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 基礎特訓が元の回数に戻る頃には、そこそこ俊敏に動けるようになっていた。かかった日数?聞かないで欲しい。その頃には最高級鳥籠もできあがっており、そこが新たな寝床になった。

「こちらが妖様の新たな鳥籠ですわ。竜の骨でできていますの。太古に生きていた竜の骨が化石となりこのように美しく輝き、強度もバッチリです。そして魔鳥の一種である女王鳥の羽毛と黄金繭からとった絹糸で織られたこの布で作ったクッション。柔らかな肌触りでストレスなく過ごせるはずですわ」
「キュイ(説明をありがとう)」
「どういたしましてですわ!」

 最近はバオジイの通訳がなくても何となく伝わるようになっていた。それでも事細かに伝える事は未だに難しい。この不便さも何とかならないものか。

「妖様の言葉を理解できるようになるにはまだまだ修行が足りないみたいですわ。何か便利な魔道具はあったかしら? 翻訳ができる魔道具などがあれば、もっと気軽にお話ができますのに」
「今のところバオム殿しか理解できませんからね。それも前世での繋がりからでしょうか?」
「不思議な縁ですわね」

 ちらりとバオジイに視線を送るが窓際でフロッシュと一緒に日光浴をしているようで、こちらの話は聞こえていないみたいだ。右に左に揺れているのは寝ているからなのか、時おり寝言のように何か呟いている。

「この件はお父様に相談しますわ。きっと何か心当たりがあれば教えてくださるはずですもの」

 そう言えば、彼女の親はここにいないのだろうか。配下はいたる所にいるようだが、親らしき者は見かけない。ここで世話になっているのに挨拶のひとつもしないわけにはいかないだろう。後でバオジイに聞いておこう。そして、今日もあの特訓メニューをこなし俺の一日は終わっていく。



 翌日、バオジイに幼女の親について聞いてみた。

「姫様のご両親は今こちらにはいらっしゃらないのです。元々、母君はこの地へ降りて来ていませんし父君は所用で留守にされておりますが、そろそろ戻って来られるかもしれませんな」

 両親は健在のようだ。他にもこの地での知識などを教えてもらい、知識をためていく。
 この大陸には五つの国があり、中央で分断するようにヴァルドゥング国が縦に長くある。その西側にエスプリ、アンブル、ラフィネの三国、東側にジェネロジテの一国。ヴァルドゥングの国土の九割が『聖なる森ハイリギャーバルト』という森林地帯になっており、そこには黒竜を頂点に様々な魔獣や聖獣などが入り乱れて生息している。他の四国には人間と獣人族が住んでいるそうだ。
 魔獣達は基本的にこの森からは出ていかない。ただ、ここは弱肉強食の世界。弱者は居場所を追われ出て行くそうだ。そこで人間達に狩られようがどうなろうが自己責任。人間達はそういった魔獣から採れた素材を使って便利な道具などを作っているらしい。

「キュキュ?(素材を求めてこの国にやってきたりはせんのか?)」
「彼らには無理ですじゃ。外へ逃げた魔獣でさえ簡単に倒すことができぬ者達には、ここの森に生息する魔獣になどかないませぬよ」

 人間は脆いからのう……前世でのあやつらもそうであったな。たまに突出した才を持つ規格外の人間もおったが。

「キュイイ?(獣人とはどんな奴らじゃ?)」
「あやつらは人間と獣の特性を持って生まれた種族ですぞ。かつての若様のような姿をしております。人間よりは強いかと」

 ほうほう、色々な種族がおるのだな。妖怪にも色々とおったのだからそう珍しいわけでもないか。

 少しずつだがこの世界の事もわかってきた。あとは文字なども覚えれば書物を読む事ができるだろうか。これもバオジイに教えを乞うしかないな。いつもの特訓に勉学が足され、しおしおに萎えながらもこなしていく日々。そして、ようやく次の段階へ進めるのだった。



「妖様も日々、成長されておりますね。よって今日からはステップアップですわ!」

 今日は別の庭に連れて来られ、幼女によって次の段階に移行するようだ。最初の頃に比べれば少しは進化している。だからどんな事をするのだろうとワクワクしていれば、現れたのはフロッシュ。

「今日はフロッシュと鬼ごっこをしてもらいますわ!」
「ゲコ!」

 ピョコピョコと跳ねてやる気満々のフロッシュに対して顔色を無くす俺。いつだったかのあれがいまだにトラウマになっており、フロッシュに苦手意識がある。良い奴ではあるのだが、あの舌に捕らわれるかと思うとフルフルと身体が震えてくる。

「まぁ、妖様ったら武者震いですのね。素晴らしい! フロッシュもやる気になっていますので、ではスタート!」
「ゲコー!」

 ジャンプひとつで自分目がけて飛んでくる奴をギリギリ避け、短い足を使って一生懸命逃げる。こちらもピョンピョン跳ねたり急に向きを変えたりしながら庭中を逃げているが、いつまで続ければいいのだろうか。
 朝食後から始まったこの鬼事は昼休憩を挟み、また再開する。フロッシュはときおり俺を狙ってか飛んでくる大きな虫を舌で捕えながら追いかけてくる。

 くっ、余裕か!?じゃが、助けられているのもたしかだ。

 あの虫程度にも勝てないとは情けないが、これが現実。この特訓は日が暮れるまで続き、終了の合図とともに大地へ倒れ伏したのも当然だったのだろう。フロッシュはもちろん余裕であった。

「きゅ、キュイ……(特訓に付き合ってくれて、あ、ありがとう……)」
「ゲコ!」

 残りの力を振り絞って何とか感謝を伝えれば通じたのか、上げた片手にハイタッチしてくれたのだった。今ここに二匹の友情が芽生えた瞬間だった。

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