猫使いと銀の森

yukie

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太陽の王子と雪の猫

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 「ヒト」と呼ばれる生き物が現れる前の遥か遠い遠い時代のこと。
 その星の広く青い海の片隅に楕円形の銀色の隕石がふわふわと舞い降りました。重そうに見えるその隕石は軽々と海面に浮かぶと海中にするするとタコの足のような根を広げ、石の中央からは銀色の小さな芽が現れてあっという間に小さな樹になりました。その後、長い年月をかけてその小さな樹は銀色の巨大なブロッコリーのような樹に育ちました。隕石のように見えたその銀色の石は、遠い星からやってきた宇宙船だったのです。

 その宇宙船には猫に似た生き物が一匹と冷凍カプセルに入ったたくさんの生き物、そして様々な植物が乗っていました。この猫のような生き物は、母星の猫族が増え過ぎた時のために移住できる星を探すように依頼された調査員で、彼はただ青い海が気に入ったという理由でこの小さな星を選んだのでした。彼は樹が育つ長い年月の間にさまざまな植物を植え生き物たちを解凍し、やがて宇宙船は小さな島となりました。島にはやがていつの間にか現れたこの星の生き物たちも住み着いて、独特の世界が創り上げられていきました。「ヒト」というものも現れましたが彼らがこの島を見つけることはありませんでした。大きく育った銀の樹から放出される薄紫の霧がその島の存在を隠すようになっていたからです。

 星からやってきた風変りな生き物たちはこの島に適応するように少しづつ変わっていきましたが、猫に似た生き物だけはまるで変わらず、年を取ることもないように見えました。彼は細く青い目と長い髭と尖った耳を持ち、太い尻尾でバランスをとって二足歩行をし、色や長さを自由に変えられる体毛を持っていました。この体毛については他の猫族も同じで、さまざまな色や柄で産まれてはきますが少し成長すると自由に変えられるようになるのでした。彼の星には二種類の猫族がいて私たちが知っている猫とほぼ変わらない小柄で寿命も同じくらいの猫族と、彼のように少し大柄でとても長生きする猫族とがいて、彼の星を統治しているのは長命な種族の方でした。どのくらい長く生きるのかは誰も知りませんでしたが、長い間この島で暮らすことは決まっていたので出来るだけ居心地良い島にしようと彼は思っていました。彼は昔ながらの、機械や文明の利器に出来るだけ頼らない生活をしてみたかったので、どうしても必要な時以外は宇宙船に乗せた便利な機械を使わないように心掛け、とてもシンプルに暮らしていました。

 生き物たちは彼を「猫使い」と呼びました。

 「ヒト」が現れて「猫」を飼うようになって猫使いは「ヒト」にとても興味を持つようになりました。猫族が何かに飼われるなど彼にとってはあり得ないことだったのです。そこで母星の猫族たちをこの星の猫そっくりに変身させ「ヒト」の家に送り込み、彼らの日々の生活を観察させて報告させるようにしました。母星から持ってきた猫の卵を孵化させては育て、「ヒト」の飼い猫となるべく送り出された猫たちは定期的に夢の中で島に帰ってきていろいろなことを報告するのです。例えば、「ヒト」がカーテンというものを変えたと聞くとその色や柄や材質について細かく聞き、ノートに書き留めて保管したり、猫族に対する影響を研究したりするのです。「こころ」だけ戻ってきた彼らに猫使いは仮の体を与えて自由に飲んだり食べたり遊んだりさせて楽しませ、また「ヒト」との生活に戻ってもらうのでした。猫使いは世界中に猫族を派遣し、そのおかげでとてもたくさんのこの星の情報を得ることができるようになりました。そしてその情報を時々母星に報告するのです。そんな日々を好奇心旺盛な猫使いはとても楽しんでいました。

