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1話 この想いは届くことはない
しおりを挟む恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。胸が高鳴り、頭が真っ白になり、目の前の人の事しか見えなくなってしまいます。
ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子の婚約者。いいえ。今日は王太子ヴァレンティーノ殿下と私ルチルクレシェ・クラナードの婚姻式なのです。
しかし、今の私は隣にいる王太子が目の前の王に失礼なことをしないか見張っておかなければいけないというのに、視線が意識が彼の虐殺王と名高い人物に奪われていってしまいます。
目を伏せ、意識を隣の王太子に強制的に向けるようにします。
殆どが下らない自慢話ばかり、この前の狩りで大物を狩っただとか、将軍に剣の腕を褒められただとか・・・子供ですか?それもこの前の狩りでは将軍が瀕死状態にしたオークにトドメを刺しただけではないですか。
その将軍に褒められた事と言えば、「上手にトドメを刺せるようになりましたなぁ。」と遠い目をされながら言われただけではありませんか。
はぁ。もう少し大人の話が出来るようになってもらいたいものです。
それもこれもこの王太子を溺愛している王妃様が悪いのです。
「・・・・ルチルクレシェ王太子妃はどう思われるか?」
え?私に話をふるのですか?いくらバカ王太・・・失礼。王太子の話がつまらないと言って殿方の話に私を混ぜようとしないでいただきたいです。しかし、目の前の方に私を呼んでいただけるなんて・・・出来ればルーシェと呼んでいただきたいです。
はっ!いけません。私の表情筋よ!今この時こそ、今までの努力の成果を発揮する時です。柔らかな微笑みを貼り付けて、目の前の王を見つめます。
「私にはわからないことでございますが」
「ふん。ルチルは馬鹿だからわからないと言ったではありませんか」
私が話しているのに割り込まないでいただきたい。バカに馬鹿扱いされるのはイラッとします。
しかし、南のサヴァン王国ですか。色々噂を耳にしますが、この日に目の前の王が質問をした意図を考えますと、私が得た情報に間違いはないようです。
「やはり、クーデターが起こるのですか。これはこちらとしても対応をしなければならないという事ですね」
愚王の行いに限界が来て、国民が立ち上がりクーデターですか。安易にお前もその様になるぞと言われているのでしょうね。まぁ。裏では目の前の王の差し金だという情報もありました。
「そういう事だ」
うわぁぁぁ。私に笑顔をくださるなんて、一生心に留めておきます。
「ちっ。他にも挨拶に伺わなければならないところがありますので、失礼させていだたきます。本日は我々を祝福してくださり感謝いたします」
そう言っていきなり話を切り上げた王太子に腕を掴まれ、連れて行かれてしまいました。舌打ち聞こえていましたよ。いくらお上手にお礼が言えようが、最初の舌打ちで台無しです。
はぁ。出来ればもう少しお側にいたかったです。
全ての式の行程が全て終わったのは月が中天に差し掛かろうという頃でした。流石に疲れました。
そして、私は私に宛行われた離宮に戻ります。王宮でも後宮でもなく、離宮です。これは婚姻をする数ヶ月前にヴァレンティーノ殿下から言われたことです。
「俺はお前を愛することはない。俺が愛するのはマリアンヌただ一人だ」
と、その時ヴァレンティーノ殿下の隣には、胸までの長さのミルクティー色の髪を殿下の肩に流し、緑色の大きな目を涙で滲ませている小柄な16歳程の少女がいました。
「しかし、今まで平民だったマリアンヌに王太子妃の教育をするのは可哀想だ。だから、王妃にしてやるから、離宮に住むがいい」
と・・・この言葉にバカはバカなりに考えたと思ったのです。
自分が王になるには私が王太子妃である方が有利だと、平民だった娘に、あの厳しい教育は無理だと、ない頭を使って考えたと少しは心の中で褒めたのですが、全ては王妃様の言葉をそのまま言っただけでした。
可愛い我が子を王にするには、先代の王弟であり、武人として名を馳せたお祖父様の血を再び王家に取り入れる方が得策たと考えたのでしょう。
別にこのバカ王太子を好きでいたわけではありませんし、初恋はお祖父様でしたし、家の為に嫁ぐのは仕方がないと理解しておりましたから、問題はありません。
問題はありませんが、一番の問題がヴァレンティーノ殿下がバカであるということと、マリアンヌという少女もバカだったということです。
