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第23話 全てを水に流そう。恐怖という名の水に
私は高く切り立った崖の上から領都を見下ろしていた。その光景を見て何も言葉がでない。
真下にあたる北側の領都中枢がほぼ壊滅と言ってよかった。
そして、領都の中はというと四箇所以外がほぼ壊滅だった。あれから六日も経っているというのに、煙が上がっており、火が未だにくすぶっていることが窺える。
「南の教会エリアと西の商業ギルドエリアと東の技術者ギルドエリア。最後に中央の商店街の一角が無事に残っていますね」
レントが遠見の魔術を使って確認した結果を報告してくれている。言われなくても、私の目でみてわかるほどくっきりと無事なところと、そうでないところが、分かれてしまっていた。
「リリア様が失敗作を残している意味がわかりませんでしたが、こういうときのために残して置いていたのですね」
ザッシュが感心したように言っているけど、私が失敗作を残しているのは、同じ失敗を繰り返さないために残しているだけで、深い意味はなかった。
今無事な地区があるのは、私が作った魔術を、魔道具として転用できないかと試行錯誤したもの使ったためだった。
絶対不可侵《アエルフィカ》の結界。それはモノを通さないのはもちろんのこと、塵も空気でさえ通さない結界だった。
その結界が未だに張られているということが、問題なのだ。空気でさえ遮断しているということは、人が生きていく上で必要な魔素が供給されないということだ。
一区画結界で覆っているとしても、六日も魔素の供給がなくて人が生きていけるだろうか。
だが、逆に言えば、炎から出た煙に巻き込まれる者を減らすことができたということだ。
領都を囲っている石の壁までが黒くなっているということは、その火の勢いは酷いものだったと予想できた。
「これは火災旋風が起こったか?」
あまりにも何も残って居ないので、高温で焼かれてしまった可能性がある。
そして、北側の中枢との間には、広い公園のような広場があるので、北側には火が回っていないことから、そう考えられた。
「火災旋風ですか?」
「炎の竜巻だ。こんな塀に囲まれた場所で発生したのなら、それは正に地獄だ」
私は大きくため息を吐いて、領都の街と北側の中枢地区を隔てている広場に視線をむける。
「レント。あれは父上で間違いないか?」
広場の一角を指して言う。そこには棒に突き刺された首があるように見える。そして、その周りは死体に埋め尽くされていた。
炎から逃げ惑ってきた領民の死体ではなく、領兵の死体だ。
「はい……辺境伯様とお見受けします。ですが、こちらからは顔の確認ができませんので、髪の色からそうだろうと思われるというだけで……血族の誰かを辺境伯様に仕立てたということも考えられる……と思います」
「レント。うだうだと予想を口にしなくてもいい」
レントは私の顔色を窺いながら言葉を選んでいたが、そのようなことは必要ない。ここまで来て、父が生きているという希望は邪魔でしかない。
希望にすがって動けなくなるからだ。
「敵兵は?……いや、今領都の中を動いている者はどれぐらいいる」
「北エリアに百人ほどです。目に見える範囲では領兵のみに見えます。他の使用人が建物内にいる可能性もあるでしょう」
「レント。事実だけを報告してくれ、予想はいらない。今、生きている使用人がいるとすれば、それは裏切り者か隠れ潜んでいる者のみだろう」
「失礼しました」
ここで考えるべきことは、結界内にいる領民を助けるということだ。今まで隠れ潜んでいる者がいるとすれば、このまま隠れ潜んでくれればいい。
「リリア様。どうされるつもりですか? まさか、このまま無謀にもこの人数で戦うとかいいませんよね」
ザッシュが私に無謀なことはしないように、先に苦言を呈してきた。別に無謀なことはしない。
私についてきている護衛は四人だ。四人で敵兵百人を相手にしろなんてことは言わない。
「雨を降らそう」
「雨ですか?」
「この領都の地形って変わっているって話をしたよね」
「はい」