 そんなある秋の日のこと。気持ちの良い朝の光で目を覚ました猫使いはベッドの中で、何を着るかと朝ご飯は何にしようかとでとても悩んでいました。楽しむことが大好きな猫族たちの中でも彼は一日一日をとても大切にしていたのでそんな些細なことでもとても大事だったのです。服というものも「ヒト」と同じように猫使いにとっては興味深いものでした。猫使いの種族は体温調節も好きなように出来るため服というものは必要なかったのですが、派遣された猫族からの情報で「ヒト」は服をとても重要視していると知り服に近いものに体毛を変化させてみたところ、これがとても楽しくて彼の毎朝の楽しみとなったのです。今日は鰊とキノコを混ぜたスクランブルエッグとチーズ、それに白ワイン。そう決めた猫使いはそれに合いそうなタキシードのような形にニョキニョキと体毛を変化させ、灰色の毛は黒と白のペンギンのように変わり長い髭は金色の蝶ネクタイのようになりました。頭の毛を小さなシルクハットのように変化させたところで鏡を見てうなずいた彼は天気の良い日の朝食用に作られた樹の上のテラスに向かい、猫神様に朝食の準備を頼みました。

 猫神様とは猫使いが母星から連れてきた生き物で猫族たちの乳母や召使のような役割を持っていました。半透明の魚のヒレのようなものの生えた小柄な生き物で猫のような耳といつも笑っているような目を持ち、ヒレを使ってふわふわと浮かんで移動したり、ヒレを上手に使って細かい仕事をこなしたりするのでした。彼らは遥か昔から猫族たちのさまざまな依頼を喜んで引き受けてくれていましたが命令されるのは大嫌いで、命令されるとプイとどこかへ行ってしばらく帰って来なくなってしまうため猫使いも他の猫族たちもとても丁寧にお願いするようにしていました。乳母役の猫神様は卵一つにつき一人が付いて卵の面倒を見て孵化させ、産まれてきたその子猫を育て、その子猫が「ヒト」の世界に送り出されると冷凍カプセルに戻って次の子猫を待つのでした。他に掃除や洗濯、料理をしてくれたり島の外に買い出し(もちろんこっそり持ってくるのですが、お金の代わりに銀の木の実を置いてきたりはしています)に行ったりする猫神様たちがいて、猫使いは猫神様たちのおかげで日々の雑用から解放されているのでした。

 朝食用のテラスでコーヒーを飲み、一面に広がる銀色の森を眺めながら朝食を待っていた猫使いは今日が卵の孵化する日だと思い出しました。先月の満月の日に卵を宇宙船の保存室から取り出して猫神様たちに預けておいたのです。孵化する日はその次の満月の日と決まっているのです。

 その夜猫使いは満月の光に照らされた美しい銀の森にわくわくしながら出掛けました。何度見ても孵化の瞬間というのはとても感動的なものなのです。

 島にひとつしかない小さな湖のほとりに猫神様たちはいました。8個の卵の入った孵化器を囲んでぼんやりとした青白い光を放ちながら漂うようにふわふわと浮かび、産まれてくる子猫たちのために不思議な歌を歌いながら祈っていました。首には産まれてすぐの子猫たちに与える記憶の球と呼ばれる母星の記憶を埋め込んだ球をぶら下げています。その光景はとても美しくその歌はとても心に響くもので、森に住む生き物たちもその不思議な光景を見るために集まっていました。

 チリン、と鈴のような音がして白と黒のブチ模様の卵にひびが入りました。続けてチリン、チリンと音が響き茶色とこげ茶の縞模様の卵と真っ黒な卵とにひびが入り、それぞれの卵から小さな子猫が顔を出しました。縞模様からは縞の子猫、ブチ模様からはブチの子猫、という風に次々と子猫たちが顔を出し、か細い声で鳴き始めました。産まれてすぐの子猫たちは猫神様に抱き抱えられ、暖かい子育て用の小屋へと連れて行かれました。不意に猫使いは大変なことに気づきました。卵は8個あるのに猫神様は7人しかいないのです。確かに卵を8個取り出して8人の猫神様を冷凍カプセルから出し、1人にひとつ卵を預けたはずでした。卵から猫神様が離れるなど、今までになかったことなのでどうしたことだろうと猫使いは首を傾げました。
 猫神様たちはみんな子猫を連れて去ってしまいひとつの卵だけが最後に残されました。それは綺麗な純銀の卵でやがて顔を出したその子猫は綿雪のようにふわふわとした白銀の毛並みの、とても綺麗な子猫でした。猫神様がいないその子猫を放っておく訳にもいかず、猫使いは体毛を暖かい毛布のように変化させ、その子をくるんで家まで連れて帰りました。そして猫使いはその子を猫神様に頼まずに自分で育ててみることに決めました。
 経験したことのなかった子猫との生活は猫使いにとって大変でもあり、しかしとても貴重な時間となりました。猫使いと猫神様、そして猫族たちや森の生き物たちに見守られてその子は幸せに育ちました。新雪のように白く輝くその子は雪の猫と呼ばれ、猫使いの手伝いが出来るようになると食料を集めたり冬のために保存したり、料理したりするようになり、夜は猫使いと共にお酒を飲みながら本を読んだり猫使いの研究の手伝いをしたり、という日々を送っていました。

