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87話 あの時の控室
しおりを挟む「大丈夫だよ、エレナ?心配しないで?
ほら、毒は僕が持ってるんだから。
前にみんなに教えたでしょ?
それに僕が手を下すと言ってあるから、今日のカトリーナは君に何もしてきたりしない。
もちろん他の誰にも、何もさせないよ。
彼女は僕を信じきってるんだから」
フェリスは震えるエレナに毒を見せながら、安心させたくて優しく微笑んだ。
今日、ついに婚約解消と、新たな婚約の正式な発表が行われるため、
エレナたちは前の時のように、それぞれの控え室で呼ばれるのを待っていた。
前回の時と同じ光景を目の当たりにしたエレナは、青ざめて震えが止められず、
それを心配したフェリスがなんとか落ち着かせようとしていた。
フェリスはあの毒を預かった日から、カトリーナに手紙や贈り物を続けて、うまく関係を保っていたし、
誰にも手出しさせないよう、全部自分に任せるように何度も言い含めておいたので、
誰も殺されることはないだろうと自信を持っていた。
しかし、婚約解消は回避できなかったため、やはりエレナの不安な顔を見るのは辛かった。
それに、フェリスにとっても今日がタイムリミットの日だった。
カトリーナに今日2人を殺すと言ってあるのだから、実行しなければまた何か動き出すかもしれない。
大魔女ベルも魔女メイサも、あの光と闇の魔法を取ってくれないなら、この毒を使ってカトリーナを始末するしかないとフェリスは覚悟を決めていた。
ルーカスには実の姉に手をかけることを申し訳なく思ったが、もうこれ以上他に手立てが思いつかなかった。
「フェリス、ここまでしてくれて本当にありがとう。
あなたに闇魔法が効かないからって、辛い思いばかりさせてしまって、本当にごめんなさい。
それなのに、私…こんなに恐がったりして、本当に情けないわね…
ふぅ…だめだわ!しっかりしなきゃ!」
大きく息を吐くと、エレナは顔を上げ、自分の頬を両手で叩いて気持ちを奮い立たせた。
「そうよね!
今回アーク様は洗脳されたりしていないんだし、
まだ希望はあるわよね!
この発表が終われば、私は研究所で訓練に励んで、必ず闇魔法を無効にしてみせる!
絶対に闇魔法になんて屈しないわ!」
エレナは震えの止まらない脚をパンパンと叩き、気合いを入れて立ち上がると、腕に力こぶを作ってフェリスに笑って見せた。
「そうそう、それでこそ僕の好きになったエレナだよ」
フェリスはずっと好きだった輝くエレナの魂を感じて、思わず言ってしまった。
「…え?」
「あっ、いや、何でもない。小さい頃から姉上になる人としてってことだよ。ハハハハ」
と、フェリスは慌てて誤魔化した。
「そっか、私アーク様と結婚できれば、フェリスのお姉さんになれるのね?
それすごく素敵!ルーカスの他にこんな素敵な弟ができるなんて…私、絶対がんばるわ!」
「ははっ、同い年なのに弟なんて変だね?」
フェリスは困った顔で笑った。
「あら?アーク様とも同い年だけど、双子だから兄弟でしょ?
私も入れたら三つ子になっちゃうわね?ふふっ」
2人は不安な気持ちに蓋をして、幸せな夢を語り合い、顔を見合わせて笑った。
そうして取り留めもない雑談に花を咲かせているうちに、エレナは幾分気を紛らす事ができた。
しかし、それは簡単に打ち砕かれ、現実に引き戻される。
———コンコン
「はい」
フェリスの返事を聞いて、扉の外から声が掛けられる。
「お時間でございます。会場の方へお願い致します」
あの日と同じ声にエレナはドキリとしたが、今は状況が違うんだと、もう一度自分に言いきかせた。
「エレナ、じゃあ行こうか」
優しく微笑んで差し出したフェリスの手に、
「ええ、行きましょう」
と、エレナも笑顔で手を添えた。
2人共笑顔で顔を見合わせると、覚悟を決めて頷き合い、前を向いて、部屋を出た。
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