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 ベルナール殿に囮作戦について伝え、摘発のための手順を確認していく。どうやら城の中に商人と繋がっている者もいるらしく、それも目星がついているらしい。どうにか俺を捕まえようと考えているみたいだが俺は常にアーデルハイド達といるので手が出せない。そこでまずは最高級鳥籠の中に入った俺を残し皆が離れたところで、そやつが俺を捕まえた後に商人へ渡す事と考えて各々が行動する事になる。精霊族のガイストは鏡を通して自由に移動が可能というので小さな手鏡を所持しておく。取引現場を押さえる事ができたならよいがそう簡単にはいかないだろう。よって王家の客人を誘拐したという罪状も用意して、今回目をつけている商人は見せしめの意味も込めての摘発だそうだ。

 さて、上手くいくとよいがどうなる事やら……。

 しっかりと鍵のかけられた最高級鳥籠の中でクッションの上で寝たふりをして待つ。静まり返った部屋には俺しかいないのだが、そこに近づいて来る足音が聞こえる。辺りを気にしながらカートを押して慎重に入って来たのはひとりの女で、この城のメイドだった。緊張からか強張った表情で何度もまわりの様子を確認している。誰もいない、いや正確にはそこの花瓶に生けられた花に擬態しているバオジイがいるのだが、それでも見つからなかった事に安堵の息を吐きだして鳥籠を確認している。鍵は閉められその鍵自体もアーデルハイドが持っているし、特注で作られているそれを人間が壊すのは無理だろう。諦めたのか女は俺の入った鳥籠をカートの下段に置き、元あった場所にはモフモフした何かが入っている変わりの鳥籠を置いている。さっと布をかけられたので外は見えないが、音や匂いなどで何となく把握はできるので問題は無い。カタカタと動き出したカートに乗せられた俺はどこへ連れて行かれるのやら。
 カートはある程度進んだら別の人物に渡され、また進んで行く。それを数人繰り返した後に外へ出てまた別人へと引き渡されたようだ。

「はい、これが例の物よ」
「了解、確認した。ここからは自分が持っていけば完了だ。それにしてもよく見つからずに来れたな」
「あの王女もペットを置いてどこかに行ったそうよ。番がどうとか言ってたけど、所詮は子供のごっこ遊びでしょ。飽きたんじゃないの」

 む……ごっこ遊びとはまた癪に障る言い方をする。アーデルハイドはそんな無責任では無いし、もし仮に俺に飽きたとしても誠意を持って説明してくれるだろう。だが、俺も彼女から向けられるそれらを当たり前に思って受け入れて甘えているからな。飽きられんように精進せねば!

 かぶされた布でこやつらを見る事はできないが、離れたところに見知った気配を感じる。ここまで来る途中にもどうやったのか知らないが先回りしているバオジイの気配も感じていた。今もその近くにいるのがわかるのだが、外に生えている雑草にでも擬態しているのかもしれない。
 男に手渡された後は次の相手はなかなか現れず、大分進んだ先でようやく誰かと合流した。二言三言喋って報酬を受け取り、ここまで運んできた男は静かに去って行ったようで、ここからはまた別の場所へ移動する。
 連れてこられたのはおそらく民家だと思われる。そこの机に置かれて布を取った後に鳥籠の中を確認しているが、俺はそのまま寝たふりを続けた。

「これがあの伯爵子息が言っていたモフモフ魔獣か。あの子息も懲りないねぇ。捨てた飛びトカゲが帰って来たと言っていたが、今度はこの新しい魔獣に目をつけるとは。まぁ、随分と金払いがいいのは助かるが、伯爵のほうはあれから魔獣関連はいい顔をしなくなったな」

 伯爵子息とは例の小僧の事か。やはりまだ諦めていなかったようだな。

 息子と違って伯爵の方は今回の飛びトカゲの件で思う事があったのか、きちんと世話をすると約束をしていた。念のために息子を見張る様にも伝えられているので、共犯ではない限りは問題がないはずだ。
 この商人らしき男は単独で動いているのか他の気配は感じ取れない。鳥籠も開かない事に気づいてからはこのまま渡せばいいと言っているので、どうこうする事もないだろう。ブツブツと何かを呟きながら部屋から出て行ったのを確認し、遠のいていった気配はどうやら家からも出て行ったようだ。

 ちょっと適当ではないか?普通は見張りを置いたり部屋も鍵を閉めたりしておくものだろうに、まさかわざと隙を見せて油断させているのか?

「……」

 少し待ってみたが状況は変わらないのでクッションの下から手鏡を取り出しガイストを呼んでみれば、すぐに彼女はそこから抜け出すように現れた。

「妖様、ご無事のようで何よりでございます」
「うむ。特に何かされたわけではないからなぁ……して、ここは何処なのじゃ?」
「城下にある民家のようです。すでに手引きをしていた者達は捕らえられております」
「そうか。あとはあのアンプリュダン伯爵の息子が関わっておるみたいだ」
「そちらも問題ないかと。わざと泳がせていますので商人と接触するでしょう。この事は伯爵もすでにご存知で協力を得ています」

 どうやら順調に進んでいるようだ。小声で話をしているとはいえ、まわりにも注意をはらいあの商人がいつ帰って来てもいいように気配の察知だけは気にしておかねばならない。
 そろそろ戻ると言った彼女にアーデルハイドの様子を聞いてみる。

「姫様ですか? ご心配されなくとも落ち着いておられますよ。それでもあなた様の事を気にしておられますので、この作戦が終わった時はお覚悟を」
「それは怖いのう。ならば伝えておいてくれ。俺は必ずアーデルハイドの元に帰るから待っていてくれと」

 今では俺の帰るべき場所はアーデルハイドの元だ。ゆえにこの作戦を無事に完遂し、彼女の元へ帰ろうではないか。

 ガイストが消えてからしばらくしてあの商人と伯爵子息、あとは二名ほどいるのは子息の付き人だろう。この民家に近づいて来ているのがわかったが、もうひとつ見知らぬ気配を感じる。気配を消しているつもりだろうがわずかに感じるそれが商人達よりも先にこちらへ近づいていた。この部屋の真上まで来たそれが天上の板を外して静かに俺の前に降り立つ。

「これが例のさらわれたというモフモフ魔獣……」

 顔に面を着けて布を頭に巻いている全身黒づくめの男。前世で見た事のあるいで立ちをしているがいったい何者なのか。

「この大怪盗鼠小僧様が悪の大商人よりモフモフ魔獣を頂戴する!」

 この何かの役に成りきるように決めポーズをとっている自称大怪盗に冷めた視線を送って、作戦に問題が発生した事にため息がこぼれ出た。

 すまんなアーデルハイド。帰るのが遅くなりそうじゃ……。

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