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片翼の秘宝
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均衡の神子が訪れた翌日に、ケルビム族のリュングらは秘宝の場所へと案内した。
その秘宝の在り処は、里の中央の巨木__その真下に広がる空間。
巨木の根に隠されるように急な階段が存在し、下っていくと3人ほどがゆとりをもって立てる空間が広がる。その床には、精緻で幾何学的な円陣が描かれていた。
その上に立って、聞きなれない言葉を名代のリュングが放った直後、足元の感覚が消え、音も遠ざかる。そして訪れるのは、浮き上がるような、あるいは落ち込むような錯覚。
しかしそれもつかの間。それらの感覚も瞬く間に去ってしまう。すると、次の瞬間には広大な半円球の空間の中央に立っていた。
__転移したんだ。
ロンフォールがひとりごちていると、足元全体がにわかに輝き、それが唯一の明かりで、天井に行くほど暗くなる。
その暗い天井には、点々と輝く銀砂があった。儚げな光であるが、それがいっそ美しい。
シーザーは、鼻を上へ向けてから、周囲をうかがうように鼻をひくつかせている。
そうしていると、背後にフィガロとイェノンツィア、スレイシュが忽然と光に包まれて現れた。
おそらく、自分たちもああして現れたのだろう。
彼らが合流したのを確認して、リュングが虚空にむかって呼びかける。
「レイシス」
周囲の壁際から彼が立つあたりに向かって、強い光が床を滑るように収束した。一点に収束した光は、とろり、とした光を放つ球体になって、床から離れて浮上する。
それに向かって彼が手を翳すと、球体が歪んで膨れ上がる。
その歪な膨らみ__まるで光の球の中に何か生き物がいて、内側から出ようともがいているように見えた。
やがてその動きが落ち着くと、ヒトに似た形へと変容する。
身に纏う法衣のような布は光を淡く放ち、その身丈はロンフォールと大差がない。頭部は厚手のベールに覆われ、顔以外の全てを隠している。
唯一見えるその顔は、柔らかく笑んで見えるが血の気はなく、どこか儚げにロンフォールは見えた。
「これが、我々の秘宝__その守り手です」
その言い方に違和感を抱くロンフォールは、首をかしげた。
「そう、これが……」
すごいわ、とフィガロは目を輝かせた。
「レイシス、自分の紹介を」
「私はこの世の遍く全ての情報を収集し、記憶することを目的に存在します。短命である片翼族のため、知識を蓄えていくのです。同時に、信頼性、可用性、保守性、保全性、機密性を可能な限り高める存在としても機能しています。そして、最大の特徴として、集積した情報と過去の事例をもとに、これから起こりうる出来事を予測することができます」
リュングの言葉に応じて、どこを見るわけでもなく遠い視線のまま、抑揚のない言葉を連ねた。
捲し立てるほどの勢いはないものの、ロンフォールには難しい言葉の羅列。ひとつひとつ吟味してみるものの、飲み込めない。
「秘宝そのものは、どこにあるの?」
フィガロは鋭く尋ねる。
レイシスと呼ばれたそれは、ゆっくりと少女へと向く。
不思議なことに、たっぷりとした重そうな法衣は、衣擦れの音ひとつ立てない。かわりに響くのは、透徹された耳に心地いい余韻の音。儚いその音色は、虫の音に似ている。
「その答えを聞く権利が、貴女にはありません」
「いや、ある」
切って捨てるように言い放ったのは、リュングであった。彼は、フィガロのやや後ろに立って、レイシスへと示した。
「導師の妹御であらっしゃる」
レイシスは、吟味するように目を細め、少女を足元から舐めまわすように見つめた。
そして、徐に少女へ細い腕を伸ばし、身を屈めて手を差し出す。その指先の細いこと。まるで木の枝のようである。
「こちらに、血を一滴__名代、許可願えますか?」
リュングへと視線を向けるレイシス。
許す、と短く言うと、レイシスは促すようにその細い指先の手を、フィガロへと近づける。
「おそらく、記録がないのでしょう。レイシスは記録がある片翼族の情報を、主に追い収集しますので。血で、フィガロ様が導師の実妹だともわかるはず」
「記録をするとか、それどころではなかったものね……」
やや自嘲気味につぶやき、フィガロは小さい手を出した。
レイシスは、もう一方の手でその小さい手をとり、人差し指の先を、自身の指先の爪で軽くついた。すると、血が薄っすらと滲み出てくる。
その血は、やがてレイシスの手に落ちる。血はレイシスの手に付着すると、吸い込まれて跡形もなくなった。
「……私のことはわかる?」
そうして、大事そうにその手を胸元に押し抱くと、レイシスはいっそう柔らかく笑んでフィガロを見つめる。
「はい。現導師の実妹。__お帰りなさい、フィガロ。兄君は会いたがっておられました」
「そう……。あとで、お会いするわ。__それより、さっきの質問だけれど……?」
レイシスは深く頷く。
「私が秘宝であるともいえます。現状、秘宝へ唯一繋がっているのが、私ですので」
さっぱりわからない、とロンフォールは腕を組みながら首をかしげる。
「我々が、知覚できない領域にあるのです。レイシスはそれを知覚できる」
子響がすかさずロンフォールに耳打ちをした。
「不可知の__」
ロンフォールの言いさした先を察し、そうです、と彼は頷く。
「だから、畏れ多いのだ。導師でない我々が、安易にこの秘宝へ頼るのは。記録されている者の情報を追うが、それ以上に、この世の遍くものの、ありのままを収集するから」
