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三、異変
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あの不思議な思いを抱いた日から、わたしはベッドの中での生活が再開していた。ぼんやりとする時が増えたせいで、まわりの過保護さに磨きがかかっているのは気のせいではないのだろう。グロリアだけは前から変わらないのは、すでに過保護が極まっていたから。今日もわたしのそばでお絵描きをして遊んでいる。
一心不乱に何かを描いているみたいだが、ふと糸が切れたかのように動きを止めてノートを投げ出す。
「グロリア?」
名前を呼んでも反応しないグロリアに、わたしの中に焦りのような感情がわき、心臓がきゅっと痛んだ。震える声でもう一度呼んでも、反応がない。
おかしい。今起きているこれは何?
不安ばかりがふくらんでどうすべきか悩んでいれば、俯いていたグロリアの顔が上がってわたしを見つめている。その顔に息が止まりそうになり、手が震える。
「…………」
無言のグロリアの目は虚ろで、わたしを見ているはずなのに彼女の目には映っていない。ここでは無いどこか遠くを見ているその目が妖しく歪み、快活なグロリアらしくないいやらしい笑みを浮かべた。
「中心は、姉でもない妹でもない、わたくしであるグロリアなのだ」
ニタニタと笑う目の前の彼女は何なのだろうか。わたしの大切な半身を乗っ取ろうとしているこの存在は、いつから潜んでいたのだろう?
「お、お嬢様!?」
侍女のマリタが悲鳴のような声をあげ、グロリアの肩を揺するが反応はない。ミーナもメーリも息を飲み、部屋の中が不穏な空気に染まっていく。
「だめよグロリア……」
声が届くように、何度も呼びかける。
「グロリア。帰ってきて、わたしのグロリア。勇者グロリアは負けないのよ……返しなさい! わたしの姉を、大切な半身を返しなさい!!」
高ぶった感情をそのまま、得体のしれない何かにぶつけるように叫ぶ。叫んだ言葉に不思議な力を纏わせるように、わたしの体からキラキラと桃色の光が溢れ、グロリアを包み込んでいく。光がグロリアに吸い込まれて消えていけば、正気を取り戻したのか光を湛えた力強い瞳がわたしをとらえた。
「グロリア?」
「アマリア……だいじょうぶ、わたくしだよ。アマリアの半身で、勇者グロリアだ」
泣きそうな顔でそう伝えられたから、安心からか全身の力が抜けていく。熱も上がっていくようだが、それよりもグロリアが戻ってきてくれたことの方が嬉しくて。よかったと何度も繰り返しながら意識が遠のいていった。
完全に意識がなくなる前に、グロリアの心配して焦った声と顔が見えた。
うん、いつものグロリアに戻ってよかった。
グロリアは時おり、おかしなことを呟くようになった。その時は、またあの不快な何かがわたしの心にわき上がり、グロリアの綺麗な青い目は光を失うかのように濁る。
「わたくしはドアマットヒロインなの……可哀そうな次女。わたくしは姉なのだからお姉様と呼びなさい。妹のくせに呼び捨てで呼ぶなんて生意気なのよ」
怖い顔で、ぼそぼそと早口で喋るこの人は『どあまっとひろいん』という存在らしい。名前で呼ぶことを生意気だと言い、わたしのことが憎いのか顔を歪める。この人をグロリアと認めたくないわたしは、お望みどおりに『おねえさま』と呼ぶことにした。そこにはユリアナお姉様を呼ぶような親しみなどは込めておらず、無機質なただの単語だ。
正気を取り戻している本来のグロリアは、あの人が表に出てきているときの記憶があるらしい。泣きながらいつも謝って、悔しそうに体を震わせていた。あの人の口汚い言葉を否定するように、わたし達に温かい愛のこもった言葉を紡いでくれる。一生分の愛をそこにつめこみ伝えてくれるグロリアが、いつか消えてしまうのではないかとわたしは不安に押しつぶされそうになる。わたしだけではなく家族もまわりも、きっと不安だったはずなのに、表に出さずそんなグロリアの愛にこたえていく。
「アマリア見てくれ! これは暗号文だぞ!!」
ノートを広げて見せてくれたのは絵のような文字のような文章だった。こっそりと考えていた暗号文字が完成したと、嬉しそうに笑っている。
「すごいね! これはなんて書いてあるの?」
「おっと、簡単に教えたら面白くないからな! アマリアにはこの暗号文字の表を渡そう。これを見ながら読み解いていくのだ」
手渡された紙に表のような物が書かれ、先ほど見た暗号文章にあった絵のような文字が並んでいる。
「この暗号はわたくしとアマリアだけの秘密の文字だ」
真剣な顔でわたしに言い聞かせるようにそう伝える。
「勇者グロリアと聖女アマリアのふたりだけの大切な文字なんだ」
綺麗な微笑みを浮かべていた。
愛しい者を見つめる優しい笑顔に、少しだけ寂しさが滲んでいるように感じたのはわたしだけだった。
グロリアは気付いていたのだろう。別れの日が近づいて来ていることに。
一週間後、わたしが領地へ療養目的に出発し、その数日後にグロリアは眠りについた。
一心不乱に何かを描いているみたいだが、ふと糸が切れたかのように動きを止めてノートを投げ出す。
「グロリア?」
名前を呼んでも反応しないグロリアに、わたしの中に焦りのような感情がわき、心臓がきゅっと痛んだ。震える声でもう一度呼んでも、反応がない。
おかしい。今起きているこれは何?
