【完結】わするるもの 〜龍の騎士団と片翼族と神子令嬢〜

丸山 あい

文字の大きさ
62 / 69

器と忘却

しおりを挟む
 ロンフォールは次いでガブリエラを見ると、彼もまた初耳のようで驚きを隠せないでいた。

「穏便に、と言うのにはわけがある。一介の龍騎士如きでは、導師打倒は叶わぬからだ。団長か、私ならいざ知らず……。それから」

 そこまで言った彼は、鋭い視線でロンフォールを射抜いた。

「__卿ならば」
 
 __クライオン……。
 
 やっかいなクライオン。守護天使とも呼ばれるが、自分と呼応したそれは、生前、龍帝と反りがあわない人物だった。だが、アニマの格が高いのは確かで、上の方針で、自分はそれをクライオンとしたままである。

 龍騎士はクライオンから選ばれる。再び国へと奉仕するために、自分の力を存分に発揮できる媒体として相応しい者を選ぶのだ。

 あの事件当夜、すぐに昏倒してしまっていたから、クライオンを使わずに終わった。確かに、いくらかは対抗できる実力はそのクライオンにはある。
 
 __だが……。
 
「導師には秘宝がある。それが何なのかは、我々は知りえない。下手に動いて導師と衝突し、災禍を招き、民を危険にさらす必要などなかろう」

 戦が起きて、一番迷惑を被るのは民だ。国によって、否応なく巻き込まれる立場にある人々。かつてこの国は混迷を極めた。あえてその時代を再来させる必要などない。

「卿らがどう思っているかは知らないが、私は陛下の言葉をそのまま伝えているだけだ。あえて試すようなことを言うのも、陛下がそのように、と仰せになればこそ。そうやって、陛下は御座視あそばされている」

 そこでため息を零して、ダアトは茶を飲んだ。

「特異な共同体を作っているとは言え、帝国内に暮らす者たちだ。陛下としては、帝国民の不安を払拭し、共存をはかりたい大御心であらっしゃる。ノヴァ・ケルビム派とて、帝国民になるわけだからな」

 ダアトは、ゆっくりと振り返る。

「話を戻そう。__龍帝従騎士団は、陛下の大御心の具現であるのだろう? ならば、卿のその考えもまた、陛下の御心の現れやもしれない」

「内偵が……ですか……?」

「以後の処理は私に一任されている」

「左様で」

「神子を動かしてこの方、魔穴がな……。そちらに掛かりきりになるから、と……そう、一任されている。だから、陛下は存じあげない作戦になるが」

「しかし、どのように__」

「だから、あたしが来たのじゃない」

 そこで初めて一際明るい声で会話に入った神子に、ロンフォールは振り返った。

 トレイに乗っていた菓子はほとんど消え、最後のひとつに彼女は手を伸ばしているところだった。

「均衡の神子にご助力を願う作戦だ。神の御業を行使していただく」

 ロンフォールはガブリエラに解説を求めるが、彼は首を振った。

「とりあえずは、聞くといい」

「イェノンツィア」

 ガブリエラの言葉が終わった直後、フィガロが控えていた神官騎士の名を呼ぶ。

 応じるように、彼は一歩進み出た。

「今回はこちらの狗尾を使います」

 言って示したのは、床に伏せた狗尾。

 そして、彼は優雅な身のこなしで食器が並ぶ戸棚へ向かった。

「こちらの食器、お借りしても?」

「ああ」

 彼は戸棚から新しい茶器を取り出してテーブルへ向かうと、そこに茶を注ぎ、自分の持っていた茶器にも茶を注いだ。

「この花の茶器がロンフォール殿、こちらの楓模様の茶器が狗尾と思ってください。まず、それぞれには入れ替わっていただきます」

 イェノンツィアはカップだけを持って、花の描かれたソーサーに楓のカップを、楓が描かれたソーサーには花のカップを入れ替えておいた。

「このように」

「自分が、こいつになるのか? それで、こいつが私に?」

 シーザーを見下ろすと、視線を感じた彼はロンフォールへ振り返って首を傾げる。

「ソーサーが身体だと思ってください。人格__中身だけを入れ替えるのです」

「シーザーにも自分にも不便があるだろう。言葉とか……」

「狗尾になったレーヴェンベルガー卿は喋られませんが、ヒトになったシーザーは言葉は喋られますよ。この私が言うのですから、間違いございません。単語の意味するところが、分からないことはあるでしょうが」

