四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴

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1話

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 麗らかな春の日差しが降り注ぐ庭に、子どもたちの元気な声が響き渡っています。
 窓の外を見ますと、夫である公爵自らが剣術を二人の子どもたちに教えているところでした。
 その側には微笑ましげに見ているメイドがいます。

 その窓に映るのは銀髪を結い上げ、紫紺の瞳を外に向けている私。
 私はアルディーラ公爵夫人として順風満帆な人生を……ガラスに映る私の顔が歪みます。思わず手にしていた書類をクシャリと握りつぶしてしまいました。

 いけない。いけない。
 慌ててシワを伸ばすも……

「書き直しかしら?」
「書き直しですね」

 私の独り言に答えたのは、この屋敷を取り仕切っている執事です。黒髪の青年が黒縁メガネを押し上げながら言ってきました。

「はぁ、レイン。これ以外の書類はできているから持っていってもらっていいわ」

 私は目の前から書類の束を無くしたいと、持っていくように促すも、レインは私の隣で窓の外を見ています。

「旦那様が居ないと思っていましたら、サボりですか」

 はい。いい加減に仕事をしろと言う言葉が出かかって、止めた私は偉いと思います。
 もし、それを言っても『今からしようと思っていた』という心にも無い言葉が返ってくるだけですから。

「それもメリーエルンは別棟の担当にしたはずですが?」
「はぁ、それを言っても家族団欒の時間は必要だと屁理屈をコネだすだけよ」

 そう、あのメイドは夫の愛人。私が婚約者をしているときからの愛人。そしてあの子どもたちは夫と愛人の子。

『は? 私が公爵夫人でなくてもよかったわよね』
 結婚式の当日に、そう言葉が出てしまっても仕方がないと思います。

 すると『メリーを公爵夫人になんて可哀想だろう?』という意味がわからない答えが返ってきたのです。
 それは、私が可哀想ってことなのでしょうか?

 そのあと話し合いという名の口喧嘩が始まり、初夜というものの代わりに夫の胸ぐらを掴んで問い詰めるという事態に陥ったのです。

 それからというもの夫のユーリウスは、愛人のメリーエルンのところに入り浸るしまつ。

 当時ご顕在だったアルディーラ公爵に相談し、愛人のメリーエルンを別邸に移すということになったものの、その後直ぐにアルディーラ公爵が倒れられ、その話は有耶無耶になってしまったのです。

 夫のユーリウスが公爵に立てば、姑のマリエッタ様が子供はまだなのかと顔を合わすたびに言ってきて、メリーエルンはできのいい子だと褒めるのです。
 だったら、メリーエルンを公爵夫人にすればよかったのに、男爵令嬢という立場が彼女を守っていたのです。

 そう、男爵令嬢でしかないメリーエルンでは公爵夫人という役目を担うのは酷というもの。それが夫のユーリウスの言い分です。


 あの幸せそうな家族団欒の姿を見ていても、苛つくだけですので、先程の書類を書き直しましょう。

「奥様。先程、国王陛下より奥様宛の手紙が届きましたが、こちらで読まれますか? それともお部屋の方にお持ちいたしましょうか?」
「ここで読むわ」

 至急の仕事は大方終わりましたので、手紙ぐらい読む暇はあります。

 レインが銀のトレイに載せて持ってきた信書を受け取り、国王陛下の印が刻まれた封蝋を切ります。

 そして中から取り出した手紙に目を通して……

「もう、この時期に入ってくるの?」

 勢いよく立ち上がってしまったために、座っていた椅子が後ろに倒れてしまいました。

「奥様。如何いたしましたか?」
「レイン。契約満了よ」

 私は慌てて、執務室に備え付けてある戸棚を漁り、必要なものを取り出していきます。

「契約満了とは……まさか」
「そう、あなたとの契約は終わりよ」

 そう言いながら、レインを執事としたときの契約書を引っ張り出し、期日を記入し契約終了のサインをします。

 レインは伯父である国王陛下に紹介してもらい、執事として契約をした者なのです。
 私の味方がいないアルディーラ公爵家では、ことがなにも進まず苛ついたのです。そして私は、母の兄である国王陛下に泣きついたのです。

 アルディーラ公爵を闇討ちするか。アルディーラ公爵家の中を采配できるものを紹介してくれるかをです。
 流石に闇討ちは却下されました。代わりにレインを紹介してくれたのです。

「レインハルト殿下。今までのご無礼を許していただきたく存じます」

 そう、伯父である国王陛下は庶子であり王位継承権がない第一王子を私にあてがったのです。
 いわゆる従兄妹であり、それなりに顔を合わせていた仲でした。『陛下。もしかしてボケが始まりましたか?』と思わず言ってしまったぐらいの衝撃があったのは事実です。

 まぁ、この話からわかるように、国王陛下でさえ、王妃を迎える前に愛人がいたという事実。心の中で地獄に落ちろと思ったのは、墓まで持っていこうと思っています。

「突然ですね」
「突然ではありますが、事前には言っておりましたよ」
「それにミレーネに敬語を使われると悲しくなりますね」

 執事に敬語を使うべきではないと言ったのは、レインハルト様ではないですか。

 私は国王陛下からの手紙をレインハルト様に見せます。

「ベルグランダ地方で謎の奇病が広まっていると報告が入ったそうです。厄災の始まりの兆しです」
「はぁ、本当にミレーネの言う通りのことが起こったのですね」

 私には前世というものの記憶があります。まぁ、私自身はこれと言って突出するものもなく平凡な会社員だったのです。が、何故死んだのかは覚えていません。辛い記憶は忘れてしまったのでしょうね。

