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 大怪盗鼠小僧と名乗ったこやつは俺の入った鳥籠ごと抱えて再び天井へと飛び上がった。そのまま逃げるのかと思えばご丁寧に天上の板を直し、少し開けている隙間から下の様子を伺っている。

「ふっふっふっ、あとはあの悪徳商人が戻って来た時にこのカードをここから落とせば完璧だ!」

 手に持ったカードには「大怪盗鼠小僧参上!」と書いてあり、やたらとファンシーな鼠の絵まで絵がかれている。

「そのカードは机の上に置いて、さっさと逃げればよくないか?」
「ふっ、そんな事はこの鼠小僧様の華麗なる演出にふさわしくないな。ここからあいつらの前にビシッと投げつけ、そして宙を舞い翻弄し、素早く駆け抜けていく。これこそ大怪盗鼠小僧様だ、なんと素晴らしい!」
「無駄すぎるじゃろ」

 動きに無駄が多すぎる。先程の動きから身軽であるのはわかったが、本当にそのように動けるのかどうかも怪しい。ジトリと見上げていれば被っている変な面がこちらを向く。

「もう! さっきからうるさいよ君。だいたいねぇ、魔獣って普通は喋んないでしょ……って、しゃべったぁぁ!!?」

 急に大声を出し驚いて天上の板を踏み抜き見事に落下していく自称大怪盗。抱えられている俺も巻き込まれて落ちて行き、鳥籠が床に叩きつけられたかのようなガシャンと凄い音がしたが、中にいる俺は何かに守られたようで衝撃も無く鳥籠自体も無傷だ。
 この音で何事かと部屋に駆け込んで来た商人と伯爵子息プラス二名に見つかり、鼠小僧は「しまった!」と片膝をついて焦っている。

「何だおまえは!?」
「僕のモフモフ魔獣! まさか盗もうとしたのか? むむっ、その変な面と黒ずくめの格好といい、おまえが最近噂になっている泥棒だろう!!」
「ぎゃあっ!? ばれたーっ! んん、ゴホン。ふっ、何を隠そうこの自分こそが世の悪事を働く不届き者に鉄槌を下し、弱気を助ける大怪盗鼠小僧様だ! 悪徳商人に悪徳貴族どもが弱者から奪った金品を取り返し、そしてあるべき場所へ返すのが我が使命。貴様らにも鉄槌を下してやるわ!!」

 何とか立て直してまた格好をつけたポーズを取っているが、今の状況でよくそんな余裕でいられるものだ。最後に「やべ、大ピンチ!?」と小さく呟いたのは聞かなかった事にしておく。
 さて、俺もここからどうしたものかと考える。見知った気配を民家の外に感じ彼らもどうでるのだろうかと思っていたが、どうやらこのまま突入してくるようだ。この狭い民家に兵士がなだれ込み、あっけなく商人と伯爵子息達は拘束された。

「そこの黒ずくめも捕まえてください!」

 陣頭指揮を執っていたベルナール殿が指示して兵士が捕まえようとしたが、身軽な動きで翻弄する鼠小僧。意外といい動きをしている。

「はっはっはっ! 今日はこの辺で勘弁しといてやろう。さらばだ諸君! へぶっ!?」

 窓から逃げようとしたみたいだが後ろから伸びて来たものによって足を絡めとられてビタンという音と共に倒れ伏している。奴の足から伸びている蔓はこの部屋に飾ってある花瓶まで繋がっており、そこには生けられた花に擬態したバオジイがいた。もう片方の手が更に伸びて奴をグルグル巻きにして拘束している。

「ワシを忘れては困りますぞ。このバオジイの蔓からは逃れられまい!」
「いったいわぁ! くそ、この草めなんちゅう丈夫さだ!? 花? 花もしゃべったぁぁ!!?」

 先程からうるさい奴だ。今更花が喋っている事に気づいて驚き、バオジイのニンマリと笑う口から見えた鋭い歯がきらりと光ってそれを見たせいかそのまま再び床に倒れ伏す。

「おやおや、気絶してしまいましたぞ」
「バオジイの登場に驚いたのではないか?」

 あきらかにあの恐怖を覚える顔を見たからだろう。商人と子息も怯えているし、兵士達も若干引き気味だ。ベルナール殿が何とか場を仕切り直し、今回の件は無事に終了した事となる。
 商人達を連行していく組とこの民家を検分する組に分かれ、俺もベルナール殿に転がったままだった鳥籠を起こしてもらったので礼を言っておく。

「起こしてもらってすまんな、ベルナール殿。ありがとう」
「いえ、こちらこそご協力を感謝しております。さ、早く王女殿下の元へお帰りになった方がいいですよ。また詳しい話をお聞きするかもしれませんが、それは明日以降にしましょう」
「では、そうしようかの」

 花瓶から出てきたバオジイとも合流したので一足先に帰らせてもらおう。手鏡でガイストを呼びだして鳥籠を運んでもらうとしようかと考えたが、この部屋に勢いよく飛び込んでくる影がひとつ。

「妖様!! ご無事で御座いますか!?」
「アーデルハイドか。俺はこのとおり大丈夫だ。鳥籠のおかげで怪我ひとつないぞ」
「よかったですわ。乱入者が現れてさらわれかけたと聞きましたので、いてもたってもいられなくて駆けつけてしまいましたわ」

 そっと抱き上げられた鳥籠からのぞけば安堵した様子のアーデルハイドの顔が見える。彼女の腕の中に帰って来た事で、俺自身もようやく落ち着いた気持ちになった。

 やはり、ここが俺の帰る場所なのだろうな。

「今回の件では許可を出してくれてありがとう。ただいま、アーデルハイド」
「おかえりなさいませ、妖様!」

 いつもの笑顔を見せてくれたのでホッとする。それにしてもこの鳥籠は丈夫だとは聞いていたが、内側にも何か不思議な術でもかかっているのだろうか。あの落下した時にほのかに黒く光り輝いた鳥籠は今はいつもどおりに戻っている。

「この鳥籠には何か特殊な術でもかかっているのか?」
「もちろんですわ! この鳥籠は妖様のために特注で作りましたもの。私の力で加護されていますから絶対に安全な場所になっています。何物も妖様を傷つける事などできませんわ!」

 おう、さすがじゃな。黒く光った鳥籠はまるで逃がさないと言わんばかりだが、それもまた彼女の愛と思って当たり前に受け入れたのだった。

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