四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴

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2話

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 だいたいメリーエルンが口を出すからややこしくなるのです。夫の愛人という立場を貫くなら、この話には口を出さないでいただきたい。

「それとも、私の代わりにあなたが公爵夫人を名乗ってもいいのよ?それであれば、名実ともに旦那様の妻を名乗れますのよ?」

 私がそう言えば押し黙るしかないメリーエルン。
 公爵夫人には多くのものがのしかかってきますからね。それから逃れたいメリーエルンとしては、首を縦に振ることはないでしょう。

 所詮、今の現状に満足してしまった浅はかな女ということです。

「ミレーネ! メリーエルンを責めるな!」
「は? 私はあなたが公爵夫人になれば、すべてが丸く収まるのだと遠回しに言っただけですわ。それとも馬鹿でもわかりやすく言ったほうがよろしいかしら?」
「ミレーネ!」
「だったら、若くて美人で気立てがいい奥様でも迎えてくださいな。それでサインをしてください」

 ほら、メリーエルンのことになると直ぐに顔を真っ赤にさせて怒り出す。

「それとも私が紹介させていただいたほうがよろしいかしら? フェリヴァール侯爵令嬢など如何かしら? 十八歳で先日婚約破棄されたばかり、きっと旦那様と愛人のメリーエルン様のことには口出しなどしてこないでしょう」
「フェリヴァール侯爵令嬢とは……あれだろう? 婚約者のハイレイヤー伯爵子息を殴ったという」
「それが何か?」
「私が殴られたらどうする!」

 ……初夜で殴った私に、それを聞くのですか? 殴られればいいと思いますわ。

「ではコンディーラ公爵令嬢は如何でしょう? まだ、十二歳ですが、貴族としては許容範囲の年齢差ですわ」
「その幼さで公爵夫人が務まるとは思えない」

 わがままですわね。でしたら……

「エアディーフェン侯爵夫人は如何かしら? 二年前に侯爵を亡くされて御子息を侯爵に立てるまではと頑張っていらっしゃいますわ」
「私より年上ではないか」
「は?」

 その言葉に思わず手が伸びてしまいました。

「相変わらずグチグチと、碌々ろくろくの人物とは、旦那様のことを言うのですわ」
「ろくろく?」

 嫌味も通じない。
 能力が乏しくて役に立たないという意味ですわよ。とはいちいち教えませんわ。

「四の五の言わずに、さっさとサインをしてくださいませ!」
「ミレーネ。首が締まっている」

 それは胸ぐらを掴んで締め上げているので少々息苦しいかもしれませんわね。

「旦那様! 誰か!誰 かいないの! 旦那様が!」

 うるさいわね。二人で居たいために他の使用人を遠ざけたのがアダになっているのよ。
 それから、他の使用人たちはレインに集められて今後のことを報告されているから、当分の間はこないわよ。

「何故。誰も来ないの!」
「使用人であれば、あなたがいるではないですか、メリーエルン。しかし公爵夫人という立場であれば、旦那様を助けることはできましてよ」

 顔色が青白くなってきた夫と私にオロオロと視線を向けるメリーエルン。

「わ……わかりました。私が公爵夫人になります! その手を離しなさい!」
「そう。でもサインをされないと、私が公爵夫人のままよ。大変ね?」

 口の端からアワがこぼれ出だした夫を見て、ペンを握り見覚えのある夫のサインをしだすメリーエルン。

 普通であれば『まぁ。お上手なこと』と嫌味を言うところです。が、どうしても夫のサインが必要なときはメリーエルンがサインをしているのを知っているので、黙って差し上げますわ。

 さて。私は夫……元夫から手を離して、代わりに離婚届を手に取ります。

 とても晴れ晴れとした気分ですわ。

「それではアルディーラ公爵。愛人のメリーエルン様。ごきげんよう」

 私は、今の現状では愛人でしかないのだと、メリーエルンに再認識させてサロンから出ていきます。
 国王陛下からの許可が下りるとよろしいですわね。

 私は私室に戻って、必要なものだけを旅行鞄に詰めていきます。とは言っても見た目は普通の四角い旅行鞄ですが、倉庫一棟ぶんぐらいの容量は入る不思議鞄です。
 いわゆる空間拡張とか言うものですわ。

 その中に私物を放り込んでいき、アルディーラ公爵家の物はそのまま置いていきます。
 私にとって嫌な記憶しかないここでの出来事を思い出すものは必要ありません。

 あ、でも領地の采配はとても興味深く勉強のしがいがありましたわね。
 それもレインのお陰でした。私一人では何も成せなかったでしょう。

 旅行鞄を持って部屋の外に出れば、黒髪の黒縁メガネをかけた執事が立っていました。

「奥様。お荷物をお持ちします」
「もう、奥様じゃないわよ。出戻りのお荷物になるだけよ」

 お兄様に頼み込んで、領地の端にでも住まわせてもらわないと。でも、今までに貯めた個人資産で旅行をするのもいいかもしれません。

 結局、レインに鞄を持ってもらい、馬車に乗り込みました。王家の家紋入りの馬車でしたが、これはどういうことなのでしょう?

