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プロローグ
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部屋には甘く、重い芳香が漂っている。
それを感じるのは自分だけかもしれない。それは香りのようでいて、香りではない。アルファの色香を表すこの感覚を形容するのは難しい。けれど、それを感じているだけで体は火照り、下腹がどうしようもなく疼いてしまう。
相対する男の表情は暗くて窺い知ることはできない。暖炉の熾火のみが照らすにしては、部屋があまりにも広すぎるせいだ。ただ二人の人間がともに夜を過ごすためだけの空間に、きっとここまでの広さは必要ないのに。
「怖いか」
「いいえ」
覚悟はできていた。きっと痛い思いをするが、相手が彼であれば耐えられる気がした。
紐に通して腕に巻きつけていた鍵を使って、首輪の錠を開ける。
革でできているように見えて、うなじに当たる部分と喉の錠が金属で作られた、アルファの歯からオメガを守るための首輪。目の前で静かに自分を見下ろす男から贈られたものだった。
情けなく震えそうになる指を丸め、首輪をぎゅっと握る。恐れと、微かに期待のような好奇心が胸の裡でせめぎ合っている。
黒い輪郭が動き、腰を抱き寄せられた。男の息遣いが間近に迫り、緊張で肩が強張る。見上げると、ゆらめく火をかすかに反射した瞳が確かに見えた。
腰を撫で上げた手がうなじに触れて、誰にも噛まれていないことを確かめるように、まだ滑らかな素肌をなぞる。言い知れぬ衝動が込み上げ、体の力が抜けた。手から滑り落ちた首輪が、床に当たってきんと高い音を立てる。
「……っ、……」
「まだ触っただけだ」
経験のない感覚に理解が追いつかぬまま、男の手によって寝台へと引き込まれる。
天蓋から薄い紗幕が垂れた寝台の中に入ってしまえば、目の前のアルファだけが世界の全てになった。噛まれたい、触れたい、この男を自らの中に迎え入れたい。本能的な欲求が頭を埋め尽くしてゆく。
アルファの、とりわけこの男の色香は、深く濃密で芳しく、嗅いでいるだけで頭がくらくらした。
「ぁ……っ、う、」
微熱のような気だるさに支配されて崩れ落ちる体を、服越しですらしなやかな筋肉を感じさせる男の腕が受け止めた。
体が密に近づき、実感する。
今から自分は、この男に体を開かれ、うなじを噛まれてつがいとなる。
それを感じるのは自分だけかもしれない。それは香りのようでいて、香りではない。アルファの色香を表すこの感覚を形容するのは難しい。けれど、それを感じているだけで体は火照り、下腹がどうしようもなく疼いてしまう。
相対する男の表情は暗くて窺い知ることはできない。暖炉の熾火のみが照らすにしては、部屋があまりにも広すぎるせいだ。ただ二人の人間がともに夜を過ごすためだけの空間に、きっとここまでの広さは必要ないのに。
「怖いか」
「いいえ」
覚悟はできていた。きっと痛い思いをするが、相手が彼であれば耐えられる気がした。
紐に通して腕に巻きつけていた鍵を使って、首輪の錠を開ける。
革でできているように見えて、うなじに当たる部分と喉の錠が金属で作られた、アルファの歯からオメガを守るための首輪。目の前で静かに自分を見下ろす男から贈られたものだった。
情けなく震えそうになる指を丸め、首輪をぎゅっと握る。恐れと、微かに期待のような好奇心が胸の裡でせめぎ合っている。
黒い輪郭が動き、腰を抱き寄せられた。男の息遣いが間近に迫り、緊張で肩が強張る。見上げると、ゆらめく火をかすかに反射した瞳が確かに見えた。
腰を撫で上げた手がうなじに触れて、誰にも噛まれていないことを確かめるように、まだ滑らかな素肌をなぞる。言い知れぬ衝動が込み上げ、体の力が抜けた。手から滑り落ちた首輪が、床に当たってきんと高い音を立てる。
「……っ、……」
「まだ触っただけだ」
経験のない感覚に理解が追いつかぬまま、男の手によって寝台へと引き込まれる。
天蓋から薄い紗幕が垂れた寝台の中に入ってしまえば、目の前のアルファだけが世界の全てになった。噛まれたい、触れたい、この男を自らの中に迎え入れたい。本能的な欲求が頭を埋め尽くしてゆく。
アルファの、とりわけこの男の色香は、深く濃密で芳しく、嗅いでいるだけで頭がくらくらした。
「ぁ……っ、う、」
微熱のような気だるさに支配されて崩れ落ちる体を、服越しですらしなやかな筋肉を感じさせる男の腕が受け止めた。
体が密に近づき、実感する。
今から自分は、この男に体を開かれ、うなじを噛まれてつがいとなる。
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