 春が終わりそろそろ夏が来るという時期、雪の猫はハリネズミモドキの子供たちと一緒に朝早くから森の奥深くに出掛けました。珍しい魚の匂いのするキノコが生えているというのです。キノコを採り、ついでに仲良しのカワウソたちの家に寄り道したため家に戻ってきたのはもう月が昇る頃でした。キノコが山盛りになった籠を背負いカワウソたちにもらった美味しい魚をぶら下げてやっと家に着いてみると家の前には話には聞いたことがあるけれど初めてみる龍という生き物が丸くなってくつろいでいました。雪の猫が近づくとその白と金色の龍は面倒くさそうに片目を開け、また眠りについたようでした。今までに一度だけでしたが外の世界からお客様がやって来たことがあって、その時もやはり見たことのない生き物が庭にいたので、またそのお客様だろうと静かに玄関の扉をあけてソロソロと居間に入ってみると、居間の部屋中がオレンジ色と金色の暖かい光で満ち溢れていました。あまりの眩しさにやっとのことで目を開けて良く見てみると、何か光を放つ生き物が椅子に座り、サングラスをかけた猫使いとワインを飲んでいるようでした。その生き物、というよりその存在を感じた瞬間に雪の猫の心は何か懐かしいような不思議な気持ちになりました。雪の猫に気づいた猫使いが、彼は太陽の王子だと紹介しました。この世界を照らし、すべてを見守っている太陽の王の一人息子であり、「ヒト」でもいわゆる生き物でもない特別な存在なのだと。遠い星から来た猫使いと太陽の王は昔からの知り合いであり、太陽の王はこの星で困ったことがあると猫使いのもとを訪ねるように息子に言っていたのです。太陽の王子はその日、遠い金色の砂漠から母親が行方不明になってしまったスナネコの子供を猫使いに預けに来たのでした。スナネコはとても貴重な種族なので大切に守る必要があるのです。猫使いは腕の中ですやすやと眠ってしまったスナネコの子供の面倒を猫神様に頼むために部屋を出て行きました。

 雪の猫が感じた懐かしいような、何かとても大切なものに出会ったような不思議な気持ちを太陽の王子も同じように感じていました。出会うことが決まっていた大切な相手と出会ったことに彼は気づきましたが同時に大変なことにも気づき、言いました。「このままでは君には僕が見えないね」
 そして少し外で待っていてくれるように頼みました。雪の猫は外にある銀の枝を編んで作ったハンモックで丸くなり太陽の王子が来るのを待ちましたがなかなかやって来ないのでそのまま眠ってしまいました。不意に暖かいものを感じて目が覚めると隣に大きなオレンジ色と金色のふさふさの雄猫が座って彼女を見つめていました。
 「これで君にも僕が見えるね」それは猫使いに頼んで姿を変えた太陽の王子だったのですが、とても急いだためにあまりにふさふさになってしまい、尻尾は体よりも大きくなってしまっていて少しバランスが悪いように見えましたが一応は猫のように見えましたし雪の猫にはそのふさふさの暖かそうな尻尾もとても素敵に見えました。太陽の王子は太陽の猫になったのです。