 ああ、伯父様に挨拶をしろってことね。
 ついでに離婚届の書類を直接渡しましょう。

「ミレーネ。サインはもらえたのですか?」

 向かい側に座るレインからの言葉に頷きます。

「ええ。いつも通りメリーエルンが書いたサインですわ」

 そう言って、離婚届をレインに見せます。見慣れたメリーエルンのサインに目を細めるレイン。 

 そう、初めから四の五の言い訳をする夫……元夫からサインをもらうことはせずに、メリーエルンを動かしてサインをさせる作戦だったのです。

 上手くいってよかったですわ。

 私がもつ離婚届を手に取り、筒状に丸めています。そして執事として必須アイテムの懐中時計ではなくて、魔導式時計の蓋を開き、出現した魔法陣に筒のように丸めた書類を押し付けるレイン。
 すると紙の筒は魔法陣に溶けるように消えていきました。

 離れていても手紙などをやり取りできる便利な魔法陣です。まぁ、使用できる人は決められていますけどね。

 こんなものが一般に出回れば、地下で暗躍する組織などやりたい放題になってしまいます。

 するとその魔法陣から別の封筒がでてきました。

 その封筒をレインは私に差し出してきます。裏を見ますと国王陛下の封蝋の印がおされています。

 何かしら?

 首を傾げていると向かい側からペーパーナイフが差し出されてきました。
 それを受け取り封蝋を切ります。

 中を見ますと、二枚の用紙が入っています。取り出して手紙を開くと、最初に季節の挨拶から始まり、私のアルディーラ公爵領でやってきたことを高く評価すると書かれていました。
 ええ、前世の記憶から引っ張ってきたものですけど。しかし、私一人では何もかたちにはならなかったでしょう。

「ん? カリオディル?」

 とある地名の名が飛び込んできました。王家の直轄地のカリオディルの領主に命じる?

 王家の直轄地というには大して特産もなく、良くも悪くもない地です。もしかして、ここをテコ入れしろということですか?

 その下に視線を向ければ……

「は?」

 思わず目の前のレインを見てしまいました。
 そして、二枚目の紙を下から引っ張り出します。

「婚姻届ー!」

 はしたなくも叫んでしまいました。しかし、そんなことよりも、その婚姻届をレインの方に向けます。

「どういうことですか! レインハルト様!」

 婚姻届には既にレインのサインがされているではないですか!

「書いてあるとおりですよ。ミレーネ」

 いやいやいやいや。どうして、私がレインと結婚してカリオディルの領主に?

「初めて会ったときから、お慕いしていました。ミレーネ姫」

 いつの間にか、隣に座っているレインから手を取られていました。視線を上げると王家特有の銀髪に紫紺の瞳の青年がいるではないですか!

 それに初めて会ったときって……私はサァーっと血の気が引いていきます。
 あのときは前世の記憶など思い出してもいない五歳児。
 目の前のレインを女の子だと思いこんでいたのです。ええ、とても可愛らしい女の子だと。

 それはもう……夏なのに池を凍らせて滑ったりとか、王城の中でおいかけっとだと言って走り回ったりとか、王城の地下で肝試しだと言って探検したりとか……全然女の子らしくない遊びだと?

 いや、前世の記憶がなくても私は私だったらしく、御城にいるお姫様って走り回ったりしなさそうだと思って、振り回していた記憶しかありません。

「その汚点は記憶から消去してください」

 とても令嬢らしくなかったと、今では闇に葬りたい所業です。

「レインハルトという者は表には出せない存在ですから、一緒に遊んでくれたことは、私にとって大事な思い出です。だから、忘れませんよ」

 はい。その国王陛下の愛人問題が原因でした。あの国王陛下はシスコンだったのです。
 私の母ではないですよ。

 まぁ近親相姦は前世でもあったという歴史があります。が! その先代の国王陛下が身分のない女妾に産ませた子が、国王陛下の愛人なのです。

 はい。レインをみてわかるように、幼い私が女の子と間違えてしまったことからわかるように、愛人であるレインの母親は月下美人に例えられるほど綺麗な方なのです。

 国王陛下がベタ惚れの所為で、正妃様が中々決まらなかったのです。

「この三年間は私にとってとても充実した日々でした。レインとして人々の前にでて普通の人として過ごしてきたのです」

 存在しない者として扱われてきたレインにとって、アルディーラ公爵家での執事としての日々は新鮮だったのでしょう。

「私には伴侶を選ぶという権利はありませんが、どうか私の手をとっていただけませんか?ミレーネ姫」

 伴侶を選ぶ権利はないですか。確かにレインの立場からいけばそう言わざる得ないでしょう。

 ……国王陛下。これはもしかして、三年前に私が泣きついたときから画策していたとかいいませんわよね。

 しかし、アルディーラ公爵家からやっと解放されたので、これ以上わがままを言って母やお兄様を困らせることはできません。

 それにまた、レインと共に領地改革をするのもいいでしょう。

「私でよろしければ、喜んでお話を承ります」

 すると取られていた手が引っ張られ、レインの方に身体が倒れてしまいました。

 きょ……距離が近いです! っていうか、何故に抱き寄せられているのですか!

「ミレーネがいいのです。それにしても、私が父を説得している間にアルディーラ公爵子息と婚約してしまうなど、どれほど焦ったことか」

 ん?

「あの者の好みそうな女を探し出して、あてがったかいはありましたね」
「はい?」
「これからは夫婦として共に過ごしましょう」

 ちょっと待ってください。元夫の愛人はレインが用意したと言っています?
 それから私はまだ婚姻届にサインはしていませんわよ。

「これからの話をする前に、サインをしていただけますか? ミレーネ」

 綺麗な笑顔を浮かべているレインから右手にペンを持たされ、サインをするように促されてしまいました。

 サインする前に聞きたいことがあるのですが、よろしいかしら? これはどこまでがレインの画策だったのでしょうか?

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