女辺境伯の結婚事情

白雲八鈴

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第35話 領都に到着

 まだ薄暗い内からマルメイアを出立した。

 私が急いでいるからか、結界の外に転がっているであろう落ちてきた岩の塊は、外門の側だけは撤去してあった。
 恐らく一晩かけて通行できるようにしてくれたのだろう。

 そして、朝日が昇る頃にはヴォール川を渡る橋を管理している街。カイザードについた。既にカイザードには連絡が行っていたのだろう。スムーズに橋を渡ることができた。

 まぁ、私の姿を見て、止める者はこのガトレアールには居ないだろう。

 川を渡ると荒野にも関わらず一部だけ木々が密集した林が広がっているのが見える。その先には大きくそびえ立つ壁の上部が垣間見えていた。

 そう、ここは私と護衛たちが十二年前に通ったメルドーラに向う林だ。
 今は主要道路となり整備された道の南側には、ヴォール川に注ぐ川がある。
 昔は小川のような小さなものだったが、今では領都の使われなかった上水を流しているので、かなり整備され、水量が増えた川が流れている。
 ここはマルクが死んだ場所だ。あ、死にかけた場所だ。

 領都メルドーラは以前は一万人ほどが住まう街だったが、今は十万人と規模が増え、以前あったメルドーラの高い壁の更に外側に外壁を設け、防壁としている。

 今、遠目に映っている外壁は、新しく作られた外側の外壁だ。

「変わった外壁だな」

 私を前に乗せて自動二輪車を運転しているランドルフから疑問の声が出てきた。

 変わった外壁。ぱっと見た目ではわからない。ただ、影の位置でおかしいと思ったのだろう。

 私達は東から西に向って走行しているので、必然的に領都の外壁は全面朝日を浴びているようになり、中天に差し掛かるまでは、外壁に影などできないはずだ。

 だが、太陽がまだ昇りきっていない時間にも関わらず、上部に濃い影を作っているのだ。

「まっすぐの壁じゃないからな」
「まっすぐではない?」
「最上部に行く手前でネズミ返しを付けている」
「ネズミガエシがわからないのだが?」

 ……ネズミ返しって無かった? ドブネズミとか野ネズミとか普通にいるから『ここをこんな風にこうしたものを、ネズミ返しみたいにつけておいて』と頼んだら要望どおりになっていた。
 あれ、もしかして、また変な言葉を言っているなと思われていたのだろうか。

「一番上は見張りが巡回できるようになっているのだが、その下の階に魔導砲を収納するスペースがあるのだ。それが外側からだと、せり出ていて、外壁を登って侵入できない作りになっている」
「普通は登らないと思うが?」

 まぁ、普通は登らないが、絶対ではないだろう?

「普通は考えないのだろうが、ここは隣国と接しているので、備えあれば患いなしだ」

 そのようなことを話していると、外壁に埋め込まれるように存在している物々しい雰囲気の両開きの扉が見えてきた。
 金属の扉は、今は固く閉ざされている。が、入るものを拒むように、もう一つ外側に鉄柵が格子状に存在していた。

「厳重だな」
「まぁ、これも防衛の一つだ」

 私達が近づいていくと、外側の鉄柵がガラガラという音を立てながら上がっていき、重々しいギギギギッと金属が軋む音を響かせながら両開きの扉が、外側に開いていく。

 そして、中から仰々しいほどに金属の鎧を身にまとった者たちがゾロゾロと出てきた。

 その中でも目立つのが、ザッシュと並んでも遜色がないほどの巨漢だ。その巨漢が一番前に陣取っている。

 いつからスタンバっていたのだろう。いつも出迎えとか必要ないと言っているのに。

「いつもこのような感じなのか?」

 ランドルフも仰々しいと感じたのだろう。だから出迎えとか必要ないと言っているのだ。

「仰々しいだろう? 必要ないと言っているのに、遠出をすると、こうやって第一師団長が迎えにでてくるのだ」
「いや、それではなくて、毎回門を開け閉めしているのか?」

 あ……そっちか。

「この東側の門は昼前から夕刻まで開けると決められている。だから、この時間にはまだ開けられていないだけだ」
「なぜ、昼前なのだ? 朝から開けてもいいのではないのか? もしかして、早朝の領都への出入りが禁止されているのか?」

 あ……いや、別に禁止しているわけではなくてな。思いっきり私のわがままが理由なだけで、大したことではないのだけど……これを話すのか?