 太陽の猫は慣れない体と巨大な尻尾を何とか丸めて、雪の猫はその暖かい尻尾の中に居心地よく収まり、いつの間にか現れた蛍たちが2人を照らすように飛び交う中で朝日が昇るまでいろいろな話をしました。そしてその朝には2人は一緒に暮らすことを決めていました。決めたというより決まっていたこと、当たり前のことのように思えました。

 猫使いは雪の猫と一緒に過ごす時間が少なくなってしまうことは寂しかったのですが、2人のために銀の枝を組み合わせて作った鮭や鰊を燻製にするための小屋を素敵な家に改装してくれました。雪の猫はその家に浸み込んだお魚の匂いがとても気に入ってさらに居心地良くしようといろいろと考えました。2人はその日から毎日離れることなく寄り添って暮らし、昼は今まで通りに猫使いの手伝いをし、夜は2人の家で美味しい晩ご飯を食べてお酒を飲みながら居心地の良いクッションの上で丸まって本を読んだり話をしたりして過ごしましたが猫使いが寂しくないように週に一度は猫使いの家に泊まることにしていました。猫使いの家に泊まる夜には猫使いと太陽の猫は遅くまでチェスを楽しみ、雪の猫はそれを眺めながら猫神様たちのために可愛い刺繍の入ったスカーフを作ったりするのでした。
 2人は家でのんびり過ごす時間をとても大事にしていたのであまり遠出することはありませんでしたが、年に何回かは猫神様に頼まずに自分たちで魚を釣りに行くことにしていました。雪の猫は濡れることが嫌いであまり釣りが好きではなかったのですが太陽の猫は海で泳ぐことが大好きでした。猫神様たちが魚を釣りに来る時に泊まる大きなテントはとても居心地よく、浜辺で魚や貝を焼きながら年老いたウミガメの話す海の中の不思議な物語を聞くことが雪の猫のお気に入りになり、聞いた話を書き留めては猫使いへのお土産にするのでした。太陽の猫は海に潜りクラゲや魚たちを眺め、その様子を雪の猫に話しては2人で深い海の生活を想像し、魚になった夢を見ながら眠るのです。

 年に一度、夏が終わり涼しくなってくる頃に猫祭りの日がありました。猫使いの誕生日の日に世界中に派遣された猫族たちが一堂に会し、盛大に祝うのです。集まった猫族たちはここぞとばかりにまるで仮装パーティーのごとく体毛を華やかに変化させて踊り、森の生き物たちと共に一晩中飲み明かすのでした。雪の猫は体毛の長さは変えられるのですが何故か色を変えることが苦手で、小さい頃からいくら練習しても上手く出来ませんでした。猫使いはそんな雪の猫を可哀想に思って良く可愛い色のマフラーやストールなんかを猫神様に頼んで買ってきて(?)もらったものです。そんな彼女は体毛を長く伸ばしてくるくる巻いてみたり、綿菓子のようにふわふわにしてみたり、ドレスのように広げてみたりして精一杯のおしゃれをし、自分で体毛を変えることができない太陽の猫はオレンジ色の体に合う青いチョッキを猫神様に頼むのでした。そして猫使いは想像を絶するような色彩と形の生き物に変化し、誕生日を祝ってくれることに感謝してみんなにお酒をついで回るのでした。

 新年のお祭りも2人にとって大切なものでした。新年を迎える日の夜に盛大な宴会が行われ、世界中の猫族と森の生き物たちが集まって大騒ぎし、花火が打ち上げられ、花火の後はみんなで凍った湖の上に寝っ転がって星を眺めて自分たちの母星に思いをはせるのです。
 そして2人が出会った日には毎年、出会った夜と同じように蛍たちに囲まれてハンモックの中でくつろぎ、その年にあったいろいろなことを思い出しながら朝まで話続けることにしていました。
 そんな日々を積み重ねていくうちにいつの間にか雪の猫ももう立派な大人の猫になっていました。その頃にはもちろんお互いに相手に理解が出来ないところもあることに気づいていました。
 太陽の猫が理解出来なかったのは雪の猫が一日中食べ物のことばかり考えていることでした。朝ご飯を食べながらお昼ご飯、お昼ご飯を食べながらおやつ、おやつを食べながら晩ご飯、そしてその後のお酒のおつまみといった風です。それが猫族というものであり、女性というものであり、それが合わさった雌猫ときたら一日のほとんどの時間を食べ物のことを考えて過ごすものなのですが、美味しい物が大好きな太陽の猫にもその情熱は到底理解出来ないことでした。雪の猫は太陽の王子の忘れっぽさにびっくりすることがよくありました。前の日に約束したことや話したこと、何かをどこかに置いたこと、いろいろなことをすぐに忘れてしまうのです。置く場所を決めておけばいいのに、と言うと一応置く場所を決めるのですがどこに置くことに決めたのかを忘れてしまって一日中探し物をしているのです。
 
