たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴

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5話 たとえこの想いが届かなくても

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 キアンからの報告は最悪なものでした。なぜ私がいない1ヶ月程でこうも悪化してしまったのかわからないほどです。

「これはお祖母様とお祖父様に報告してあるのですよね」

「····」

 無言ということはしていないのですか。はぁ。できませんよね。まさかヴァカ殿下がやらかしたことで、国が滅ぶかもしれないなんて。


 ことの始まりは2週間前、丁度私が王都を離れダンジョン対策にあたっていた頃だそうです。
 隣国のシュトラール国の外交官である王弟ルフトプロシオン様が訪問されたそうです。ラディウス王と同母兄弟で唯一の王族の生き残り。いいえ唯一、虐殺王に殺されなかった王族です。

 どういう用件で訪問されたかはわからなかったそうですが、こちらの外交官が席を外した隙に、あの女がやらかしたのです。そう、マリアンヌのバカです。いい男と見れば近づいて行って、どこの娼婦ですかと言うように体を押し付けていくのです。それをシュトラール国の王弟にしやがったです。それだけなら、まだ良かったのです。

 そこに入ってきたのがヴァカ殿下です。『俺のマリアンヌに触れるなど許しがたいことだ』と言って剣を抜いたそうです。
 抜いてしまったのです。そして、王弟を斬りつけたと。頭痛が痛いです。失礼。頭が痛いです。

 その報告を聞いたロバルト宰相がプッツンきて倒れてしまったと、心労と過労がたたったのでしょう。
 ロバルト宰相が対処していてくださっていたのなら、ここまで悪化しなかったのでしょうが、対応したのが王妃様でした。ルフトプロシオン様が悪いと言い放ったと。最悪です。

 もう、3人の首を差し出しますか?
 その時期は過ぎてしまったと?2週間しか経っていないのに?
 父は今何処に?東の国境で魔物が大量発生してその討伐に行っている?最近、魔物の動きが活発化していますが、運が悪すぎます。

「虐殺王が動いているのですか?」

「はい」

「もう、王族の首を差し出して収まることでなくなっているのですか?」

「はい」

「納めどころは何処でしょうか?困りました。陛下が国を空けているときに、このようなことになってしまうなんて、なんとお詫びをすればいいのかわからないわ。はぁ。直ぐに私に報告してくれていれば」

「申し訳ございません」

「終わったことだから、もういいわ。王都に戻るわよ」

 騎獣に乗り、一直線で王都に向かいます。騎獣は調教された魔獣であり、空を飛んでいけば、半日程で王都に戻れます。

 月が中天に差し掛かるころ、王都の上空に戻って来ました。しかし、街の中のあちらこちらで煙が上がっているではありませんか!もう、王都に侵入されてしまっているのですか!早すぎます。

 離宮に戻り足早に私の部屋に入ります。そこにはユーリアがおり頭を下げながら

「ルーシェ様。帰って来てしまわれたのですね」

 そう言ってきました。ユーリアも私にこの事を伝える気がなかったのですね。

「ユーリア。ヴァレンティーノ殿下の正妃は誰?」

「ルーシェ様です」

「なら、私もこの事に無関係ではいられないことは分かるわよね。私にも責が問われることがわかるわよね」

 ユーリアはハッとして顔をあげます。わかっていなかったのですか。

「ユーリア。着替えますので、準備をしてください。ああ、お祖母様からいただいたドレスがいいわ。黒に銀糸で刺繍してあるドレスが」

「申し訳ございませんでした。直ぐに用意をしてまいります」


 ユーリアに手伝ってもらい、正装の姿になります。黒い生地に銀糸の美しい刺繍がされています。ドレスの裾は緩やかに広がり、上に行くほど体な形が分かるほど体に沿うようになっています。腕も手首に行くほど波を打つように黒い生地が広がっています。
 これは特別な意味を持った衣装です。命を途しても相手を屠るという意味をもったヴィーリス国の衣装でもあります。

 私は二回手の平を打ちます。すると今までユーリアしかいなかった部屋に10人の者達が、跪きこうべを下げて現れました。

「命令します。一つ、クラナード将軍に一刻も早く王都に戻って来るように伝えなさい。一つ、第2王子と側妃様を王都から脱出させなさい。一つ、王都に上がっている火の手の消火を行いなさい。そして、ユーリア」

「はい」

「転移を使ってお祖母様とお祖父様に報告し、陛下に戻ってもらうように伝えなさい。その間、私はその時間稼ぎをしてきます」

「ルーシェ様。お一人では、せめて誰か連れて行ってくださいませ」

「命令です。わかりましたね。行きなさい」

「「「はっ!」」」

 皆が消え去ったあと私は隠し通路に向かいます。ここは王宮の全ての隠し通路に繋がっているのです。ですから、ヴァレンティーノ殿下の部屋にも繋がっているのですが、隠し扉から出る前に私の心が折れそうです。

『あっあ~ん。ヴァレンさま~』

『マリー。おれのマリアンヌ』

『まって~。まだイッテるの~』

 クソが!こんな時に何をしてやがるのですか?危機的状況に陥ると種の存続本能が目覚めるっていうアレですか?