 私が説明しようがしまいが、中に入ればわかることか。

「朝日が昇ると同時に、西と南と北の門は開けられるのだが……中に入れば理由はわかる」

 そして東側の領との外門にたどり着いた。ここまでは何事もなく領地内を進むことができて、予定通りの到着となった。

「お帰りなさいませ、辺境伯様」
「ただいま戻った。ボルガード、領都の守りご苦労だった」
「いいえ、敵の詳細がまだ判明しておらず、不甲斐ないばかりです」

 唯一父の代から仕えてくれているボルガードだ。動きやすいように胸の部分と肩当て手甲など、身体の一部のみを金属で防御したプレートアーマーを身にまとった白髪の厳ついおっさんだ。歳は四十半ばだったはず。

 領軍の中でも最年長であり、その貫禄がにじみ出ている。

 いつもは自信家のように堂々と振る舞っているボルガードだが、今日はいつもの覇気がない。
 色々手を尽くしてみたものの、旧領都イグールを調査することが出来なかったのだろう。

「話に聞くところによると、旧領都イグールの周りが火に囲まれているという話ではないか。普通ではない状況が起こっているのだ。石油……燃える水でも使わない限り現実的じゃない」

 旧領都イグールは裏山をいれると五キロメルキロメートル四方に渡る、そんな周囲を普通では囲えない。

 普通の魔術師でも二時間も続ければ魔力切れを起こすだろう。

「まぁ、旧領都イグール侵入計画は昼食を取りながらでも話そう。それまでに今までわかったことを報告してくれ」

 そう言うとボルガードは敬礼をして、道を開けてくれた。第一師団の出迎えに出てくれた数名も同じように敬礼をして、両脇に整列する。

 その開けられた道を進むようにザッシュに視線で促し、ランドルフにも進むように促す。

 わかっている。これは一種のパフォーマンスだ。辺境伯である私に忠義を尽くす領軍。

 東側の門が開けられないため、北側からと南側から回って東側に行く者たちから目撃されたことだろう。

 辺境伯である私の帰還とそれを仰々しく出迎えた領軍の姿をだ。目にした者達は噂を口々に言い出すだろう。

 ロズイーオンの辺境伯が帰ってきたと。



 門をくぐると、一番に緑が目にはいってくる。そして奥の方には小さな小川が流れており、その側では水を飲んでいる生き物がいる。

「なんだ? ここは?」
「家畜の牧場が東側にある。午前中は放牧の時間だから、門が閉められているのだ」
「家畜?」
「食用の家畜だ。ここでコカトリスを飼おうとしたら、皆から反対された」
「……コカトリスは猛毒を持っているから、家畜にできないだろう」

 飼育員が何人も犠牲になるような生き物は家畜ではないと反対されてしまったのだ。

「仕方が無いから闘鶏で妥協した。でも肉があまり好みじゃない」

 そう言いながら、私は頭に赤い鶏冠をつけた黒い羽と茶色い羽を持った鶏が争っているのを目に映す。
 遠目でみても大きい。人の大きさと何ら変わらない。一.五メルメートルほどの大きさがある。肉質は筋肉質で筋張っていて硬い。

 奥には角が生えた大きなブタが、ノシノシと歩いており、その後ろには子豚がついていっている。

 更に奥には牛っぽいモノが池の中にいるようにみえる。あれは皮膚が鱗に覆われた牛魚だ。
 見た目は牛っぽいのに、肉質は淡白な魚。美味しいのだが、牛肉ではないことが、残念なのだ。

「東側は家畜の区画を設けて、領民の食料の安定性の実験をしている。このメルドーラはもともと小川の近くに作ってあったから、水源には困っていないからな」
「水に困っているのか?」

 困っているというか、地下には豊富に水脈があるので、地下から汲み上げなければならないということだ。

 しかし、メルドーラはその水源が表に出てきている珍しい場所だ。メルドーラ……旧領都イグールの更に北側に水源となる湧き水が存在している。
 以前は旧領都の水源確保のためにその多くの水を上水としてイグールの方に流していたが、今ではその流れをメルドーラの方に変更して使用している。