「ありのまま……」
リュングは腕を組んで、目の前のレイシスを見つめながら、ロンフォールに頷いた。
その秘宝の在り処は、里の中央の巨木__その真下に広がる空間。
巨木の根に隠されるように急な階段が存在し、下っていくと3人ほどがゆとりをもって立てる空間が広がる。その床には、精緻で幾何学的な円陣が描かれていた。
その上に立って、聞きなれない言葉を名代のリュングが放った直後、足元の感覚が消え、音も遠ざかる。そして訪れるのは、浮き上がるような、あるいは落ち込むような錯覚。
しかしそれもつかの間。それらの感覚も瞬く間に去ってしまう。すると、次の瞬間には広大な半円球の空間の中央に立っていた。
__転移したんだ。
ロンフォールがひとりごちていると、足元全体がにわかに輝き、それが唯一の明かりで、天井に行くほど暗くなる。
その暗い天井には、点々と輝く銀砂があった。儚げな光であるが、それがいっそ美しい。
シーザーは、鼻を上へ向けてから、周囲をうかがうように鼻をひくつかせている。
そうしていると、背後にフィガロとイェノンツィア、スレイシュが忽然と光に包まれて現れた。
おそらく、自分たちもああして現れたのだろう。
彼らが合流したのを確認して、リュングが虚空にむかって呼びかける。
「レイシス」
周囲の壁際から彼が立つあたりに向かって、強い光が床を滑るように収束した。一点に収束した光は、とろり、とした光を放つ球体になって、床から離れて浮上する。
それに向かって彼が手を翳すと、球体が歪んで膨れ上がる。
その歪な膨らみ__まるで光の球の中に何か生き物がいて、内側から出ようともがいているように見えた。
やがてその動きが落ち着くと、ヒトに似た形へと変容する。
身に纏う法衣のような布は光を淡く放ち、その身丈はロンフォールと大差がない。頭部は厚手のベールに覆われ、顔以外の全てを隠している。
唯一見えるその顔は、柔らかく笑んで見えるが血の気はなく、どこか儚げにロンフォールは見えた。
「これが、我々の秘宝__その守り手です」
その言い方に違和感を抱くロンフォールは、首をかしげた。
「そう、これが……」
すごいわ、とフィガロは目を輝かせた。
「レイシス、自分の紹介を」
「私はこの世の遍く全ての情報を収集し、記憶することを目的に存在します。短命である片翼族のため、知識を蓄えていくのです。同時に、信頼性、可用性、保守性、保全性、機密性を可能な限り高める存在としても機能しています。そして、最大の特徴として、集積した情報と過去の事例をもとに、これから起こりうる出来事を予測することができます」
リュングの言葉に応じて、どこを見るわけでもなく遠い視線のまま、抑揚のない言葉を連ねた。
捲し立てるほどの勢いはないものの、ロンフォールには難しい言葉の羅列。ひとつひとつ吟味してみるものの、飲み込めない。
「秘宝そのものは、どこにあるの?」
フィガロは鋭く尋ねる。
レイシスと呼ばれたそれは、ゆっくりと少女へと向く。
不思議なことに、たっぷりとした重そうな法衣は、衣擦れの音ひとつ立てない。かわりに響くのは、透徹された耳に心地いい余韻の音。儚いその音色は、虫の音に似ている。
「その答えを聞く権利が、貴女にはありません」
「いや、ある」
切って捨てるように言い放ったのは、リュングであった。彼は、フィガロのやや後ろに立って、レイシスへと示した。
「導師の妹御であらっしゃる」
レイシスは、吟味するように目を細め、少女を足元から舐めまわすように見つめた。
そして、徐に少女へ細い腕を伸ばし、身を屈めて手を差し出す。その指先の細いこと。まるで木の枝のようである。
「こちらに、血を一滴__名代、許可願えますか?」
リュングへと視線を向けるレイシス。
許す、と短く言うと、レイシスは促すようにその細い指先の手を、フィガロへと近づける。
「おそらく、記録がないのでしょう。レイシスは記録がある片翼族の情報を、主に追い収集しますので。血で、フィガロ様が導師の実妹だともわかるはず」
「記録をするとか、それどころではなかったものね……」
やや自嘲気味につぶやき、フィガロは小さい手を出した。
レイシスは、もう一方の手でその小さい手をとり、人差し指の先を、自身の指先の爪で軽くついた。すると、血が薄っすらと滲み出てくる。
その血は、やがてレイシスの手に落ちる。血はレイシスの手に付着すると、吸い込まれて跡形もなくなった。
「……私のことはわかる?」
そうして、大事そうにその手を胸元に押し抱くと、レイシスはいっそう柔らかく笑んでフィガロを見つめる。
「はい。現導師の実妹。__お帰りなさい、フィガロ。兄君は会いたがっておられました」
「そう……。あとで、お会いするわ。__それより、さっきの質問だけれど……?」
レイシスは深く頷く。
「私が秘宝であるともいえます。現状、秘宝へ唯一繋がっているのが、私ですので」
さっぱりわからない、とロンフォールは腕を組みながら首をかしげる。
「我々が、知覚できない領域にあるのです。レイシスはそれを知覚できる」
子響がすかさずロンフォールに耳打ちをした。
「不可知の__」
ロンフォールの言いさした先を察し、そうです、と彼は頷く。
「だから、畏れ多いのだ。導師でない我々が、安易にこの秘宝へ頼るのは。記録されている者の情報を追うが、それ以上に、この世の遍くものの、ありのままを収集するから」
「ありのまま……」
リュングは腕を組んで、目の前のレイシスを見つめながら、ロンフォールに頷いた。
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