 思いっきり、隠し扉を開け放ちます。『バン』という音に驚いたのか二人共絡み合いながら、私の方を見ています。

「ヴァレンティーノ殿下このような時に何をなさっているのですか?民を避難させるのが先決ではないのでしょうか?」

「遅い!来るのが遅い!」

「ヴァレンさま~あそこから逃げればいいのではないのですか~?」

「おお、マリアンヌは偉いな」

「おい。俺たちが逃げる間、部屋の前で足止めをしておけ!命令だ!わかったな!」

 はぁ。自分の部屋の隠し扉さえ知らなかったヴァカ殿下が、通路を迷わずに出られるとお思いなのですか?私は部屋から扉が開かないように細工をして隠し扉を閉めます。

 バカ二人は色々持ち出そうと部屋の中をヒックリ返してる間に私は、殿下の部屋の外に出ました。
 もう、下の階まで侵入されているようです。ここに敵がくるのも時間の問題でしょう。王宮の警護はどうなっているのですか?陛下と父がいないとここまでダメになってしまうのですか?

 私は拡張収納のブローチから白い仮面を取り出します。そう、個を無くす目だけが空いた白い仮面です。それを被り、扉に一本のナイフを刺します。コレより一歩も引かないという誓いのナイフです。
 ああ、別にヴァカ殿下を守るためではないですよ。ただ、私が決めたことなのです。そう、ここが死地であると、愚かな私を許してくださいな、お祖母様。

 先鋒の姿を捉えました。相手も窓から差し込む月の光で私がいることに気がついたようで、私に向かって槍を構えてきます。

 さぁ、始めましょうか。

 敵が近づいて来る前に次々と倒れていっています。こんな狭いところで動きにくい甲冑でそれも長い槍を持って突進してくるなんて愚かですね。
 私は柄のない両刃のナイフを次々に敵に向かい投げて行きます。雷獣の血と魔石を練り込んだ刃です。甲冑を纏っていようが、そんなもの関係ありません。当たればいいのです。運が悪ければ感電死、運が良ければ痺れて動けなくなる、それだけのこと。

 しかし、私の攻撃を避けてここまでたどり着く猛者はいないのでしょうか?少しつまらなくなってきた頃に、道が開けてその奥からは・・・ふふふ、お待ち申しておりました。

 ラディウス様。

「その仮面はヴィーリス国の者か」

 月夜に照らされたお姿に胸がドキドキしてきました。美しい銀糸の髪に今宵の月のように光る金の目。闇の色をした甲冑を纏しお姿はまるで闇の王。

 私はラディウス様の言葉には答えず、今まで一番美しいカーテシーをします。どうか私とラストダンスを踊ってくださいますか?

 私は二本の剣を取り出します。そして、ラディウス様の背後に瞬時に回り込み、一撃を繰り出しますが、ラディウス様の剣に止められてしまいました。
 ああ、素敵です。大抵の敵はこの一撃に気づかないまま首と胴が離れていきますのに。

 剣に弾かれ、その勢いを利用し天井まで飛び、天井を足がかりにして、再びラディウス様に向かって行きます。

 吐息がわかるほど近く剣を交え、しかし、その心は届かぬほど遠い。ああ、この時が永遠に続けばいいのに、「勿体無い」あら、心の声が漏れてしまいました。

 私の言葉にラディウス様の眉がピクリと動きます。私の心が漏れてしまっただけですから、気にしないでくださいませ。

 あ、鐘が3つなりました。私が命じたことをやり遂げたようです。流石、私の大切な家族です。

 私はラディウス様から距離をとり、双剣を手放し、一本の剣を取り出します。その剣を見たラディウス様の目が見開き剣を凝視しています。これが何の剣か、わかったようですね。

 北の辺境で発見したダンジョンの最下層で見つけたもので、猛将と謳われたプラエフェクト将軍の魔剣グラーシアです。凶悪過ぎて誰にも扱えないため、地下深くに封印したと歴史書にはありましたが、まさかダンジョンにあったなんて、驚きです。
 そして、この禍々しくも美しい剣をラディウス様に向けます。

 一撃です。一撃で終わります。とても残念でなりません。はぁ。最後に貴方のお姿をもう一度、心に刻んでもよろしいでしょうか?

 私は貴方に向かって剣を振るいます。ああ、この禍々しい魔剣を見て本気を出してくれたのですか?先ほどと全然動きが違いますね。私に本気の剣を見せて下さり、とても心が高揚します。そして、私の体に衝撃が走ります。私の右胸からは一本の剣が生えていました。
 ふふふ、どうしてそんなに驚いた顔をしていらっしゃるのかしら?あら、視界が開けたと思っていたら先程の衝撃で仮面が落ちてしまったのね。

 お慕いしています。そう言葉を紡ごうとも肺から血が上ってきて、ゴボリと口から出て、後はヒューと息が漏れるのみ。

 ふふふ、貴方の左目に私の一撃が届いたようですね。その目が最後に見たものは私だけ。私だけを映した瞳はもう他の誰も映すことはない。


 ああ。たとえこの想いが届かなくても、私の姿は貴方の中に刻まれましたか?

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