「ウォール川を見てわかったと思うが、川がかなり深いところにある。その深さに地下水が流れているので、汲み上げれば水はあるのだ」

 言いかえれば、そこに硬い岩盤があると言っていい。その上を川が流れ、地下水が流れているのだ。

「今は自動汲み上げ装置を導入したから、各街でも水の供給には困ってはいない」
「凄いな。あの深さから水を汲み上げるのか……でも、ここには川があるからその必要がないということなんだな」
「……まぁ、何も変哲のない場所から湧き出ている水だから、何かの拍子で水が止まってしまったら、ここも汲み上げないとだめだけどな」

 本当におかしなもので、林が川沿いに続いているのだ。そして、林の切れ目に、水が滾々と湧き出ている水たまりのような場所があり、川になっていっている。

 領地の歴史では、水に困った領主が、泉の女神に祈りを捧げたら、水が湧き出てきたとあった。
 自分たちの祖というべき泉の女神が与えてくれた奇跡だと歴史には刻まれているのだ。

 これをどこまで信じていいのかわからないが、現状では何の変哲もない場所から水が湧き出ていることは事実であり、その場所を神聖視して守るための方便だとも言えなくはない。

「シルファは本当に凄いな」

 何がだ? 私は何も凄いことはしてはいない。

「十二年前から領地を守る為に、色々なことをしていって、本当に凄い」
「私は弟に領地を引き継がせるために、より良い形に持っていきたかっただけだ。凄いと言われるようなことはしてはいない」

 十二年前の戦いで、戦火は領地全土に及んでしまった。そこから最低限、人として暮らせるように持っていくだけで精一杯だ。

 給水車なんてものがあれば、水を配ることができたかもしれないが、結局自分たちで水は確保してくれと、汲み上げる魔道具を送りつけただけに過ぎない。

 食べ物も災害用に貯蔵した小麦を出すことができればよかったのだが、領都イグールは一部を除いて燃やされてしまった。
 貯蔵していた倉庫ごと燃えてしまったのだ。

 土壌が悪くても育つ豆を植え、乾燥した大地でも育つ芋を植え、魔獣を捕獲して家畜化することによって、なんとか食べ物を確保できたというだけなのだ。

「本当にできていないのだよ」

 私が心の内を吐露するように言っていると、突然前方を進んでいたザッシュが止まった。
 どうしたのだ?

「リリア様。通れそうにありませんので、遠回りします」

 ザッシュはそう言いながら、自動二輪車をUターンさせた。何かあるのか?

 前方に目を凝らしてみると、水辺があるように見える。
 太陽の光を反射して地面に広がる青い色が、前方を埋め尽くす程に広がっている。

「待て、ザッシュ」

 私はザッシュを止めて、自動二輪車を下りた。青い水辺の側に行く。見た目は綺麗な青をたたえた水だ。私はその水辺の先を足で突く。

 すると、水面が揺れた。

 いや水辺だと思っていたモノが、一気に収縮し、膨らんていく。

「巨大スライム」

 いつの間にか隣にランドルフが立っており、腰の剣に手をかけていた。

「ランドルフ。大丈夫だ。これも家畜だ」
「シルファ! スライムは家畜にはならない」
「それもっと言ってやってください」
「最初はもっと小さかったのですけどね」
「隊長!! 早く遠回りの道に行きましょう!!」

 私の護衛たちは文句を言いだした。だから、これは第五師団長のファベラのお墨付きの特殊個体だって言ったじゃないか。

 私は二メルメートルほどの水まんじゅうみたいになった青い物体を見ながら、ランドルフに言う。

「これは、お母様の美容液の原料なのだけど、倒すなら叔父上からグチグチ言われるのを覚悟して欲しい」

 するとランドルフの手は剣ではなく、額に置かれてしまった。

 いや、ファベラが『凄い個体を見つけてしまいました』と嬉しそうに持ってきたとき、ちょうど叔父上から催促の連絡を受けていたところだったのだ。
 肌がもちもちになる粘液を出すスライムの美容液はどうでしょうと言えば、取り敢えず送って来いと言われ、その後製造の許可が出たのだ。

 このスライムを殺すと、母命の叔父上が烈火の如くに怒ってくるのが目に見えている。倒すなら、その覚悟をして欲しいと私は言ったのだった。

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