不安ばかりがふくらんでどうすべきか悩んでいれば、俯いていたグロリアの顔が上がってわたしを見つめている。その顔に息が止まりそうになり、手が震える。
「…………」
無言のグロリアの目は虚ろで、わたしを見ているはずなのに彼女の目には映っていない。ここでは無いどこか遠くを見ているその目が妖しく歪み、快活なグロリアらしくないいやらしい笑みを浮かべた。
「中心は、姉でもない妹でもない、わたくしであるグロリアなのだ」
ニタニタと笑う目の前の彼女は何なのだろうか。わたしの大切な半身を乗っ取ろうとしているこの存在は、いつから潜んでいたのだろう?
「お、お嬢様!?」
侍女のマリタが悲鳴のような声をあげ、グロリアの肩を揺するが反応はない。ミーナもメーリも息を飲み、部屋の中が不穏な空気に染まっていく。
「だめよグロリア……」
声が届くように、何度も呼びかける。
「グロリア。帰ってきて、わたしのグロリア。勇者グロリアは負けないのよ……返しなさい! わたしの姉を、大切な半身を返しなさい!!」
高ぶった感情をそのまま、得体のしれない何かにぶつけるように叫ぶ。叫んだ言葉に不思議な力を纏わせるように、わたしの体からキラキラと桃色の光が溢れ、グロリアを包み込んでいく。光がグロリアに吸い込まれて消えていけば、正気を取り戻したのか光を湛えた力強い瞳がわたしをとらえた。
「グロリア?」
「アマリア……だいじょうぶ、わたくしだよ。アマリアの半身で、勇者グロリアだ」
泣きそうな顔でそう伝えられたから、安心からか全身の力が抜けていく。熱も上がっていくようだが、それよりもグロリアが戻ってきてくれたことの方が嬉しくて。よかったと何度も繰り返しながら意識が遠のいていった。
完全に意識がなくなる前に、グロリアの心配して焦った声と顔が見えた。
うん、いつものグロリアに戻ってよかった。
グロリアは時おり、おかしなことを呟くようになった。その時は、またあの不快な何かがわたしの心にわき上がり、グロリアの綺麗な青い目は光を失うかのように濁る。
「わたくしはドアマットヒロインなの……可哀そうな次女。わたくしは姉なのだからお姉様と呼びなさい。妹のくせに呼び捨てで呼ぶなんて生意気なのよ」
怖い顔で、ぼそぼそと早口で喋るこの人は『どあまっとひろいん』という存在らしい。名前で呼ぶことを生意気だと言い、わたしのことが憎いのか顔を歪める。この人をグロリアと認めたくないわたしは、お望みどおりに『おねえさま』と呼ぶことにした。そこにはユリアナお姉様を呼ぶような親しみなどは込めておらず、無機質なただの単語だ。
正気を取り戻している本来のグロリアは、あの人が表に出てきているときの記憶があるらしい。泣きながらいつも謝って、悔しそうに体を震わせていた。あの人の口汚い言葉を否定するように、わたし達に温かい愛のこもった言葉を紡いでくれる。一生分の愛をそこにつめこみ伝えてくれるグロリアが、いつか消えてしまうのではないかとわたしは不安に押しつぶされそうになる。わたしだけではなく家族もまわりも、きっと不安だったはずなのに、表に出さずそんなグロリアの愛にこたえていく。
「アマリア見てくれ! これは暗号文だぞ!!」
ノートを広げて見せてくれたのは絵のような文字のような文章だった。こっそりと考えていた暗号文字が完成したと、嬉しそうに笑っている。
「すごいね! これはなんて書いてあるの?」
「おっと、簡単に教えたら面白くないからな! アマリアにはこの暗号文字の表を渡そう。これを見ながら読み解いていくのだ」
手渡された紙に表のような物が書かれ、先ほど見た暗号文章にあった絵のような文字が並んでいる。
「この暗号はわたくしとアマリアだけの秘密の文字だ」
真剣な顔でわたしに言い聞かせるようにそう伝える。
「勇者グロリアと聖女アマリアのふたりだけの大切な文字なんだ」
綺麗な微笑みを浮かべていた。
愛しい者を見つめる優しい笑顔に、少しだけ寂しさが滲んでいるように感じたのはわたしだけだった。
グロリアは気付いていたのだろう。別れの日が近づいて来ていることに。
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