もう、側妃の御子である、第二王子を王太子にした方が皆が幸せになれるのではないかと思うほどです。
一応言ってはみたのです。婚約を解消でも破棄でもいいのでしませんか?とそう言うとヴァレンティーノ殿下はマリアンヌが倒れてもいいのか!と怒るのです。それは王太子妃教育で倒れるということでしょうか?私は別に倒れることはありませんでしたよ。
「お帰りなさいませ、お嬢様・・・いえ、王太子妃殿下」
「ユーリア。貴女にその様に言われると少し寂しわ。いつもどおりルーシェと呼んで欲しいわ」
「はい。ルーシェ様」
一人だけ離宮に侍女を連れて来ていいと言われましたので、私が絶対的に信頼がおけるユーリアに付いてきてもらいました。一人だけって本当に何を考えて言っているのでしょうか。この離宮を私とユーリア、二人だけで賄えるはずないではないですか。
「ユーリア。ここで暮らせていけそう?」
この離宮の私の部屋に向かいながら、ユーリアに聞きます。
「ええ、問題はありません。この離宮にクラナード公爵家の影を潜ませておりますので、何があろうともお嬢様をお守りできるようになっておりますが、影よりお強いお嬢様には必要ないことかもしれません」
あら、そんなことはありませんのに、流石にお祖父様のように1000人の敵を伏すことができるかと言われればそれは無理だと答えるでしょう。
「問題がなければそれで良いわ。使用する部屋以外は閉めてしまっていいし、影達も最低限でいいわよ。私はどうせ離宮と王宮の行き来ぐらいだけでしょうしね」
ユーリアに部屋の扉を開けてもらい中に入ります。クラナード公爵家の私の部屋と同じ様な部屋にしてくれたみたいですね。私の好みの落ち着いたシックな部屋です。強引に部屋の中に入ってきたバカ王太子に公爵令嬢らしくないと言われた部屋です。
ユーリアに手伝ってもらい式用の重いドレスを脱ぎ、部屋着に着替えます。長椅子に座り、一息ついた頃にユーリアがお茶を差し出しながら、聞いてきました。
「ルーシェ様、何か良いことでもございましたか?」
あら?顔に出ていましたでしょうか?顔に触れてみますが、いつもどおりのように思えます。
「ルーシェ様のお顔には出ておりません。ただ、今日はとても憂鬱な感じでおられましたのに、戻ってきたルーシェ様の雰囲気が何か楽しそうに感じられたのです」
やはり、長年共に側にいてくれているユーリアにはわかってしまうのかしら?
「ユーリア。私、恋をしてしまったの」
「え?まさか、あのバカ殿下ですか?」
ユーリア、そんなに嫌そうな顔をしなくても違いますよ。
「違うわ。ラディウス・シュトラール王よ」
「ああ。そうですか~」
何?その納得ですとうい顔は
「やはりルーシェ様はメイア様の血筋ですね。笑っていらしても悪人が悪巧みをしている顔にしか見えない、あのクラナード前公爵様を格好いいとおっしゃるのはお二人だけです」
何を言うのです。お祖父様はとても格好いいではありませんか。笑いながらオーガの群れを蹂躙されている姿もドラゴンの頭を一撃で斬り落としている姿もお祖母様とキャーキャー言うほど格好いいではありませんか。
「特にあの三白眼は視線だけで人を殺せそうですよね」
「ユーリアもわかっているではありませんか、そういうところが格好いいということに」
「いえ、恐ろしいという話です。それで、シュトラール王の何処に恋をする要素があったのですか?」
はぁ。それはもう全てです。
「お祖父様と同じで視線だけで人を殺せそうな威圧的な目が素敵です」
「それは、目の前のバカ殿下を見下した視線では?」
「素敵な笑顔に私の心臓は止まりそうなほど高鳴りました」
「それは、心臓が止まるほど凶悪な笑顔だったのでは?」
「もう、存在そのものが強者特有のオーラを纏っていて、剣を差し向けたい心境になりました」
「それはただ単に強者と戦いたいだけでは?」
「はぁ、ユーリア。私がこんなに力説しているのに何故茶々を入れるのかしら?」
「それは、メイア様もルーシェ様も戦闘狂だからです。強者と見れば戦ってみたい衝動と恋心を勘違いしているのかと思いまして」
ユーリアは酷いです。私の恋心を勘違いだなんて…勘違い、その方がいいのかもしれません。
所詮報われぬ恋。私はこの国の王太子妃、相手は隣国の王。触れることさえ出来ぬ人。私からは声を掛ける事が許されぬ人。ただ、少しだけ見つめることは許される人。
ああ。この想いは届くことはない。
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