この領都の背後には廃坑の山を背負っている。ということは、北側から南にかけて勾配がある。だけど、そのままだと山の水が南側に全部流れていき、大雨が降れば領都の外壁にせき止められた水が排水されないという事態になりかねない。
だから、北側との間にある広場に仕掛けが施されている。
広場と北地区の間には広い溝がある。いや堀がある。これは敵の侵入を拒む意味合いがありそうな作りだが、本来の目的は山から流れ出た水を排水するための堀が横たわっている。
そして北地区の建物は地面よりかなり高い位置に建物が立てられている。これは石の階段を五段は上らないと建物に入れない構造になっている。
「まずは山を切り崩しながら、北側に侵入……」
「お嬢様。それ敵に見つかってしまいます」
レントが私の作戦の指摘をしてきたが、無視だ。見つけてもらうためにするんだ。
裏山と北地区との間も広い広場のようになっている。これはもし、裏山が崩れても問題ない広さが確保されているのだ。
ここに集まってもらわないと威力が半減だからだ。
「そこに大量の一気集中型の雨という名の水を大量にぶち込む。すると集まってきた者たちがそのまま、地下排水溝に流れていくわけだ」
「お嬢様は鬼畜だ」
その声に振り向くと、青い顔色をしたマルクと、その背後に普段通りのアランが立っている。
「アラン。報告を」
マルクの言葉を無視して、ザッシュがアランに声をかけた。
「はっ!お嬢様が懸念されていたとおり、他の見張り小屋も敵兵に奪われていましたので、すべて始末しました」
「了解した。リリア様。それだと取りこぼしが出てくると思います」
アランの報告を確認したザッシュは、私の作戦を否定してきた。
そんなものはわかっている。これは建物の中にいるものは、除外される作戦だ。
「指揮官は建物の中にいるね。だから、そいつは捕らえて情報を吐かせる。この五人で北側地区の全建物の中を捜索しろなんて無茶なことは言わない。私が視たところによると、あそこにいる」
私は眼下に広がる北地区の一点を指す。そこは政治の中枢であり、領主である父の執務室がある建物だ。
「多分、何かを探しているのだろうね。ちょこまかと動いている」
「お嬢様。そんなことがわかるのであれば、俺……私はいらないのではないのですか?」
斥候のレントの役目は情報収集の意味もあるが、レントの能力も高く買っているんだよ。
私はレントに向って、笑みを浮かべる。今回は許してくれという笑みだ。
「母からは人には領分というものがあるとキツく言われているから、普段は使わない。だけど、今回は緊急事態だ。許してくれ。レントの能力はザッシュも私も高く評価しているよ」
「あ……いいえ。私はお嬢様に恩義をお返しするまでは、お仕えしたいと思っているだけです」
恩義か。領兵の落ちぶれ者だったレントを引き抜いたのは、父に護衛とするものを決めろと言われたからだ。
元々細身で筋肉がつきにくいレントに、過度な訓練をさせて、潰れてしまう前に私の護衛に引き抜いただけのこと。
結局あの時、私が決めたものはレントとアランとマルクだけだったな。奇しくも今残っている者たちだ。残りは父が護衛として私につけた者たちだった。
さて、そうと決まれば、作戦決行だ。
「『崩壊!』」
私の言葉と共に派手な爆発音が辺り一帯に響き渡る。これは反撃の狼煙だ。
切り立った崖にヒビが入る地鳴りが響く。私達が立ってい地面が揺れた。
「ひっ! お嬢様! ま……まさか!」
「あー……これは敵もびっくりですが、私達もびっくりですよ」
途中から話に入ってきたマルクは地面にへたり込んでしまい、アランはそんなマルクの首根っこを持って立たそうとしている。
「お嬢様。もう少し上から情報を集めても良かったのではないのですか?」
「リリア様! これでは我々が地面に叩きつけられます!」
レントとザッシュからも否定的な視線を受けた。いや、作戦は言ったじゃない。
「レント。時間はあまり掛けられない。私の作った結界は失敗作だ。それから、ザッシュ。足場の地面は固めてあるから、このまま滑り落ちるだけだ。……わかった! 今から新たな魔術を構築すればいいのだろう!」
「命は惜しいので止めてください」
そう言いながら、ザッシュは私をそのへんの物でも抱えるように脇に抱えた。もう少し、持ち方というものがあるのではないのか?
そして、地面が動く。内臓が浮き上がる感覚が襲ってきた。自由落下特有の浮遊感だ。
ザッシュを窺い見ると、その視線は地面を捉えており険しい表情をしている。三白眼が相乗効果を成して、とても人相が悪い奴になっている。
レントは諦めているのか、自由落下に身を任せており、マルクは声が出ないのか口を開けたまま涙目で固まっている。そんなマルクをアランは呆れた目で見ていた。
いつも通りだ。問題ないな。
下の方では先に地面に激突した岩盤が次々と大きな音を立てながら転がっていく。そして、その音に何事だと集まってきた人影があり、建物からも出てきた者たちもいる。
さて、そろそろいいか。
「『怪雨!』」
私はこの世界にはない言葉で呪文を言った。
その呪文に反応するように下から風が吹き上げてくる。あまりにもの強風に自由落下の速度が落ちた。と、同時に土煙に巻き込まれ、地面に落ちた衝撃が響いてくる。
「リリア様! さっきの魔術は何ですか! 初めて聞く……」
「視界が悪い間に、北の見張り小屋に行く! すぐに来るよ!」
私の言葉に三人の動く気配がした。文句はすべて終わったあとで聞くよ。
北の見張り小屋。それは今となっては形だけの建物だ。その昔は鉱山に入って行くものを管理していたと言われている建物だ。だから、そこまで大きくない。だけど、裏山と北地区の建物との間にある。
ザッシュに連行されるように狭い建物の中に入った。大人が四人も入れば、暑苦しいことこの上ない。子供である私は居場所がないので、ザッシュに肩に担ぐように言って、今はザッシュの肩の上に腰を下ろしている。
「な……何が起こるのですか?」
アランに首根っこを掴まれたままのマルクが震えながら言っている。
「何が起こるんだろうね。ワクワクするね」
「なぜ、魔術を使ったリリア様がそのようなことを言うのですか? それから先程の呪文はなんですか! 私には全く聞き取れなかったのですが?」
ザッシュが文句を言いだした途端に、バケツを引っくり返したような雨が降ってきた。雨で土埃が落ちるという度合いではない。雨ですぐ先も見えないという状況だ。
そして、その雨が降ってきたことで、あちらこちらから悲鳴が上がってきている。いや、獣のような咆哮も聞こえてくる。
そればかりか、雨が地面を叩きつける音に混じって、重量物が地面に落ちてきた音も聞こえてくる。
「リリア様! 正直に話してください! 何をされたのですか!」
ザッシュが本気で怒ってきた。私を横目で見てくる三白眼からの視線が痛い。その三白眼から絶対に何かでているよね。
「いろんなモノが降ってくる雨だね。さっき下から吹き上げた風に巻き上げられたモノが雨と一緒に落ちてきた。今の時期って渡り鳥がいるから、多分その集団に当たったんだね。運が悪いねぇ」
「ひっ! お嬢様が悪い顔で笑っている……怖い」
うるさいよ。マルク。
「渡り鳥……リリア様。それワイバーンのことを言っていますか?」
「そうとも言うね」
流石、ザッシュ。理解が早い。
怪雨は風に草木や虫などが混じって降る雨のことだ。それを人工的に起こしただけのこと。
突然の恐怖に襲われた感覚にお前たちも陥ればいい。
「あの……今更なのですが、ここに敵兵が残っているという前提って、当たっているのですか? もう少し確認した方が……」
馬鹿なことを言っているマルクを私は見下ろす。一度、騙されただけでは、理解できないのか?
「何の為に山の北側の見張り小屋に行かせたと思っているんだ。背後からの強襲を警戒していないのであれば、敵兵がそこにいる必要なんてないだろう」
やはり、一度死にかけると、何かが欠落してしまうのかもしれない。いや、元々のマルクの性格か。
真下にあたる北側の領都中枢がほぼ壊滅と言ってよかった。
そして、領都の中はというと四箇所以外がほぼ壊滅だった。あれから六日も経っているというのに、煙が上がっており、火が未だにくすぶっていることが窺える。
「南の教会エリアと西の商業ギルドエリアと東の技術者ギルドエリア。最後に中央の商店街の一角が無事に残っていますね」
レントが遠見の魔術を使って確認した結果を報告してくれている。言われなくても、私の目でみてわかるほどくっきりと無事なところと、そうでないところが、分かれてしまっていた。
「リリア様が失敗作を残している意味がわかりませんでしたが、こういうときのために残して置いていたのですね」
ザッシュが感心したように言っているけど、私が失敗作を残しているのは、同じ失敗を繰り返さないために残しているだけで、深い意味はなかった。
今無事な地区があるのは、私が作った魔術を、魔道具として転用できないかと試行錯誤したもの使ったためだった。
絶対不可侵《アエルフィカ》の結界。それはモノを通さないのはもちろんのこと、塵も空気でさえ通さない結界だった。
その結界が未だに張られているということが、問題なのだ。空気でさえ遮断しているということは、人が生きていく上で必要な魔素が供給されないということだ。
一区画結界で覆っているとしても、六日も魔素の供給がなくて人が生きていけるだろうか。
だが、逆に言えば、炎から出た煙に巻き込まれる者を減らすことができたということだ。
領都を囲っている石の壁までが黒くなっているということは、その火の勢いは酷いものだったと予想できた。
「これは火災旋風が起こったか?」
あまりにも何も残って居ないので、高温で焼かれてしまった可能性がある。
そして、北側の中枢との間には、広い公園のような広場があるので、北側には火が回っていないことから、そう考えられた。
「火災旋風ですか?」
「炎の竜巻だ。こんな塀に囲まれた場所で発生したのなら、それは正に地獄だ」
私は大きくため息を吐いて、領都の街と北側の中枢地区を隔てている広場に視線をむける。
「レント。あれは父上で間違いないか?」
広場の一角を指して言う。そこには棒に突き刺された首があるように見える。そして、その周りは死体に埋め尽くされていた。
炎から逃げ惑ってきた領民の死体ではなく、領兵の死体だ。
「はい……辺境伯様とお見受けします。ですが、こちらからは顔の確認ができませんので、髪の色からそうだろうと思われるというだけで……血族の誰かを辺境伯様に仕立てたということも考えられる……と思います」
「レント。うだうだと予想を口にしなくてもいい」
レントは私の顔色を窺いながら言葉を選んでいたが、そのようなことは必要ない。ここまで来て、父が生きているという希望は邪魔でしかない。
希望にすがって動けなくなるからだ。
「敵兵は?……いや、今領都の中を動いている者はどれぐらいいる」
「北エリアに百人ほどです。目に見える範囲では領兵のみに見えます。他の使用人が建物内にいる可能性もあるでしょう」
「レント。事実だけを報告してくれ、予想はいらない。今、生きている使用人がいるとすれば、それは裏切り者か隠れ潜んでいる者のみだろう」
「失礼しました」
ここで考えるべきことは、結界内にいる領民を助けるということだ。今まで隠れ潜んでいる者がいるとすれば、このまま隠れ潜んでくれればいい。
「リリア様。どうされるつもりですか? まさか、このまま無謀にもこの人数で戦うとかいいませんよね」
ザッシュが私に無謀なことはしないように、先に苦言を呈してきた。別に無謀なことはしない。
私についてきている護衛は四人だ。四人で敵兵百人を相手にしろなんてことは言わない。
「雨を降らそう」
「雨ですか?」
「この領都の地形って変わっているって話をしたよね」
「はい」
この領都の背後には廃坑の山を背負っている。ということは、北側から南にかけて勾配がある。だけど、そのままだと山の水が南側に全部流れていき、大雨が降れば領都の外壁にせき止められた水が排水されないという事態になりかねない。
だから、北側との間にある広場に仕掛けが施されている。
広場と北地区の間には広い溝がある。いや堀がある。これは敵の侵入を拒む意味合いがありそうな作りだが、本来の目的は山から流れ出た水を排水するための堀が横たわっている。
そして北地区の建物は地面よりかなり高い位置に建物が立てられている。これは石の階段を五段は上らないと建物に入れない構造になっている。
「まずは山を切り崩しながら、北側に侵入……」
「お嬢様。それ敵に見つかってしまいます」
レントが私の作戦の指摘をしてきたが、無視だ。見つけてもらうためにするんだ。
裏山と北地区との間も広い広場のようになっている。これはもし、裏山が崩れても問題ない広さが確保されているのだ。
ここに集まってもらわないと威力が半減だからだ。
「そこに大量の一気集中型の雨という名の水を大量にぶち込む。すると集まってきた者たちがそのまま、地下排水溝に流れていくわけだ」
「お嬢様は鬼畜だ」
その声に振り向くと、青い顔色をしたマルクと、その背後に普段通りのアランが立っている。
「アラン。報告を」
マルクの言葉を無視して、ザッシュがアランに声をかけた。
「はっ!お嬢様が懸念されていたとおり、他の見張り小屋も敵兵に奪われていましたので、すべて始末しました」
「了解した。リリア様。それだと取りこぼしが出てくると思います」
アランの報告を確認したザッシュは、私の作戦を否定してきた。
そんなものはわかっている。これは建物の中にいるものは、除外される作戦だ。
「指揮官は建物の中にいるね。だから、そいつは捕らえて情報を吐かせる。この五人で北側地区の全建物の中を捜索しろなんて無茶なことは言わない。私が視たところによると、あそこにいる」
私は眼下に広がる北地区の一点を指す。そこは政治の中枢であり、領主である父の執務室がある建物だ。
「多分、何かを探しているのだろうね。ちょこまかと動いている」
「お嬢様。そんなことがわかるのであれば、俺……私はいらないのではないのですか?」
斥候のレントの役目は情報収集の意味もあるが、レントの能力も高く買っているんだよ。
私はレントに向って、笑みを浮かべる。今回は許してくれという笑みだ。
「母からは人には領分というものがあるとキツく言われているから、普段は使わない。だけど、今回は緊急事態だ。許してくれ。レントの能力はザッシュも私も高く評価しているよ」
「あ……いいえ。私はお嬢様に恩義をお返しするまでは、お仕えしたいと思っているだけです」
恩義か。領兵の落ちぶれ者だったレントを引き抜いたのは、父に護衛とするものを決めろと言われたからだ。
元々細身で筋肉がつきにくいレントに、過度な訓練をさせて、潰れてしまう前に私の護衛に引き抜いただけのこと。
結局あの時、私が決めたものはレントとアランとマルクだけだったな。奇しくも今残っている者たちだ。残りは父が護衛として私につけた者たちだった。
さて、そうと決まれば、作戦決行だ。
「『崩壊!』」
私の言葉と共に派手な爆発音が辺り一帯に響き渡る。これは反撃の狼煙だ。
切り立った崖にヒビが入る地鳴りが響く。私達が立ってい地面が揺れた。
「ひっ! お嬢様! ま……まさか!」
「あー……これは敵もびっくりですが、私達もびっくりですよ」
途中から話に入ってきたマルクは地面にへたり込んでしまい、アランはそんなマルクの首根っこを持って立たそうとしている。
「お嬢様。もう少し上から情報を集めても良かったのではないのですか?」
「リリア様! これでは我々が地面に叩きつけられます!」
レントとザッシュからも否定的な視線を受けた。いや、作戦は言ったじゃない。
「レント。時間はあまり掛けられない。私の作った結界は失敗作だ。それから、ザッシュ。足場の地面は固めてあるから、このまま滑り落ちるだけだ。……わかった! 今から新たな魔術を構築すればいいのだろう!」
「命は惜しいので止めてください」
そう言いながら、ザッシュは私をそのへんの物でも抱えるように脇に抱えた。もう少し、持ち方というものがあるのではないのか?