 彼の本性は魔物だ。ヒトが持ちえない知識を有しているから、確証があるのだろう。

「シーザーに、入れ替わってる認識ができるのか? 何のためにこうなったのか、とか」

 4本足だったものが2本足になる。それだけでも大変だろうに、目的まで彼が理解できるかどうか__。

 イェノンツィアは、ソーサーを入れ替えた楓のカップの中身を飲み干して、空にした。 

「狗尾の記憶を、少し弄らせてもらいます。自分が狗尾であることも、誰であるかもあえて封じます。レーヴェンベルガー卿のは弄りませんので、ご安心を」

「すべてまっさら。文字通り、忘却の罪を負っている状態にするのよ、傍から見たら」

 ロンフォールは思わず、どきり、とした。片翼にとって、それは大罪も大罪。

 __しかし、忘却という意味には、個々人の記憶というよりも、どちらかといえば、種が培ってきた先人たちの太古の記憶__叡智を指すように思う。

 どちらにせよ、忘却という言葉はケルビム族にとって等しく重い事に違いない__がそこまで考え、ロンフォールは内心自嘲する。

 __何を今更……。

「忘却の罪を負った者を放ってはおけない。__そこを利用するの」

「……そして、その状態では、クライオンは使えない」

「お察しの通り」

 ふむ、とロンフォールは顎に手を添えた。

「俺の記憶は残しておくことで、自衛__護衛としての機能は残る。そして、狗尾でありながら、邪魔されず探れるというわけだ」

 是、とイェノンツィアは答える。

「あっちも入れ替わってること、気づくことはできないと思うわ。あたしがするのだもの」

 ガブリエラが唸った。

「だが……どちらかが死んだ場合、一生元に戻れないのだそうだ」

「左様で……」

「レーヴェンベルガー卿が、出奔した噂を流します。実際に龍騎士方は、捜索をする。その出奔した騎士にノヴァ・ケルビム派は遭遇するのですが、彼は記憶を失っている状態で、頼れるのは狗尾だけという状態。大罪を負っている身を案じて保護をする__これが大まかな筋書きです」

「わざとロンフォールに入ってるシーザーには、記憶が弄られている痕跡を残すわ。謀略にはまっている可能性を醸し出す為にね」

 ふむ、と考えて、ロンフォールは盆から茶器を持ち、一口飲んだ。そして、シーザーを見る。

 自分はいいが、巻き込んでしまうことへの罪悪感を覚えてしまう。

「記憶を封じた自分ひとりだけで、というのは__」

「駄目だ。誰が君を守る? 一応君は、立場というものがあるだろう。記憶がある君が守る側なら、機転を利かせられて、生存率はあがる」

 団長が言う先を切って捨てた。

「ですが、バンシーがおります」

「バンシーには、ギリギリまで出てこないように厳命しておきなさい。忘却の罪もあってバンシーも失っている方が、彼らの同情をさらに煽るから」

 フィガロの言葉に、ロンフォールはこみ上げてきた不快感を取り除くように、再び茶を口へ運ぶ。

「そして、もうふたつ任務があるわ。これはあたしからの任務」

 彼女は、すっ、と目を細めた。

「秘宝がいかなるものか、見極めること。できればでいいわ、これは。それから、黄昏の神子を解放する方法」

「神子の__」

 それは、自分も考えていたことだ。

 現状をどうにか変えたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

処理中です...