 雪の猫には気になることがありました。ある日不意に太陽の猫が心配そうに空を見上げているのに気づいたのです。そしてそれはどんどん頻繁になっていくようでした。しかし太陽の猫はそれについて一言も話さないので雪の猫はとても気にはなるものの何故か聞くことが出来ず、あまり気にしないようにしようと思いながら日々は過ぎていきました。

 そしてそれがやってきました。それはもう今にも初雪が降り出しそうな気配を漂わせた秋の終わりのことです。雪が積もる前にいろいろな野生のベリーやキノコなどを集めるために毎朝早くから猫神様たちが飛び回り、太陽の猫と雪の猫もせっせと森に通っては食料集めに大忙しでした。なにせ、皆の一冬分の御馳走がかかっているのです。冬の間に美味しい物が食べられるかどうかはこの時期の頑張り次第だったので、2人は初雪が降ったら少しのんびりしようねと約束して朝暗いうちから日が沈むまで森と家を往復しては食料を貯蔵庫に運び保存しました。
 その日も夜遅くまで頑張って食料を探し家に帰ると、2人をねぎらうために仲良しのカワウソの奥さんが大きな鮭にキノコとチーズを詰めて丸焼きにした御馳走を届けてくれたので2人は大喜びで特に気に入っている白ワインを開けました。食事中に扉を叩く音がして、雪の猫が扉を開けると茶色の封筒を持った猫神様がふわふわと入ってきて、その封筒を太陽の猫に手渡しました。太陽の猫は封筒を開け、中に入っていた小さな紙切れに目を通しました。読み終わった彼はその紙切れの裏に短く何かを書いて猫神様に、戻って猫使いにその紙を渡してくれるよう頼みました。 そして雪の猫に、食事が終わったら猫使いの家に行ってくるけれど心配いらないから先に寝ていてね、と言いました。彼は平気なふりをしようとしていましたが何か大変なことが起きたことは雪の猫にもわかりました。
 太陽の猫は猫使いの家に行ってしまい、ひとりで取り残された雪の猫は彼が帰ってくるまで起きているつもりだったのですが、毎日の疲れと少し飲み過ぎていたためにいつの間かぐっすりと眠ってしまいました。

 目が覚めて太陽の猫がまだ帰っていないことの気づいた雪の猫は猫使いの家に向かいました。家には悲しそうな猫使いが彼女を待っていました。

 太陽の王が亡くなったようだよ、と猫使いは言い、一枚の紙きれを彼女に渡しました。それは太陽の王子からのさよならの手紙でした。君が死ぬまで一緒にいられるかと思っていたのだけど、すぐに国に帰らなければならなくなってしまった。君は僕の国では生きられないし僕が国に帰らなければこの世界の皆が死んでしまう。もう一緒ににいることは出来ないけれど、ずっと見守っているからね。ずっと忘れないよ。と、とても急いで書いたような文字で書かれていました。
 
