように優しく言うと、フルルカスは一歩その布から距離を下がって壁際に寄った。
温かそうな羽毛に覆われている腕の翼を胸の前で重ねるようにして、静かにこちらの挙動を見守っている。
ロンフォールの背を子響は押しながら、仕切り布の元へと進ませる。
子響は一度ロンフォールへ目配せしてから、その布に静かに手をかけ開いた。
自分が休んだ寝台と同じ寝台。そこに横になっている導師の姿があった。
導師にはケルビムとしての特徴である黒髪と、目の下にある白い石が見受けられる。おそらく目も赤いのだろう。
視界の端で鈍く輝くものがあり、視線を移す。そこには微かに上下する胸の上で重ねられた手。その指すべてに嵌められている金色の指輪が、部屋の僅かな光を反射したようだった。
黒い髪はやや長く、目を隠すほどの長さまで伸びているが、その下に興味深いものをロンフォールは見た。
「このあざは……」
「全能の目を表していて……双翼になられたときに現れたそうです」
閉じられた両方の目には、小指の幅くらいの筋で周囲を囲むように蒼いあざがある。
「全能の目……」
「全能とは、神と同義だ。その象徴の印。___神の目ということだな」
下瞼の目頭鼻筋に沿うようにひとつ、おなじ起点から頬骨の上まで曲線を描いて、最後はくるり、と渦を描く筋が延びていた。目尻からもこめかみへむかって一筋伸び、それと並行に上瞼を一筋走っている。
「……神の目、これが」
神は10の種族では別格。
ノヴァ・ケルビム派の導師__全てのケルビム族の族長は双翼となった神。
「象徴と言えば、レーヴェンベルガー卿の背にも、メダリオンにもあるだろう。その紋章も象徴だ。龍帝従騎士団で鷲獅子が多用されているのは、鷲獅子が戦神の御使いであるが故。龍帝は戦神そのもの。その龍帝の小間使いである騎士は、鷲獅子に近い。諸説のいわれのほかに、そうしたこともあって、人為的にその背に彫ることが伝統となっている」
「そうだったんだ」
首もとのメダリオンを握りしめた。
「鷲獅子は神聖な獣だが、使役している主は戦神。戦には死がつきもの。であるから、鷲獅子は魂の運び手とも呼ばれている。魂を連れても来るし、連れ去りもする、と。そうした意味でも、龍帝従騎士団の象徴として相応しいのかもしれない」
「運び手、という印象があるので、スレイシュは反対したのです。万が一にも、魂を運び去るのではないか、と。だから危険だ、と」
知らない、というのは本当に罪なのかもしれない。
龍帝従騎士であるというだけで、これほどの謂れがあるのだ。
どれほど彼らに迷惑をかけているのか__本当に申し訳なく思えて、ロンフォールは許しを求めるように、その全能の目へ視線を移した。
記憶が戻った場合、今この胸のうちにある罪悪感はどうなるのだろうか。
ここにいるロンフォールとはまったく別の人格が出て、この感情はおろか、記憶を失っている間の記憶も露と消え去ってしまうのか。
__恐ろしい。
そうならないことを、祈るしかない。
「如何です?」
子響の声に現実へ引き戻され、改めてじっとその寝顔を見入る。だが、これと言って変化があるわけではなかった。
ロンフォールはうな垂れて首を振るしかできない。
そうですか、と子響も残念さが滲む声音である。
彼の心情としては、おそらく、導師が目覚めなかったことのほうが、残念に思えそれが含まれているのだろう。
期待させたつもりはないが、彼に対して、ロンフォールは更に申し訳なくなる。__戻らなくて良かった、と安堵している自分がいたからだ。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜
ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」
「街の井戸も空っぽです!」
無能な王太子による身勝手な婚約破棄。
そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを!
ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。
追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!?
優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。
一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。
「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——!
今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける!
※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる