貴族としては欠陥品悪役令嬢はその世界が乙女ゲームの世界だと気づいていない

白雲八鈴

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✦それぞれの未来1

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✦それぞれの未来1
(ザッフィーロ公爵家にて)


 空の色を思わせる髪と瞳を持った二人の人物がローテーブルを挟んで向かい合い、何かを話し合っていた。その二人はよく似ていた。年齢から親子だろうと伺え知れる。

 ふと、40歳ぐらいの男性が何もない空間に視線を漂わせる。そして、驚いたように目を見開いた。しかし、男性の視線の先には何もない天井があるのみだ。

「父上。どうされました?」

「まさか」

 そう言って、男性は立ち上がり、部屋を飛び出した。後ろからは男性と似た青年が不可解な顔をしながらついて来ていた。

 男性はとある部屋の前にたどり着き、ノックもなしに扉を開け放つ。その部屋の中を見て唖然と部屋の中を見渡す男性。後ろからついてきた青年も予想外の部屋の状態に中に、入って呼びかける。

「ヴィネ!ヴィネどこだ!」

 呼びかけても返事は返って来ない。それはそうだろう。この部屋の中には何もないのだ。そう、何も。
 文机も長椅子もテーブルも持ち運びが不可能だと思われるベッドでさえもなく、部屋の中はがらんどうとして、何もないのだ。人が隠れるようなスペースなどありはしない。

「父上!ヴィネが!」

 青年が父と呼んだ男性に詰め寄る。しかし、男性は呆然と部屋を眺めているだけだった。青年は父親が何も反応しないことに苛立ちを覚え、部屋を出ていこうとした。

「私はヴィネを探して来ます」

「やめておきなさい」

 しかし、男性は青年の行動を止める。男性の言葉に青年は自分の行動を止めた父親を睨みつける。

「ヴィネーラが本気で逃げたのなら捕まえようがない。ヴィネーラが施していた結界が消えた。今までは何もしなくてよかったが、レーヴェ。お前も我が公爵家の仕事をしなければならなくなった。そして、私もな」

「しかし、父上。ヴィネを捨てるのですか!」

「違うな。捨てられたのは我々の方だ。レーヴェ、これを」

 男は懐から青い宝石のペンダントを青年に差し出す。ザッフィーロ公爵領で採取できるサファイアでできたペンダントトップだが、その大きさはコイン程の大きさがあった。それも青い宝石の中がキラキラと輝いていたのだった。

「何ですこれは?」

「悪意を弾く物だそうだ」

「は?」

 青年は意味がわからないという顔をする。しかし、男性はそれだけを言って部屋から出ていこうとするが、青年がそれを引き止める。

「父上きちんと説明をしてください。それにヴィネを探さないと」

 その言葉に男性はため息を吐く。

「レーヴェ。ヴィネーラとの契約だ。学院の卒業までは自由にする。逆に言えば卒業しなければ自由のままだということだ。元々貴族としては問題行動が見られたヴィネーラだ。貴族として生きることはあの子にとって窮屈だったのだろう。それからレーヴェ。お前はヴィネーラに構っていられなくなるほど忙しくなる。私はこれから王城に行く。お前は「私も行きます」」

 青年は父親の言葉を遮って言った。

「私も行きます。今日はヴィネの事で抜けて来てしまいましたから。それに今の職を辞する必要があるのなら私は···」

「いや、そこまでは必要ない。それに近衛副隊長の地位は使い勝手がいいだろう」

 見た目がよく似た男性と青年は揃って部屋を出ていく。先程言っていた王城へ赴くのだろう。

 扉を閉める瞬間、部屋の中に視線を向けた男性の口元が動く。声には出さずに言葉にした。

『ヴィネーラ、すまなかった。ありがとう』

 と。



(再び王城にて)


「今頃来たの?僕、待ちくたびれちゃったよー」

 そう言っている人物は座り心地の良さそうなソファに座り、まるでこの部屋の主かと言わんばかりに堂々とお茶を嗜んでいた。

 その堂々とした人物の容姿で一番目を引くのが燃えるような赤い髪だろう。そして、夕日のようなオレンジの瞳を部屋に入ってきた者たちに向けている。しかし、偉そうに座ってはいるが、見た目は16歳程の少年にしか見えない。

「もうさぁ。僕のルティシアちゃんが泣いちゃって、怖くて王太子に会いたくないの一点張りで、ついて行った侍女も詳しく事情を知らないままルティシアちゃんを連れて帰って来たものだからね。詳しそうな君が来るのを待っていたんだよー?」