 しかし愛人という存在に殺意を覚えますので、おそらくこの辺りで何かがあったのでしょう。

 そして、この世界と類似した漫画があったことを、愛人の子供を目にしたときにふと思い出したのです。

『あら? この子が大きくなれば、あの物語のヒーローっぽいわね』と。

 物語はよくある聖女の異世界召喚から始まるのです。そして主人公の女性は、誤って巻き込まれた系。正義感の強い公爵令息に恋をするという物語です。

 まぁ、本当の聖女は主人公だったという話なのです。が、その正義感の強い公爵令息には継母がいて、自分の母親を殺した悪女に復讐したいという……その継母が、私そっくりだと……

 ですが、物語の公爵夫人の殺意が芽生える理由がわかるわ。と逆に納得しました。
 それに夫の公爵もそっくりだと。


 そして、聖女を召喚しなければならない事態に陥るのが、世界を襲う厄災なのです。

 最初はある地方で奇病が発生し、徐々に広まっていき、魔物の狂暴化が各地で発生し、人々は生きることもままならない状況に陥るのです。

 原因は古の勇者が封印したという伝説の悪竜の封印が解けかけたことでした。

 悪竜の吐く吐息に混じる毒に人や魔物が汚染され、奇病や狂暴化が起こったのでした。
 封印が解かれ暴れまわっていた悪竜は、主人公の女性と仲間たちの手により討ち滅ぼされて、めでたしめでたしで終わるのです。

 よくある感じの物語です。しかし、大まかな流れは覚えているものの、詳細などさっぱり記憶にはありません。 

 どこから奇病が広まっていったとか。悪竜の封印の場所とか。どこで何があったかです。

 それも私が今いる時間軸は、主人公が召喚される前。

 私が悪竜を討伐するのかと言えばそんなことはできません。
 これは私の中での基準にしようと決めていただけです。ここから逃げる基準です。

 正義感の強い公爵子息に、継母が殺されるのですよね。

 今現在メリーエルンは健在で、私は何もしていません。ということは、私は未来でもメリーエルンに何もしなかった可能性が高いです。
 始末するなら、結婚して三年間の間にしていますもの。

 ということは、厄災で亡くなった可能性が出てくるのです。

 冤罪で殺されるなんてまっぴらごめんですわ。

 まぁ厄災のことは国に任せます。
 さて、私は夫のところに行きましょうか。

 どうぞこのまま家族団欒を続けてくださいと。


 契約の完了をしたレインハルト様には、そちらでの引き継ぎをお願いをしました。そして、私は庭からサロンに入って、くっちゃべって……団欒を楽しんでいる夫の元に行きます。

 無礼な感じでサロンの扉を開きました。
 礼儀をもって入室許可を待っても待たされるだけですからね。

「何用かね?突然」

 驚きの声を上げている夫の前に1枚の書類を突きつけます。

「国王陛下から離婚の許可をいただきました。ここにサインをしてくださいませ」

 何度も離婚を願っても受け入れられなかったので、伯父である国王陛下の権力を思いっきり行使します。

 離婚の理由としては、結婚して三年の間に子供ができなかったことです。
 がアルディーラ公爵夫人としてふさわしくないということにするのです。

 ええ、それはやる事をやっていなければ、子供などできません。しかしここは、私が悪いという話にもっていって、新しい嫁でも貰いやがれと突きつけるためです。

「突然なんだね?今は忙しいのだよ」

 見ていただきたいとお持ちした書類を報知して、優雅にお茶を嗜んでいる人に忙しいと言われたくないです。

「あら? 早めに目を通してほしいとお渡した書類が一向に戻ってこないほどですものね? 第一王子殿下の十歳のお誕生のお祝いの品がアルディーラ公爵家だけないという醜態をさらさなければよろしいですわね」
「それを早く言え、もう一ヶ月ないではないか!」

 何を今更慌てているのでしょうか? 私は半年前から何度も催促をしておりましたよ。

「去年の秋にお渡しした書類が発掘できるとよろしいわね。それよりも旦那様? ここにサインをいただけますか?」
「そんなもの後でもいいだろう! 先に第一王……」
「旦那様? 国王陛下のサイン入りの書類が目の前にあって無視をするつもりですか?」

 慌てて立ち上がって何処かに行こうという夫の前に立ちふさがります。そして離婚届を突きつけました。

 なんのために伯父様に頼んで一筆書いてもらったと思っているのです。この国の貴族であるなら、国王陛下の名が記された物を無視するなど不敬。
 逃げ場をなくしてサインをするしかないという状況を作るためなのです。

「ちょっと待て、どうして今なのだ。一ヶ月後には第一王子の祝賀パーティーにでるのだろう」

 絶対に今の今まで、祝賀パーティーのことなどこれっぽっちも頭にありませんでしたわよね。

 だって、パーティー用のイブニングを作ったという話は聞いていませんもの。

 私はにこりと笑みを浮かべます。

「もちろんパーティーには出席しますわ。従兄弟の誕生日パーティーですもの」

 庶子であるレインハルトさまと、表向きは第一王子のルベールシルア様との間に十五歳の差があるのです。それは王妃様が中々決まらなかったというのがあるのです。
 ええ、愛人問題です。

「私はミレーネ個人として参加させていただきます。どうぞ旦那様はそこのメリーエルン様でも新しい奥方様でも伴って出席してください」
「そんな横暴が通ると思っているのか!」
「いますわ。王命ですもの。だからサインをしてください。それとも王命に逆らうのですか?」

 たかが離縁如きで国賊と呼ばれることになるのですかと問いかけます。

「ミレーネ様。王命とは言え、それはあまりにも……」
「おだまりなさい! 私はあなたに発言していいとは言っていませんわよ」

 
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