 雪の猫がその手紙を読んで最初に思ったことは、絶対に無理だ、ということでした。昨日の約束さえ忘れてしまう忘れっぽい彼がずっと忘れないなんてことはあり得ないとしか思えませんでした。手紙を持って猫使いの家から2人の家に帰る途中で初雪が降り始め、雪の猫は泣きだしました。初雪が降ったら丸一日2人で家に引きこもってのんびりする約束でした。暖炉に火を入れてその前にたくさんのクッションを重ねて2人で丸まって読みたかった本を読んで美味しいお酒を飲むのです。そのために雪の猫は猫神様にリンゴのブランデーとそれに合うチーズを探してくれるように頼んでありました。本当なら明日はそんな気持ちの良い日になるはずだったと思うと、涙が止まらなくなりました。また約束を忘れた。そう言いたいのに、言う相手がいなくなってしまったのです。確かに太陽がいなければこの世界の皆が生きられない、美味しい植物も育たなければ暖かく気持ちの良い陽だまりもありません。それでも、彼が側にいなくなるということは信じられず、心に穴が開いたような気持ちでした。

 その日から何をしていても彼のことを思い出してしまい、雪の猫は泣き続けました。泣き疲れては眠り、目が覚めては彼がいないことを思い出してまた泣く、という日々を送りました。心配した猫使いは猫神様たちを総動員して世界中に送り出し、世界中の美味しい物を集めさせては雪の猫のもとに持って行きましたが雪の猫は食べることが出来ませんでした。こんなに美味しそうなものを見たら太陽の猫がどんなに喜んで、どんなに嬉しそうな顔をするか、その笑顔が頭に浮かぶと涙が込み上げてきて何も喉を通らなくなってしまうのです。それでも猫使いは諦めずに毎日雪の猫の家に通っては枕元で彼女が起きるのを待ち、何か立ち直る手助けをしようといろいろ悩みました。長い長い間生きてきた猫使いはたくさんのさよならを経験してきたため、そのつらさや悲しみをとても深く知っていたのです。枕元に座って、泣き疲れて眠る雪の猫の寝顔を見守りながら自分のいろいろなさよならを思い出した猫使いは雪の猫以上につらく悲しかったのですが、自分の悲しみでいっぱいの雪の猫はそれに気づきませんでした。

 ある日の朝、目が覚めた雪の猫はあんなに綺麗に輝いていた白銀の毛が暗いぼさぼさの青い毛に変わっているのに気づき、驚いて鏡を見ました。頭から尻尾まで、そして背中の毛までも全部真っ青に変化してしまっていました。ずっとほとんど食べられなかったせいで丸くふっくらしていた体はすっかりやせ細り、まるで青い毛の生えた針金のように見えました。その日やって来た猫使いはとても驚きましたが、何も言わずに持ってきたお菓子を枕元に置いてお茶を入れに台所に行きました。その日猫使いが持ってきたのは、遠い遠い島から猫神様が持ってきた鯛の形をした甘いお菓子とタコの入ったパンのような物でした。とても美味しいそのお菓子を食べながら雪の猫は猫使いに、明日からお祭りの準備を手伝うと言いました。もうすぐ新年なのでみんな新年のお祭りの準備を始めていたのです。猫使いは嬉しそうに頷きました。

 その夜、雪の猫は鏡の前で青くなってしまった体を見ながら考えました。青い針金のような自分はもう太陽の猫と一緒に暮らしてきた白い猫ではないのだと。太陽の猫はもう太陽の王になってしまったのでしょう。今の自分を見て太陽の王も悲しんでいるに違いありません。今の自分は何の猫なのだろう?涙の猫?これからも涙の猫でいるの?

 一晩中太陽の猫の手紙を握り締めて考え続けた彼女は暗い部屋が少しづつ明るく、暖かくなっていくのに気づき、また泣きだしました。しかしそれは今までの冷たく悲しい涙ではなく、朝の太陽の光に暖められた、暖かい涙でした。

 新年のお祭りの準備のために森の生き物や猫神様たちは大忙しでした。青くなってしまった彼女をみんな心配して無理しないように言いましたが、彼女は寝ているのに飽きたと言って森の飾りつけや料理の準備を手伝い、夜は一人で家に戻り晩御飯を食べて眠りました。
 新年の朝、心を決めた彼女は猫使いに、お祭りが終わったら島を出て世界中を旅してくる、と言いました。
 
