【完結】わするるもの 〜龍の騎士団と片翼族と神子令嬢〜

丸山 あい

文字の大きさ
64 / 69

兄と妹

しおりを挟む
 手折った花の茎を指先で転がして、花弁を回す。

 濃い青の花弁は矢羽根の形で、それが馬車の車輪のように並んでいる花。故に、その花を矢車菊やぐるまぎくという。これは、エーデルドラクセニア帝国の国花である。

 巨木の周りを中心に、里の至る所に花開いている。この花は麦の刈り入れの時期に、もっとも色艶の綺麗な花弁をみせてくれる。まさに今がその時期__ロンフォールは感慨深くなった。

 特にこの濃く深い青が好きなロンフォールは、これが見納めだと思うと感慨深さも一塩であるが、どこか凪いだ気持ちでもあった。

「兄者……」

 ぼんやりと手元の花を見入っていたロンフォールの耳に聞こえた声は微かで、明らかに独り言だった。

 壁に背を預けながら、ロンフォールは顔を上げる。

「本当に貴女の実兄なんだな」

 未だ目覚めぬままの導師を、椅子に腰掛けて見入る小さな少女の背にそう声をかけるが、彼女は振り返らなかった。

 代わりに、導師のバンシーのフルルカスがロンフォールを見つめてきた。

 バンシーはみな一様に同じ顔だ。しかし片翼族の者であれば、本能的に自分のバンシーか否かを見分けられる。

 じぃっ、と見つめてくるフルルカス。責める風でもなく、咎める風でもない視線に、ロンフォールは肩をすくめてフィガロへと視線を戻した。

「……俺が憎いか?」

 その問いは、憎まれ口だと認識しながらも、つい口をついて出てしまったものだった。

 少女の代わりに、同席しているイェノンツィアが伏せたままの目でこちらに顔を向けた。

 片翼族の少女は、昨夜もう一度、秘宝と接触を試みたらしい。立ち会いは、イェノンツィアのみ。導師の状態の詳細の確認らしい。巨木の虚から出てきた少女は、無言で難しい顔をしていたから、相変わらず回答は同じで、収穫はなかったのだろうということは察しがついた。

「……話せないのが悔やまれるな」

「あなたと違って、あたしはこのまま長生きだから」

 ロンフォールはイェノンツィアを見た。

 涼しい表情でいるが、この男の本性は魔性の異形。それも人に化けられる高位の異形だ。この魔物は神子と取引をし、永遠に等しい命を神子は得ている。

 こうした取引のことを誓約うけいといい、誓約をした内容は個々違う。誓約には代償が伴うもの。彼女の場合、時間__老いを失った。

 誓約というものがあると話には聞いていたロンフォールも、彼女たちが始めて間近にした誓約者たちだった。

 神子が魔性の異形と取引したというのは外聞が悪い。だが、これも均衡の神子に許されたからこその契約なのだそう。

 __不可知の物差しは、よくわからん。

「……そうだな、確かに2人とも長生きなのだから、いくらでも会えば話せるだろうな」

 ぼんやり、と視線を移した先の導師を、改めて不思議だと思う。

 これほど長く昏睡しているのに、衰える気配が導師にはないのだ。本当にただ眠っているだけの印象しか与えない。

「双翼か……」

 呟きながら、自分の右腕をさすった。

 これが双翼と片翼の違いなのだろう。

「悔しいのなら、あなたも双翼か誓約者になればいいじゃない」

「悔しいのではないな」

「なら、羨ましいのね」

「違うな。たとえそうだったとしても、双翼にも誓約にも興味はない」

 無条件の服従と力を得る代わりに、誓約は何かを差し出すのだという。その何か、はその時々によって異なり、しかもそれは、魔物を魅了するものでなければならないのだという。

 双翼になる術もある。

 自分は自分のことが大事だし、まるっと全て好きとはいえないまでも嫌いではない。だからと言って、己が身可愛さのため、誰かを自分の生贄を差し出すなど、想像するだにに恐ろしい。

 その生贄がたとえどれほど卑しい者でも、自分の矜持が許さない。そこまでして生きて、何の価値があるのかわかならいし、そもそも長生きをする動機がないのだ。__故に昔から選択肢になかった。

「俺は、潔く自分の宿命を受け入れるよ。貴女と違って」

 神子ということで地位こそ彼女は上だ。だが、いつのころからか、彼女とはこういう皮肉の掛け合いになっていた。

 黄昏の神子守になる前は、彼女の神子守だった。それからの付き合い。

 同じケルビムだから気兼ねしないですむのか、憎まれ口ばかり叩く彼女は、よく自分をこき使ってくれる。今回もそうだ。

「黄昏の神子、どうしようもできないわね」

 ケルビムである、というのは驚きだった。同じ気配がしないのだ。特徴的なものが何一つない彼女は、ただの人間だと思っていた。

 __均衡の神子は、知っていたようだが。

 ふむ、とため息をもらしつつ、手にしていた矢車菊を花器にこだわりなく活け、ロンフォールは腕を組んだ。

「今回のことで昇進確定ね。おめでとう、大隊長殿」

 ロンフォールは、足元に控えるシーザーの頭を撫でて、肩をすくめた。

「どうだろうな」

 順調に昇進を重ねても、大隊長が限界なのは分かっていた。だが、その大隊長もなれる可能性はない。

 すべての席が埋まっていて、上がる余地がないのだ。

 自分は限りある生の中で、どこまで至れるか__それをずっと念頭に行動してきただけだ。

 空とは__空を飛ぶとはどんなものなのだろう、という動機から龍騎士を目指し、そこで一隅を照らすが如く動いてきただけで、肩書きは後からついてきたもの。上がろうが上がるまいが、どうでもいい。

 今回の一件は、自分の生あるうちに、疑問を解いておきたかったのだ。
 
 __何故、俺を殺さなかった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜

ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」 「街の井戸も空っぽです!」 無能な王太子による身勝手な婚約破棄。 そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを! ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。 追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!? 優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。 一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。 「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——! 今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける! ※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...