微熱でさよなら

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広い寝室の中には、壁に頭側をつけた寝台だけが設けられていた。天蓋から紗幕が垂れ、部屋が暗くてもわかるほど豪奢な造りをしている。
テオフィルはそこに腰掛けて本を読んでいた。横顔を小さな燭台の灯りがほのかに照らしていが、その蝋燭はほとんど溶けかけていた。
彼は部屋に踏み入ったリーヌスに気づくと一瞥し、無感動な声で問いかけた。

「犯される覚悟は決まったか?」

テオフィルは立ち上がり、開いていた本を閉じて燭台とともに暖炉の上に置いた。リーヌスは問いかけには答えず黙ったが、溢れ出る胸中の疑問を抑えきれずに口を開いた。

「あなたはどうして……」

思いはうまく言葉にならなかった。
なぜ、扉を開けずにここで待っていたのか。なぜ、首輪の鍵を自分に渡したのか。なぜ、数日前からわざわざ体を慣らしてくれたのか。
聞きたいことは山ほどあったのに、何を聞けばいいのかわからない。でもそのどれもが繋がっているような気がして、リーヌスは必死に言葉を探した。

「……どうして優しくないふりをするの」

つねに露悪的な態度を纏い、冷たい言葉を用いる男は、否定も肯定もせず、今はただ黙ってその場に佇んでいた。
先ほどまで使われていた燭台の火が、弱々しく明滅してふっと消える。ついに蝋が全て溶け切ってしまったらしかった。暖炉の熾火のみが、部屋に存在する人と物の輪郭だけを浮かび上がらせる。

沈黙は長く続いたが、結局答えを得ることはできなかった。テオフィルが近づいたせいだ。
アルファの香りが強く漂い、身を包む。目の前に立つ男の発する芳香だった。

「っ……」

頭がぐらりと揺らぐような圧倒的な感覚に襲われて、リーヌスは体を硬くした。オメガの本能に性的な衝動を訴えかける、甘い香り。それが重く、部屋中に滞留しているように感じる。

「__怖いか」

互いに質問をしあって答えぬまま、テオフィルが再び問いかけた。
冷たく静かに聞こえる言葉がどこか自分を気遣うように感じたのを、今のリーヌスは気のせいだとは思わない。

「いいえ」

もう怖くはなかった。相手が彼であるならば、きっと怖くはない。同時に、快感への浅ましい期待が、かすかに自らのうちにあることにも気づいていた。
震えそうな指で鍵を刺し、首輪の錠をひらく。
抱き寄せられて顔を見上げれば、感情を窺わせぬ黒い瞳の微かな艶に吸い込まれそうになる。

テオフィルの手で寝台に引き込まれたリーヌスは、自分の体がなすすべなく官能の波に呑まれていくことを悟った。
自分はこれから目の前の男に体を開かれ、うなじを噛まれ、つがいとなる。改めて意識すると陶酔のような震えが背を駆け抜ける。
噛まれたい。抱かれたい。頭の中が欲情に埋め尽くされて、目の前の男を本能的に求めていた。湯が沸いたようにぐらぐらと腹の中が揺れる。

紗幕の下りた寝台はまるで世界から隔絶されたようだった。
夜着を脱がせるテオフィルの手が素肌に触れるたびに、リーヌスはびくりと体を震わせた。

「後ろを向け」
「うん……」

裸の姿で四つ這いの姿勢になり、尻から背中、うなじまでを無防備に晒す。濡れそぼった後穴に、テオフィルの指が沈んだ。

「あ、……ッ、うう……」

指が内側を押し広げるたび、堪えきれない声が漏れ出して頬が火照った。何度も触られているのに、今日は段違いの快感を覚える。少し擦れただけで甘い声がこぼれて、腹の底が熱く疼いた。

「あん……っ、ああ……!」
「腰を揺らすな」

冷えた声が背中に振り、リーヌスは情けない思いで手近な枕を抱き寄せ、顔を埋めた。長い指が後穴を押し広げ、ばらばらと動く。

「っあああ……」

たまらず叫ぶ。

「はやく……っ、はやくして……いれてほしい……」
「怪我をするぞ。黙ってろ」
「ううう……、うー……っ」

リーヌスの要望を一蹴したテオフィルは、そのまま指で後穴をほぐし続けた。後穴はもう五日前のように頑なな蕾ではなく、緊張を緩めるすべを学んでいた。指はすぐに引っ掛かりなく動くようになり、テオフィルが寝台の枕元の暗がりから張型を引っ張り出す。

「いらない……しなくていい……」
「わがままを言うな」

理性の溶けた頭で渦巻く欲望を抑えきれず、リーヌスは自ら腰を高く上げて、テオフィルに懇願した。

「おねがい……、もういれて」

このアルファを内側に迎え入れて、深く繋がりたい。どうしようもない欲求が、リーヌスの躊躇やら何もかもを凌駕して他のことを何一つとして考えさせなかった。

「ほしい、奥に欲しい……っ、噛んで、はやく噛んで……」
「……」

長いため息が聞こえて、リーヌスは後ろを振り向こうと寝台に腕をついて、枕から顔を上げ首を捻った。しかし、覆い被さってきたテオフィルに顎を掴まれて前を向かされる。背中のすぐ近くにテオフィルの体の気配を感じて、それだけで全身から力が抜けそうだった。
首筋に吐息がかかる。

「後悔するなよ」

顎を掴まれたまま耳に吹き込まれた囁きによって、突っ張っていた腕が震えて力を失う。体が熱い。アルファの精を期待してやまない下腹部はもちろんのこと、肩や首、頬や手足の指先まで、全てが熱かった。
顔から手が離され、自分とはまるで違う無骨な手が寝台__リーヌスの両側ににつかれる。閉じ込められているような、守られているような、やさしい檻のように。

後穴にひたりとあてがわれたものの硬さに、リーヌスは密かに安堵を覚えた。だがそんなことを考えている間はなく、何もかもが欲情に呑まれていく。

「く……」
「あああ……っ!」

ぬる、と滑り込むように先が入り込み、かと思えば大きな船が海を進むかのように、男根は悠然とリーヌスの中をひらいていった。アルファに圧倒される感覚は、筆舌に尽くせぬほど快かった。身を征服される悦びが胸に込み上げる。
テオフィルはリーヌスの両脇腹をそれぞれの手で掴んで体を押さえこみ、さらに腰を前に進めた。

「あ゛……ッ」
「息をしろ」
「ふ……うう……う、う」

アルファの長く太い性器を迎え入れて、苦しくないはずもない。初めはよかったものの、次第に息苦しさを感じ始め、やがて臓器を内から押し上げられるような圧迫感が身を苛み始める。

「く、うう……くるし……っ」
「ゆっくり息を吐け。吸って」

言われた通りに呼吸を繰り返す。テオフィルはそれに合わせて腰を動かした。吐いたときには押し進め、吸った時には動きを止める。
それでも限度というものは存在した。

「うぐ、う……ッ、い、いたい……」

リーヌスが悲鳴を上げると、テオフィルはそれ以上奥に入るのを諦めた。あの三本目の張型で広げたより、もう少し奥まで進んだように思えた。しかしおそらく、まだテオフィルのすべては迎えきれていない。
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