 彼女はお祭りの準備の間にずっと考えていたことがあったのです。それは泣いてばかりいた日々に猫使いが集めてきてくれた料理のことでした。それらは不思議な材料や香辛料を使った想像もしたことのない食べ物でした。彼女を心配した猫使いは猫神様たちに少し無理を言って今まで猫神様たちが行くことのなかった遠くの国まで行ってもらって、見たことのない食べ物を集めてもらっていたのでした。ほとんど食べることの出来なかった料理でしたがとても興味深く、世界中を旅していろいろな料理を覚えて猫使いに教えてあげよう、そう彼女は思ったのです。そしてもうひとつ考えていることがありましたが猫使いには言いませんでした。それは子孫を残すことでした。彼女は太陽の猫の忘れっぽさを良く知っていたので彼が彼女と暮らした日々のことをすぐ忘れてしまうと思ったのです。しばらくは覚えていてくれるでしょう。でも彼は何百年、何千年、もしかしたらそれ以上生きるのです。彼女が死んだ後どれだけあの日々のことを覚えていて思い出してくれるのでしょうか。でも、もし彼女に子供がいてその子供が子供を産んでそのまた子供が・・というように彼女を思い出す何かがあればずっと忘れずにいてくれるかも知れません。

 その夜は森中の生き物たちと世界中に派遣された猫族とが盛大に酔っ払いました。大量の御馳走と大量のお酒があっという間に消えていき、猫使いは一年かけてコツコツと作った花火をすべて打ち上げました。酔っぱらって凍った湖の上に仰向けになったみんなが星を眺めている間に猫神様たちが残り物をつまみ食いしながら後片付けをし、猫使いはそんなみんなを満足そうに眺め、こんな素敵な島を創れたことに感謝するのです。

 次の日、旅立った彼女は長いこと戻りませんでした。

 猫使いはことあるごとに太陽の猫と雪の猫のことを思い出し、2人が出会った夜になると猫使いが一人でハンモックに横たわりワインを飲みながら蛍たちを眺めたり、太陽の猫と雪の猫とが2人で暮らしていた日々に起きたことなどを思い出したりして一晩過ごし、そしてやがて昇ってくる朝陽に微笑んで2人のそれぞれの幸せを祈るのでした。

 「空の猫」とみんな彼女をそう呼びました。昔、雪の猫という猫がいたことを覚えている者もほとんどいなくなってしまった頃に彼女は猫使いのもとに戻ってきました。青くなってしまった毛がもとの白銀に戻ることはなかったのですが、明るい空の色に近い青に変わり、ところどころに生えた白髪がまるで雲のように見えたのです。それはからっと晴れた日の空のような気持ちの良い毛並みでした。空の猫は戻ってきてから猫使いの家に住み、覚えてきた美味しい料理を作っては猫使いを喜ばせ、猫使いはそのレシピを書き留めて図書室に保管しました。料理以外にも「ヒト」の世界の生活をいろいろと学んだ空の猫は毎晩お酒を飲みながら旅に出ていた間に起きたいろいろな話を猫使いに聞かせ、猫使いは彼女がいなかった間に起きたいろいろな出来事を彼女に教えました。

 のんびりとそんな何年かを過ごし、やがて空の猫は死にました。

 猫使いは新年のお祭りを一緒に迎えられるようにと湖のほとりに彼女のお墓を作り、その横にハンモックを吊るして、時々そのハンモックに横になって最近の出来事などを話して聞かせるのでした。

 かつて太陽の猫だったものは太陽の王となり、彼女が死ぬまでずっと見守っていました。彼女が子孫を残してくれたおかげで毎日彼女の子供たちとその子供たちを見守るのに忙しく、彼女のことを忘れた日など一日もありませんでしたし、これからも忘れることはないでしょう。たいていの子猫たちはいろいろな柄や色で産まれてきましたが時折、彼が彼女に出会った日に見たような、綿雪のようなふわふわの白銀の毛並みの子猫が産まれてくることがありました。そんな子猫を見ると彼は、2人で暮らした優しく暖かい日々を思い出して、特別扱いはいけないことだと思いながらもその白銀の子猫だけをこっそりと余分に暖めてあげるのでした。
 
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