そして、地面が動く。内臓が浮き上がる感覚が襲ってきた。自由落下特有の浮遊感だ。
ザッシュを窺い見ると、その視線は地面を捉えており険しい表情をしている。三白眼が相乗効果を成して、とても人相が悪い奴になっている。
レントは諦めているのか、自由落下に身を任せており、マルクは声が出ないのか口を開けたまま涙目で固まっている。そんなマルクをアランは呆れた目で見ていた。
いつも通りだ。問題ないな。
下の方では先に地面に激突した岩盤が次々と大きな音を立てながら転がっていく。そして、その音に何事だと集まってきた人影があり、建物からも出てきた者たちもいる。
さて、そろそろいいか。
「『怪雨!』」
私はこの世界にはない言葉で呪文を言った。
その呪文に反応するように下から風が吹き上げてくる。あまりにもの強風に自由落下の速度が落ちた。と、同時に土煙に巻き込まれ、地面に落ちた衝撃が響いてくる。
「リリア様! さっきの魔術は何ですか! 初めて聞く……」
「視界が悪い間に、北の見張り小屋に行く! すぐに来るよ!」
私の言葉に三人の動く気配がした。文句はすべて終わったあとで聞くよ。
北の見張り小屋。それは今となっては形だけの建物だ。その昔は鉱山に入って行くものを管理していたと言われている建物だ。だから、そこまで大きくない。だけど、裏山と北地区の建物との間にある。
ザッシュに連行されるように狭い建物の中に入った。大人が四人も入れば、暑苦しいことこの上ない。子供である私は居場所がないので、ザッシュに肩に担ぐように言って、今はザッシュの肩の上に腰を下ろしている。
「な……何が起こるのですか?」
アランに首根っこを掴まれたままのマルクが震えながら言っている。
「何が起こるんだろうね。ワクワクするね」
「なぜ、魔術を使ったリリア様がそのようなことを言うのですか? それから先程の呪文はなんですか! 私には全く聞き取れなかったのですが?」
ザッシュが文句を言いだした途端に、バケツを引っくり返したような雨が降ってきた。雨で土埃が落ちるという度合いではない。雨ですぐ先も見えないという状況だ。
そして、その雨が降ってきたことで、あちらこちらから悲鳴が上がってきている。いや、獣のような咆哮も聞こえてくる。
そればかりか、雨が地面を叩きつける音に混じって、重量物が地面に落ちてきた音も聞こえてくる。
「リリア様! 正直に話してください! 何をされたのですか!」
ザッシュが本気で怒ってきた。私を横目で見てくる三白眼からの視線が痛い。その三白眼から絶対に何かでているよね。
「いろんなモノが降ってくる雨だね。さっき下から吹き上げた風に巻き上げられたモノが雨と一緒に落ちてきた。今の時期って渡り鳥がいるから、多分その集団に当たったんだね。運が悪いねぇ」
「ひっ! お嬢様が悪い顔で笑っている……怖い」
うるさいよ。マルク。
「渡り鳥……リリア様。それワイバーンのことを言っていますか?」
「そうとも言うね」
流石、ザッシュ。理解が早い。
怪雨は風に草木や虫などが混じって降る雨のことだ。それを人工的に起こしただけのこと。
突然の恐怖に襲われた感覚にお前たちも陥ればいい。
「あの……今更なのですが、ここに敵兵が残っているという前提って、当たっているのですか? もう少し確認した方が……」
馬鹿なことを言っているマルクを私は見下ろす。一度、騙されただけでは、理解できないのか?
「何の為に山の北側の見張り小屋に行かせたと思っているんだ。背後からの強襲を警戒していないのであれば、敵兵がそこにいる必要なんてないだろう」
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