 赤髪の少年は困ったと言わんばかりに肩をすくめる。しかし、少年と言っていい容姿ではかわいいという印象しか残らない。

「スマラグドィス公爵。貴公なら私の登城を待たなくとも、情報ならいくらでも集められるだろう?」

 空色の髪の男性は呆れたように言う。しかし、この少年が公爵とは。

「まぁまぁ、そこに座りなよ。ザッフィーロ公爵。僕たちの仲だからね遠慮することはないよー」

「スマラグドィス公爵。ここは私の執務室だ。貴公の私室ではない」

 ザッフィーロ公爵と呼ばれた男性は呆れながらスマラグドィス公爵の向かい側に腰を下ろす。そして、レーヴェと呼ばれた青年はザッフィーロ公爵の後ろに控えた。

「わかっているよー。我が国の宰相様で敵にまわすとおっかないザッフィーロ公爵の仕事部屋だっていうことぐらいねー」

 スマラグドィス公爵はにこりと笑う。部屋の隅で控えていたメイドが心の中で悶えていたが、流石一国の宰相の執務室の担当を任されている者である。表情は無表情のまま宰相であるザッフィーロ公爵のお茶の用意をしていた。

「でさぁ。僕のルティシアちゃんが、ヴィネーラエリスちゃんみたいに髪を切られて罪人扱いされるのが怖いて泣いてるんだよー。それって本当?」

「ヴィネーラが髪を切られて戻って来たのは本当だ」

「へー。じゃ、あの馬鹿王太子が僕のルティシアちゃんじゃなくて、ヴィネーラエリスちゃんを婚約者って言ったのも本当?」

「ヴィネーラからはそう聞いている」

「ふーん。よくもまぁ。家臣である僕たちを馬鹿にしてくれたものだね。ザッフィーロ公爵、そうは思わないかい?今回のことで馬鹿王太子とルティシアの婚約は解消に持っていこうと思っている。陛下には悪いが、僕は第2王子のレクトゥス殿下を支持するよ」

 スマラグドィス公爵は今現在王太子に立っているモーベルシュタイン王子から、第2王子に王位継承を移行するように進言するようだ。

「それから、これをヴィネーラエリスちゃんに返しておいて。ルティシアちゃんがもう必要ないから返して欲しいて言っていたんだよー」

 スマラグドィス公爵はニコリと笑ってザッフィーロ公爵に懐から出した小さな箱を差し出した。

 ちょうどメイドがザッフィーロ公爵に紅茶を用意してテーブルに置いた時と重なり、カチャリとティーカップとソーサーが音を立てる。『申し訳ございません』と、すぐさま部屋の隅に戻って行ったが、そのメイドは耳まで真っ赤になっていた。スマラグドィス公爵の笑顔に当てられたようだ。

 いや、メイドは『スマラグドィス公爵☓ザッフィーロ公爵もいけるわ』と小声でつぶやき、彼女の世界に入っていた。しかし、彼女の取り繕った無表情の顔には変化はない。

 そんなメイドの出した紅茶を口に含みながらザッフィーロ公爵は出された箱の中身を確認せずに言う。

「それはヴィネーラがスマラグドィス公爵令嬢に贈ったものだろう?だったら、その箱の中身はスマラグドィス公爵令嬢の物だ。ヴィネーラも必要になるだろうと渡したものだろうしな」

「そうかい?」

 スマラグドィス公爵はそう言って、箱を再び懐にしまい、立ち上がった。

「じゃ、一緒に陛下の元に赴こうじゃないか」

 立ち上がったスマラグドィス公爵はザッフィーロ公爵に手を差し出す。

『ふぐっ。なんて尊い』

 というメイドの言葉を無視してザッフィーロ公爵は怪訝は表情をする。

「なぜ、貴公と共に赴かねばならない」

 それもとても嫌そうに言った。そんな言葉を受けてスマラグドィス公爵は胸を張り腰に手を当てて言い切った。

「僕が君を陛下の元に連れてくるって言ってしまったからだね」

 スマラグドィス公爵の言葉を受けて、ザッフィーロ公爵は盛大なため息を吐く。

「はあぁ。私が今晩王城に登城しなかったらどうするつもりだったのだ?」

「いいや、それはないね。君は大切な者を傷つけた存在を許すことはないと、僕はよく知っているからだよ」

 少年と言っていいスマラグドィス公爵に見下されたザッフィーロ公爵は嫌々ながらという雰囲気を醸し出しながら、立ち上がる。

「陛下をあまり待たせるわけにはいかない」

 そう言いながら、部屋を出ていくザッフィーロ公爵に続き、スマラグドィス公爵が軽快な足取りで追いかけていく。その二人の後を追うよにレーヴェもついて部屋を出ていった。一人、宰相の執務室に残されたメイドは、この国の要人を送り出すために下げていた頭を上げる。その表情は頑張って取り繕っていた無表情を崩し、恍惚な笑みを浮かべていた。

「強気の少年に翻弄されるオジサマ。そう!嫌よ嫌よも好きのうち。少年の言葉を否定しながらも結局少年に言うとおりにしてしまうオジサマ。いいわ。いいわ。萌えるわ」

 部屋に一人でいるメイドが体をくねくねしながら悶えている姿は誰の目にも留まることはなかった。

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